一村の未発表作品発見 73年に描かれた肖像画4点 本名「孝」の署名も 龍郷町戸口

田中一村作の肖像画と金井さん=1月26日、龍郷町戸口

田中一村作の肖像画と金井さん=1月26日、龍郷町戸口

 奄美で生涯を終えた日本画家、田中一村の未発表作品が新たに4点見つかった。1973(昭和48)年に描かれた肖像画で、一村の本名である「孝」の名で署名がある。奄美市笠利町の県奄美パーク・田中一村記念美術館の有川幸輝学芸専門員(45)は「本名で描かれた肖像画は知る限りで初めて。今後の一村研究を進める上でも重要な資料になる」と喜んだ。絵を保管している龍郷町戸口の金井志人さん(41)は「多くの人に見てもらえるよう展示の機会を考えたい」と話した。

 

 田中一村(本名・田中孝)は栃木県出身。1958年、、50歳で奄美大島に移住し、69歳で死去するまで奄美の草花や生き物をテーマに作品を描き続けた。

 

 肖像画は金井さんの母方の実家で遺影として保管されていたもの。金井さんの祖母窪田ミネコさん(83)によると、描かれているのは窪田家3代目・百治さんの父方と母方の祖父母で、窪田前定さんと妻安松さん、中村前輿さんと妻銀松さんの4人。ミネコさんは4代目・榮幸さんの妻に当たる。

 

 窪田家は奄美市名瀬有屋の一村の家に近く、一村と親しかった家族の一人が肖像画を依頼したらしい。画用紙に鉛筆で描かれ、着物や頬など一部に色が塗られている。

 

 一村は本場奄美大島紬の染色職人として工場で数年働き、制作費をためては絵に打ち込むという生活を繰り返していた。その中で副業として肖像画の依頼も受けていたという。

 同美術館が所蔵する昭和30年代の肖像画9点は全て「一村」と署名されており、有川学芸専門員は「昭和48年は亡くなる4年ほど前。どういう理由から本名を記したのか興味深い」と語った。

 

 子供の頃から祖父母の家で絵を見ていたという金井さんは、「目が生き生きとしていて他の遺影写真よりも家族に近い感じがしていた。新型コロナで今は展示を控えているが、見てもらう場をつくりたい」と話した。

 

肖像画を調査する有川学芸専門員=2日、龍郷町戸口

肖像画を調査する有川学芸専門員=2日、龍郷町戸口