与論城跡の歴史的価値強調 与論で奄美考古学会

与論城跡の歴史的価値強調 与論で奄美考古学会

与論城跡の歴史的価値強調 与論で奄美考古学会

 奄美考古学会(会長・高宮広土鹿児島大学国際島嶼教育研究センター奄美分室教授)は19日、与論町中央公民館であった。県内外の研究者が与論城跡と与論島独自とされる土器群の最新調査成果などを発表。国の文化財指定を目指す与論城跡について、同町教育委員会の南勇輔さんは「中世並行期の島の歴史的な評価を考える上で重要な遺跡」と語った。

 

 同学会は年1回、奄美諸島や県本土などで巡回開催しており、与論島では初開催。会場には県内外の研究者や一般住民ら約80人が集まり、熱心に耳を傾けた。

 

 与論城跡の由来は諸説ある。与論町誌をはじめ町の刊行物によると、15世紀初頭、沖縄本島北部の今帰仁を拠点としていた北山王の三男が築城し、北山の滅亡によって築城途中で終わったとされている。

 

 南さんは発表の中で、遺構の配置や遺物の散布状況を解説。「特徴的な城郭の構築方法、由来を含めて考えても重要な遺跡だが、その調査は決して十分に実施されていないのが現状」とし、▽発掘調査を基にした遺構・遺物の分析▽周辺島しょに築城されたグスクとの比較▽島内に所在する同時期の遺跡との比較―などを課題に挙げた。

 

 沖縄国際大学南島文化研究所特別研究員の呉屋義勝さんは、2016年12月から与論郷土研究会と共同で取り組む調査成果を報告。現在のところ与論島でしか見つかっていない土器群を「サアクラ系土器」として提唱し、他の考古学研究者や地元住民と共に今後も検討を深めたいとした。

 

 伊仙町教育委員会の新里亮人さんは同町の「大セノ嶺遺跡」の調査成果を報告。県立埋蔵文化財センターの堂込秀人さんは「奄美の考古学と文化財行政の展望」と題して講演し、継続した情報発信や住民理解の重要性を訴えた。

 

 20日は与論城跡と城集落の遺跡見学会があった。

 

【写真説明】よこ

与論城跡であった見学会=20日、与論島