西郷菊次郎の功績を紹介=さつま町で企画展

永野金山の歴史と西郷菊次郎の功績を振り返った企画展=16日、さつま町の宮之城歴史資料センター

永野金山の歴史と西郷菊次郎の功績を振り返った企画展=16日、さつま町の宮之城歴史資料センター

 西郷隆盛と愛加那の長男で龍郷町出身の西郷菊次郎(1861~1928年)の功績と菊次郎が鉱業館長を務めた永野金山の歴史をたどる企画展が、さつま町の宮之城歴史資料センターで開かれている。NHK大河ドラマ「西郷(せご)どん」の放送で注目が集まる中、菊次郎の生涯に思いをはせる機会になりそうだ。

 

 菊次郎は9歳まで龍郷で育ち、県本土の西郷本家に引き取られた。米国留学を経て外務省へ入り、台湾の宜蘭庁長や京都市長を務めた。

 

 永野金山は宮之城島津家の島津久通が1640年に発見したとされる。1953年に閉山するまで300年以上にわたって操業。薩摩藩の財政を支え、最盛期は日本でトップクラスの産出量を誇った。

 

 菊次郎が島津家に請われて鉱業館長に就いたのは1912年。設備の近代化を進め、夜学校を開いて青少年の育成にも力を注いだ。8年間務めた館長を60歳で辞職したとき、住民から惜しまれて永野を離れたというエピソードが残っている。

 

 企画展は操業当時の写真や作業に使った道具を並べて金山の歩みを振り返った。菊次郎が龍郷で生まれ、鹿児島市で死去するまでの生涯を描いた紙芝居も展示。永野に溶け込み、さまざまな活動に取り組んだ横顔も紹介している。

 

 企画展は4月18日まで(午前9時~午後5時、月曜休館)。3月17日は奄美西郷塾塾長の安田荘一郎さんがさつま町で講演する。

永野金山の鉱業館長を務めた西郷菊次郎(宮之城歴史資料センター提供)

永野金山の鉱業館長を務めた西郷菊次郎(宮之城歴史資料センター提供)