身近にあった戦争学ぶ 瀬戸内町

瀬戸内町内にある戦跡を巡り、戦争の歴史を学んだ篠川、嘉鉄、油井3校の子どもたち=20日、同町(提供写真)

瀬戸内町内にある戦跡を巡り、戦争の歴史を学んだ篠川、嘉鉄、油井3校の子どもたち=20日、同町(提供写真)

 瀬戸内町の篠川、嘉鉄、油井の3小学校は20日、集合見学学習で古仁屋市街地の戦跡を巡った。5、6年生10人が参加し、身近な地域であった戦争の歴史を学んだ。

 

 3校は、毎年3回の交流学習を行っており、今回は2回目。町教育委員会社会教育課埋蔵文化財担当の鼎丈太郎さんが案内役を務めた。

 

 軍用桟橋跡からスタートし、当時の軍道を通って奄美大島要塞(ようさい)司令部跡(現・古仁屋高校)へ。同校周辺には、司令部と住宅地を隔てるために100年ほど前に造られた壁や門柱が残っている。鼎さんは壁に残った弾痕やハブの進入を防ぐ工夫など、実物を見せながら分かりやすく説明した。

 

 旧奉安殿(古仁屋小学校内)や陸軍病院跡(現・古仁屋中学校)、戦時中に撃沈され、多くの犠牲者を出した「富山丸」の供養塔も見学。子どもたちは、70年以上たった今も残る戦跡に驚い様子で、鼎さんの話をメモするなどして熱心に聞いていた。

 

 後半は町きゅら島交流館で、戦争体験者の話を録画したDVDを視聴した。

 

 油井小5年の太田翔瑛さん(10)は「戦争は遠い外国のことだというイメージがあったけど、この町でもこんなに大変だったことを知って驚いた。もっと詳しく調べたい」と感想を話していた。