保岡興治氏が死去 奄美振興に力注ぐ 憲法改正議論を主導

保岡興治元法相

保岡興治元法相

 法相や衆院憲法審査会長などを歴任し、奄美振興にも力を注いだ元自民党衆院議員の保岡興治氏が19日午後6時44分、東京都内の病院で死去した。79歳。鹿児島県宇検村出身。

 

 1964年に中央大学を卒業後、弁護士などを経て、72年の衆院選に初当選。通算13期務めた。膵臓(すいぞう)がんが見つかり、治療に専念するとして2017年衆院選に出馬せず、政界を引退した。

 

 94年に新進党に参加したが、翌95年に自民党に復党した。法務行政に精通しており、2000年に森内閣、08年に福田内閣でそれぞれ法相として入閣。憲法改正論議にも長く携わり、14年に衆院憲法審査会長に就任した。16年には党憲法改正推進本部長に就き、改憲に向けた党内議論の主導役を担った。

 

 自民党奄美振興特別委員会委員長を長年務め、奄美の振興を後押しした。政界引退後も同委員会の特別顧問に就き、「微力ながら皆さんと一緒に努力していく」と意欲を見せていた。

 

 保岡氏の長男で自民党の鹿児島県ふるさと創生支部長を務める宏武氏(45)は、「能力の高い政治家だったと思うが、愛情深い人でもあった。一番の心残りは奄美のことだったのではないか。途中で選挙区を変わったこともあり、奄美の将来については人々が一つになれるようなものを、元気なうちにつくりたいと言っていた」と父をしのんだ。

 

 通夜は23日午後6時から、葬儀告別式は24日午前11時から、鹿児島市大竜町10の2の吉田葬祭典礼会館で。喪主は妻芳枝(よしえ)さん。葬儀委員長は森山裕衆院議員。後日、東京と奄美でもお別れ会を行う予定。