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| 瀬戸内町はこのほど、サンゴ保全活動事業の一環として同町清水と嘉鉄集落沖にある黒崎海域でサンゴ礁を調査し、ミドリイシなど三種類のサンゴ礁の新芽を確認した。同町商水観光課は、加計呂麻島・実久集落沖でも新芽を確認しており、オニヒトデや白化現象の被害海域で「サンゴ再生が期待できる」とみている。 同事業は同町の単独事業。この調査のほか、嘉鉄集落沖でのサンゴ礁移植や、加計呂麻島・安脚場集落に隣接する海域でオニヒトデ駆除などを実施している。 同課によると、大島海峡のサンゴ礁は一九九八年の白化現象や二〇〇〇年のオニヒトデ大量発生などの影響で大きな被害を受けていた。黒崎海域ではイソギンチャクなどソフトコーラルは見られるが、ほかのサンゴはほとんど死滅した状態だった。 調査は一月二十四日にあり、水深約六メートルの地点でミドリイシ類など新芽のほか、被覆状や塊状のサンゴの新芽が確認された。新芽は大きい物で高さ三センチ。中には死滅したテーブルサンゴ(直径約二メートル)の上に新芽が五個あった所もあり、同海域でオニヒトデは見られなかったという。また、実久集落沖では昨年六月と今年一月に調査し、サンゴ礁の新芽を多数確認した。 調査した商水観光課の川畑公一さん(27)は「定期的に監視を続け、オニヒトデの発生などに注意し、サンゴが大きくなるようにしたい」と話し、「再び素晴らしい海に戻すため、ごみを海に捨てないなど一人ひとりが海の環境に配慮してほしい」と呼び掛けた。 |
【沖永良部総局】知名町は東京農業大学の学生を受け入れるファームステイ(農業実習)を実施しており、東京世田谷区の同大学生三人は二十日に来島した。遅れている一人を加えて三月末まで四人が約一カ月間、町内の切り花農家に滞在して実習する。生徒に農業の基本や作物の育て方を実体験させ、関心を高めるのが目的。来島したのは大倉香人さん=一年、埼玉=、生方浩さん=一年、群馬=、浅香美幸さん=一年、東京=の三人。開孝行さん=三年、喜界町出身=は都合で遅れている。それぞれ山下芳也さん(竿津、ソリダゴ)、山元川利さん(芦清良、ユリ)、河田兼彦さん(上平川、カサブランカ)、平秀徳さん(上平川、テッポウユリ)が受け入れた。 三人は二十四日、同町正名の町総合育苗センターで町経済課職員の福永勝人主査から町の農業についてレクチャーを受けた後、ゴーヤー(ニガウリ)の受粉作業を体験した。毎週金曜日は町経済課でサトウキビ、畜産、野菜、花きなど講習を受けるほか、花き品評会にも参加する。 兼田さん宅で研修する浅香さんは実家が花屋。「花屋に届くまでの流通などは分かるが、花(球根)産地の生産者の思いを理解したい。体験したことはすべて吸収します」と一カ月間の抱負を語った。 |
| 喜界島の地下水水質調査に関する報告会(南部九州土地改良調査管理事務所主催)が二十三日、喜界町営農支援センターであった。二〇〇〇年から調査を続けている東京農業大学の中西康博助教授は、地下水の水質は水道法や環境基本法の基準内で飲料水に利用しても問題はないとした上で、農薬の過剰施肥などにより硝酸性窒素濃度が近年上昇傾向にあると指摘し、地下水水質保全のため再度施肥体系を見直してサトウキビ栽培での緩効性肥料の普及、定着が必要と訴えた。 中西助教授は、〇一年にも喜界島の地下水汚染の危険性を指摘。これをきっかけに島内では施肥体系を見直す機運が高まり、従来の即効性肥料から緩効性肥料へ切り替える農家が増え、硝酸性窒素濃度も低下していた。しかし、近年は住民の汚染に対する危機感が薄らいだためか、緩効性肥料の使用量が徐々に減り即効性肥料の使用量が再び増えつつあるという。 硝酸性窒素は、乳幼児のメタヘモグロビン血症(チアノーゼ)と関係が深いとされており、水道法や環境基本法では飲料水中の硝酸塩窒素量を一リットル当り十ミリグラム以下とする水質基準を設けている。 喜界では簡易水道源など島内十八カ所で毎月サンプルを採集し水質を調べている。中西助教授によると、地下水の硝酸性窒素濃度平均値は、〇一年の四・七四ミリグラムから〇二年は四・六二ミリグラム、〇三年四・四八ミリグラムと順調に低下していたが、〇四年に四・五九ミリグラムと再び上昇に転じ〇五年は四・七ミリグラムと〇一年のレベルに戻っている。 硝酸性窒素濃度の上昇について中西助教授は、「緩効性肥料だけではキビの初期育成に不安を抱く農家もいて即効性肥料も使用しているケースが考えられる」と分析し「喜界島は地下水の集水域と生活空間が重なっている。現段階では硝酸性窒素濃度は基準内で水道水として使うのに問題はないが、今後も窒素濃度の推移を注視する必要がある」と語った。 またサンプルを採集している島内十八カ所では、硝酸窒素濃度が一ミリグラム以下の所もあれば、八ミリグラムと高い数値を示している場所もあり、ばらつきがあるのも特徴。報告会では町や県の関係者ら約三十人が参加し、濃度の高い地域の施肥体系などを分析した。会場からは「キビだけでなく、畜産の分野でも草地にまく肥料を見直す必要がある。たい肥による化学肥料の減量など、畜産とキビ作が連携して取り組む必要がある」などの意見もあった。 |
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| 奄美産タンカンの出荷がピークを迎えている。今月中旬から樹園地が山の上部にある生産量の多い農家の出荷もあり、名瀬市長浜町にあるJA奄美共同選果場には収穫されたタンカンが連日三―五トン前後運び込まれ、職員やアルバイトがサイズや外観などで選別して箱詰め作業に追われている。 JA奄美果樹担当者によると、長浜町の選果場では笠利町、龍郷町、名瀬市、大和村からのタンカンを受け入れている。今月五日ごろから出荷作業が本格化してアルバイトを雇用し、常時十―十二人前後の態勢で対応。職員の応援も得て出荷量の多い日は深夜まで作業している。 今期産のタンカンは当初、クエン酸が高かったが、ここに来て酸切れ、糖度の乗り具合もよく、果実品質は上々という。ただ、台風の影響が少なかった割には風傷果が目立っている。 同JAでは出荷作業は来月中旬ごろまで続くとみており、同農協の共販量を前期の八十五トンを大きく上回る百五十トンを目標にしている。 五キロ箱の優品2L・Lサイズ二千五百円、3L・Mサイズ二千円。十キロ箱の良品2L・L・Mサイズ三千円、3Lサイズ二千五百円。送料は全国どこでも九百円。商品がなくなり次第注文を締め切る。注文はJA奄美名瀬支所TEL0997・53・3000へ。 |
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○…知名町大山の町有林から採取したシマデー(島竹=苦竹)に二十五日、花が咲いているのを町文化財保護審議会委員で町中央公民館講座竹細工教室講師の大山澄夫さん(71)=同町久志検=が見つけた。開いたつぼみから淡い桃色の花弁が五つ顔をのぞかせている。○…大山さんは町中央公民館講座で二〇〇一年から現在まで講師として活躍する。教材用にとシマデーを二本切り出して自宅に持ち帰ったところ、花が開いたという。教材として和泊町歴史民俗資料館にも持ち込んだ。 ○…大山さんによるとシマデーは五十年から六十年に一度花が咲き、咲き終わると株ごと枯れてしまい、新しい芽はすそ野に広がるらしい。島の民間療法で六センチから九センチに切り、せんじて風邪薬に用いたという。 |
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| 瀬戸内町古仁屋の東書道教室(東三枝子代表)に通う中学生六人がこのほど、日本習字教育財団主催の検定試験で生徒の部最高位に当たる八段に昇段した。教室生六人の八段昇段は開設以来初の快挙。指導する東さんは「病気やけがなど思わぬ困難に直面したこともあったが、真摯(しんし)な姿勢で取り組み、努力を実らせた子供たちを誇りに思う」と教え子の頑張りをたたえた。 難関を突破したのは円山一正君、池田茜さん、時田佳奈子さん(以上古仁屋中三年)、鎮原ゆり子さん(同二年)、義村真帆さん(阿木名中二年)、勝田はづきさん(古仁屋中一年)。六人のほとんどが就学前から書道を始め十年近く教室に通っている。中学進学後も毎月の試験に出品し、受験勉強や部活動と両立して昇段を重ねてきた。 今回の昇段試験は昨年十一月に鹿児島市であり、書の知識全般を問う筆記試験と毛筆二題の実技試験が課された。六人全員が初めての八段挑戦でそろって昇段認定証を手にした。 東書道教室は二十一年前に東さんの夫・茂治さん(故人)が開設し、例年二、三人の八段昇段者を輩出しているが、六人の同時昇段は過去最多。保護者も送迎に協力し、子供たちの頑張りを後押ししている。 円山君の母・次美さんは「四人の息子が教室でお世話になり、末っ子の一正が最高位を取れた。昇段よりも九年間通い続けたことを褒めてあげたい」と笑顔。東さんは「礼儀正しい子供たちで下級生にも慕われている。技術だけでなく普段の心構えが上達につながったのでは。心の財産として一生、書道と付き合ってほしい」と期待した。 この春中学を卒業する三人は「サッカーとの両立は大変だったが、目標を達成できてうれしい」(円山君)、「体調を崩した時期もあったが、あきらめなくて良かった」(池田さん)、「高校でも続けて将来は子供たちを指導したい」(時田さん)と語り、鎮原さん、義村さん、勝田さんの三人は「八段に甘んじず、さらに上を目指したい」と目標を新たにした。 |
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| 喜界町出身の吉野建さん(53)がオーナーシェフを務めるパリのレストラン「ステラ・マリス」が、フランスの著名レストラン案内「ミシュラン・ガイド」二〇〇六年版(三月一日発売)で一つ星を獲得した。ミシュランは仏料理界で権威あるガイドブックで、店に星が付くことは一流店の証であり、料理人にとって勲章のようなもの。吉野さんは「フランス料理に携わる者にとって、本場パリで星を獲得することは大きな目標であり、それを達成できたことを非常にうれしく思う」と喜んでいる。 吉野さんは高校卒業まで喜界島で過ごし、二十歳の時に料理の世界に足を踏み入れた。二十七歳から約五年間、フランスで修行し一九八四年に帰国。五年後には、神奈川県小田原に最初の店「ステラ・マリス」を開き、新鮮な素材にこだわった独創的な料理を生み出して注目を集めた。店は順調だったが、「やはり本場パリで自分の腕を試したい」と四十歳になった九二年、二度目の渡仏を決断。妻、美智子さんの支えもあって九七年に凱旋門近くの有名レストランが集まる一等地に念願の店を構えた。 フランスの古典料理を現代風によみがえらせる吉野さんの腕は「本場のフランス人より正統派のフランス料理を生み出す料理人」と高い評価を得ているが、吉野さん自身は「フランスには喜界島の郷土料理と似た豚の血を使った料理があり、食の接点を感じる」と指摘。かつて喜界島で食べたウミガメの味をヒントに、幻の料理といわれていたフランスの高級古典料理「テット・ド・ボー(仔牛の頭肉の煮込み料理)」を再現し、フランスの料理人やマスコミから注目を集めたというエピソードもある。 少年時代を過ごした喜界島での味の記憶を今も大切にしている吉野さんは、東京の店でも喜界島産の山羊(やぎ)肉や豚肉、果実などを仕入れ、素材にこだわった料理を提供している。 今月二十二日に一つ星獲得の知らせを受けた吉野さんは、自身の店のホームページで「決して平坦な道ではなかったが、困難な時に私を支えてくれたのは、私の料理を召し上がったお客様が言ってくださった『おいしいね』『また来るよ』という言葉でした。星を獲ったからといって、私の挑戦が終わるわけではない。パリで、そして東京でこれまで以上に努力し次の目標を達成したい」というメッセージを掲載している。 吉野さんの地元、喜界町川嶺にも今回の吉報が届き、吉野さんの後輩だという男性(50)は「文化の違うフランスで星を獲得するのは、オリンピックで金メダルを獲得する以上に難しいことだと思う。島の誇りだ。地元の人はもっと吉野さんの偉大さを認識してほしい」と快挙を祝福していた。 これまでにミシュラン・ガイドブックで星を獲得した日本人シェフは、パリで「ひらまつ」を経営する平松宏之さんだけだった。最新版では吉野さんのほか、松嶋啓介さん(福岡県出身)が経営するニースの「ケイズ・パッション」が一つ星を獲得している。 |
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| 「アマミノクロウサギの来た道―国内希少種の過去と現在、そして未来」をテーマにしたシンポジウム(環境省那覇自然環境事務所主催)が二十六日、名瀬市の奄美会館であった。島内外の研究者ら六人がアマミノクロウサギの現状や保護対策、自然保護について報告した。「アマミノクロウサギと島の未来」のテーマでパネルディスカッションもあり、希少種の保護策について行政と住民によるネットワークづくりなどが指摘された。 シンポジウムは県が実施する奄美群島重要生態系地域調査公開講座も兼ねた。自然保護団体や住民ら約七十人が出席。アマミノクロウサギの置かれている現状を把握し、クロウサギや奄美の自然と人間との共存について考えた。 東京女子大の石井信夫氏と独立行政法人・森林総合研究所の山田文雄氏、奄美野生生物保護センターの阿部愼太郎氏、(株)西日本科学技術研究所(高知県)の福留脩文氏、奄美ネイチャーセンターの高美喜男氏、県環境保護課長の水谷知生氏の六人がクロウサギや希少野生生物の保護対策、世界自然遺産登録などについて報告した。 山田氏は一九九〇年から十年間で奄美大島、徳之島でアマミノクロウサギが約20%減少したことを報告し、森林伐採や林道造成、交通事故などを減少の要因に上げたほか、マングースや犬、猫の野生化による捕食を指摘し、「総合的な保護対策で世界に誇れるクロウサギを守り抜こう」と呼び掛けた。 また、水谷氏は鹿児島県の世界自然遺産登録に向けた取り組みを紹介して「最も早くて二〇一一年に遺産登録になる」と説明し、「アマミノクロウサギを遺産登録のシンボルとしたい」と話した。 パネルディスカッションは報告者六人をパネリストに会場も交えてアマミノクロウサギの保護対策などを協議。パネリストからは「子供のころから(自然保護に)関心を持つようにしてほしい」と教育関係者との連携を求める意見のほか、自然保護への無関心者に対する啓発の必要性が指摘された。 会場からは「これ以上、林道を造る必要はない」などの意見があり、環境省や各市町村、住民・観光客を含めたネットワークづくりの必要性が指摘された。 |
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【沖永良部総局】食糧難の時代に救荒食物として人々の飢えを防いできた蘇鉄(ソテツ)の歴史を後世に伝えようと和泊町国頭の大蓑花=おおにばな=水利組合(名島米直代表)の有志一同がこのほど、「蘇鉄の碑」を建立した。除幕式が二十五日、同町国頭小学校裏手県道近くの通称イーダ道であり、住民ら約四十人が建立を祝った。 伝承によると一八八六年(明治十九年)、みぞうの凶作で蘇鉄の幹まで食べ尽くしてしまった国頭集落は、畦布集落から蘇鉄の実や子株を分けてもらい、増殖して食糧難を乗り越えた。戦後の食糧不足時代までは旧正月二日に「ハチバル」と称して畑に子株を植える習慣があったという。碑には撰(えらぶ)ヨネさん(和泊)が創作した島唄歌詞が刻まれている。名島代表、撰さん、森カ子さん(畦布)、中村スエさん(同)のほか、中田夏海さん(国頭小二年)、中田優貴君(同一年)、黒木凱門君(同二年)、黒木みゆさん(国頭子ども園)が幕を引いた。 撰さんの歌唱や森さんの感謝の詩吟建立を喜び、出席者全員で玉ぐしをささげ、杯を酌み交わした。名島代表は「念願の蘇鉄の碑が建立でき、先人の思いを後世に残すことができて喜ばしい」と感謝した。 イーダ道は蘇鉄の功績を後世に伝えようと二〇〇〇年、有志らが土手に蘇鉄を植栽している。 |
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| 瀬戸内町は、加計呂麻島や請島、与路島を主な対象地域に、島の持つ豊かな自然環境や海洋資源を活用して病気の治療や保養に役立てる「アイランドテラピー構想」の報告書をまとめた。「テラピー」とはギリシャ語で「治療」の意味で、欧州では海洋資源を利用した自然療法として皮膚炎やぜんそくの治療が行われている。同構想はこれらをヒントに、島に存在する自然や文化、伝統などを生かし、心と体のリフレッシュができるプログラムを充実させ、タラソテラピーなど多用な「癒やし系産業」を集積して活性化を目指す考えだ。 報告書は、二十三日に同町役場で開かれた第四回構想策定委員会(会長・阿岸祐幸北海道大名誉教授)の席で明らかにされた。 基本方針の柱は「癒やしのハマ興し」。島々に広がる美しいハマを核として、メニューに(1)癒やしのハマ33選(2)海の遊び(3)生き物とのふれあい(4)旧暦の癒やし(5)戦跡巡り(6)生業体験(7)健康づくり―を掲げている。 「ハマ33選」は、同構想の活動拠点であり、象徴とするもの。加計呂麻島、請島、与路島の集落数に合わせた数字で、各集落自慢の砂浜を文化資源や環境、植生、戦跡などのメニュー別に選別していく。 ハマの認定基準として「空間的な広がり」「景観的な美しさ」「特徴的な資源がある」「活動を継続する団体が組織されている」ことなどが考えられるという。 報告書は、これらを推進していくために(1)情報発信・PR戦略(2)基盤整備・条件整備(3)推進体制づくり―の必要性を強調しつつ、NPO法人などとの連携も求めている。 周囲を海に囲まれた地域の特性を積極的に活用し、島を保養・療養基地とすることで長期滞在型の観光・保養客を呼び込むとともに、離島の活性化を目指す同町は、「アイランドテラピーin奄美・加計呂麻島/癒やしのハマ・春の祭典」「せとうち・八月踊りツアー」「加計呂麻ホエールウオッチングツアー」などを計画している。 |
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| 日本航空グループの日本エアコミューター(JAC、長束隆由社長、本社姶良郡霧島市)は二十七日、長年にわたって奄美の空の便として活躍したYS―11型機を九月三十日で退役させると発表した。四月十一日から「ありがとう日本の翼YS―11キャンペーン」を計画している。 YS―11型機は一九六五年に就航した国産航空機。奄美では昨年八月三十一日の与論―鹿児島便を最後に姿を消したが、現在国内では唯一JACが鹿児島―種子島など九路線に四機を運航している。 キャンペーンには長年YS―11型機を利用した顧客への感謝の気持ちがこもっている。内容はYS―11型機搭乗者への搭乗記念証明書の発行と、ラストフライトへの招待や抽選で航空券、記念グッズなどが当たるイベント(はがきでの応募締め切りは七月二十一日)がある。 また、四月から九月までの毎月十一日を「YS―11の日」と銘打ち、イベントを実施。四月十一日には鹿児島―奄美大島線で「ありがとう日本の翼YS―11メモリアルフライト」のツアーを設定する。内容はJAC奄美空港格納庫でのYS―11撮影会(参加者限定)、運航乗務員、客室乗務員との昼食会やオリジナルグッズ(非売品)のプレゼントなど。 イベントの詳細な内容は三月上旬以降、JACのホームページに掲載される。問い合わせはJAC総務部(TEL0995・58・2151)へ。 |
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【東京支社】第二十五回大鹿児島展(鹿児島県など主催)が二十三日から三月七日まで、東京・池袋の東武百貨店で開かれている。奄美のタンカンや黒糖焼酎、大島紬などの人気商品が展示即売されているほか、鶏飯料理の出店が設けられている。主催者側では開催中、三億円の売り上げを目指す。 池袋駅はJRや私鉄など七路線が乗り入れる都心でも最大級のターミナル。同展は多くの集客を対象に毎年開催し、県内特産品の展示即売と観光PRを行っている。今回は特に鹿児島県の魅力をイメージする七つのS、「桜島」「焼酎」「西郷さん」「新幹線」「温泉(スパ)」「スローフード」「スローライフ」をテーマにした。 出展企業は百十六社。会場には食品、茶屋、工芸品、観光情報発信の各コーナーが設けられているほか、三月十六日に新空港が開港する種子島と、世界遺産の島・屋久島の特別企画展が行われている。 関係者によると、「今年は昨年と比べ、初日から売り上げが好調」という。奄美関係でも徳之島町商工女性起業グループ萬寿果(パパイア)の西野キミ子代表は「地元から持ち込んだ五百キロのタンカンを二日間で完売し、地元に再送を頼んだ」とうれしい悲鳴を上げている。 黒糖焼酎の売れ行きも好調。沖永良部酒造株式会社の営業担当の徳田実道さんは「ひところの焼酎ブームも落ち着いた感じ。それだけに販売戦略が立てやすい。売れ筋は四十度のこくのある焼酎。お客さんはブランデーのような感覚で飲んでいる。リピーターが五、六ケース買っていった。開催中に完売したい」と話す。 このほか、黒糖販売、大島紬、鶏飯茶屋の各コーナーも多くの客でにぎわっている。三月四、五日には永志保さんの島唄コンサートが開かれる。 |
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| 第二回名瀬市福祉有償運送運営協議会(田中道男会長)は二十八日、市役所会議室であった。運送対象者や運賃などのガイドラインを承認。NPO(非営利活動)法人・ユーアイ自立支援の会(富山佳郎理事長)の運送計画を協議し、申請に必要な市長の協力依頼書の発行に同意した。同会は、九州運輸局の許可を得て四月からサービス開始する予定。 福祉有償運送は、バスやタクシーなど一人で交通機関を利用できない高齢者や障害者を対象にNPO法人などが車いす対応の福祉車両で送迎するサービス。運送を計画する団体は、自治体の設置する運営協議会の協議と運輸局の許可が必要。 同市は、二月初旬に運営協議会を立ち上げ、今回、事務局からガイドラインが示された。それによると、運送主体は市長から具体的な協力依頼を受けたNPO法人や地方公共団体が主宰するボランティア組織。運送対象者は、名瀬市に居住し会員登録、単独で公共交通機関を利用することが困難な人で介護保険法の要介護者、要支援者など。 発着地のいずれかが市内であり、車いすもしくはストレッチャーのためのリフト、スロープなどの特殊な設備を設けた自動車を使用する。運賃はタクシーのおおむね二分の一を目安とし、許可期限は二年間となっている。 ガイドラインを承認後、NPO法人・ユーアイ自立支援の会の運送計画を協議し、市長からの協力依頼書を発行に同意した。同会の計画では、二十八日現在の登録会員は七十一人で車両は車いす用リフト付きなど三台を使用、運転者は六人。運賃はおおむねタクシー料金の二分の一。小型車の場合、二キロ三百円、五キロ六百六十円、十キロ千二百円に設定している。 同運送を利用するには、ユーアイ自立支援の会へ会員登録の申請が必要。同会では、近く協力依頼書を添えて九州運輸局へ申請、許可を得て四月一日のサービス開始を目指す。 |
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| 全国の工業系学科の高校生を対象にしたジュニアマイスター顕彰制度(全国工業高校長協会主催)でこのほど、県立大島工業高校(西孝藏校長、生徒二百四十五人)の師玉竜太君(電気科三年)がゴールド、川上幸輝君(電子機械科同)がシルバーの称号を獲得した。学校関係者は「ゴールド取得は同校初で画期的なこと」と喜んでいる。 ジュニアマイスターは資格、検定ごとの難易度を点数化し、生徒の知識、技術、技能を評価する制度で二〇〇一年から実施している。合計三十点以上にはシルバー、特に優れた成果を有すると認められた場合にはゴールドの称号が授与される。 二人は入学時から資格取得を目指し、夕方遅くまで補習や自主学習を積み重ねてきた。師玉君は計算技術検定一級など十二個の資格で、四十七点を獲得。「学校初の賞が取れてうれしい」と喜んだ。同校で十年ぶりとなる(株)九電工への就職が決まっており、「技術を仕事で生かしたい」と張り切っている。 瀬戸内町加計呂麻島出身の川上君は寮生活をしながら勉強に励み、十個の資格を取得した。「三年間の勉強の成果が出せて良かった。努力することを学んだ」と話した。 |
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瀬戸内振興ナンコ会(会長・義永秀親町長)主催の二〇〇六年新春ナンコ大会が二十六日、瀬戸内町古仁屋の居酒屋であった。町議や商工会、漁協、建設業などの有志ら約五十人が集い、杯を交わしながら昔ながらのナンコを楽しんだ。勝負が進むにつれ、会場の熱気も増し、勝負ごとに歓声が上がっていた。ナンコは奄美各地に伝わり、特に祝い事には欠かせない縁起の良い遊びとして知られる。互いにナンコ球(木の棒)三本を持ち、相手が隠し持った数と、自分が手に持った数を合わせて言い当てる「サンナンコ」や相手の持っている数だけを当てる「ハヤリナンコ」がある。同大会は今年で二回目。さまざまな交流促進や「結(ゆ)い」の心を育てることにもつながるナンコが次第に姿を消しつつあることを危ぐした同会の有志らが、地域興しにも役立てようと企画した。 大会は、予選リーグが四十一点先取制。まず五台のナンコ台に分かれ十人ずつで対戦。勝ち残った五人で順位を決めた。心理戦や駆け引きが勝敗を分け、相手と同じ数を指す「キョウディ(兄弟)」など独特の掛け合いに、一勝負ごとに歓声が上がった。 発起人の一人である武原正夫さんは「今年も多くの参加者でありがたい。今後も継続して盛り上げていきたい」と笑顔で話した。 |
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| 【鹿児島総局】一日の県議会本会議は、自由連合の栄和弘議員(大島郡区)の質問の取り扱いをめぐって約四時間にわたって空転した。政治倫理審査会で疑惑は無かったと結論付けられた社会福祉法人を舞台にした金銭授受疑惑問題を、栄議員がさらに膨らませて取り上げたためだ。議会は「栄議員の質問中の不穏当発言を削除する」との動議を賛成多数で可決、議会運営委員会決定に基づき疑惑関連の質問を中止させた。共産党を除く各会派では、栄議員の責任を追及する動きが再浮上している。 同疑惑は栄議員が昨年九月議会で指摘した。しかしその後、疑惑の解明は全く進展せず、政治倫理審査会へと発展した。その間、栄議員のいう告発人は議会の参考人招致を欠席、栄議員も手持ち資料の公表を拒絶した。一月三十日には、政倫審審査に基づき、栄議員に対し議員辞職勧告が行われた。 一日の一般質問で栄議員は、冒頭で疑惑問題を取り上げ、告発人の参考人招致欠席理由を、実名を挙げて政府与党幹部からの要請に基づくものだったなどと説明。その上で知事や県警本部長らに対し、疑惑に対する見解をただそうとした。 議会は「不穏当発言があった。精査のため休憩を」とする動議を、栄議員と共産を除く賛成多数で可決。会派代表者会や議運を断続的に開き、発言の取り扱いと、この日の議事運営方針を決めた。 栄議員も議決に従い、その後の議会は正常化した。 本会議後会見した栄議員は「議会決定は言論の封殺だ。三月議会中に司直の手によって(疑惑が)解明されなければ議員を辞める」と話した。共産を除く各会派は二日の議運で、栄議員に対する今後の対応を協議する方針だ。 |
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奄美の公、私立高校で一日、卒業式があった。約千三百人の卒業生は在校生や保護者、教諭が見守る中、慣れ親しんだ学校を巣立った。名瀬市の県立奄美高校(荒殿直洋校長)の第三十六回卒業式は同校体育館であり、保護者や在校生らが卒業生二百四十四人を祝福した。 卒業証書授与では、担任教諭が生徒一人ひとりの名前を呼び、卒業生らは大きな声で返事。厳かな雰囲気の会場に卒業生らの元気な声が響いた。 荒殿校長は式辞で「奄美、さらには世界に貢献できる人間になるために、将来を展望して主体的に生き、心豊かで徳を備える人間になってほしい」と卒業生に期待を込めた。 卒業生代表の溝田由美子さんは答辞で「クラスを超えた友と力を合わせた体育祭や文化祭は青春の宝物。励まし合った仲間のことを忘れません」と三年間で培った友情の大切さを述べた。 校歌、卒業式の歌斉唱後、卒業生は在校生、保護者席の間をクラスごとに手をつないで退場した。涙でほおをぬらす生徒、笑顔で後輩らに別れを告げる生徒など、それぞれの思いを胸に学びやを後にした。 奄美高校定時制の卒業式も同日行われ、働きながら学んだ卒業生二十一人の門出を祝った。 |
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| 保護観察中の少年と保護司、更生保護女性会のメンバーらによるボランティア活動が二月二十八日、名瀬市の特別養護老人ホーム「めぐみの園」(南谷豊子園長、五十人)であった。 保護観察を受けている少年たちに、社会の一員としての自覚を促すための社会参加活動の一環。少年のほか、鹿児島保護観察所名瀬駐在官事務所の担当官、管内の保護司や名瀬市更生保護女性会(川田清子会長、約百人)の女性ら十一人が参加した。 少年らは、施設内の窓拭きや洗濯物の整理、お年寄りの食事介助などの活動に熱心に取り組んだ。 特にお年寄りの食事介助では、車いすからの移動や一人ひとりの状態に応じた対応に戸惑う場面も。それでも、職員の指導でお年寄りに優しく語りかけながら、慣れない手つきで食事の世話に取り組んでいた。 少年の一人は「食事の介助が一番難しかったが、いい経験になった」と話し、別の少年は「(今回の体験で)介護福祉士の資格取得に再度挑戦したいと思った」と感想を述べた。 奄美の保護観察対象者は同日現在で六十一人。うち、少年は二十七人となっている。 |
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| 【鹿児島総局】県議会三月定例会は二日、一般質問二日目があり、五議員が登壇した。二〇〇六年度中には計画上の条件が整う奄美航路の鹿児島発着港の北ふ頭移転計画について、加藤憲一土木部長は「引き続き関係事業者と協議を進めていく」と答え、移転が実現するめどは示さなかった。自民党の永井章義議員(大島郡区)への答弁。 鹿児島港本港区の離島航路の移転集約は一九八二年策定の港湾計画で位置付けられた。現在、鹿児島新港を発着港とする奄美航路は、条件が整い次第、北ふ頭に移転する計画で、〇六年度中には移転予定岸壁が開く見通し。しかし事業者側が特異な潮流や物流用地の手狭さなど指摘して、移転協議が難航している。 〇九年七月に南西諸島域で観測される皆既日食の活用策について、岡積常治企画部長は「継続時間などの面から世界的にも優れた観測地と聞いている。国内外に本県離島をPRし、交流人口の拡大を図る絶好の機会になる。関係機関や市町村と連携を取りながら、旅行商品の造成支援や宣伝、受け入れ態勢の検討など誘客活動を展開し、観光振興と離島振興につながるよう十分な活用に努めたい」と答えた。 地上波テレビ放送の奄美群島でのデジタル化対応施設整備について岡積部長は「適切な対策が講じられるよう関係機関と連携して(国に)強く要望していきたい」、「(共同受信施設の管理者に対し)デジタル化が円滑に行われるよう関係団体や市町村と連携しながら適切な助言、指導や情報提供に努めていきたい」とそれぞれ答えた。 |
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奄美大島観光物産協会(伊集院聰志会長)はこのほど、奄美大島と喜界島の高校を卒業する生徒に贈る「奄美美ら島大使」の名刺を作成して各校に発送した。名刺にはバーコードが印刷されており、携帯電話で「美ら島大使」のウェブサイトにアクセスすることができる。「美ら島大使」は、高校を卒業する生徒たちに進学・就職先などで奄美をPRする観光大使の役割を託そうと一九九八年度から始まった。 これまでは盾などを贈っていたが、同協会事務局(市紬観光課)の「実際に役立つものを」との考えから、奄美での催事や各種郷友会の催しといった情報を携帯電話で得ることができる名刺の配布になった。 名刺は大島紬の柄をあしらった表側に「美ら島大使」の文字が入り、裏側にウェブサイトへアクセスできるバーコードが印刷されている。サイトには奄美の歴史、自然、文化、観光、産業、行事などに関するページがあり、観光地等の画像ファイルもある。 サイトを管理する紬観光課は「島のさまざまな情報を発信していくので、新しくできた友人や知人などに奄美はこんな所だと胸を張ってもらえたら。慣れない土地での暮らしに疲れた時も、奄美の薫りのするサイトをのぞいて元気を出して」と卒業生らにエールを送っている。 |
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| 若手唄者として奄美島唄界をけん引してきた中孝介(25)が一日、歌手デビューの夢をかなえた。瀬戸内町出身の歌手元ちとせの歌声に引かれ、島唄を始めてから十年。穏やかな口調で「まだ実感が沸かないというのが正直な気持ち。一生に一度しか味わえない今日に感謝している」と心境を語った。 中は名瀬市小俣町出身。奄美高校を卒業後、奄美看護福祉専門学校から琉球大学へ編入した。二〇〇〇年の奄美民謡大賞で新人賞を受賞し、過去四枚の島唄CDを発表。ポップスに初挑戦した昨年発売のインディーズアルバム「マテリヤ」(ディ!レコーズ)で幅広い支持を集めた。 メジャーデビューの第一作「それぞれに」(エピックレコードジャパン)は表題作「それぞれに」のほか「白と黒の間に」「道」など五曲入り。税込み千二百二十三円で発売している。 デビューのステージに選んだのは長年、音楽活動を支えてきた名瀬市のライブハウス「ASIVI」だった。折りしもこの日は高校の卒業式。「この場で歌うために出合った曲。みんなさまざまな思いを抱えてシマを離れると思うが、可能性を信じて自分の決めた道を歩んでほしい」。後輩の姿に自らの旅立ちを重ねて「それぞれに」を贈った。 島唄大会で実績を残し、唄者としての姿勢を問われることも少なくないが、長嶋妙子マネージャーは「優しい詩をさらに優しく、悲しい曲をさらに悲しく伝えられる声の持ち主。島唄の技術では説明できない力がある」と話す。 夏には次回作の発売が決まり、全国十カ所以上でのライブ、テレビ出演と充実した毎日を送る。今後の抱負について「一人の歌手としてプロ意識を持つことが大切。いろいろな人との巡り合わせで夢をかなえられたので、これからは歌で恩返ししたい」と語る中。デビュー前から変わらない姿勢でこれからも歌に向き合っていく。 |
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