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4月22日(土)付 

スポーツ合宿の経済効果6億円弱に
 スポーツアイランド構想を推進する奄美スポーツアイランド協会はこのほど、スポーツ合宿による二〇〇五年度の経済波及効果を算出した。例年五億円規模だった経済効果は、過去最多人員の受け入れにより約六億円となり、前年度比で約二割のアップ。同協会事務局の奄美市紬観光課は「各企業のスポーツ活動への理解が深まったことが要因」と分析している。
 合宿では過去最多の千四百七十九人を受け入れ、〇五年度の経済波及効果は前年比九千八百五十万円増の五億九千四百万円。スポーツイベントでは、県高校サッカー一年生大会の四百十四人をはじめ、バスケットボールのNBSメイアップ、名瀬カップ、野球のオリオンベースボールなど七団体、千百七十一人が来島。合宿との合計では二千六百五十人に上る。平均宿泊日数も〇四年度の八・〇日から〇五年度は八・六日と伸びた。
 不況のあおりを受け、奄美合宿で柱となる実業団陸上を中心に〇二年(五億四千六百二十万円)のピークから宿泊数の減少などが続き、経済効果は下降線をたどった。〇五年度で大幅に盛り返したことについて、紬観光課は「各企業のスポーツ活動への理解が深まったと考えられる。スポーツイベントの開催も大きい」と要因を挙げた。
喜界町が農産物加工施設を着工
 喜界町が農産物加工販売施設の整備を進めている。特産のゴマ、ソラマメ、かんきつ類などを素材にした加工品の開発・研究施設。三つの加工室と直売所を備えて、今秋にもオープンする。「農業立島」を旗印とする町の新たな産業拠点ともなる。
 建設地は同町湾の町営農支援センターに隣接する町有地。町産業振興課によると、用地面積五千平方メートル。建物は床面積五百五十平方メートルの木造平屋建て。ソラマメ加工室、ドレッシング加工室、一般加工室、直売所などからなる。JAに貸与中のゴマ洗浄機(二〇〇三年度整備)も移設する。
 総事業費は二億七千万円。財源は三分の二が防衛庁の防衛施設周辺民生安定施設設置助成事業補助金、残りが町の一般財源。現在、土地の造成中で、建物は夏ごろには完成する見通し。六月定例町議会に設置条例案を提出し、使用料規則も定める。
 同町の住民の間ではソラマメやゴマ、トマトなどを使った加工食品開発が活発で、ゴマドレッシング、ソラマメ黒糖といったヒット商品も生まれている。中心となっているのは生活研究グループを母体にした「結いグループ喜界」。新施設は、これらのグループに加え一般の利用も見込んでいる。町ではオープンまでに施設の愛称も決める予定だ。
徳之島町で青空美術館がオープン
 【徳之島総局】徳之島町亀津の海岸沿いの緑地帯に新しい美術館がオープンした。名称は「青空美術館」。この緑地帯にある小屋に日々集い自由に語らっている年配男性らで構成する「浜友会」が設置したもの。同会の政寛治さん(63)は「手作りで美術館を開設した。希望者があれば俳句や短歌、絵、写真などを展示し、交流の場としたい」などと話している。
 青空美術館は亀津東区の徳之島建設会館前の緑地帯内に浜友会が町の許可を得て設置したもの。木と木の間にパネル(横六メートル、縦九十センチ)を打ち付けた簡素なもので屋根もないが、浜友会のメンバーの「何か島のためになる物を」との思いが込められている。
 浜友会は同地周辺に住む六十歳代前半から七十歳代後半までの人たちを主なメンバーとし、代表などの役職もなく自由に集い語らう。政さんによると、周辺を通りがかって話の輪に入ってくる人もおり、多い日は十二―十三人が集うという。
 現在、青空美術館の記念すべき第一回イベントとして徳之島の写真愛好家で組織する徳之島写友会の女性四人展を開催中。四人(久志美恵子さん、山田とし子さん、寺園光さん、常山京子さん)が撮影した島内の風景写真など力作二十点を展示している。五月十五日まで。

4月23日(日)付 

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幼虫が異常発生しスモモに食害

 大和村で三月末からガの幼虫が異常発生して特産果樹・スモモ(奄美プラム)の果実や葉に食害を与えた。特に山すそにあるスモモの被害が大きく、村役場は急きょJA奄美大和支所を通じて農作業受託班に防除を委託し、スモモ園周辺の山すそを中心に雑木への薬剤散布を行い、生産農家には園内での薬剤散布を呼び掛けた。幼虫は徐々に少なくなっており、食害は収束状態となっている。ガの種類や異常発生の原因は分かっておらず、村側は状況を注視している。
 村産業振興課によると、三月末、役場庁舎裏の壁一面にびっしりとガの幼虫が張り付いていた。四月初旬にスモモ生産農家から「スモモ果実の食害がひどい」との報告が入るようになった。産業振興課職員らが調査した結果、国直、大和浜、大棚集落に至るスモモ園で山すそを中心に果実や葉の食害を確認した。一つの枝に数匹の幼虫が付いている所もあり、山際の雑木の葉にも見られた。
 薬剤散布は十七、十八日の二日間、国直側と大金久側からの二班に分かれて行った。大和浜の農家は「木に虫が多数ぶら下がり、近くを歩くと服に多数の虫が付いた。薬剤散布後は虫は少なくなった」と話した。
 村側は、県農業開発総合センター大島支場(旧農業試験場大島支場)にガの特定を依頼。同支場などによると、幼虫の体色は濃緑色、淡緑色など数種類あり、まれにオレンジ色も見られ、縦に五本の白線が入っている。ガの幼虫であることは間違いないが、成虫にならないと種類は特定できない。一般的に幼虫がさなぎとなり、二―三週間で羽化して成虫となる。
 ガの幼虫は主にアマミアラカシの柔らかい新葉を食べ、ショウベンノキやウラジロエノキなどの新葉を食べるという。スモモの果実や葉の食害について関係者からは「例年、少しは虫による果実の食害、アオバトなど鳥類の食害はあるが、ガの幼虫の異常発生で多くの食害が出たのは珍しい。幼虫を食べる鳥類の減少によるものか」「幼虫のえさ不足かもしれない。山際の雑木にいた幼虫が風でスモモの木に移動したのではないか」との推測が聞かれた。
 果実はまだ黄緑色で直径三センチ前後。収穫時期は五月下旬―六月。現在は仕上げ摘果の時期で、関係者は今後の食害や天候の影響を注視している。
鹿児島市で「喜界島うまかもんフェスタ」
 【鹿児島総局】喜界島の味覚を多くの人に楽しんでもらおうと、鹿児島市のダイエー鹿児島店で二十日から二十五日まで「喜界島うまかもんフェスタ」が開催された。健康食として注目を集めている黒糖をはじめ新鮮な野菜や加工食品などが多数並び、島の味を求めて多くの買い物客でにぎわっている。週末には島唄ライブなどのアトラクションもあった。
 喜界島の物産展は、鹿児島市在住の出身者らが企画。島の食品会社四社に参加を呼び掛け三月末に鹿児島中央駅で実施したところ、大好評だったことから第二弾としてダイエーでの開催が決まった。
 今回は黒糖のほかトマトなどの野菜や天然塩、魚ミソなどの加工食品、海ブドウなど三十品目を出品。揚げたての黒糖ドーナツや絞りたてのサトウキビジュースの販売もあり、店内の特設コーナーには多くの買い物客が集まった。二十二日のアトラクションでは、喜界島出身で鹿児島市在住の泉茂光さん、川畑さおりさんの島唄ライブもあり注目を集めていた。
 友人に誘われ姶良町から来たという谷元りつ子さん(65)は「内地と違う、普段食べることができない自然なものが味わえるのがうれしい」と語り、黒糖などを買い求めていた。
徳之島町と瀬戸内町で富山丸慰霊祭
 【徳之島総局】第二次世界大戦中に米軍潜水艦の魚雷攻撃を受けて徳之島町亀徳の沖合に沈んだ輸送船「富山丸」の第四十三回戦没者慰霊祭(遺族会主催)が二十二日、同町なごみの岬公園で厳かに執り行われた。本土からの参拝団や町の関係者など約二百人が参列。非業の死を遂げた三千七百人あまりの御霊の平安を祈るとともに、恒久平和への誓いを新たにした。
 全国各地の九十三歳から二十七歳までの遺族約百二十人が来島した。
 慰霊祭で遺族会の川南廣展会長は「遺族会の総会で遺骨の収集事業の条項の削除が決まりました。きれいな徳之島の海でいままで通りゆっくりとお休みください。われわれは戦争の悲惨さを次の世代に受け継いでいきます」と慰霊の言葉。続いて勝重藏徳之島町長が「六十四年の歳月がたち、一番危ぐされることは戦争の歴史が風化されつつあること。愛する人を亡くす苦しみと悲しみ、そして尊い犠牲の上に今の平和がある。二度と戦争を起こさないためにも子や孫に語り継ぐ責任が私たちにはある」などと追悼の言葉を述べた。
 続いて遺族会の川南会長を皮切りに、参拝団が各県ごとに祭壇へ献花し、犠牲者のめい福を祈った。
 遺族の中には「私は母のおなかの中にいて父の顔を知らない。お父さん会いに来たよ。お父さん帰ろう。私の背中に乗って」「お父さん分かりますか。手を握り、声を掛けてください」「徳之島に来ると父に会える気がする。また来るよ」「お父さんの所へ旅立った母に会えましたか」などと涙ながらに呼び掛ける姿があった。
 その後、慰霊碑の建立に尽力した故三角光雄氏の顕彰祭などがあった。二十三日には同地で「富山丸を語る集い」を開催する予定。
                               ◇
 瀬戸内町古仁屋では沈没地を望む聖域の森で午前八時半から供養祭が行われた。遺族会のほか町関係者が参列し、犠牲者のめい福を祈った。その後、一行は沈没地で洋上慰霊祭を済ませ、徳之島へ向かった。
 富山丸が沈没した当時、瀬戸内町では町民が乗船者の救助や治療に協力し、犠牲者を現地で埋葬したという。同町には二十一年前、沈没地を望む聖域の森に供養塔が建立された。
 供養祭では遺族代表や義永秀親町長が「犠牲者のみ霊に報いるためにも戦争の悲惨さ、平和の尊さを後世に伝えたい」などと弔辞。供養塔に花をささげて戦没者の霊を慰めた。
 遺族会一行は二十一日に同町では初めての遺族会総会を開いたほか、埋葬地を訪ねて犠牲者のめい福を祈った。

4月24日(月)付 

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初代奄美市市長に平田氏

 名瀬、住用、笠利の旧三市町村合併に伴う奄美市長選挙は二十三日、市内三十六カ所で投票が行われ、即日開票の結果、旧名瀬市長の平田隆義氏(68)=無所属新人=が、元拓殖大学教授の叶芳和氏(63)=同=を七百二十三票の小差で破り、初代市長に当選した。確定得票は平田氏が一万四千九百六十一票、叶氏が一万四千二百三十八票だった。一騎打ちとなった選挙戦は、旧名瀬市長を三期十一年務めた平田氏が強固な支持基盤を生かし、着実に票を伸ばして競り勝った。叶氏は市民グループや超党派の支持票を核に追い上げを図り善戦したが、一歩及ばなかった。両氏は告示以来、互いに新市の将来像を訴え、激戦を繰り広げた。有権者の関心は高く、投票率は前回の旧名瀬市長選を24・08ポイント上回る76・99%だった。
 開票は午後八時から名瀬小学校体育館で行われた。午後九時からの中間得票は同数が続き、午後十時で開票率68%を超えても一万票ずつ。午後十時半の速報で平田氏がリードし、同十時四十五分に確定が出た。
 平田氏は、旧名瀬市長を務めた政治経験や奄美大島地区合併協議会会長として合併を進めた実績などをアピール。「合併した地域の特性を定着、発展させたい」などと奄美市全域の均衡ある発展を訴え、住民参加型のまちづくりや行財政改革などを主張した。
 名瀬地区を八つに分けた後援会を中心に選挙戦を展開。企業や事業所、友好団体などの支持を集めたほか、市議や県議らが強力に支援。自民や公明の推薦も得て組織選挙を繰り広げた。知名度を生かし名瀬地区を中心に票を固め、住用、笠利両地区でも支持を広げた。
 叶氏は、市民グループ「新生・奄美市を創(つく)る市民の会」の支援を前面に、「市民派」選挙を展開。市民本位の政治を最優先課題に挙げ、「人口が減少し、経済が疲弊している奄美を変える」などと主張。農業や観光による町づくりで雇用拡大を訴えた。
 叶氏は出馬表明がやや出遅れたが、市民の会が市内全域で運動組織を支えたほか、民主、共産、社民などの推薦も得た。超党派の市議などを核に、草の根的な運動による支持層の掘り起こしを図ったが、及ばなかった。
 当日有権者総数は三万八千百五十一人(男一万七千四百九十六人、女二万六百五十五人)。投票者総数は二万九千三百七十二人(男一万三千百二十一人、女一万六千二百五十一人)で有効二万九千百九十九票、無効百七十二票、持ち帰り一票だった。

花の島ジョギング大会に600人

 【沖永良部総局】第二十五回花の島沖えらぶジョギング大会(同大会実行委員主催)が二十三日、和泊町の笠石海浜公園を発着点にあった。昨年からハーフで九集落を駆け抜けるコースに変更。昨夜の雨も上がり、心地よい風が吹き沿道のユリの花が揺れるエラブ路を島内外からの参加者約六百人が思い思いのペースで駆け抜けた。
 大会は(1)ファミリー(三キロ)(2)五キロ(3)ハーフマラソン(二十一・〇九七五キロ)(4)同リレー―の四コース。ファミリー二百四十三人、五キロ八十六人、ハーフ百十三人、同リレー二十四チーム百四十四の計五百八十六人がエントリー。鹿児島、沖縄をはじめ島外から東京、千葉、神奈川、長野、愛知、大阪、兵庫など百七十六人が来島した。
 開会式では琉球國祭り太鼓のエイサーの後、伊地知実利町長が「夏の訪れを告げるジョギング大会へようこそ。自分の体力に応じて無理なくジョギングを楽しんでほしい。大会を通して参加者同士や町民との交流を深め、沖永良部島での楽しい思い出をつくってほしい」とランナーを激励。ハーフ出場の花岡洋子さんが選手宣誓した後、午前九時にハーフ、五キロ、ファミリーの順にスタートした。
 伊藤祐一郎県知事がスターターを務めたほか、資生堂ランニングクラブの尾崎朱美選手(28)、藤川亜希選手(27)が五キロ参加者とともに走った。
 この日の沖永良部島は曇り空。スタート時の気温は二一・一度。ランナーたちは沿道のテッポウユリに見守られながらコースを走り抜けた。ファミリーコースでは乳母車を押す家族連れや高齢者の元気な姿もあり、花の島のジョギングを楽しんだ。

奄美群島水産青年協の「お魚まつり」に家族連れがどっと

 ○…奄美群島水産青年協議会(辺木幹男会長)主催の「新鮮なお魚まつり」が二十三日、名瀬漁協であった。大漁旗を飾った水揚げ場で群島内各漁協が取れたての魚介類や水産加工物を安値で販売し、海の幸を買い求める家族連れでにぎわった。
 ○…島の海の幸の良さをアピールして「魚食」の普及と水産業の振興につなげようと毎年開いている。奄美群島水産振興協議会協賛。イセエビ、イカ、アジ類、ブダイ、シビ(キハダマグロ)、貝類などが並び、法被姿の青年らの威勢のいい掛け声が飛び交った。
 ○…十二回目の今年は正午の開始だったが、午前十時前には魚好きの人々が詰め掛け、人気のイセエビ売り場をはじめ各コーナーは販売開始とともに買い物客で混雑。大半が一時間足らずで売り切れたほか、二百食用意したエビ汁やマダ(イカ墨)汁も三十分ほどで完売した。魚介類が当たる抽選会もにぎわった。

4月25日(火)付 

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沖永良部で知事と語ろう会

 【沖永良部総局】伊藤祐一郎県知事と県民との対話集会「第十六回知事と語ろ会」が二十四日夜、知名町の知名小学校体育館であった。優良和牛増頭対策や和泊、知名両町合併問題、障害者ネットワークの拡充など今、住民が最も関心を寄せているテーマについて知事と意見を交わした。合併問題について伊藤知事は「既に道州制が議論される時代。奄美が一つの単位になる日が近づいている。平和で農業がいろいろな展開ができるように、話し合いを進めてより融合が進めばいい」と国が進めた先の市町村合併が一定の成果を収めたことを強調する一方、実情に合わせて判断するべきとアドバイスした。障害者ネットワークの拡充については「共生のまちづくりは必要」などと前向きに支援する考えを示した。同島での知事対話は二〇〇三年の須賀龍郎知事以来、三年ぶり。
 住民からの質疑は(1)優良和牛増頭対策(2)和泊、知名両町合併問題(3)子育て支援の要望(4)人工島問題(5)地上波デジタル、ブロードバンド化計画(6)障害者ネットワークの拡充―など多岐にわたった。優良和牛増頭対策について伊藤知事は「国、県が半額助成して優良牛を肥育してほしいと資金供給事業を展開していたが、国が〇六年で終了してくれと言われて困惑している。市町村へ基金への拠出をお願いする一方、農水省へも今後の方向性をただしていきたい」と答えた。
 合併について伊藤知事はある程度の規模を持たないと発展しないと前置きした上で、「小さい島だから両町がライバルがいた方がいい。両町の先人たちがつくり上げた伝統や歴史の違いもある。道州制論議もあり、奄美が一つにくくられる時代が来る。いろいろな話し合いを基本に融合が進めばいい」などと答えた。
 県の障害者ネットワーク拡充について伊藤知事は「二十一世紀はNPO(民間非営利団体)の時代。NPOの努力と住民の参加で地域社会を守っていきたい。“共生共働のまちづくり”を基本に、NPO活動が把握できるホームページを立ち上げ、分野別に協力ができる仕組みを考えたい」と答えた。
 「知事と語ろ会」は奄美群島では瀬戸内町、伊仙町に次ぐ三回目。これまでと同様、伊藤知事自ら進行役を務めた。「語ろ会」には両町民ら約三百五十人が参加した。
 語ろ会を前に伊藤県知事は和泊町の農産物直売所「国頭ほうらしゃ市」や沖永良部花き流通センター、同町皆川のバレイショ専作農家川村秀文さん(66)の畑、知名町の国営かんがい排水事業施設などを視察した。
鹿児島黒牛PRで県推進協が発足
 【鹿児島総局】第九回全国和牛能力共進会鹿児島県推進協議会の設立総会がこのほど、鹿児島市であった。「和牛のオリンピック」といわれる全国共進会で好成績を収め、鹿児島黒牛を全国にPRするのが目的。同大会は五年に一度の開催で、来年十月に鳥取県で第九回大会がある。県推進協は、県内の畜産団体や行政など十三団体、機関で組織し、出品牛の選定やその育成および肥育指導などに関する事業を行う。来年七月に代表牛二十六頭を選定する。
 鹿児島市内のホテルであった県推進協の設立総会には畜産、行政関係者約六十人が出席。会長に選出された伊藤祐一郎知事が「全部門で前回以上の成績が収められるよう頑張りたい。総合評価を高めることが、鹿児島黒牛の飛躍につながる」とあいさつし、関係者を激励した。県経済連の大島駐在員も推進員として委嘱を受けた。
 鹿児島県における畜産の農業産出額は二千三百九億円で全体の56%を占めている。中でも肉用牛は七百二十五億円で全体の18%を占め、関連業種も含め県の主要産業として発展。第八回全国和牛能力共進会(二〇〇二年、岐阜県開催)では鹿児島の牛が六部門で農林水産大臣賞を受賞している。
ゆらおう会が「奄美の食U」を出版
 奄美市の女性サークル「ゆらおう会」(西シガ子代表)が会誌「いじゅん川―奄美の食U―山野草の息吹き(いぶき)」を発刊した。ツワブキやヨモギを調理した島料理のほかハンダマ、ウコンを使ったデザートなどのレシピを掲載し、高い栄養価が注目される山野草の魅力をまとめた。会員は「奄美は健康食といわれる山野草の宝庫。自然を守りながら、日ごろの食生活に取り入れてほしい」と話している。
 会誌は島唄から大島紬、女性史まで幅広いテーマを採り上げており、食に関する内容は二冊目。食をテーマにした各会員のエッセーを収録し、学習会や実習で学んだ山野草の効用と調理法を紹介した。
 会員が知恵を絞った創作料理はてんぷらや煮物といった定番料理のほかドクダミとヨモギ入りのおじや、ラッキョウと野草の酢みそあえ、ムラサキツユクサ入りのサンドイッチなどさまざま。紫色が鮮やかなハンダマゼリー、ウコンドーナツなど手軽な調理例も好評という。
 会員からは「手間ひまかけて調理し、自然の恵みに感謝する姿勢が大切」「奄美の豊かな自然を満喫した。食の安全が問われている今、足元の食文化を見直したい」などの感想が寄せられている。
 会誌は定価千三百円で奄美市内の書店などで販売している。問い合わせはTEL0997・53・6967岡山さんへ。

4月26日(水)付 

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大島本島南部町村議員大会でトンネル掘り替えなど決議

 第二十四回大島本島南部町村議会議員大会が二十五日、大和村中央公民館であった。大島本島南部議会連絡会を構成する大和、宇検、瀬戸内の三町村議会が提案した議題三件を決議し、「町村議員としての使命と決意を新たに南部町村が緊密な連携の下に豊かで活力ある地域社会の実現にまい進する」などとする宣言を採択した。
 大和村議会は「主要地方道名瀬・瀬戸内線の名音トンネルおよび今里トンネルの掘り換え」を提案。提案理由で、昭和四十年代初頭に建設された両トンネルは幅員が狭い上に歩道もなく、通学や通勤に危険が伴うことなどを挙げ、「日常生活の利便性向上や安全性確保のための生活関連道路整備は重要」とした。
 宇検村議会は「宇検村―大和村間トンネルの開設」を提案。理由説明では「広域的な視点に立った道路整備を図ることが奄美大島南部地域の農林、水産、観光、福祉・教育の振興に寄与する。トンネル開設で両村間の所要時間が大幅に短縮され、交流が盛んになり、各地域の活性化が図られる」などと訴えた。
 瀬戸内町議会は「松くい虫の徹底駆除」を提案。奄美の松が景観や魚付林、林地崩壊の防止等に重要な役割を担っているとした上で、前年度に加計呂麻島で松を枯らすマツノザイセンチュウによる大きな被害があったことを指摘。「大島本島に飛び火したら大変なことになる。被害調査、駆除、検査を徹底してもらいたい」とした。
 各議会からの提案要望について金子万寿夫、与力男、永井章義の三県議が助言。「思いを受け止めてしっかりやっていきたい」などと語った。
ルリカケス、巣立ちの季節―龍郷町の民家で
 〇…国の天然記念物・ルリカケスのひなが巣立ちの時期を迎えている。龍郷町久場の民家に設置された巣箱では二十四日、四匹のひながすくすくと成長し、えさを運んでくる親を待っていた。愛くるしい目、黄色いくちばし、口の中の赤色が際立つ。家主は「親鳥が毎日せっせとえさを運んでいる。あと数日で巣立つのではないか」と話していた。
 〇…ルリカケスはカラス科の珍鳥。羽毛はるり色を主色として美しいが、鳴き声はギャ―ギャ―とだみ声。三、四月ごろに枯れ枝やわらなどで巣を作り、三、四個の卵を生む。
 〇…この時期、山に近い民家の軒下などにも巣を作る。成長したひなが誤って巣から落ち、ネコなどに食べられることもあるという。十数年も同じ民家で巣作りをする例もある。
奄美市名瀬で若者たちが集合店舗オープン
 奄美市名瀬永田町の閑静な住宅街の一角に、島の若者たちが共同展開する集合店舗ビルがオープンした。カフェ、スケートボードショップ、古着屋、美容室、ハンドメイド雑貨ショップといった構成。発案者で全体をコーディネートした広畑大輔さん(29)は「目指すのは(東京の)裏原宿で体感できるようなドアの向こうに広がる異空間。周辺の住民にも親しまれ、各テナントが自慢できるようなビルにしたい」と話す。
 場所は、おがみ山公園口近くの永田川沿い。川に架かる小橋の先にあり、二月末まで学習塾が入っていた。鉄筋コンクリート二階建て、延べ床面積約四百平方メートル。
 内部は七区画。入り口に委託販売の島植物、板敷きの床に上がればカフェ、右に曲がって雑貨ショップ、その脇の階段を上がれば美容室があって奥に古着屋。裏に回ればスケボーショップ―とビルの中がまるで路地裏だ。
 広畑さんの本業は屋仁川の串揚げ屋。常連客のビル主からの貸し出し打診を受けて、本業とは別にかねてからの構想を実現しようと仲間を募った。具体的に動き出したのは今年二月からで、三月に入って改装に着手、四月十六日にオープンにこぎつけた。
 テナントオーナーは二十歳代前半から三十歳代半ば。まとめ役の広畑さんを除けば、個人商売は初めてという面々だ。オリジナル雑貨を扱う及川多佳美さん(27)は「念願だったショップを構えられたのは共同だったからこそ。ビルの価値が高まれば、自分のブランドも高まると思う」と話した。
 ビル名はどんぶりを意味する英語を入れて「OGAMIYAMA・BOWL」とした。「単品でも魅力だが、いろんな物が交じり合えばもっと魅力的になる」との意味を込め、広畑さんの友人が名付けたという。
 ビルには近くオリジナルTシャツの製造・販売店、レディス衣料販売店が入り、全店舗が埋まる。入居オーナーたちからリーダーと呼ばれる広畑さんは「協力し合っていくのもこのビルの特徴。オープンまでの工事を優しく見守ってくれた周辺住民への感謝を忘れず、だれもが気軽に立ち寄れる形を追求したい」と話している。

4月27日(木)付 

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入梅前に奄美市で合同防災点検

 県大島支庁と奄美市は二十六日、初の合同防災点検を行った。土砂災害などの発生が懸念される梅雨入りを前に、市内の災害危険個所を点検。検討会では「ハード対策だけでは限界がある。危険個所の周知徹底や住民の防災意識の向上などソフト対策の充実を図る必要がある」といった意見が出された。
 大島支庁や奄美市の関係部署の職員のほか、市議会の代表、名瀬測候所、警察や消防など関係機関から約五十人が参加。急傾斜地崩壊対策事業が行われている名瀬朝仁新町の工事現場や、洪水などを防ぐための総合流域防災事業が進められている小宿大川、道路災害防除を行っている笠利町の佐仁赤木名線を合同で点検した。
 午後四時半から市名瀬公民館で検討会を開催。防災点検にも参加した中野実支庁長が「関係機関がお互いの連携を密にしながら防災体制を強化していきたい」などとあいさつした。
 意見交換では、住民の防災意識の向上、危険個所などの防災情報の共有化、住民に対する危険個所の周知徹底などソフト対策の充実を求める意見が出たほか、自主防災組織の整備の遅れも指摘され、関係機関が連携して取り組んでいくことを申し合わせた。
奄美の高校新卒就職内定率が7年ぶりに95%台に
 名瀬公共職業安定所は二十五日、この春に群島内の高校を卒業した新卒者の就職内定状況(三月末現在)を発表した。就職内定率は前年同月比1・4ポイントアップの95・8%に達し、一九九九年以来七年ぶりに95%台に回復してこの十年間で二番目の高率となった。内定率の上昇について、同職安は「景況の良好な推移で県外の求人が増加したのに加え、各高校で就職希望者に対してセミナー等を開催して就職に関する面接指導が充実したのが奏功した」とみている。
 職安によると、県内外の企業から管内の高校に連絡のあった求人は前年同月比八百七十四人、30・2%増の三千七百七十一人。求人は管内を含む県内の事業所からが二百七十四人で、前年同月比十九人、7・5%増だったの対し、県外からは前年同月比で八百五十五人、32・4%増の三千四百九十七人の求人があった。
 管内の求人は四十九人で、前年同月比二十三人の減。また管内求人の産業別内訳では過去二年ゼロだった情報通信業が十二人で最も多く、次いで卸・小売業十人、製造業七人などだった。
 卒業生千三百九十七人のうち就職を希望したのは二百八十九人(男子百五十一人、女子百三十八人)で、就職が決まったのは二百七十七人(男子百四十九人、女子百二十八人)だった。
 就職先別の内定率は、県内が81・8%(希望者六十六人中五十四人)で前年同期比1・8ポイントの伸びだったのに対し、県外に至っては前年同期より2・4ポイントアップして100%(二百二十三人全員内定)に達した。
 この十年(いずれも卒業年)の全体の内定率をみると、〇二年に90%を割って87・9%となり、さらに〇三年に83・2%に落ち込んだが、〇四年に増加に転じて〇五年には94・4%まで回復していた。〇六年は一九九九年と同率の95・8%で、九八年の96・9%に次いで高率だった。また就職前線が本格化した秋から好調に推移し、二月で93・8%に達していた。
 同職安は、未就職者や来年の卒業生の就職支援では(1)事業所訪問による求人開拓など効果的な求人確保(2)管内事業所への早期求人アピール(3)地区高校就職対策会議などでの学校側との意見交換(4)若年者トライアル雇用を活用した未就職者の就職支援―を進めたいという。
「みどりの日」を前に奄美市で緑の募金活動
 二十九日の「みどりの日」を前に奄美市みどり推進協議会は二十六日、名瀬地区の中央通りアーケード街などで緑の募金活動を実施した。募金活動では緑の羽根を配布して、森林の大切さや緑豊かな郷土づくりをアピールした。
 緑の募金活動は四月末まで実施。市民の緑化意欲の向上と公共広場、学校などの緑化を図り、緑豊かな郷土づくり推進することが目的。旧名瀬市では二〇〇五年度、個人や法人などから六十七万円余りの募金があり、県内では七千八百三万六千八十円集まった。
 集められた募金は(財)かごしまみどりの基金が中心となり、各市町村の水源林や森林、学校、公共施設の環境緑化などに取り組んでいる。
 奄美市の募金活動は市役所と県大島支庁の担当職員約十人が参加。商店街二カ所で道行く人々に募金を呼び掛け、募金に応じた市民たちにはマリーゴールドやサルビアなど花の苗と森林の保全を呼び掛けるリーフレットを配布した。

4月28日(金)付 

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保育所提出用診断書に「らい」表記があり知名町役場が陳謝

 【沖永良部総局】知名町が保育所の入所児の保護者に提出を求める診断書の中に、ハンセン病の差別的表現である「らい」を用い、病歴の有無を確認する項目を設けていたことが二十七日までに南海日日新聞の調べで分かった。町保健福祉課は取材に対し、事実関係を認めた上で「古い書式を見過ごしてしまい申し訳ない。感染症の研修会などで職員の意識徹底を図りたい」と陳謝した。
 診断書は三月末、町民らの指摘で分かった。同町の診断書提出は田皆、知名、下平川の三町営保育所と民間一保育所の新規入所児が対象。二〇〇六年度入所分は三十七人が提出した。
 診断書には「特に、伝染病疾患の有無および集団生活の適否についてご留意ください」と目的が書かれ、「らい」のほか、「結核」、慢性結膜炎の「トラホーム」「性病」「てんかん」が記されていた。同課は診断書について、「病歴の有無は急な症状が出た場合の対処に使うためのもの」としながら、配慮が足りなかった事実を認め陳謝した。これまで項目に該当したため入所拒否された例はないという。
 また、同課の栄実孝課長は「十四、十五年余り使用してきたと思う」と説明。既に書式を改定するとともに、過去にさかのぼって使用実態を調べている。
 「らい」はハンセン病の旧病名で、国の隔離政策を定めた「らい予防法」に由来。同法は一九九六年に廃止され、国は元患者の人権を侵害してきたことを謝罪した。行政の文書用語としては使われていない。
 薗博明・和光園とともに歩む奄美の会副代表(72)の話 らい予防法が廃止されて十年たち、今ごろこのような問題が出てくるのは不思議な感覚。同町は熱心にハンセン病研修を行うなど理解ある土地柄だけに残念。パソコンが普及して書式作成が便利になったため起こったミスではないか。今後、襟を正して行政執行していただきたい。
中村瑞希さんが日本民謡フェスティバルでグランプリ受賞
 第十九回日本民謡フェスティバル2006((財)日本民謡協会主催)が二十三日、東京都のHHKホールであり、奄美市笠利町在住の唄者・中村瑞希さん(26)=赤木名小付属幼稚園教諭=がグランプリに輝いた。全国の各種民謡大会などの優勝者が出場し、まさに民謡界の最高峰ともいえる大会での快挙に、家族、関係者は「奄美群島民みんなの誇り」と喜びに沸いている。
 大会は、全国の百人以上が出場する民謡大会優勝者の中から歌唱力、地域性などを考慮し、テープ審査で選ばれた三十人で競った。中村さんは、昨年十月にあった〇五年度民謡民舞全国大会(同協会主催)で最高栄誉の内閣総理大臣賞を受賞し、ノミネートされた。奄美唄者の同大会グランプリ受賞は一九九九年の松山京子さん=天城町出身=以来二人目。
 ほかの出場者がはやしや太鼓など、数人で舞台に立つ中、中村さんは三線(サンシン)を手に一人で登場。約二千五百人の聴衆を前に、「やちゃぼ」(野茶坊節)を堂々と唄い上げた。静寂に包まれた会場に、中村さんの歌声と三線の音色が響き渡った。七人の審査委員に高い評価を受け、二位以下を圧倒。神津善行審査委員長は「声の表現力が素晴らしい。すべてに感動した」と絶賛した。
 昨年に続く日本一の栄誉に中村さんは「びっくりした。いまだに受賞の実感がない」と喜びを控えめに語りながらも、「島唄は、言葉が分からなくても感動を伝えることができる。唄を聴いてくれる人たちに感謝の気持ちを込めて歌った」と達成感をにじませた。
 中村さんは小学四年生から島唄を始め、大笠利わらべ島唄クラブで対知広夫さんに師事し、唄に磨きをかけた。これまで南海日日新聞社主催の奄美民謡大賞、民謡民舞全国大会浦本杯などを受賞し、奄美を代表する唄者として幅広く活躍している。
 二十六日、同市笠利町用安で平田隆義奄美市長、朝山毅旧笠利町長に大会結果を報告した。平田市長は「島唄が日本全国の皆さんに愛される唄になるよう、これからも頑張って」と今後の活躍を期待した。中村さんは「仕事と両立させながら、これからも島唄を学び、島で歌いたい」と話した。
大浜沖の稚サンゴを移植へ
 奄美群島サンゴ礁保全対策協議会の第三回総会が二十五日、奄美市役所会議室であり、二〇〇五年度事業報告や〇六年度事業計画を承認した。事業報告では〇五年度、オニヒトデ駆除数が一万七千百八十八匹に上ったほか、名瀬大浜沖に設置した着生板に稚サンゴが着生していたことが報告された。〇六年度は引き続き、サンゴ礁再生の調査研究のほか、モニタリング調査講習会などを開催する。
 同協議会は群島内の各市町村の担当者で構成し、サンゴ礁の保全や再生に取り組んでいる。この日は喜界町と与論町を除く十市町村から約二十人が参加した。
 オニヒトデ駆除は〇五年度、群島内全市町村で実施。瀬戸内町では安脚場・黒崎沖で九千二百匹余り(ボランティア、町単独駆除を含む)、龍郷町武運崎沖でも約千二百匹を駆除している。
 サンゴ礁再生調査では奄美市名瀬大浜沖と同住用町和瀬沖で着生板(十センチ四方のスレート板)を設置して、稚サンゴの付着状況を調査。和瀬沖の水深二メートル付近でハマサンゴ科が付着が確認されたが、大浜沖の水深三メートルでミドリイシ科の稚サンゴが多く付着しており、大浜沖が再生の可能性が高い地域と報告された。
 〇六年度事業計画ではサンゴ礁再生に向け、大浜沖で着生板に付着した稚サンゴの移植のほか、徳之島や喜界島で着生板を設置する。モニタリング調査講習会はサンゴ礁被度の調査方法を統一するための講習会。今年度は徳之島町と喜界町で実施するほか、奄美大島での講習会も検討する。
 意見交換ではオニヒトデ駆除について、産卵(六月ごろ)前の早い時期の駆除を求める意見があった。
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