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7月15日(土)付 

奄美市で自治研究県集会開く
 第二十三回地方自治研究鹿児島県集会(自治労県本部、自治研究推進委員会主催)は十四日、二日間の日程で奄美市で始まった。初の奄美集会で、テーマは「新しい公共 今こそ地域の自治・自立を」。初日の全体集会で講演した地方自治研究所の辻山幸宣主任研究員は公共サービスの提供手法の拡大に触れて「自治体は社会変化で生まれた住民ニーズに応えるためのネットワーク構築が求められている。(新たな公共サービス提供機関となっている)市場や市民社会の失敗をカバーするのも務めだ。職員は察知能力を高めなければならない」などと話した。
 集会には群島外の百五十人を含め計三百人が参加。開会行事であいさつした出口能美自治労県本部委員長は「国の構造改革は公務員をターゲットに進められていると言っても過言ではない。公共サービスをどう担っていくか集会で論議してほしい」と呼び掛けた。
 全体集会では、奄美市教育委員会の高梨修氏の記念講演「知られざる奄美諸島史」もあった。その中で高梨氏は、琉球から薩摩、そして戦後の米軍政などと変遷した奄美統治の歴史を例に「日本の境界は伸び縮みを繰り返してきた」と指摘。歴史、文化、自然といった特徴や歴史研究の課題を挙げて「鹿児島や沖縄側からではなく鹿児島、奄美、沖縄と相対化した分析が求められている」と述べた。
 分科会は自治・自立、社会保障、食糧・環境・まちづくり、教育・人権の四部会十分科会。このうち反差別・平和分科会では、喜界町の得本拓氏が今年三月運用開始された防衛庁の高感度円形無線傍受施設(通称・像のオリ)の反対運動経過を報告し、「組合としての組織的平和運動を市民運動に広げられなかった」と総括した。
奄美各港で異常潮位を確認
 奄美大島の名瀬港、赤木名港、古仁屋港などで十三日、異常に潮位が上がった。目撃した漁業関係者によると、名瀬港の名瀬漁協製氷所付近の船だまりでは満潮前の午前七時半ごろに海水が岸壁を乗り越える個所もあった。十四日は満潮時の午前九時四十分ごろ、岸壁の上部から海面までは一五センチしかなかった。夏から秋にかけて全国的に潮位が高くなる時期で、台風や低気圧によって高潮が発生しやすくなるため注意が必要だ。
 名瀬測候所によると、奄美地方の七―十月の月平均潮位は、一―三月に比べて約二五―四〇センチ高くなり、年間の最高潮位は夏から秋にかけての大潮時期(満月や新月の前後数日間)の満潮時に観測される。同測候所は先月末に「潮位に関する情報」を出して浸水被害に注意を呼び掛けた。
 気象庁の高潮に関する説明によると、台風が接近して気圧が低くなると海面が持ち上がる。気圧が一ヘクトパスカル低いと海面は約一センチ上昇するといわれ、例えば1000ヘクトパスカルだった気圧のところに中心気圧が950ヘクトパスカルの台風が来れば、台風の中心付近では海面が約五〇センチ高くなり、その周りでも気圧に応じて高くなる。
 十三日の名瀬港の満潮時は午前八時五十一分で、その時刻に台風は名瀬港から約八百キロ離れており、大きな影響はなかったものとみられる。ベテラン漁業者は「台風が接近した大潮の時刻に海水が岸壁を越えることはあったが、普通の大潮のときには見たことがない」と話していた。
 奄美市名瀬小湊には気象庁が設置した津波を観測するための「検潮所」があり、潮位データは自動的に名瀬測候所へ送られる。同測候所は十三日前後に潮位が高めになる予測はしていたが、高潮注意報や警報の発令はなかった。

7月16日(日)付 

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暑さに弱いシクラメンが猛暑の奄美で開花

 〇…奄美市名瀬永田町の新聞配達業・芝田正道さん(52)が昨年十一月に購入した鉢植えのシクラメンが六月終わりごろから開花し、「冬に咲く花がこの猛暑の最中になぜ?」と持ち主を驚かせている。
 〇…芝田さんによると、二月ごろに花を咲き終えた鉢を日差しの当たらない風通しの良い軒下に置いていたところ、梅雨に入ってから再びつぼみを付けて咲き始めたという。
 〇…和泊町の花き農家(39)によると「本土では条件によっては冬場から五月くらいまで咲き続けることもあるが、暑さに弱いシクラメンが奄美でこの時期に咲くのは珍しい」と話していた。
生産低迷の沖永良部島でサトウキビ作り推進決起大会
 【沖永良部総局】沖永良部島第十一回サトウキビ作り推進決起大会(同実行委員会主催)が十五、和泊町民体育館であった。二〇〇七年産から導入される品目別経営安定対策で、政策支援を受けるための産地の取り組みについて説明があった。集まった農家はキビ作の安定、発展のため今期六万トン以上の確保を誓い合った。
 決起大会には島内のキビ農家約四百五十人以上が出席した。実行委員長の橋口彰沖永良部さとうきび生産対策本部長が「〇五年―〇六年期の生産量は史上最低になった。危機的状況ととらえ年ごとに減少する生産量に生産者、関係機関一丸となって歯止めを掛けなければならない。〇六年夏植えから対象となる経営安定対策についても、これまでと同額の価格が保証されるので安心してキビ作りに取り組んでほしい」と呼びかけた。
 開催地の伊地知実利和泊町長あいさつに続き、加治屋義人、野村哲郎両参議院議員が来賓祝辞に立ち、農家の奮闘に敬意を払うとともに、キビ増産、機械化推進などにエールを送った。優良農家表彰があり、高生産農家二人と特別表彰四人に表彰状が授与された。
 県農協中央会の前田英文農政部長が「新たなさとうきび政策について」と題して新たな経営安定対策に向けて講演した。「魅力あるきび作り」の題で仁志さとうきび生産組合長の有川健志さんが体験を発表。収穫量にばらつきがあり、ハーベスターが使いにくく、ハリガネムシの発生に悩まされた夏植えをやめ、来年度から春植え、株出し体系に移行する取り組みを紹介した。
 @十アール増産運動で収穫面積千ヘクタール以上を確保A土づくり、適期植え付け、適正管理、基本技術励行の徹底で単収向上Bサトウキビを核とした輪作体系を確立し、安定した面積、生産量確保C生産者、関係機関一体となり、担い手農家の育成を図り、生産量六万トン以上を確保―をスローガン採択した。
 被表彰者は次の通り。(敬称略)
 ▽高生産農家 瀬川静一郎(和泊町瀬名)神崎兼三(知名町上城)▽特別表彰 皆川忠造(和泊町皆川)栄文枝(和泊町玉城)田畑昭一(知名町黒貫)富久晴治(知名町上平川)
徳之島町の丸野さん、HPで動画を配信
  【徳之島総局】徳之島のさまざまな情報が掲載されているホームページ「徳之島ネットワーク」内に新たに動画を配信する「徳之島テレビ・Com」が加わった。一人で運営する徳之島町観光協会の丸野清事務局長(43)は「アクセス件数が増加し、新しい方法で新しい物をしたかった。無理をせず自分のやれる範囲で島を元気にしたい」と張り切っている。
 徳之島ネットワークは島のイベントを紹介するホームページとして四年前に「イベント丸ちゃん」の名称でスタート。情報を強化しながら継続してきた結果、アクセス件数は年々増加し、今春にはアクセスが四十万件を突破。ここ半年は島内外から毎日約千件のアクセスがあるという。
 徳之島テレビは八チャンネルで構成。若い唄者など人物や島の風景、全国同窓会の実行委員会が島で打ち合わせをする場面などを紹介している。丸野さんは「海外で活躍する島出身者らからのアクセスもある。今後は生中継で島の将来などを語り合うことも手掛けたい。一方で、元気なお年寄りも身近な話題も紹介したい」などと抱負を語り、さらに「撮影は小型のデジタルビデオカメラ一台。無理をせずに長く続けていきたい」と話している。
 徳之島ネットワークへのアクセスはhttp://www3.synapse.ne.jp//mcmaru/。

7月17日(月)付 

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龍郷町秋名で稲刈りピーク

 ○…夏本番を迎え、田袋として知られる龍郷町秋名集落で稲刈りが最盛期に入った。強い日差しの下、家族やグループで稲を刈り取り、あぜや道端には天日干しにした黄金色の稲穂がずらりと並んでいる。
 ○…稲刈りは、梅雨が明けた六月下旬から七月の下旬にかけて。排水した田で稲を刈り、あぜなどにくいとさおで作った棚に稲を干す。雨が降らなければ一週間ほどで乾燥させて脱穀する。同地区は兼業農家が多く、ほとんどが自家米用。出身者らで稲作を続けているグループもいる。
 ○…十六日、同窓生約十人で稲刈りに汗を流した平田利恵子さん(51)らは「共に助け合うユイワクの精神で四年前に始めた。仲間で一緒に汗を流し、食事を囲むのが楽しみ。今年は台風の影響を受けず、害虫被害もなくて豊作。出来た米は分け合い、お盆や運動会に使いたい」と話していた。

瀬戸内町の沖縄の子供達が文化交流

 瀬戸内町主催の「沖縄と瀬戸内町の子供たちによる文化交流発表事業」が十六日、同町の薩川中学校体育館であった。同町からはジュニア・ホノホシ太鼓と薩川小中学生による八月踊り、沖縄県からは読谷村渡慶次(とけし)獅子舞クラブが伝統の舞を披露して文化交流を図った。伝統文化を受け継ぐ子供たちに、集まった薩川校区の集落民から盛大な拍手が送られた。
 同事業は、同町出身で沖縄瀬戸内会長を務める白間弘造さんと沖縄古仁屋会長の崎濱秀昭さんの呼び掛けで実現。白間さんによると、「沖縄と瀬戸内町の子供たちの交流を」と呼び掛けていたところ、人工大理石の会社を営む崎濱さんの職員が渡慶次獅子舞クラブの関係者だった縁もあり、今回の交流事業に発展した。
 文化交流発表会では、同町の徳永敬次教育長が「昔から人、物の交流があった沖縄との交流が実現できて素晴らしい。子供たちの演技を堪能して」とあいさつ。渡慶次集落区長で同獅子舞クラブの会長も務める玉城安徳さんが「獅子舞は二百五十年の伝統がある。地域を愛する子供たちに育ってほしいとの願いから一九九三年に正式に結成した」などと同クラブを紹介しながらあいさつした。
 ホノホシ海岸に打ち寄せる波と玉石の音を表現したという創作太鼓を、結成十一年目のジュニア・ホノホシ太鼓十三人のメンバーが勇壮に披露してオープニング。渡慶次獅子舞クラブの子供たちによる三味線演奏に続き、獅子舞が演じられた。
 二人一組による四頭の獅子が、女子中学生の三味線の音に合わせ、ユーモラスで繊細な動きを見事に演じると会場からは感嘆の声と盛大な拍手、指笛も飛び交った。
 発表会後は、ジュニア・ホノホシ太鼓と薩川小中学校の保護者らが準備した手作りの「鶏汁」やおにぎりで昼食会。三味線を担当した渡慶次獅子舞クラブの女子中学生らは「いい思い出づくりができた。奄美は緑がいっぱい。大島海峡がきれいだった」と笑顔で話した。
 一行は、薩川小学校などで記念植樹を行ったほか、チャーター船で同海峡を遊覧、マグロ養殖事業なども見学もした。

奄美ITアイランドフェア開く

 奄美アイランドフェア2006(同実行委員会、九州総合通信局、奄美市主催)は十六日、奄美市名瀬の奄美文化センターであった。若手起業家によるパネルディスカッションやインターネットを利用したネット会議などのほか、奄美市を中心にIT(情報技術)関連の企業八社が自社製品や事業内容をPRし、大勢の人出でにぎわった。
 フェアはIT企業間の交流と市民がITに親しみ、活用してもらうことを目的に「情報通信月間」に合わせて開催。今回で四回目となる。
 オープニングセレモニーで平田隆義奄美市長は「フェアを通じて地元IT企業の情報交換と子どもたちがITを身近な存在として活用し、学習の場を広げるよう役立ててほしい」などとあいさつ。九州総合通信局の杉山博史局長は「フェアを契機に奄美の情報化と地域の活性化につなげてほしい」と呼び掛けた。
 パネルディスカッションでは奄美市や沖縄県の若手IT企業家四人をパネリストに「ITを活用した起業、事業拡大、地域興し」のテーマで協議。沖縄県の安里香織さんは「外から見た場合、奄美の商材がよく見える。地元の人が普通と思うことでも外から見るとビジネスチャンスになる」とアドバイスしたほか、奄美市の野崎梨乃さんは「起業は難しくないが、持続していくことは難しい。多くの若者が奄美で事業を起こし、持続してほしい」と呼び掛けた。
 会場にはIT企業ブースが並び、光ファイバーを利用した高速通信の体験コーナーや小規模ネットワーク制作コーナー、ビデオ編集コーナーなどがあり、家族連れらがテレビ電話、ゲーム、音楽、映画などの操作体験を楽しんでいた。
 このほか、コンピューター・グラフィックス(CG)作品大賞の表彰式があり、会場に高校生と一般が応募した二十八作品を展示。インターネットを利用した「ネット会議」では名瀬中学校と沖縄県の北中城中学校の生徒会メンバーが自己紹介や特技を見せて交流した。
 CG作品の被表彰者は次の通り。(敬称略)
 ▽大賞 大屋勝樹(奄美情報処理専門学校)▽一般 江崎哲郎(同)川崎瞬一(同)▽高校 榊原希望(大島)重田和美(同)松島美紀(同)▽学校賞 大島北高校

7月18日(火)付 

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一夜限りのかれんな サガリバナが開花

 ○…一夜限りのかれんな花を咲かせるサガリバナ(サガリバナ科)が見ごろを迎えている。瀬戸内町与路島では、集落内の民家前や学校裏に群生。白色でふっくらとした花は、夏の夜に彩りを添え、甘い香りは、周囲の人々を癒やしてくれる。
 ○…サガリバナは奄美以南の各地に分布。中でも与路島は、防風林や土地の境界として数多く植栽され、樹齢百年以上ともいわれる古木が群生する。与路島出身の屋崎一さん(87)=奄美市名瀬在住=は同島のサガリバナについて「私が小さいころには既に大きかった。地元では““ジケギ”と呼んでいる」と振り返った。
台風余波の中、海上タクシーが命がけで急患搬送
  奄美の近海域は先週、台風4号の影響で海が荒れた。船の往来が途絶えた瀬戸内町与路島で十二日、救急搬送を必要とする患者が発生。救急艇も来れない荒波の中、患者を託された地元の海上タクシー「芳丸」の芳順一船長(32)は命懸けで出港。加計呂麻島まで患者二人を搬送する勇敢な行動で、島民を救った。
 「離島の中の離島」といわれる瀬戸内町の与路島。外海に面し、海が荒れやすい同島ではこの日、古仁屋、請、与路島を結ぶ町営船「せとなみ」も抜港し、完全に孤立した。患者は同島に住む夫婦で、前日に食中毒と思われる症状で倒れた。同島に常駐する看護師や保島豊区長夫婦が看病を続けたが、翌朝になっても症状が回復せず、同町古仁屋の救急艇に連絡した。六メートル以上の波では通常、与路港への入港は難しく、救急艇は行くことを断念。与路の海を知る芳さん=同島在住=に搬送を依頼した。
 同町加計呂麻島の伊子茂港に船を着けていた芳さんはただ「助けたい」という一心で、友人や親族の心配も押し切り、与路港に向かった。地元の人しか知りえない海の知識を生かし、いつもとは違うルートを選択。巧みな操縦技術で波に乗った。
 保島区長をはじめ、島民数十人は港の待合所の二階から船を見守った。船は波間に姿を消したり、今にも転覆せんとばかりに前後左右に傾いたりしながらも無事、港に滑り込んだ。保島区長は「この高波で、船が港に入ったのは恐らくここ数十年はない。芳丸にしかできないだろう」と話し、芳船長の勇気ある行動をたたえた。現在建設中で、工事が中断している同島高原(たかばる)の港建設にも触れ、「地元の住民は今回の件で、より危機感を募らせ、港の必要性を感じている。早急な建設をお願いしたい」と話した。
 芳さんにとっても、六メートルの高波で船を出すのは初めての経験。「通常の客の依頼だったら断っている。患者は地元の人で知ってる人。何とかしたかった」と話した。
保島区長によると、患者の夫婦は現在入院中で、少しずつ回復しているという。
坂本龍一さん、島唄とコラボ
  「奄美けぃんむんマンディ!06(同実行委員会主催)二日目は十六日、大和村大棚の「amamiHANAHANA WEST」であり、世界的に活躍するミュージシャン坂本龍一さんと島唄のコラボレーションが実現、最高の盛り上がりを見せた。
 初日に続きこの日も三つのステージで中村瑞希さんや牧岡奈美さんら唄者、元ピンキーとキラーズのエンディ&ガールズwithパンチョ、地元バンドらが多彩な演奏を繰り広げた。
 メーンステージは午後四時に開演。地元のピンポンズ、カサリンチュの後、今年五月に奄美観光大使に任命されたハシケンさんが「ワイド節」など披露した。続いて中孝介さん、朝崎郁恵さんが登場し、中さんはデビュー曲「それぞれに」など、朝崎さんは「よいすら節」や「はまさき」など独自の歌の世界を披露した。
 「おとあしび」と題したステージでは、元ルナシーのSUGIZOさんや辻コースケさん、旅団、サックス奏者の藤原大輔さんら若手ミュージシャンが登場し白熱のセッションを展開した。
 午後十時すぎに坂本龍一さんが登場すると、会場の熱気は最高潮に達した。坂本さんと朝崎さんが共演、現代音楽と伝統芸能のコラボレーションに約二千人の聴衆が沸いた。圧巻は「六調」。坂本さんを中心にこの日の出演者が勢ぞろいし、聴衆と一体となり、二日間のステージを締めくくった。

7月19日(水)付 

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地域雇用創出の拠点再生調査事業に奄美市と鹿大の連携調査も

 内閣府地域再生事業推進室は十日、二〇〇六年度国土施策創発調査の一環で計画している「地域の雇用創出のための知の拠点再生推進方策検討調査」実施対象を発表した。ケーススタディ(事例研究)調査は、内閣府の委託を受けて地方公共団体が地域の大学と連携して実施するもので、全国五カ所で行う。この中に奄美市と鹿児島大学が取り組む「奄美の資源(自然・食・健康)の『ブランド化』による地域活性化に関する調査」も含まれている。調査時期など具体的な内容は今後詰める。
 この調査は、地域と大学(地域の知の拠点)の連携をより一層活発なものとしていく観点から内閣府、国土交通省、文部科学省、厚生労働省が連携し、従来の取り組み事例の分析、課題の抽出、解決策の検討、複数の地域でのケーススタディを行い、今後の知の拠点再生による地域活性化や地域雇用創出の推進方策の検討を行うもの。
 奄美市での調査テーマ・課題で「奄美市は豊かな自然環境と独自の文化や生活様式を有しており、国民の健康志向が高まる中、全国的に大きな注目を集めている。また、奄美群島においては人口十万人当たりの百歳以上の長寿者比率は、沖縄県よりも高く、奄美地域における健康・長寿要因が盛んに研究されている。そのような中、奄美市では『癒やし』を核とした観光産業の振興を推進しているが、特産である本場奄美大島紬の製造工程中に抽出することができるセリシンをはじめ、いまだ多くの未利用資源が存在しており、その活用が課題となっている」としている。
 このため「健康長寿」や「自然」といった多くの概念を柱として奄美市が有する多くの資源を「奄美ブランド」として確立するための調査を実施し、観光産業をはじめとした産業間の連携を図ることにより活発な人の流れをつくり出すとともに、奄美市経済の活性化に向けての一助とする、との目的を掲げている。
 調査内容は@奄美の自然プロジェクト(アイランドテラピー実態調査など)A食プロジェクト(長寿食のブランド化に関する調査など)B健康プロジェクト(花粉症の避難地としての有用性に関する実験調査など)C美プロジェクト(大島紬の副産物であるセリシンの有効活用に関する調査研究など)―。
 期待される雇用創出効果について、観光ツアーガイド、新規就農、ホテル業界や不動産業界、化粧品業界の企業誘致や新規起業などでの雇用効果を見込んでいる。
小学陸上で土岐、八木亮選手が全国大会へ
 第23回南日本小・中学生陸上競技大会小学生の部・第22回全国小学生陸上競技交流大会鹿児島県予選会は15日、鹿児島市の県立鴨池陸上競技場であり、5年男子100メートルで土岐大翔(住用クラブ)、6年男子800メートルで三浦大輝(喜界クラブ)が優勝するなど奄美から7選手が5位以内に入った。土岐と女子6年100メートルで準優勝した八木優貴乃(龍郷陸上)は県代表として全国大会に出場する。
 大会は小学4―6年生の22種目があり、奄美から住用クラブ、喜界クラブ、龍郷陸上の選手が参加、トラック12、フィールド10種目で競った。全国大会は800メートルの種目がないため、喜界クラブ勢は今後へ期待が懸かる。
 スポーツ一家で育つ土岐は「大会前日に気分が悪かったが、当日よくなり試合に出られた」と振り返り「優勝狙いで頑張った」と話す。初の全国大会へ「県の代表として1番(優勝)を目標にしなければという気持ち。最後まで力を出し切りたい」と語った。本格的に短距離を始め1年の八木は決勝で前半リードもゴール前で振り切られ2位。「うれしさより負けた悔しさが大きい」と話し、「もっと練習して1位を取りたい」と意気込んだ。
 【男子】▽5年100メートル @土岐大翔(住用クラブ)13秒96▽6年同 A中屋翔太(龍郷陸上)12秒79▽6年800メートル @三浦大輝(喜界クラブ)2分23秒91C來龍平(喜界クラブ)2分35秒41▽6年ソフトボール投げ C米盛幸汰(喜界クラブ)50メートル23
 【女子】▽6年100メートル A八木優貴乃(龍郷陸上)14秒04▽共通走り高跳び D生田千秋(喜界クラブ)1メートル20
徳之島のトゲネズミは新種
  徳之島に生息するトゲネズミが新種と確認され、「トクノシマトゲネズミ」と名付けられた。京都大霊長類研究所の遠藤秀紀教授と東京農大の土屋公幸客員教授らのグループが日本哺乳類学会誌に発表した。奄美大島など他の島のトゲネズミより頭がやや細長く、染色体数が多いという。
 トゲネズミは奄美大島、徳之島、沖縄本島だけに生息する日本の固有種で国の天然記念物。体長は約一五センチ。とげのように硬い二センチほどの毛を持ち、奄美大島と徳之島産はアマミトゲネズミ、沖縄産はオキナワトゲネズミの二種に分類されていた。
 徳之島のトゲネズミについては、土屋教授や東京大医科学研究所(瀬戸内町)の服部正策助教授らのグループが一九九〇年までの調査研究で遺伝学的に別種の可能性が高いと指摘していた。土屋教授によると、染色体数はアマミトゲネズミの二十五本、オキナワトゲネズミの四十四本に対してトクノシマトゲネズミが四十五本で最も多いといった特徴がある。
 遠藤、土屋両教授らは遺伝学的な面に加え、骨の統計を取るなど形態的な面の研究を重ねた。その結果、トクノシマトゲネズミは、頭がい骨が三九_前後でアマミトゲネズミより約四ミリ、オキナワトゲネズミよりも二ミリほど長い。
 今回、分類学的なデータをそろえて新種と結論付け、発表した。徳之島産が新種と発表されたことで、三島のトゲネズミは学術的に別種だと認定されたことになる。
 両教授は「種を区別する基礎研究をはじめ生態の調査研究は、地域の貴重な生物を知る上で大切。トゲネズミは森林破壊やノネコの食害などによる生息環境の悪化で激減している。貴重な生物を守るためには地元の人々がその価値を十分認識すべき」などと話している。

7月20日(木)付 

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網野子バイパス・勝浦トンネルで工事安全祈願祭

 県が国道58号網野子バイパス整備事業の一環として整備する勝浦トンネル(延長一・一二二キロ)の工事安全祈願祭が十九日、瀬戸内町網野子集落側の坑口であった。同バイパスは急カーブや急勾配が連続する網野子峠越えを解消し、円滑な道路交通の確保が目的。同トンネルの完成は〇八年春の見込み。
 主催者の戸田・山下(善)・泰江特定建設工事共同企業体、県や町の関係者、住民の代表など約百三十人が出席し、工事の安全を願った。
 同バイパスは奄美市住用町役勝から瀬戸内町勝浦に至る延長約六・六キロの二車線道路。完成すると距離で約三・六キロ、車の移動時間で約十分それぞれ短縮される。
 計画では、役勝から網野子までの網野子トンネル(延長四・二四三キロ)と橋長十八メートルの網野子橋、網野子から勝浦までの勝浦トンネルで結ぶ。道路はトンネル部を含め幅六メートルの車道の片側に幅二・五メートルの歩道を設ける。
 県は二〇〇三年度に事業着手し、〇五年度までに用地買収や勝浦トンネル本体工事に向けた取り付け道路工事を進めてきた。〇六年度は同トンネル本体工のほかトンネル坑口に設ける網野子橋の下部工事などを行う。
 県大島支庁瀬戸内事務所によると、残る網野子トンネルの工事着工は〇九年度を予定しており、バイパスの全面供用開始は一三―一四年度を目指している。バイパスの総事業費は百七十億円。
龍郷町手広にスジイルカ上がる
 十七日午後六時半ごろ、龍郷町の手広海岸にイルカが打ち上げられて死んでいるのを散歩にきていた同町の住民が見つけた。沖縄県の沖縄美(ちゅ)ら海水族館によると、種子島以南では珍しい種類のイルカであることが分かった。
 同水族館海獣課の東直人係長に写真をメールで送付し、イルカの識別を依頼したところ「スジイルカ」と分かった。スジイルカは種子島以南の南西諸島で見られることは珍しく、同水族館が一九七五年から調査を開始してから四例目と貴重な事例であることが分かった。
 現場は、手広海岸の加世間集落側の岩場の多いエリア。イルカは体長二・二メートル、胴回り約一・二メートル。発見した同町の田井静夫さん(60)によると、十七日の時点では腐敗臭はなく、胴体や周辺には無数のヤドカリが群れていたという。
 イルカは十八日に同町役場の産業振興課職員らが確認。腐敗が進んでいたため近くの砂中に埋められた。同課では写真やサイズ、埋めた場所などを記録して水産庁に報告するという。同課や同水族館では「イルカやクジラが打ち上げられた際には連絡してほしい」と呼びかけている。沖縄美ら海水族館海獣課はC0980・48・3748。
校庭のセンダンの木でアカショウビンが子育て
 ○…伊仙町立阿権小学校(有馬恭朗校長)内にアカショウビンが巣を作り、子育てに追われている。親鳥は鮮やかな赤褐色の羽を翻しながら、昆虫やカエルなどをせっせとにひなに運び込んでいる。
 ○…巣穴は、同校内の朽ちたセンダンの木の地表一メートルほどの高さの所。有馬校長が六月初旬、親鳥が飛んでいるのを目撃して見つけた。
 ○…奄美では独特の鳴き声から「クッカル」の呼び名で親しまれている鳥。ひなは四羽いるとみられ、親鳥は二―三十分間隔で昆虫などの餌運びに追われていた。
 ○…自然に包まれた阿権小。身近な場所でアカショウビンが子育てすることは豊かな生態系が残されている証し。田川俊一教頭は「子供たちとひなの成長を見守ってきた」と目を細め、児童十二人と巣立ちの日を楽しみにしている。

7月21日(金)付 

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奄美の運行費補助路線に喜界-奄美など3路線

 【鹿児島総局】県奄美地域離島航空路線協議会(会長・篠原俊博県企画部長)が二十日、県庁であり、二〇〇六年度の運航費補助対象路線に日本エアコミュータ―の喜界―奄美大島、徳之島―奄美大島、与論―鹿児島の三路線を選定した。同制度は離島航空路線の安定的運航を確保するため一九九九年に創設された。選定路線に対し経常損失額の九割を上限に、国と県が二分の一ずつ補助する。
 補助対象になるのは、前年度の赤字路線のうち@最も日常拠点性を有する地点を結ぶ路線A船舶などの代替交通機関による所要時間がおおむね二時間以上かかるB競合路線がない―などの要件に該当する路線。
 〇五年度は奄美関係十三路線のうち、奄美大島―大阪、奄美大島―東京、喜界―奄美大島、徳之島―奄美大島、与論―鹿児島、与論―沖永良部、与論―沖縄の七路線が経常損失を計上し、この中から日常拠点性などの要件や関係者の意向を考慮し三路線を選定した。
 協議の場では、与論関係三路線とも赤字になっていることについて同町の南政吾町長が、利用率向上のため今年は観光PRに力を入れ、十一月には東京で島を訪れた人々を招いた感謝祭も企画していると報告。天城町の吉岡光一町長は、航空会社の担当者に対し、徳之島路線への運賃割引サービスなどの導入や沖縄―徳之島路線の開設などを要請した。
 協議会に出席した航空会社側は、燃料費の高騰で運営が厳しくなっていることを報告。オブザーバーとして参加した国土交通省の中林將・地方航空サービス高度化推進室長も、〇五年度は国内離島路線約七十路線のうち65%に相当する四十四路線が赤字路線になっていると説明。「厳しい財政の中だが、現在の支援策が後退することがないよう関係自治体と連携して対応していきたい」と述べた。
特攻兵だった父の足跡追って息子来島
 太平洋戦争末期、沖縄に向かう途中、沖永良部島に不時着し、終戦直前まで奄美で過ごした特攻隊長の手記が息子の手で一冊の本にまとまった。息子は父の足跡をたどろうと、十五日から沖永良部島と奄美大島を訪ね、関係者に会い、当時の様子などを聞き取り、写真に収めた。息子は「偶然が偶然を呼んでよくここまで来たな、と思う。いろいろな人と話ができたことに満足している」と話した。
 本にまとめたのは埼玉県飯能市の証券会社社長、当山明彦さん(52)。父の幸一さんは沖縄県恩納村出身。東京の学校を卒業後、女学校で教職に就くが招集され、各基地を転属し、最終的に本土防衛の特攻隊として編成された第二百十四振武隊に配属され、隊長として知覧へ転進。一九四五年六月三日、二百五十キロ爆弾を積んだ九七式戦闘機に乗り沖縄へ出撃した。
 エンジンの不調と執ように追う米機の攻撃から逃れるため、和泊町喜美留集落外れの畑に不時着を決行。幸いにも爆弾は不発のままで落下し、幸一さんは墜落現場近くの農家に助けられた。幸一さんは、しばらく滞在して沖永良部から徳之島、奄美大島へと脱出。瀬戸内町古仁屋では数年前、帰省の際に神戸から出港した船で知り合い文通していた女性のことを思い出したが、消息を尋ねると既に十九歳で結核により亡くなっていることが分かった。
 幸一さんは、七月二十七日、内地帰還の連絡を受け、同日深夜、水上艇で島を離れた。
 終戦後、幸一さんは都立高校の教師に復帰。退職後は「吾が不時着の記」など出撃前後と奄美滞在の様子をつづった手記三冊を基に一冊の大学ノートにまとめる作業を行っていた。
 幸一さんが二年前に亡くなった際、二男の明彦さんが遺品の中から偶然、手記と大学ノートを発見。死去のショックで立ち上がれないでいた母の気持ちを切り替えてもらおうと印字作業を続け、今春『私と戦争』の題で出版した。
 さらに「本をまとめていくうちにおやじと共感できる部分があり、足跡を訪ねてみたい」と今回初来島した。
 沖永良部では郷土研究会会員らの案内で、不時着時に介抱してくれた農家や、泊めてもらった店、送別会場などの関係者と会った。奄美大島では瀬戸内町の加計呂麻島や須手、油井岳などの戦跡をはじめ、学生時代に思いを寄せていた女性の墓も訪ね、献花。その女性の写真も初めて見せてもらった。
 明彦さんは、「おやじは戦争の記憶が強く残っていて自分なりに大学ノートにまとめてみたいと思ったのだろう。奄美に向かう飛行機から硫黄島が見え、おやじが飛んだルートと同じだろうと思った。沖永良部では飲食店で二十人近くの人が私の送別会に来てくれて感激した」と奄美の旅を振り返った。
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