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奄美市名瀬の第四十三回奄美まつりは四日、名瀬商港区で恒例の花火大会があった。今年は十数年ぶりに水中花火が復活したほか、奄美市誕生を記念した企画花火など色鮮やかな花火五千発が夏の夜空を彩り、祭り気分を盛り上げた。五日は舟こぎ競争と八月踊りがあり、奄美の夏祭りは前半のピークを迎える。奄美市名瀬ではこの日も日中の最高気温が三四・六度と三〇度を超える「真夏日」。午後八時に花火大会が始まると会場周辺の公園や道路には涼を求めて大勢の浴衣姿の若者や家族連れが詰め掛けたほか、多くの屋台が立ち並んだ。 花火の数は昨年と同じ。百五十―五百の連発花火や尺球、三つの輪で奄美市誕生を祝った「祝合併、奄美市民の輪」の企画花火が打ち上げられると、大きな拍手が上がったほか、復活した水中花火は海面を色鮮やかに照らし、一時間にわたって繰り広げられた光のショーに集まった市民らは酔いしれた。 奄美市笠利町の「あやまる祭り」は十二―十三日、同市住用町の「三太郎祭り」は二十日に開催する予定。 |
| 本場奄美大島紬協同組合(赤崎拓郎理事長)のまとめによると、七月の大島紬の生産反数は前年同月比三十四反(1・4%)増の二千四百反だった。月別の生産反数が前年比を上回ったのは二〇〇四年十一月以来二十カ月ぶり。男物は14・9%増、女物は1・1%減。 七月の生産反数を経(たて)糸の密度で表す算(よみ)別でみると、十五・五算は千七百五十五反、十三算は六百四十五反。前年同月比で十五・五算は3・9%増、十三算は4・7%減となった。 染色別では主力の泥が千五百二十九反で2・7%減、化染は七百九十三反で14・9%増、草木泥は三十二反減の四十一反、泥アイは五反増の三十七反だった。 製品の男女別では男物が四百三十六反、女物は千九百六十四反。男物は五十六反増、女物は二十二反減で、男物が増加した。 不合格は二十二点で不合格率は0・91%。内訳は地合不良六点、絣(かすり)不ぞろい四点、尺不足と縮み各三点などだった。 本場奄美大島紬は〇五年まで二十一年連続の減産となっており、〇六年も一月から六月まで前年同月比10%前後の落ち込みが続いていた。 組合関係者は二十カ月ぶりの増となったことについて「大きく落ち込んだ五―六月の反動と、問屋からの注文品が多く出てきたのが増加の要因」と分析。「下げ止まりなのかは三カ月は様子を見ないと分からない」と慎重な姿勢を示した。 |
| 夫婦・パートナー間の暴力・DV(ドメスティックバイオレンス)問題が深刻化している中、奄美でもDVを含む家庭問題に対応する体制整備が進められている。県大島支庁福祉課と瀬戸内福祉事務所、奄美市の担当者による連絡会議がこのほど発足、相談情報を共有しDVなどさまざまな家庭問題に対応していくことを申し合わせた。今後、島別に教育、民間福祉団体関係者も含めたネットワーク構築を目指す。 DVは、これまでは家庭の中の問題だとして軽視されてきたが、ただの夫婦げんかでは片付けられない問題を含んでおり、特に子供への影響が指摘されている。子供は両親の暴力を目の当たりにして心に傷を負い、暴力を受けた妻が子供を虐待する事例も報告されている。 二〇〇二年に配偶者からの暴力及び被害者の保護に関する法律(DV防止法)が成立、配偶者からの暴力は犯罪となる行為とし、被害者を保護するために被害者の身辺をつきまとったり、被害者の住居などにはいかいすることを禁じる「接近禁止命令」などが出せるようになった。 名瀬警察署によると、DVに関する相談は〇四年が二十一件、〇五年は二十八件あり、うち事件化したのは〇四年が一件、〇五年が二件。今年は七月までに四件の相談があった。同署では「年によって増減があり、特に増えていることはない。大半が飲酒がらみで、相談に来ても事件化を望まないケースが多い」と言い、相談者は「どこに相談していいのか分からず、とりあえず警察に来る」と話す。 奄美市福祉政策課には昨年度十六件、〇四年度七件、〇三年度三十八件の相談があった。婦人相談員によると、島外で暴力を受け実家のある奄美に逃げてきたケースが多いと言う。「解決の手法を考えなければならないので難しい。基本は適正な夫婦関係。夫婦が向かい合って話し合い、子供のためにお互いが譲歩することが必要」と話す。市では被害者を一時保護する施設設置を検討している。 県大島支庁福祉課に今年度から家庭児童相談室を設置、家庭相談員一人と母子自立支援員二人を追加配置した。瀬戸内、沖永良部両福祉事務所にも新たに家庭相談員が配置された。相談室ではDVを含む家庭問題全般の相談に応じている。 同課では、四カ月間でDVに関する相談が五件あり、被害者を島外施設に保護した事例もある。「数字は氷山の一角。相談に来た時は深刻な状況に陥っている。被害者はどうしていいのか分からず袋小路に追い込まれている」と言い、児童問題の背後にDV問題が潜んでいる、と指摘する。 同課の大吉俊郎課長によると、瀬戸内福祉事務所と奄美市の三者による奄美大島地区家庭児童相談室担当者等連絡会議がこのほど初会合、相談情報を共有し、問題解決に取り組んでいくことを申し合わせた。 今後、名瀬保健所や大島児童相談所、奄美大島の各市町村の担当者を加えた行政連絡会を発足させ、相談窓口を拡充。さらに警察、教育関係者、民間の福祉団体を加えた奄美大島地区家庭児童問題連絡協議会(仮称)を設立、最終的には島別に連絡協議会を立ち上げる計画。大吉課長は「児童問題を考える上でDVは避けて通れない。ネットさえできていればどこでも対処でき、たらい回しにされることはない。ネットのメリットを生かし家庭児童問題の解決を図っていきたい」と話す。 |
| 第32回全九州空手道選手権大会(全日本空手道連盟九州地区協議会主催)は7月29、30の両日、熊本県の芦北町総合体育館であり、成年男子組手団体で奄美勢で構成する鹿児島が準優勝した。個人でも男子個人重量級で塩屋雅志(和泊町出身)が準優勝、同軽量級では田代優希(奄美市名瀬出身)が奄美勢初の決勝進出、正野貴則(龍郷町)が3位入賞を果たすなど活躍が目立った。 同選手権は九州8県の代表が集い、全日本強化指定(ナショナルチーム)選手らも数多く出場したハイレベルな大会。鹿児島県代表20人のうち、出場した奄美勢、出身選手は11人を占め、空手王国・奄美を浮き彫りにした。男子組手団体は松村剛(天城町)、塩屋雅志、田代優希、奥村健(和泊町出身)、正野貴則の布陣で臨み、決勝では大分に惜敗したものの、準優勝を果たした。 成年男子個人は3階級であり、重量級は松村を小差で破った全日本強化選手の井形翼(熊本)が、決勝で塩屋も下し優勝。アジア王者・執行哲弥(宮崎)が参戦した軽量級で奄美勢2人が4強に入り、田代が同階級で初めて準優勝した。 【団体組手】▽成年男子 (2)鹿児島 【個人同】▽成年男子重量級 (2)塩屋雅志(和泊町)▽同軽量級 (2)田代優希(奄美市名瀬)(3)正野貴則(龍郷町) |
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奄美群島は五日、四市町村で夏祭りがあり、前半のピークを迎えた。奄美市名瀬の奄美まつりは呼びものの一つ「舟こぎ競争」があり、多くの観客が白熱したレースに沸き、夕方からは各集落ごとの八月踊りでにぎわいを見せた。宇検村の「やけうちどんと祭」、天城町の「あまぎ祭」、知名町の「ふるさと夏まつり」も前夜祭などがあり、群島全域で祭りシーズンを迎えた。六日は奄美まつり最終日でやちゃ坊相撲大会、パレードがあり、あまぎ祭はバンド演奏や歌謡ショー、ふるさと夏まつりではくり舟競争や盆踊り、奄美群島最大規模の花火大会が宇検村である。 |
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| ―黒潮うなる 武運(ぶぶん)崎 砕けて開く波の花―と「懐かしゃや秋名村」の歌詞は始まる。歌詞は龍郷町秋名在住の瀧清治さん(89)が作詞、作曲は新民謡「加計呂麻慕情」などで知られる久永美智子さん(64)が手掛けた。父親が故郷を思う気持ちを何とか形にして残したいという子供たちの誠意が、歌となりこのほどCD化された。古き良き時代の秋名村が浮かんでくるような歌詞は、懐かしさとともに郷愁を覚えさせる。CD制作にかける思いが親子のきずなや在り方を思い出させてくれた。 「懐かしゃや秋名村」の歌詞は約二十年前に作詞したものという。瀧さんは「生まれ故郷のことを何とか形にしたかった。集落の人に受け入れてもらえればうれしい」と語る。瀧さんには四人の子供がおり、歌として残すCD化を思い付いたのは、唯一地元に残る二女の岡良子さん(56)。岡さんは龍郷町の公民館講座の新民謡教室に通っているが、関西に住む長女から父親の歌詞のことを知り、何とか歌にできないかと模索。同教室で講師を務める中江敏春さん(55)に相談し、中江さんから久永さんに作曲の話が持ち上がり実現した。 CD化は岡さんが中心となり、兄弟四人が協力して資金を出し合った。瀧さんには、体調を崩して入院中だった病院でデモテープで聞かせた。瀧さんは「びっくりした。ただただ驚いた。いい曲を付けてくれた」と目を細めた。無償で作曲をした久永さんは「集落の情景をちりばめながら、ふるさとや両親への思いがつづられていてすてきな歌詞だと思った。歌詞もそうだが、何よりも父親を思う子供たちの心に感動した。歌詞の内容から叙情的な曲調にした」と話した。 制作されたCDには、音頭調の「さとうきび賛歌」も収録されている。この歌詞は、一九六三年に糖業振興会(当時)が糖業振興の歌を募集した際に、五十二編の応募から見事一位に当たる入選を果たした瀧さんの「糖業賛歌」をタイトルだけ変更した。同年九月十三日付の南海日日新聞に、「きびは奄美の島興す 瀧さんの『糖業賛歌』入選」の見出しで大きく取り上げられている。瀧さんは「ずいぶん昔のことであまり覚えていない。戦争から復員して体を壊した。仕事もできなかったので、応募したのでしょう」と謙そん。 出来上がったCDは制作した奄美市のセントラル楽器が歌詞の中に出てくる大島紬柄の「秋名バラ」の図案をCDの表面にデザイン。ケースの表紙には秋名をイメージさせる平瀬マンカイと武運崎の写真が飾られて秋名集落の雰囲気を演出している。「懐かしゃや秋名村」は中江さんが、「さとうきび賛歌」は中江さんと岡さんの二人で収録した。 五十枚作ったという岡さんは「好評ですでに残り少なくなった。父の歌詞を形にして残したかった。久永さんのおかげで本当にいい曲に仕上がった。機会があれば地元や本土の郷友会でも披露したい」と話した。 清治さんと長年連れそう妻のフジソさん(90)が「お父さんはCDを聴くのが日課となった。本当に元気になった。元気になってくれた。子供たちが親孝行をしてくれたおかげ」と声を震わせた。 CD制作は親子のきずなをさらに深めた。感謝するフジソさんの言葉が親子の在り方を教えてくれた。 |
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| 奄美地方は五日、太平洋高気圧の周辺部となり、湿った空気の影響で喜界町で同日午前九時までの一時間に一〇ミリ、沖永良部島で同日午前九時十分までの一時間に五ミリなど局地的に雨が降り「恵みの雨」となった所があった。奄美地方は梅雨明け(六月二十日)以降、少雨傾向が続いており、農家は今後の雨に期待している。 名瀬測候所によると、五日午前零時から同午後五時までの雨量は喜界町の一六・五ミリをはじめ、奄美市名瀬と同市笠利町が各一〇ミリ、沖永良部島と瀬戸内町古仁屋、天城町が各八ミリ、伊仙町六ミリ、与論町二・五ミリとなっている。 喜界町では八月に入ってにわか雨の降りやすい天候が続き、一、二、四日にも雨量を観測し、農家の水不足解消まであと一歩。沖永良部島ではこの日、久しぶりの雨だったが島の西、東側でばらつきがあったという。 沖永良部さとうきび生産対策本部の担当者は「場内のサトウキビほ場は表土から三センチほどの“お湿り”程度しか降っていないようだ。このままの調子で連日降ってくれると農家も喜ぶ」と話し、知名町の農家は「きょうぐらいの雨が降ってくれると夏植えにも力が入る」と久しぶりのまとまった雨を歓迎した。 |
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奄美の夏祭りは六日、前半のピークを迎えた。奄美市名瀬の奄美まつりは最終日となり、市内中心部でパレードが繰り広げられた。祭り二日目の宇検村「やけうちどんと祭」は今年も奄美最大規模の花火大会で夏の夜空を彩ったほか、天城町のあまぎ祭り、知名町のふるさと夏まつりもそれぞれ市中パレードなど多彩な行事が繰り広げられ、大勢の人出でにぎわった。奄美まつりのパレードは約一キロのコースであり、楽隊・みこしなどの一部に十五団体、踊り連などの二部に二十団体の合わせて三十五団体約二千二百人が参加。 一部には名物のハブ隊や子供たちのかわいい楽隊などが登場して見物客を楽しませたほか、二部の踊り連は浴衣や法被姿の老若男女が踊りを披露したのをはじめ、関西などから来島した出身者たちも加わり、故郷の祭りを楽しんでいた。 パレードの合間と最後には六調大会があり、ハト(指笛)やチヂン(太鼓)のリズムに誘われて見物客の飛び入りも見られた。 奄美群島の夏祭りはこれから後半を迎える。十二日には奄美市笠利町の「あやまる祭り」のほか、瀬戸内、徳之島、与論の三町で夏祭りが始まる。二十日は奄美市住用町の「三太郎まつり」、九月三日は大和村の「ひらとみ祭り」がある。 |
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| 【鹿児島総局】九州国立博物館(福岡県太宰府市)で五日、奄美のヤコウガイにスポットを当て古代から中世の南島交易像を探る講座があった。同館で開催中の特別展「南の貝のものがり」の一環。奄美市立博物館学芸員の高梨修さんと徳之島の貝工芸作家・池村茂さんが、美しさと希少価値から貴重な交易品として扱われていたヤコウガイの魅力や奄美のヤコウガイ大量出土遺跡などについて解説し、南島交易の拠点が奄美に存在したのではないかと紹介した。特別展は九月三日まで。奄美大島の遺跡から出土した貝匙(さじ)なども展示されている。 九州国立博物館の特別展は、奄美、沖縄の南島産貝と日本の文化や歴史との関わりに注目し、弥生・古墳時代の権力者が好んだ南島産貝の装飾品や古代から中世にかけて人々を魅了した螺鈿(らでん)製品など約二千八百点の展示品を通じ、南の貝が織りなす歴史を紹介している。期間中はヤコウガイのアクセサリーをつくる体験教室も実施。奄美群島広域事務組合も八月二十日まで、博物館一階の特設会場で観光物産展を開催している。 特別展の講座で高梨さんは、ヤコウガイが大量に出土した奄美市の小湊フワガネク遺跡や土盛マツノト遺跡、さらにこれらの遺跡を見下ろす対岸の高台に位置し、大宰府とのつながりを感じさせる遺物が出土している喜界島の城久遺跡を紹介し「七世ごろからヤコウガイを大量に採集し加工する一大拠点が奄美大島に存在し、喜界島が南島交易の拠点になっていた可能性がある」と指摘した。 池村さんは奄美のヤコウガイについて「奄美はヤコウガイ分布の北限に位置し、水温の関係などで貝の成長が遅いために真珠層がち密になり光沢が美しくなる」と特徴を説明。奄美の遺跡から出土したヤコウガイの貝匙は、一つの貝から一つしかとれない貴重なものだったことや、ヤコウガイを島の宝として守るため池村さんが十年以上続けている稚貝の放流活動なども紹介した。 |
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| ○…旧盆入りの六日、奄美各地の墓地は、菊の花や供え物を手にした家族連れらで朝からにぎわい、墓石や周辺を丹念に清掃しつつ墓前に線香を手向け、静かに並んで手を合わせる姿が多く見られた。 ○…奄美市名瀬は朝から強い日差しが照り付け、名瀬測候所は午前十時に三〇・二度を観測。永田墓地では、日中の暑さを避けて早朝から花やちょうちんなどを持った家族連れらが次々と訪れ、祖先のめい福を祈っていた。 ○…近所の人によると、「夏祭りなどのイベントが重なったためか、午前六時ごろには大勢の人たちが訪れていた」という。迎えられた精霊はこの日から三日間、家族らと共に過ごし、八日に送り盆の行事が行われる。 |
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○…ゴマの生産量日本一を誇る喜界島で七月中旬以降、白ゴマの収穫が本格化している。ゴマは近年の健康ブームで注目を集め、栽培面積も年々広がっている。夏の日差しの下、刈り取りなどの作業が九月ごろまで続く。○…ゴマは五月ごろから種をまき、約三カ月で収穫期を迎える。喜界島ではサトウキビの夏植え前に収穫できることから、間作に向いた作物として生産者が増加。二〇〇五年度の生産量は五〇トンを超え、生産額は過去最高の一億二千七百万円を達成した。 ○…小野津集落では刈り取ったゴマの束を天日で干し、棒でたたいて実を取り出す昔ながらの作業が行われている。生産者の池田学さん(54)は「乾燥に強く短期間で収穫できるのが魅力。健康食材として喜界島のゴマを全国に発信したい」と話した。 |
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【鹿児島総局】県奄美パーク・田中一村記念美術館(奄美市笠利町)のコレクションに、一村が千葉県に住んでいたころ描いた貴重な未公開作品など三十二点が新たに加わった。奄美出身の実業家らが寄託したもので、同館で九月三日から十八日まで寄託作品の一部を公開する。作品を寄託したのは、龍郷町出身の牧野信久さん(58)=東京都在住=と沖縄県石垣市出身の大濱民朗さん(60)=同=の二人。一村の作品が海外に流出するのを恐れ、それぞれ買い集めていたが「多くの人に楽しんでもらいたい」と寄託することにした。寄託期間は二〇一六年三月末までの約十年間。 寄託された作品の多くは、一村が千葉で過ごした四十歳前後の作品を中心とする襖(ふすま)絵十二点、軸物八点、色紙十二点。襖絵の中には千葉時代の一村芸術の集大成ともいえる「千山爭流図(夏)」や「軍鶏図」などの未公開作品がある。また奄美で描かれた色紙には、チョウや鳥を多く描いた一村の作品の中では異色ともいえるキノボリトカゲを描いた作品もある。 一村記念美術館の宮崎緑館長は七日、県庁で寄託された一部の作品を発表し「今回、一村さんの画業をたどる上で大きな意味を持つ作品が寄託され大変喜んでいる。奄美にとってとても幸せなこと。一人でも多くの人に味わって、感動してもらいたい」などと語った。 同館収蔵の一村作品は今回の寄託分を含め二百二十点(うち六十五点は寄託作品)となる。 |
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| 【徳之島総局】徳之島、伊仙両町の野菜生産農家で組織するJA徳之島園芸振興会(福田明正会長、約九百二十人)=四月からJAあまみ徳之島地区野菜部会=の総会が八日、徳之島町文化会館であった。二〇〇五年度農協共販額は前度年より32%アップして過去最高となり、十億円を超えた。「十億円突破記念大会」も兼ねた総会では目標突破を祝い、農協合併で名称を変更したのも踏まえて「信頼できる産地としてさらに飛躍しよう」と誓い合った。 〇五年度は出荷量も目標の25%増の五千六百九十八トンに達して過去最高を記録。販売額も目標を18%上回って十億五千百六十三万三千円に上った。主品目の内訳では、バレイショは出荷量が前年度比57%増の五千二百十五トン、販売額も48%増の八億九千五百五十四万七千円。カボチャも前年比26%増の三百八トン出荷し、35%増の一億千四百七十万千円売り上げた。 〇六年度事業計画では、温暖な気候も生かし、関係機関と一体となって生産拡大と共販の推進を図ってブランド産地の確立を目指すとしている。福田会長や川上福良副会長など役員も決めた。 福田会長は「販売額が十億円を突破したのは会員の努力のたまもの。関係機関や市場関係者にも感謝したい。農業を取り巻く情勢は厳しいが、徳之島は産地間競争に生き残れる産地。さらに飛躍し、喜び合え、魅力ある農業に取り組み、地域発展の礎にしよう。数年後には県内トップの産地を目指そう」と語った。 JAあまみ徳之島事業本部の永吉浩次専務理事や勝重藏徳之島町長、大久保明伊仙町長、立山昌一徳之島農業改良普及センター所長など関係機関団体の代表もそれぞれ祝辞を述べ、「足腰の強い農協」の確立などによる農業振興や地域発展への期待を寄せた。JAあまみの井上吉偉組合長は「記念大会を契機にさらに皆さんの取り組みが強化され、JAあまみの活動の範となって発展することを願う」と語った。 共販額十億円をもたらした生産農家をねぎらい、「田畑義夫歌謡ショー」もあった。 |
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旧暦七月十五日の八日は旧盆の「送り日」。旧暦十三日に墓から自宅に迎え入れた先祖の霊を再び墓へ送るため、奄美各地の墓地ではちょうちんを提げた家族連れらが訪れ、墓前に線香を立て手を合わせる姿が見られた。奄美市名瀬の永田墓地には午後、明かりをともしたちょうちん、供え物や花を持った多くの市民らが訪れ混雑していた。墓地周辺道路は混雑して危険なため車両の通行を止め、市民らは臨時駐車場の名瀬小学校グラウンドに車を止めて歩いて墓地へ向かった。墓地内にはほのかに線香の香りが漂い、家族連れは一人ひとり交代して先祖の霊に手を合わせていた。 |
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| 神戸市(兵庫県)の長田が島唄の新しい拠点になろうとしている。JR新長田駅の南側にある沖縄物産店「琉球ワールド 沖縄宝島」の二階の舞台「でいごの家」は、毎週日曜日に沖縄の島唄や琉舞を企画しているが、四月から月に一回、奄美関係の島唄や踊りが披露されるようになった。長田に多くの奄美出身者が住んでいることもあって、琉球ワールド側が集客効果を期待して企画したものだ。 奄美島唄の出演者の交渉については、長田にあるコミュニティー放送局のFMわぃわぃで奄美の島唄紹介番組「南の風」を十年間続けている大橋愛由等さん(51)が全面的に協力した。「関西に月一回でも島唄を本格的に聞かせる舞台が新たにできたことはうれしい」と期待を寄せる。 舞台は午後一時半分と午後三時からの二部制。一回は四十五分。演奏内容は、FMわぃわぃの番組にも反映される。「唄者の皆さんには、一部と二部の内容を変えてほしいと伝えている。曲数は多くなるが、じっくりと歌声を堪能できるチャンス」としている。 現在は関西の島唄教室の師匠クラスが主に出演しているが、来年は各教室の新人を集めた企画も考えているという。奄美在住の唄者や東京でメジャーデビューした出身者のライブもある。 さらに、関西奄美民謡芸能保存会とタイアップして、関西の郷友会の八月踊り、夏目踊りや民舞教室にも参加を呼び掛けている。独自に踊りの世界が各集落で展開されている沖永良部島の各郷友会にも出演を依頼していく予定。 大橋さんは「島唄ばかりでなく、こちらで継承されている伝統芸能を舞台にあげることで、出身者間の連帯意識が強くなってくれれば幸い」と話す。 今年後半の出演者は次の通り。カッコ内は出身集落。 ▽八月二十日 森俊光さん(瀬戸内町古志)▽九月十日 早田信子さん(瀬戸内町古仁屋)▽十月十五日 坂元武広さん(徳之島町山)▽十一月十二日 上原京子さん(瀬戸内町瀬相)▽十二月三日 勇富夫さん(瀬戸内町管鈍) 演奏日時等の問い合わせは「琉球ワールド 沖縄宝島」TEL078・611・2516へ。 |
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| 経済産業省と環境省が推進している自動車リサイクル法に基づく「離島対策等支援事業」は昨年十月からスタートしたが、奄美大島を対象とした事業の実施状況確認会議が九日、奄美市名瀬のホテルで開かれた。指定再資源化機関の(財)自動車リサイクル促進センターが事業の二〇〇五年度実績等を説明し、関連事業者から課題や要望を聞いた。奄美市で〇五年度にリサイクル手続きをした車両(発生台数)は千十九台あり、同センターへ海上輸送費の支援を申請した。事業を活用して根瀬部、知名瀬地区の放置自動車撤去を検討しているとの報告があった。 離島対策支援事業は、離島地域で発生した使用済み自動車の本土への搬出等を支援する事業で、申請があった自治体へ自動車リサイクル促進センターが資金(出えん金)を出す制度。海上費の八割を上限に支援する。奄美大島では島内五市町村で使用済み自動車の搬出や処理を円滑に進めるため今年四月に「奄美大島自動車リサイクル促進協議会」が設立された。 この日の会議には離島対策等検討委員会、経済産業省、環境省、奄美大島の自治体、自動車整備振興会大島支部、自動車リサイクル業者、海運会社の代表者ら二十三人が出席した。経済産業省の中石斉孝自動車リサイクル室長らがあいさつし、「奄美は最重点地域と位置付けており、先行的モデル地区になるように期待している」と述べた。 奄美市での〇五年度リサイクル自動車の発生台数は、予定の三千二百九台のうち千十九台(31・8%)で全国平均の約三倍となっている。 関連事業者からは(1)リサイクル料金(フロンガス、エアバック、シュレッダーダスト等の処理)の目的についてユーザーに明確に説明していくことが大事だ(2)船舶燃料が高騰しており船会社は大変。海上輸送費について何らかの支援はできないか(3)申請書の簡素化が必要(4)引き取り業者、解体業者、輸送業者ら関係者で課題について協議していくことが重要だ(5)支援事業で放置自動車撤去への助成はできないか―などの意見や要望が出た。事務局から「海上輸送費は全国平均で一台六千円前後」との説明があった。 終了後、根瀬部、知名瀬地区に多数不法投棄された放置自動車の現場を視察した。 |
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| 【鹿児島総局】県酒造組合連合会(本坊喜一郎会長、百十社)は九日、二〇〇五酒造年度(〇五年七月―〇六年六月)の需給状況を発表した。アルコール度数二五度換算の製成(生産)量は二十五万五千八百二十二キロリットルで前年並みだったが、課税移出(出荷)量は8・9%増の十四万九千六百五十九キロリットルと依然好調を維持している。原料別では、いも焼酎が生産、出荷量とも約15%増と特出しており、麦、そば焼酎は生産、出荷量とも減少している。同組合の吉野馨専務理事によると、九州で出荷量が前年度実績を上回ったのは鹿児島県だけで、いも焼酎ブームがこれを支えていると指摘している。 原料別生産量は「いも」が十五万四千八百五十二キロリットル(前年度比15・9%増)で最も多く、全体の約60%を占めている。次いで「麦」七万八千七百二十キロリットル(同20・8%減)、「黒糖」一万六千二百九十キロリットル(同2・4%減)、「米」三千七百八十七キロリットル(同2・2%増)、「そば」千九百七十四キロリットル(同20・2%減)の順。 原料別出荷量でも「いも」は14・4%の伸びで全体の75%を占めている。「黒糖」も2・7%増加しているが、他の「麦」や「そば」は減少しており、いも焼酎の好調さが目立つ。 課税出荷量十四万九千六百五十九キロリットル の内訳は、県内が六万三千八百六十一キロリットル(前年度比5・7%増)、県外が八万五千七百九十八キロリットル(同13・7%増)。組合では、県内の平均消費量は三万三千キロリットルほどで、残りは県内の卸売り、小売り店などを通じ県外に流出しているのではないかと分析している。 吉野専務は「いも焼酎のブームはまだ続いており、来年度の出荷量は十五万キロリットルを超えるのではないか」と予測している。 黒糖焼酎については「出荷に生産が追い付かない時期があり、焼酎を寝かす時間が短くて評価が下がり一時需要が落ちていたが、業界が反省し品質管理に注意を払うようになって再び回復しつつある」と評価していた。 |
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| 【徳之島総局】第43回県小学生相撲選手権大会(県相撲連盟、いちき串木野市主催)が6日、いちき串木野市営えびすが丘相撲場であり、団体の部を亀徳相撲クラブAが優勝したのをはじめ、奄美勢が団体、個人ともに上位を占める活躍を見せた。 大会は「太陽国体」開催を記念して1972年に始まった。団体の部には県内から20チーム、うち奄美から9チームが出場した。先ぽう・廣尾、中堅・藤田、大将・吉の布陣で臨んだ亀徳Aは予選から準決勝までの6戦を土付かずで勝ち続け、決勝は古仁屋Aを2―1で退けた。3位は亀徳B、5位には住用Aが入った。 個人でも4―6年の高学年各部の優勝を亀徳が独占したほか、1年の部は住用、3年の部は笠利の選手が制するなど全学年で奄美勢が活躍した。 団体優勝の亀徳Aをはじめ奄美勢4チームは全九州わんぱく相撲大会、4―6年の個人ベスト4の奄美勢計11人は全日本小学生相撲優勝大会九州予選(いずれも9月10日、日置市・吹上浜公園相撲場)に出場する。 個人の部で入賞した奄美勢の成績は次の通り。 ▽1年 (1)満永浩樹(住用)▽2年 (2)滝澤陸(笠利)(3)渡雄大(住用)▽3年 (1)永井蓮(笠利)(2)吉崎やまと(住用)(3)持留大穀(住用)▽4年 (1)廣尾達成(亀徳)(2)前田風海矢(亀徳)(3)関慶樹(4)田原壮真(以上住用)▽5年 (1)勇元崇伸(亀徳)(3)磯日出人(同)(4)藤田幸樹(同)▽6年 (1)吉数馬(亀徳)(2)小元寛朗(名瀬)(3)中島勇樹(亀徳)(4)吉岡慎介(天城) |
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○…宇検村の村地域福祉センター「やけうちの里」のロビーに巨大カボチャが飾られ、訪れる村民らを驚かせている。同センターの職員や村民らは、「テレビなどでは知っていたが実際に見るのは初めて」と目を丸くしていた。○…重さ四十五キロ、周囲百八十五センチの巨大カボチャを収穫したのは、同村名柄の大郷清孝さん(77)。種を宮崎県に住む妻のマツノさん(73)の兄から十粒ほど譲り受け、昨年の十二月に植えたものだという。実を付けた四個ほどのうち、二つが見る見るうちに巨大化。食用ではなく家畜用のエサとして栽培される種類らしい。 ○…提供を受けた同村社会福祉協議会職員の徳田治さん(37)は「珍しいので、たくさんの人に見てもらおうと譲り受けた。種の欲しい方は連絡してほしい」と話している。問い合わせ先はTEL0997・67・2295同村社会福祉協議会へ。 |
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| 長崎が六十一回目の「原爆の日」を迎えた九日、奄美市名瀬のホテルで鹿児島県原爆被爆者福祉協議会奄美支部(奥田静男支部長)主催の慰霊祭があった。奄美大島内の被爆者や遺族ら約五十人が参列して犠牲者のめい福を祈り、戦争の放棄をうたった憲法九条の堅持と恒久平和を盛り込んだ平和宣言をアピールし、反戦平和と核兵器廃絶の誓いを新たにした。 原爆投下時刻の午前十一時二分に合わせて挺身(ていしん)隊に動員されて長崎で親友ら三人と死に別れた豊田サチエさん(83)の打ち鳴らすアンジェラスの鐘が鳴り響く中、全員で黙とうささげた。 同支部の奥田支部長は「熱い光と爆風で一瞬のうちに地獄になっていた日から六十一年の月日がたった。あの残酷な場面が思い出され、亡くなられた同僚のめい福を祈るとともに悲惨な戦争が起こらないことを願う。原爆の恐ろしさを風化させないことと命、平和の尊さを後世に語り継ごう」とあいさつ。 平和宣言で奥田支部長は「六十一年間の日本の素晴らしい平和憲法のもと生き長らえてきた。これからも憲法を改正しないで、平和の時代が恒久に続くよう祈り続ける」などと宣言した。 長崎の造船所で働いていた奄美市笠利町在住の中村輝夫さん(78)が原爆体験談を発表。「強い光を何かと思い、見上げたところ爆風が来て皆倒れ、工場は全滅状態だった」「海や川は水を求めた人の遺体で見るにも悲惨な状態だった。駅も死体の山だった。人間が人間でなくて、地獄をさまよっているようだった。尊い犠牲のおかげで現在の平和ができた。戦争の恐ろしさを後世に伝えたい」と訴えた。 この後、原水禁・憲法を守る奄美支部の西村タカ子議長と奄美ブロック平和センターの上原義光事務局長が来賓あいさつし、核兵器廃絶や憲法九条堅持、被爆者の救済などを訴えた。 同支部によると、会員は現在、百九十一人。高齢化が進み、平均年齢は八十歳を超えているという。昨年までは喜界島からも参加者があったが、今年は奄美大島内だけの参加だった。 |
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| 本場奄美大島紬販売協同組合(池島隆二理事長)は十日、第十五回大島紬秀作コンテスト入選者を発表した。入選したのは奄美市の牧一義さんなど十三社・人。同協組がこの一年間に仕入れた約千反の中から柄や色目、かすり使いに優れ、消費者ニーズに合った十八点を選出した。入選作品は全国での販売に先駆け、十一―十三日に同協組である二〇〇七年新成人用紬展示即売会で販売する。 秀作に選ばれた作品の内訳は十三算(よみ)部門二点、七マルキ部門十三点、九マルキ部門三点。同協組は今年の特徴として「泥染めでも泥アイでもない中間的な色合いの作品に力作が多かった。大胆な大柄や古典的な柄、かすり使いに工夫を凝らした作品も多かった」などと評した。 入選作品は今後、産地のリード商品として観光物産展や紬の祭典などに出品される。十一日からの展示即売会は小物を含め約千点の商品が出品される。開催時間は午前十時から午後六時まで。 入選者は次の通り(敬称略)。 牧一義(三点)、岡江武美、興辰雄、柊田勝次(以上各二点)、有島絹織物求A拒蜷」絹織物、河野絹織物求A重田忍、中村利信、福山アイ子、水間輝利、恵絹織物求A盛東洋男(以上各一点) |
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| 【鹿児島総局】県企画部統計課は十日、二〇〇六年度学校基本調査(五月一日現在)の結果速報を発表した。少子化を反映し、在学者数は小学校で二十三年連続、中学校で十九年連続、高校で十六年連続、幼稚園で十八年連続それぞれ減少。小学校から高校までの児童・生徒数は二十一万六千四百二十五人で前年より六千百九十五人(2・8%)減少し、小学校と中学校では過去最低を更新した。奄美十二市町村の児童・生徒数は一万六千四百二十九人で、前年より五百五十九人(3・3%)減少している。 県内の学校数、在学者数は▽小学校六百六校、十万千五百九十二人▽中学校二百七十九校、五万六千四百三十七人▽高校百八校、五万八千三百九十六人▽盲・聾・養護学校十六校、千七百四十一人▽幼稚園二百七十一校、一万九千九百十三人▽専修学校五十校、九千四百四十七人▽各種学校九校、二百五十七人。 在学者数を前年度と比べると、小学校で2・1%(二千二百二十七人)、中学校で2・2%(千二百六十三人)、高校では4・4%(二千七百五人)それぞれ減少。専修学校は0・8%(七十六人)増で養護学校も3・9%(六十人)増加している。中学三年生一万九千百五十五人に対し、小学一年生は一万五千九百七十一人で、児童・生徒の減少傾向が続いている。 卒業後の進路をみると、中卒者の高校などへの進学率は98・4%で0・5ポイントアップし、高卒者の大学などへの進学率も1・7ポイント上昇し38・6%となっている。 一方、就職率は中卒者が0・1ポイント低下し0・5%、高卒者は0・4ポイント上昇し27・4%。高卒者の県外就職率は2・6ポイント増の44・6%となった。 奄美の状況をみると、小学生は2・5%、中学生は4・7%、高校生は3・3%それぞれ減少している。 |
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日本オリンピック委員会(JOC)はこのほど、2006年度オリンピック有望選手を発表した。奄美からは、古仁屋中学校1年の福島京介が、相撲でただ1人の認定を受けた。福島は「相撲が五輪競技になればうれしい。世界大会への出場機会があれば頑張りたい」と話した。指導者の古仁屋相撲クラブ・鎌田愛人監督が奨励賞を受賞した。有望選手の認定はJOCの選手強化ジュニア対策の一環で、優秀な選手の表彰と将来において五輪、世界大会で活躍が期待できるジュニア選手の発掘、育成が目的。各競技団体が行う最高権威の国内大会覇者が対象で、選手は医科学サポート、研修会、強化事業などを受けられる。福島は昨年の第18回全日本小学生相撲大会6年を制し認定された。認定選手は各競技、種目から男女各個人1人ずつを選出し、今年度は柔道女子48キロ級の中村美里(渋谷教育学園渋谷高)らを含む78人。23―16歳の大学、高校生が多く、福島は最年少だ。 7月にあった県中学総体1年の部で貫禄勝ちした福島は「これから2年、3年になったとき、全国大会に出場して団体、個人で優勝できるよう頑張りたい」と目標を語った。奨励賞を受けた鎌田監督は「選手本人の努力の賜り物」と話した上で「(福島は)まだ大きな可能性を秘めている。中学では重圧のある試合も増えると思うが、コーチの指導の下、持っている力を伸ばしてほしい」とさらなる活躍に期待した。 12月には選手、指導者を対象に国立スポーツセンター(東京都)で研修会がある。 瀬戸内町相撲連盟は14日、祝賀・激励会を開き、全国大会に出場する古仁屋中相撲部や全日本実業団選手権に出場する瀬戸内町役場相撲部を激励するとともに福島の快挙や古仁屋高相撲部などの活躍を祝う予定。 |
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| 【鹿児島総局】県企画部統計課は十日、二〇〇六年度学校基本調査(五月一日現在)の結果速報を発表した。少子化を反映し、在学者数は小学校で二十三年連続、中学校で十九年連続、高校で十六年連続、幼稚園で十八年連続それぞれ減少。小学校から高校までの児童・生徒数は二十一万六千四百二十五人で前年より六千百九十五人(2・8%)減少し、小学校と中学校では過去最低を更新した。奄美十二市町村の児童・生徒数は一万六千四百二十九人で、前年より五百五十九人(3・3%)減少している。 県内の学校数、在学者数は▽小学校六百六校、十万千五百九十二人▽中学校二百七十九校、五万六千四百三十七人▽高校百八校、五万八千三百九十六人▽盲・聾・養護学校十六校、千七百四十一人▽幼稚園二百七十一校、一万九千九百十三人▽専修学校五十校、九千四百四十七人▽各種学校九校、二百五十七人。 在学者数を前年度と比べると、小学校で2・1%(二千二百二十七人)、中学校で2・2%(千二百六十三人)、高校では4・4%(二千七百五人)それぞれ減少。専修学校は0・8%(七十六人)増で養護学校も3・9%(六十人)増加している。中学三年生一万九千百五十五人に対し、小学一年生は一万五千九百七十一人で、児童・生徒の減少傾向が続いている。 卒業後の進路をみると、中卒者の高校などへの進学率は98・4%で0・5ポイントアップし、高卒者の大学などへの進学率も1・7ポイント上昇し38・6%となっている。 一方、就職率は中卒者が0・1ポイント低下し0・5%、高卒者は0・4ポイント上昇し27・4%。高卒者の県外就職率は2・6ポイント増の44・6%となった。 奄美の状況をみると、小学生は2・5%、中学生は4・7%、高校生は3・3%それぞれ減少している。 |
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