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9月9日(土)付 

喜界島のシロゴマ生産が3割増加
 換金性の高さから生産農家が急増している喜界島白ゴマの生産量が今期も三割程度増加する見通しとなった。作付け面積は約百十ヘクタールで、前期比30%増。十アール当たり単収は前期並みが見込まれ、面積増加分が生産量の伸びに直結した格好だ。関係者の間では「生産額が二億円に達するのでは」との声も出ている。
 喜界は伝統的な白ゴマ産地。ただし、かつては一部が菓子用の加工品として出荷される程度で、ほとんどは自家消費。十年ほど前に農協を通じて島外の製油業者との取引が始まり、全町的に栽培意欲が高まった。強い香りが特徴で、テレビ番組でたびたび取り上げられたこともあって新たなルートでの取引も始まった。
 ゴマの生産期間は播種から収穫まで約三カ月。栽培体系は基幹作物のサトウキビの収穫から夏植えまでの間作が中心だ。
 町産業振興課とあまみ農協喜界事業本部によると、生産面積が急増したのは二〇〇四年から。需要増に伴う価格の上昇もあって、それまで二十ヘクタール前後で推移していた面積は〇四年三十三ヘクタール、〇五年八十五ヘクタールへと拡大。生産額は四千八百万円、一億二千七百万円と増加した。
 町は今年八月、初めて集落区長に依頼してゴマ栽培の実態を調査した。調査時に確認できた作付け面積は百七ヘクタール。追加播種の意向を示す生産者もいたことから最終的には、少なくとも百十ヘクタールに達するとみている。
 農協の今期の取引価格はキロ二千四百五十円。平年作(単収七十キロ)で生産額は一億八千八百六十五万円となる。ただし、農協の集荷担当者は「ゴマの場合、同じ畑でも芽の出具合に偏りがみられ、作付け面積がそのまま収穫面積とはならない。作付けの実態も把握しづらいため、最終的な生産量は締めてみるまで分からない」とも話している。
名瀬本港区の埋め立てを出願
 名瀬港本港地区埋め立て計画で、県と奄美市開発公社(理事長・平田隆義市長)の埋め立て免許出願に伴う関係書面縦覧が五日から県庁と県大島支庁で始まった。埋め立て面積は計六・一ヘクタール。開発地区の供用開始予定を二〇一四年度(平成二十六年度)に設定している。開発地区にふ頭、緑地、業務施設用地、住宅用地、臨港道路などを整備する内容だ。利害関係者は縦覧期間満了日の二十五日までに県知事に対し意見書を提出できる。
 出願は八月二十九日付。埋め立て地は名瀬海上保安部の巡視艇用浮き桟橋などがある旧港水面。県は二・八ヘクタール、市は三・三ヘクタールを連動して埋め立てる。
 書面によると、工事期間は埋め立て六年、上物三年の計九年。名瀬新港と直線的に整備するふ頭は先行して一三年度供用開始を予定している。
 業務施設用地は公共・公益、流通関連、観光関連、交通関連、娯楽・サービスの用途別に区分する。住宅用地は末広・港土地区画整理事業(〇四―一八年度予定)、国道58号道路改築事業(〇四―一〇年度予定)に関連する代替用地ともなる。
 県は名瀬港長浜地区の小型船用物揚場整備に伴う埋め立て免許も同時出願した。書面によると、同地区の埋め立て期間は三年を予定している。
徳之島の加川さん、レーベル立ち上げ
 【徳之島総局】徳之島町で写真スタジオを経営する加川徹さん(47)がこのほど、徳之島から音楽を発信するK@ma@ Mus@c(キマイ ミュージック)を立ち上げた。キマイは方言で元気の意味。第一弾として同町の若手唄者、幸野泰士さん(25)=伊仙町出身=のCD「SANSHIRU(三線)」を制作。加川さんは「徳之島から音楽を発信したかった。島で埋もれている人を掘り起こして形として残して生きたい」などと話している。
 初CDは三線の音色のみの全十一曲。島朝花やくるだんど節、三京の後、花徳枕節など徳之島の曲のみで構成している。徳之島町内のレコード店で既に先行発売しており、十月一日から本格的に発売する。
 レーベルを立ち上げた加川さんは「第一弾はBGMだけにした方がおもしろいと思ってやった。音を調整しており素朴な三線でなく批判もあるだろうが、制作の意図を分かってもらって二人で話し合いながら心を込めて弾いてもらった。今後は唄も入れていきたい」と語った。
 幸野さんは小学四年生から父照繁さんの影響で三線を始め、一時は洋楽に走ったものの、高校三年生のときに改めて三線の音色に魅せられてからは地元で働きながら音楽を続けている。
 三年前には地元の島唄大会で新人賞も受賞している幸野さんは「親せきのお祝いなどの場でリラックスして聴いてほしい。今後も島で働きながら歌い続けたい」と抱負を語った。
 CDの問い合わせは「K@ma@ Mus@c」「スタジオ カガワ」=TEL0997・83・1150まで。

9月10日(日)付 

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一村撮影の写真見つかる

 奄美で生涯を終えた孤高の日本画家・田中一村本人が撮影したとみられる四枚の写真がこのほど、一村と親交があった千葉市の知人宅で見つかった。一村が奄美へ移住する前の一九五五年(昭和三十年)、九州・四国へスケッチ旅行した折に写したスナップとみられ、四枚の写真はいずれも、現存する色紙作品の場面とぴったり符合している。専門家は、これらの写真から「一村が常に実景を基に作品を完成させていた過程が分かる」としており、一村研究の上でも貴重な資料になりそうだ。
  見つかった四枚は、北日向、足摺岬、室戸岬などを撮影したモノクロプリント写真で、一部はセピア色に変色していた。一村を終生にわたって、物心両面で応援し続けた千葉市の川村幾三さん(故人)の家族が自宅を整理していて見つけた。千葉時代の一村は、近所に住む川村さん宅をほとんど毎日訪ね、川村さん夫婦を実の両親のように慕っていたという。
 これらの写真は、五五年六月、一村がスケッチ旅行をした旅先で撮影したものとみられる。従来、この旅の行程は、紀州に始まり、四国・九州を巡ったと伝えられてきたが、研究者のその後の調査で、初め九州に入り、一周の後、四国・紀州へと足を延ばしたことが分かっている。
 四枚の写真と、現存する色紙作品「新緑〜北日向」「足摺狂濤」「室戸岬」「平瀬」を比べてみると、明らかに同じ場面であり、一村はスケッチする際、同時に写真にも収めていたことが分かる。
 一村がカメラ好きだったことはよく知られているが、四枚の写真について、一村研究の第一人者で田中一村記念美術館顧問の大矢鞆音氏は、「一村が常に実景を基にスケッチし、そこから作品へと完成させていったプロセスが見える。しかし、写真構図の作品とはなっておらず、あくまでも、記録のための写真とみることができる」と話している。
農業自薦スクールが開講
 奄美薬草センター(川畑須栄男代表)主催の「奄美農業実践スクール」開講式が九日、奄美市名瀬西仲勝大字前勝にある農園であった。川畑代表(57)が講師を務める。二十歳代から七十歳代までの男女九人が応募し、週一回、土曜日の午前九時から午後四時まで共同作業して野菜作りや土作りなどを学ぶ。初日は野菜の種まき、薬草畑やたい肥場を見学し、タンカン園で摘果作業を行った。
 九月から三カ月、六カ月、一年コースがあり、受講生は随時受け付けている。入会金は一万円、月謝は六千円。対象者は十六歳(中学卒)から七十歳。
 奄美市名瀬と笠利町、龍郷町から紬業、民宿経営、建設業、イタリア野菜を栽培している女性らが参加した。
 開講式で川畑代表は「奄美の農業は草との闘い。除草剤をまかずに草をはやさないようにして作物を育てる基本を学んでほしい。良いたい肥を作ることが大事だ」と述べ、受講生は「無農薬で自分に合った野菜作りをしたかった」「現在野菜を作っているが、おいしいものはできるものの量が少ない。土がしっかりしていないと育たないと実感している」などと話していた。
 薬草、ウコン、ガジュツなどを植えた畑、小湊にある牛ふんを使ったたい肥場を見学した後、受講生はダイコン、ホウレンソウ、チンゲンサイ等の種を畑にまいた。
 川畑代表はスクール開講のきっかけについて「農薬や化学肥料を使わない体に良い野菜作りを支援したかった。U・Iターン者や主婦らが奄美の資源である野菜を本土へ送り、農業成功者が増えてほしいとの思いもあった」と語った。
 問い合わせは同センターTEL0997・57・6838へ。
アオダイを標識放流
 南西諸島海域のマチ類資源回復計画の一環で、鹿児島県は八月末から九月初めにかけ、保護区域の一つで奄美大島の北東にある「アッタ曽根」でアオダイ(ホタ)に標識を付けて放した。昨年夏に続き二回目。アオダイの回遊経路を調べ、成長や産卵期など生態解明に役立てる。県水産技術開発センターは「資源回復につなげたい」としている。
 同計画(二〇〇五―〇九年度)は水産庁が作成した。保護区を設けてアオダイ、ヒメダイ(クロマツ)などマチ類四種の資源維持増大を図る。鹿児島県や沖縄県など関係機関と資源回復措置を協議。漁業者の意見も聞いて両県合わせて保護区域十八カ所(うち大島地区九カ所)を設け、各区域内の漁を計画年度中の一定期間、禁止している。
 アオダイの標識放流調査は、同魚の生態調査などを手掛けている県水産技術開発センターが主体となって進めている。地元漁船の協力を得て「アッタ曽根」で釣り上げ、(1)水圧で膨れた腹の空気を抜く(2)反転して口などから出た胃袋を押し戻す―といった作業を経て四日間で二十七センチ前後の三百四十六匹に標識を付けて放流した。
 アオダイをはじめマチ類は主要魚場が沖合の水深百メートル以上の曽根付近で、いわゆる「瀬付きの魚」だが、成魚が曽根間を移動するのかどうか明らかになっていない。また成魚や産卵期などはまだ推定の段階という。こういった状況から、標識を付けたアオダイを保護区域外や採捕許可期間中の保護区域内で釣り上げたら連絡してもらい、回遊経路や成長などを把握して生態の解明に役立てる。
 昨年七月に標識を付けたアオダイについては放流したアッタ曽根で漁解禁後の十一月に三匹捕獲された。放流時に二五―二七センチだった体長は四カ月間で五―二〇ミリ程度しか伸びていなかった。
 県水産技術開発センターは「昨年の再捕結果から、標識放流しても生存することが証明された。また、あまり移動せず、成長が遅いと考えられる」とした上で、「放流数を増やすことでデータの充実につながり、生態解明に加えて保護区や保護期間の設定にも役立つ」と話し、漁業関係者に放流魚を釣った場合の連絡など協力を求めている。
「奄美史研究の新しい流れ」のテーマでで研究会
 日本異文化研究会と奄美郷土研究会共催の研究会「奄美史研究の新しい流れ」が八日、奄美市の奄美博物館研修室(三階)であった。遺跡や古地図、辞令書から考察される新しい奄美史の研究報告があり、参加した多くの市民が認識を新たにしていた。
 研究会は三部構成。第一部の「小湊フワガネク遺跡群からみる奄美」は、同市名瀬出身の名島弥生氏(慶応義塾大学大学院生)と高梨修氏(同博物館学芸員)。第二部の「絵図・地図からみる名瀬」は岩多雅朗氏(鹿児島土地区画整理協会大島事務所)と弓削政己氏(奄美郷土研究会会員)。第三部の「いわゆる『古琉球辞令書』からみる奄美」は、児玉永伯氏(奄美郷土研究会会員)と中野栄夫氏(日本異文化研究会代表、沖縄大学地域研究所特別研究員)がそれぞれ関係するテーマで報告した。
 第一部で名島氏は「小湊フワガネク遺跡群の生業活動復元」のテーマで報告。「第一次と第二次の調査区域で出土された動物遺体(骨)などに違いがあり、どちらとも魚類が多い。潜水して取れる魚が多い区域と湾内で簡単に取れる魚が多い区域を考察することで、両区域の違いが季節による生業(漁)の違いとの仮説が立てられる。文化遺物を含め今後も検討していく必要がある」と述べた。奄美諸島史の時代区分について報告した高梨氏は「従来の日本史では区分できないのが奄美の時代区分。小湊フワガネク遺跡群の発掘調査などから、その時代の奄美の歴史の輪郭が見え始めている。これまでの日本史が書き換えられる可能性も出てきている」と報告した。
 第二部では、岩多氏が「絵地図でみる名瀬の移り変わり―永田川を中心として」と題して一八八六年(明治十九年)ごろの地図や琉球蔦真景(一八三〇年ごろ)などの古地図をスライド上映しながら、名瀬市街地の移り変わりを紹介。弓削氏が奄美に関する絵図・地図の歴史について年表を中心に説明しながら、「永良部という地名は薩摩から見て近い方が口永良部、遠くて沖にあるので沖永良部となる」と指摘。「地図から時代の情報が推察でき、歴史を読み解く資料になる」などと述べた。
 第三部は、初めに児玉氏が一六〇九年の薩摩藩の琉球侵攻以前の奄美の歴史が「辞令書」によって解明されつつあることを紹介。中野氏が「奄美大島の『辞令書』をめぐって」のテーマで「解読が完全になされていない。原本調査からやり直すべき」と指摘した上で、「辞令書という言い方は近代的な用語であり、形式には『朱印状』、内容的には『たまわり状』であり、首里王府から出されたことを考慮すると『首里朱印状』という名称がふさわしい」と提案した。
島バナナの出荷ピーク
 〇…島バナナの出荷が最盛期を迎えている。奄美市内の青果店などでは、幾重にも房を重ねた島バナナがつり下げられ、南国情緒を醸しながら軒先をにぎわしている。
 〇…島バナナは小笠原種のバナナでマレー半島が原産とされる。フィリピンなどから国内に輸入されるキャベンディッシュ種より小ぶりで、太さ約三センチ、長さは十―十五センチほど。適度な酸味と甘味があり、美味で知られている。
 〇…市内の小売店によると、島バナナが多く出回るのは九―十月で、最も美味な時期でもあるという。台風の影響もなく豊作に恵まれた今年の小売値は一キロで八百―千三百円ほど。熟れていない青い房は本土への贈り物として買い取られることが多く、運動会時期に需要が増えるという。

9月11日(月)付 

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休刊日


9月12日(火)付 

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吉岡・天城町長が立候補断念

 【徳之島総局】任期満了(十二月二十六日)に伴い、十二月に予定されている天城町長選挙に出馬を表明していた現職の吉岡光一氏(67)が十一日までに一転して出馬を断念する意向を示していたことが分かった。前回選挙で争った新人が同日に出馬を表明しており、断念した理由について吉岡氏は「前回選挙と同様の構図となってしまった。激しい選挙をしては安定した行政運営は難しい。町民を巻き込みたくなかった。引く決断、勇気も必要」と述べた。同選挙では前回出馬した元職の出馬も取りざたされており、現職の出馬断念で各陣営の今後の動きが活発化しそうだ。
 吉岡氏は小学校長を退職して一九九八年十一月の同町長戦に出馬して初当選。前回選では新人の大久幸助氏 (67)を九十六票差で抑え二期目の当選を果たした。今年六月の議会定例会で「町民の皆さんの意見を拝聴しながら、前向きな姿勢で取り組みたい」と述べ、三期目に意欲を示していた。
 既に後援会組織を立ち上げた後の出馬断念で、支持する議員らには八日夜に出馬断念の意向を伝え、町職員にも十一日朝の課長会で説明した。
 吉岡氏は「町民の融和を目指して派閥解消などに最大限努力してきたが残念。前回と同様の構図で激しい選挙をしては、勝っても負けてもしこりが残る」とした上で、「引くという決断も町長として必要だと考えた」と述べた。
 町長選では十一日夕に大久氏が正式に出馬を表明。現段階では出馬を正式に表明しているのは大久氏のみだが、前回選にも立候補した元職の寿洋一郎氏(62)の動向が注目される。
 前回選では、不在者投票に関する選管事務に疑惑があるとして住民が役場に押し掛けて抗議するなど混乱。選挙無効を求める意義申し出や訴訟などが相次いだ。
大久氏が天城町長選に候補表明
 【徳之島総局】徳之島町亀徳の知的障害者更生施設「徳州園」理事で、元中学校校長の大久幸助氏(67)=天城町浅間=が十一日、天城町平土野の自由連合天城事務所で会見し、任期満了(十二月二十六日)に伴う天城町長選挙に出馬することを表明した。
 前回選挙に続き二度目の出馬。大久氏は立候補の動機について「強い後押しがあって出馬を決めた。現町政の良い部分を受け継ぎながら残した課題の解決に努めたい」と語った上で、出馬を断念した現職の吉岡氏に対し「派閥解消や町の融和に努めていたことも知っていた。決断に敬意を表したい」と述べた。
 政策として(1)町民参加型の政治の実現(2)行財政改革の断行(3)農・水産漁業の産業化(4)福祉・子育て支援・教育の充実―などを掲げた。市町村合併については前向きな姿勢を示しつつ、「町民の意思を最大限に尊重し、郷土の繁栄する道を進みたい」とした。
 大久氏は日本大学短大卒。一九五九年、古仁屋中学校を皮切りに名瀬市教育委員会社会教育課長、天城中学校校長、亀津中学校校長などを歴任。現在、トータルダンス学院取締役、徳州園理事。

徳之島3町、再度合併協立ち上げへ

 【徳之島総局】県合併・分権推進室が十一日、徳之島三町から市町村合併問題で意見聴取した。意見交換という形で天城町役場であり、天城町と伊仙町は近く開会する九月定例議会で両町で組織する徳之島地区合併協議会の解散を提案すると報告。同協議会を離脱している徳之島町側は「議員の半数には協議会への参加を賛同してもらっている」と説明し、議会の了解が得られれば三町枠の合併協議会が再び立ち上がる公算が出てきた。
 県合併・分権推進室の新川龍郎室長ら県側四人、徳之島三町の首長と企画室長計六人が出席。県側は合併推進の立場から事務所位置問題や行財政改革の進ちょく状況、現協議会の動向などについて三町の首長から意見を聴取した。
 三町の首長らが人員削減など行財政改革の進行状況を説明。現協議会の解散については、吉岡光一天城町長、大久保明伊仙町長のいずれもが「九月議会で賛同は得られると思う」と回答し、勝重藏徳之島町長は「両町の協議会が解散すれば、(三町枠の)新協議会には入らないといけないだろう。議員の過半数は説得できると思う」と説明した。
 新協議会の立ち上げ時期までは方向性が定まらなかったが、県側は「住民にPRして理解を得ていってほしい」と要望した。
 徳之島地区の合併問題では、住民投票の結果を受けて二〇〇五年二月に徳之島町が協議会を離脱。同年三月から天城町と伊仙町の二町枠で協議を続行していたが、今年五月の第二十五回協議会で「島は一つ。徳之島町の動向を見定めてから協議再開を」との意見で委員らの考えが一致。無期限の協議休止に入っていた。

9月13日(水)付 

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クロウサギの路上死防止を協議

 「奄美希少野生生物保護対策協議会」(会長・水谷知生県環境保護課長)の会合が十二日、奄美市の奄美会館であり、道路で国の特別天然記念物アマミノクロウサギの死がいが見つかった件数が増えていることが分かった。輪禍に遭ったと見られるケースもあることから、手始めに国道でのロードキル(道路周辺での死亡事故)防止対策について関係機関で別の組織を設けて対策を詰めていく。
 同協議会は奄美群島の自然遺産登録に向けて県が七月に設置した。国や県の関係機関や地元自治体で保全対策を協議してその手立てを各機関の施策に生かす。会合は二回目。クロウサギのロードキル状況を確認し、野生生物のロードキル防止対策を考えた。
 同協議会事務局によると、市町村教育委員会側や奄美野生生物保護センターへの報告などを集約したクロウサギのロードキル件数は〇三年、〇四年度は二十件前後だったが、〇五年は三十件に増え、〇六年度も半年余りで十五件に上った。死がいが発見された道路はクロウサギの生息が多い奄美大島の南部に集中し、林道だけでなく、国道や県道での発見事例が目立ってきた。
 ロードキルが増加傾向にある背景に関し、東京大学医科学研究所(瀬戸内町手安)の服部正策助教授は「クロウサギはえさ場となる草場を求め、のり面に草のある道路に出やすくなっているとも考えられる」と語った。
 奄美野生生物保護センターの阿部愼太郎自然保護官は「ロードキルは自然死やノライヌ、ノラネコなどの食害のほか、交通事故の可能性もあり、スピードの抑制など工夫も求められる。奄美の森への島内外の関心が高まったことも踏まえて交通事故防止対策を進めるべき」と指摘した。
 ロードキル防止対策例は、野生生物が道路に出るのを防ぐフェンスや道路の外に脱出させるゲート、車の接近を警戒させる野生生物用反射板の設置事例などが示された。ドライバーに注意を促す看板の設置や減速させるシステムの整備のほか、ロードキル問題を地域全体に意識させるキャンペーンの推進を求める意見もあった。
 同協議会は次回以降、クロウサギ保全対策の論議を深める一方、希少な野生生物全般の保全策についての配慮事項の取りまとめに入る。配慮事項は冊子にして住民にも配布したい考えだ。

終えん家屋前で「一村祭」

 奄美の自然を描いた日本画家・田中一村の命日に当たる十一日、奄美市名瀬有屋町の一村終えん家屋前で「第十八回一村祭」(一村会主催、奄美市など共催)が行われた。一村会関係者や平田隆義奄美市長などが出席し、一村をしのんだ。
 初めに「一村会ジュニア絵画大賞展」入賞者の表彰式があった。平田市長があいさつに立ち、「奄美群島を代表する子供たちが一村をしのびながら、絵を描いていくことが大事」と同展の今後の発展と子供たちの将来を期待した。
 入賞者一人ひとりに賞状が手渡された後、久保井博彦同展審査会代表は「入賞作品はどれも観察力が鋭く、しっかり描き込んでいる」などと今回の応募作品のレベルの高さを評価した。
 後半は、かがり火を囲み、「一村忌」が行われた。「奄美ふぬゐ」の太鼓演奏で幕を開け、美佐恒七一村会会長があいさつ。「奄美の自然の素晴らしさを見詰め直して、今後も一村が何を伝えたかったのか、何をメッセージとして残したかったのかを考えていきたい」と話した。田中一村記念美術館学芸専門員の前村卓巨さんは一村の作品を紹介しながら、一村の人柄や作品について熱く語った。
 参加者全員による献花の後、唄者・坪山豊さん、パイプオルガン奏者・酒井多賀志さんによる演奏、八月踊りをささげ、一村を追想した。

9月14日(木)付 

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みなとまちづくり協議会が発足
 名瀬港を活用して地域の活性化などを目指す「奄美のみなとまちづくり協議会」の第一回総会が十三日、奄美市役所であった。規約と事業計画を承認し、会長には奄美大島商工会議所会頭などを務める伊集院聰志氏を選出。事業計画に関する協議では、名瀬港の活用方法や旅客へのサービスなどに関して提言があった。
 観光や福祉、商業などに関係する市内の民間団体の代表や、県や市の関連部署の担当者など十九人が協議会のメンバーとして出席した。
 市紬観光の担当職員が協議会設立までの経緯について説明。設立の目的については「名瀬港の持つ資産を活用することで奄美のまちを楽しくにぎわいのあるものにし、人々の暮らしを豊かにすること」とした。
 今年度から実施可能な活動として、クルーズ船の送迎イベントや港湾およびまちづくりに関する調査事業、港の清掃活動など八項目が挙げられ、出席者からは「名瀬港の機能・施設別の活用法を検討すべき」「障害者や高齢者へのサポートサービスの充実を」などの提言があった。
 今年度事業としては具体的な活動を行うための実行委員会を組織し、名瀬港に寄港するクルーズ船の送迎イベントに協力するほか、子供たちのスケッチ大会や港の美化活動などを行う予定。
「あまみヤジの会」が発足
 あまみヤジの会の発起会が十二日、奄美市住用町のマングローブパークであり、奄美大島内外から参加した研究者や保護団体関係者らがリュウキュウアユの増殖に向けて意見交換した。同会は規約などはなく、代表者も置かない。次回は十二月二日に予定。不定期に集まり、リュウキュウアユを生かした島づくりを検討していく。同三日には同町役勝川と宇検村河内川で産卵床造成のイベントも計画している。
 パーク内のマングローブ館研修室であった発起会にはリュウキュウアユ復活に向けて活動している住用町のヤジ友の会と宇検村のやけうちユラオー会の会員をはじめ、島内の保護団体、奄美市や県大島支庁、(財)鹿児島県環境技術協会、大学関係者らが出席。初めに鹿児島大学水産学部の四宮明彦教授がリュウキュウアユの形態、生態の特徴とアユとの違い、減少の要因、住用と宇検のアユの遺伝的な違いなどを解説しながら、リュウキュウアユのブランド化や養殖技術の確立と商品化などアユをシンボルにした島おこしについても提案した。九州大学大学院工学研究院の島谷幸宏教授は、自然と人間の共生について触れ、「日本で現実的に(自然と人間の共生の事業が)できそうな所は奄美だと思う」と話し、今後リュウキュウアユの増殖に向けた事業導入に意欲を示した。
 「語ろう会」ではレストランで養殖したリュウキュウアユを使った料理などを賞味しながら、一人ひとり自己紹介を兼ねて意見を発表。「繁殖していくよう取り組んでいきたい」「自由に取れて食卓に並ぶ日がくるといいなと思う」などリュウキュウアユ増殖に向けた抱負や期待が相次いだ。
野山でハシカンボク開花
 ○…奄美の野山でハシカンボクが咲き始めた。ノボタン科の常緑低木。直径一・五センチほどの愛らしい花が緑に映え、涼しげな風に揺られながら秋の訪れを告げている。
 ○…九州南部から沖縄にかけて分布。森林伐採や土地造成などで生存が脅かされ、県のレッドデータブックで将来、絶滅の恐れがある「準危ぐ種」に位置付けられている。
 ○…奄美大島の森を歩くと、湿潤な林床や沢沿いの林縁などに見られる。花は大半は淡紅色だが、場所によっては白色の花も咲き、コントラストが鮮やかだ。
県内の小中高校で暴力行為増加
 【鹿児島総局】県教育委員会は十三日、文部科学省の二〇〇五年度「児童生徒の問題行動調査」結果の鹿児島県関係分を発表した。県内の公立小中高における「いじめ」の発生件数は百五十七件で前年度より二十二件減少したが、暴力行為は十八件増加し百二十八件だった。暴力行為の中では生徒間の暴力行為が最も多く、全体の65%を占めている。
 暴力行為は、小学校ではゼロだったが、中学校で五十二件(前年度比十一件増)、高校で七十六件(同七件増)発生。形態別では、生徒間暴力が八十四件で十一件増、対教師暴力が十七件で三件増、器物損壊が二十件の四件増となっている。特に中学校での生徒間暴力が前年度の十六件から三十三件に大幅に増加しているのが目立つ。
 一方、いじめは、〇四年度に十年ぶり増加に転じたが、〇五年度は再び減少している。校種別では中学校の九十三件が最も多く、次いで小学校三十三件、高校三十一件の順。前年度二件あった盲・聾(ろう)学校はゼロだった。学年別にみると、小学校は六年生、中学、高校では一年生の発生件数が多かった。
 いじめの内容(複数項目)で多かったのは(1)冷やかし・からかい七十九件(2)暴力を振るう四十四件(3)仲間はずれ三十七件(4)言葉での脅かし三十五件(5)集団による無視十四件、持ち物隠し十四件など。発見のきっかけは、いじめを受けた児童生徒やその保護者からの訴えが全体の約60%を占めている。担任教師による発見は14%で、他の教師からの情報を含めても約20%。中学と高校計百校に配置しているスクールカウンセラーからの情報はゼロだった。
 高校中途退学者は公立六百十五人、私立四百四十六人の計千六十一人。前年度と比べ公立高校は六十八人減少したが、私立は逆に七十八人増加している。公立の中退者を学科別にみると、普通科の百九十人に対し専門学科は約二倍の三百九十五人だった。中退の主な理由は進路変更が46・7%、学校生活・学業不適応が35・8%、病気・けが・死亡が4・7%、経済的理由4・1%など。経済的理由は前年度より1・6ポイント増加している。
 このほか自殺者は中学校で四人いた。
奄美市名瀬でひき逃げ事件
 十三日午後七時十五分ごろ、奄美市名瀬真名津町の交差点で横断歩道を自転車で渡っていた女性(65)=同市名瀬平田町=が朝戸峠方面から走行していた軽乗用車にはねられ、右足を骨折するなどの重傷を負った。軽乗用車に乗っていた男はその場を立ち去ったという。名瀬署はひき逃げの疑いで捜査している。
 現場は平田浄水場前バス停近くの三差路。目撃者によると、軽乗用車は同市名瀬平田町のホームセンター方面から国道58号へ向けて坂道を下り、横断歩道を渡っていた女性をはねたという。女性は転倒した際に右足を骨折するけがを負った。男は女性をはねた後に軽乗用車を近くに駐車し、女性と話したが、再び乗車してその場を立ち去ったという。
 目撃者によると、軽乗用車は黄土色。男は白髪混じりの短髪、身長は百六十センチくらい。年齢は三十歳から四十歳くらいで、紺色のTシャツと短いズボンを着ていたらしい。はねられた女性は「ブレーキの音も聞こえなかった。気が付いたらあっという間にその場からいなくなっていた」と声を詰まらせた。

9月15日(金)付 

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徳之島のカボチャ、販売1億円突破

 【徳之島総局】JAあまみ徳之島地区野菜部会かぼちゃ部会(福山一広部会長)の二〇〇六年産かぼちゃ反省会・あまみかぼちゃ推進大会は十四日、同事業本部本所ホールであった。〇六年産の販売額が初めて一億円の大台を突破。春先の好天や輸出物の品質低下などによる高価格で一億千七百六十六万円を記録した。来期も完熟カボチャの収穫励行や選果選別の統一などに取り組んでいく。
 福山会長は開会あいさつで「昨年までは各支部で反省会を行っていたが、今年は生産農家の増加もあり合同で行うこととなった。これも皆さんのおかげ」などと語り、一億円突破を喜んだ。
 販売経過によると、〇六年産春カボチャは、春先の好天で例年より二週間早い四月中旬から出荷を開始。五月上旬の集中出荷で価格を下げたが、計画出荷量三百トンに対し二百九十七トンを達成、平均販売価格もキロ三百九十六円と好調だった。
 来期の生産販売計画では、鹿児島春カボチャの先発産地として市場の期待が高まる中、栽培面積三十四ヘクタール、農家戸数百九十五戸、出荷数量三百七十四トン、販売額一億千二百二十万円を計画。課題となっている単収向上や検査態勢の強化、新規栽培者への栽培指導などに取り組んでいく。
県立大島病院で大規模災害訓練
 奄美の災害拠点病院に指定されている奄美市の県立大島病院(小代正隆院長)で十四日、大規模災害訓練があった。医師や看護師のほか、大島地区消防組合など関係団体から約三百人が参加。地震で多数の負傷者が出たという事態を想定し、患者の負傷の程度に応じて治療の優先順位を決めるトリアージ訓練などに取り組んだ。
 訓練は災害発生に備えて救急医療体制を確認することが目的。同院は昨年から模擬負傷者を百人に見立てた大規模な訓練を実施し、万一の事態に備えている。
 奄美大島近海で震度7の地震が発生し、負傷者が発生したという一報が入ると一階ロビーに災害対策本部を設置し、患者搬送から治療までの連携体制を確認した。奄美高校の生徒らが扮(ふん)した負傷者が救護所の名瀬中学校から次々と搬送され、医師や看護師が応急処置などに当たった。
 トリアージは患者の重症度で搬送や治療の優先順位を決める手順の一つ。医師らは症状の具合を記し、患者の腕に巻きつけられた「トリアージタグ」を参考に応急診療を施したり、手術室へ運んだりと対応に追われた。
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