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9月16日(土)付 

奄美の100歳以上は102人
 県保健福祉部は十五日、県内の百歳以上の長寿者(九月一日調査、同三十日現在)を発表した。奄美の百歳以上は百二人で十万人当たり八十・六四人となっており、県平均三十七・一九人を大きく上回っている。県内最高齢は百十歳の野澤マゴさん(与論町)で、男性最高齢は百八歳の嶺島峰永さん(同)。今年度中に百歳を迎えるのは五十一人となっている。
 県内の百歳以上は男性八十一人、女性五百七十一人の計六百五十二人。奄美は男性十四人、女性八十八人の百二人。市町村別では奄美市が最も多く二十九人。天城町十二人、与論町十一人、徳之島町十人、伊仙町九人、喜界町七人、大和村と知名町が六人、和泊町五人、瀬戸内町四人、宇検村二人、龍郷町一人となっている。十万人当たり八十・六四人と突出し、「長寿の島」を裏付けている。
 今年度中に百歳を迎えるのは県全体で男性六十四人、女性三百二人の計三百六十六人。奄美は男性十三人、女性三十八人の計五十一人。奄美市が十八人でトップ、大和村六人、伊仙町五人、瀬戸内町、徳之島町、知名町がそれぞれ四人、与論町三人、和泊町と喜界町が各二人、宇検村、龍郷町、天城町が各一人となっている。大和村は昨年度より倍増している。
 県内の新百歳三百六十六人中二百十九人が病院や特別養護老人ホームなどの施設に入所しており、百四十七人が自宅で暮らしている。喫煙者は二人で、晩酌をする人は二十二人。六十七人は自立した生活を送っており、中には現在も散歩や野菜作りなど軽い運動をこなす人もいる。
 長生きの秘けつについては@明るい性格で、何事も前向きに考えくよくよしないA早寝・早起きや一日三食しっかり取るなどといった規則正しい生活をするB好き嫌いがなく、何でも食べるC若いころからよく働き、体を動かすことを好むD自分でできることはすべて自分でする―などが上位となっている。

 ※発表訂正=鹿児島県は二十日、県内で本年度中に百歳を迎える人は九月一日現在で三百六十六人ではなく、三百六十七人だったと発表を訂正した。
龍郷町中央公民館が「西郷塾」を開設
 龍郷町中央公民館(保義廣館長)主催の秋季特別講座「西郷塾」が十四日、開講した。龍郷で三年余りを過ごした西郷隆盛の足跡を学ぼうと企画し、西郷の書簡などから龍郷での生活の様子を探り、「敬天愛人」の思想などを学ぶ。(財)西郷南洲顕彰会会員の安田荘一郎さんが講師を務め、来年一月までに合計十回の講座を開く。関心が高く、当初定員(十五人)を大きく上回る四十人を超える受講希望があり、先着順で町民二十人が受講することになった。
 薩摩藩から奄美大島に潜居を命じられた西郷は「菊池源吾」と名乗っていた。特別講座の企画は西郷の祖先とゆかりがあるといわれる熊本県菊池市の一行が今年二回龍郷町を訪問し、交流の提案をしたのがきっかけ。
 午後八時から始まった開講式で宏洲弘教育長は「自分なりの学びのテーマを設定して西郷の人となりや思想を学んでほしい。学ぶ風土を龍郷に醸成していきたい」などと述べ、安田さんは「手紙の内容から西郷の心をひもといていきたい」と話した。
 受講生が一人ひとり自己紹介し、入塾の動機については@西郷さんに関する質問を受けたときにちゃんと答えられず残念な思いをしてきた。西郷塾を待望していた。少しでも説明できるようになりたいA「敬天愛人」と「征韓論」、矛盾する西郷像を勉強したい。時代背景も学びたいB西郷と奄美とのかかわりの中でもいろんな矛盾点≠フ指摘があり、それを学びたかったB愛加那に興味があり、女性の視点で考えてみたら面白いと思った―などと述べた。
 安田さんが西郷の思想哲学的関連と人物関連について説明、学ぶ題材本として荘内藩有志が出版した「西郷南洲翁遺訓」などを紹介した。
 次回は「笹森儀助」をテーマにした講座を予定している。
知名町議会、名里氏を議長に
 【沖永良部総局】知名町議会(定数十四)は十四日、臨時会があり、任期満了に伴う正副議長選挙があった。議長に名里武也氏(70)=三期、田皆=、副議長に東善一郎氏(62)=四期、知名=がともに再選された。名里氏は前期に続いて二期目。東氏は三期連続で就任した。
 正副議長選挙はいずれも無記名による投票で行われ、議長選は有効投票十四票のうち、七票ずつとなり、くじの結果、名里氏の再選が決まった。無効票はなかった。副議長選は有効投票十三票中、東氏が十票を獲得して再選された。無効票は一票だった。
 このほか、文教厚生、経済建設の各常任委員会の構成は変わらず、正副委員長も留任となった。

9月17日(日)付 

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県体で奄美の女子ソフトボール優勝

 第60回県民体育大会川薩大会(ゆめ未来県体)は16日、薩摩川内市総合運動公園を主会場に1市1町で13競技があり、熱戦を繰り広げた。前回連覇が途切れ雪辱に燃えたソフトボール女子が見事優勝。同男子は2回戦で藤川が3打席連続本塁打を記録し、3位入賞に貢献した。バスケットボール女子、バレーボール男子、サッカー、軟式野球、バドミントン男子、ハンドボール男女が4強入りした。ソフトテニス、テニスは男女で8強入り、卓球男子が準々決勝で惜しくも敗れた。
与論町長が県内男性最高齢の嶺島さん(108歳)を表敬
【沖永良部総局】「あと三年長生きして日本一に」―南政吾与論町長と浜崎研県沖永良部事務所長は十五日、与論町麦屋の介護老人保健施設風花苑(川畑益雄理事長)に県内男性最高齢の嶺島峰永さん=百八歳、同町茶花生まれ=を訪ね、祝い状と金一封、記念品を手渡すなど祝福した。
 浜崎事務所長は「まことに慶賀に堪えません。ここにこれをお祝い申し上げ、ますますの御長寿をお祈りします」と祝い状を読み上げ、「嶺島さんは県内男性で一番のご長寿です。日本一は百十一歳ですからあと三年長生きされていただきたい」と伊藤祐一郎県知事のメッセージを伝えた。
 南町長は「風邪を早く治して元気なお姿を拝見したい」と励ました。
 風花苑によると、嶺島さんは目は見えないものの、あぐらをかき、テーブルで食事を取るほか、ひもを結んだり、ごみ箱をたぐり寄せたりする。朝夕お祈りを欠かさず、毎日感謝の心で暮らしているという。風邪を引いており、南町長、浜崎事務所長の訪問時には就寝していた。
就職戦線、奄美への求人増加傾向
 来春の高校卒業予定者の就職試験が十六日、全国一斉に解禁された。就職を希望する奄美の高校生たちも社会へ羽ばたく日を夢見て全国各地へと向かっている。奄美市内の高校によると、希望と求人の職種がかみ合わない面はあるが、求人は増加傾向。地元企業の動き出しも早まっている。
 奄美市の奄美高校は来春の卒業予定者二百三十六人のうち、約半数が就職希望。十六日からの就職試験第一弾には就職進学を含め六十二人が臨む。八月末現在の求人数は四百二十一件で、前年度最終の四百十一件を既に超えた。特に関東地区、中京地区の製造業の求人が好調。製造業向けの派遣会社分を含めると二倍近くに膨らむという。
 同校進路指導部主任の竹之内武教諭によると、地元の就職環境は依然厳しいが、今年は少し求人の出が早い。具体的には来年オープン予定の公設のタラソテラピー施設、金融機関、ガス会社などから八件の求人が寄せられている。竹之内教諭は「今後は地元での求人開拓の取り組みをさらに強めたい」と話した。
 厚生労働省が十三日発表した来春の高卒求人・求職状況によると、七月末現在の求人倍率は全国平均で一・二四倍。前年同期を〇・二四ポイント上回り、四年連続の改善となった。首都圏の景気回復に加え、二〇〇七年から団塊世代の大量退職が始まることもあって、企業の採用意欲は強まっている。

9月18日(月)付 

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鹿大生が離島へき地医療フォーラム

 【鹿児島総局】鹿児島大学医学部の学生が企画した「学生による離島へき地医療フォーラム」が十六日、指宿市であった。学生の意識調査や離島の病院・診療所からの現状報告などを通して離島・へき地が抱える問題点を抽出し、今後の地域医療の在り方について活発な意見交換を行った。
 フォーラムには医師や看護師を目指す学生をはじめ大学の教員、医療行政の担当者など約八十人が参加。開会あいさつで代表発起人の中島一壽さん(鹿大医学科五年)が「離島問題は医療が抱えるすべての問題を含んでおり、医療の原点を問い掛けていると思う。離島を一つのモデルとして考える必要がある」とフォーラム開催の趣旨を説明した。
 医学科生や保健学科生約三千人を対象にした意識調査の結果では、40%の学生が「将来、離島で働いてもいいと思う」と回答していることなどが報告された。会場と奄美大島の県立大島病院(小代正隆院長)、下甑島の手打診療所(瀬戸上健二郎所長)をテレビ電話で結んだ離島医療の現状報告もあり、大島病院の小代院長は「急患は年間六千人弱で奄美市の約七割が急患利用している」と説明したほか、離島医療に求められる医師像として@オールラウンドに一定の技術を有し、最低限、救急処置ができることA患者を診ることに喜びを感じることができる人―などを挙げた。
 人気漫画「ドクター・コトー」のモデルとして知られる瀬戸上所長は、フォーラムに参加する予定だったが、台風で参加できなくなったことを説明し「天候に左右され動きがとれなくなることもあるという離島の実情を伝えることができた。離島では救急医療が一番大切だが、一言では言えない多面性がありそれが魅力の一つ」などと語った。
 また鹿児島大学や長崎大学が取り組んでいる離島医療・看護実習の内容紹介では、与論島のパナウル診療所(古川誠二理事長)で九月に三日間の離島研修を体験した西俣佑美さん(鹿大医学科一年)が「離島では住民一人ひとりの全体を把握した医療(プライマリーケア)ができる。離島で医師として働くことの魅力を強く感じることができた」と発表した。
 このほか、離島・へき地医療を支援するITシステムの紹介や県保健福祉部の吉田紀子部長による講演もあり、学生たちは地域医療の現状について理解を深めた。
 実行委員会の中島さんは「だれかが声を上げないと現状は変わらないと思い企画したが、多くの参加者があり予想以上の反応だった。アンケート調査で離島医療に関心の高い学生が多いことが分かったが、今後は医師が安心して勤務できる代診制度などサポート態勢の充実が必要だと感じた」とフォーラムを振り返っていた。
 フォーラムは当初、二日間開催する予定だったが、台風接近のため十七日のプログラムは中止された。

黒糖、タンカンなど原料に発泡酒を開発

 奄美産の黒糖やタンカンなどを原料にした発泡酒「奄美黒糖麦酒」(発売元・泣Tワンルーク)がこのほど製造され、近く奄美市内の飲食店などで販売される。発売元の社長で発案者の山中順子さん(36)は「黒糖とタンカンの風味が詰まった美味しくてコクのある麦酒」と自信の笑みを浮かべ、「奄美に地ビール工場を造るきっかけになれば」と期待を寄せている。
 山中さんは横浜市でプロダクション会社やアンテナショップを経営しており、写真家の顔も持つ。六年前に奄美大島へ撮影に訪れたのをきっかけに、年に十回以上足を運ぶようになったという。
 奄美の少子高齢化や過疎化の現実に触れた山中さんが、奄美の作物を使ってオリジナルブランドとなり得る商品を模索したことが商品開発につながった。「工場が出来るまで商品が育てば、雇用の場が生まれるほか、島の特産品のアピールもでき、島おこしにつながる」と山中さん。
 「黒糖麦酒」には麦芽や米などの穀類のほか、加計呂麻島産の黒糖やサトウキビの絞り汁、タンカンが原料として使われており、横浜ビール鰍ェ製造した。アルコール分は5・5%、容量は三百三十ミリリットル。初回の製造は二千本に限定された。小売価格は五百五十円となる予定。
 同商品の注文受け付けは一ケース(二十四本)から。TEL045・681・8889fax045・681・8850。

9月19日(火)付 

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奄美市名瀬で敬老祝賀会

「敬老の日」の十八日、奄美市名瀬地区の敬老の日祝賀会(市、市社会福祉協議会主催)が奄美文化センターであり、同地区在住の八十歳以上のお年寄りが招かれ、平田隆義市長や徳田毅代議士らが「幾多の苦難を乗り越えてきた皆さんは奄美の宝。いつまでもお元気で長生きして下さい」と長寿を祝福した。
 祝賀会には約五百人が出席。主催者を代表し平田市長が「今日の郷土の発展は皆さんの尽力のたまもの。長年培ってきた知恵と技は貴重な財産。高齢者がいききと輝く奄美市を構築するために精一杯努力していきたい」とあいさつした。
 徳田代議士は「各地の敬老会と豊年相撲に都会にはない本当の豊かさを感じる。奄美の良さを受け継いでいくことによって子供たちが島人(シマンチュ)として誇りの持てる島づくりをしていかなければいけない」と祝辞。県大島支庁の中野実支庁長は、県が推進する「あまみ長寿・子宝プロジェクト」を紹介し、「住み慣れた地域で生きがいを持ってすこやかに安心して暮らしていける社会づくりを目指したい」などと述べた。
 余興では、唄者の坪山豊さんと平早代美さんが「命果報願てぃ 石ぬ身ぬごとく 千歳なるがでぃ 子孫うちそろてぃ」と島唄で祝福。舞台には春日保育園児や市シルバー人材センター会員、民児協委員、新民謡の中島章さん、福祉作業所「あしたば園」利用者、シマユムタを伝える会の山田薫会長、老人クラブ会員、岩下舞踊教室生らが次々に登場し、多彩な演芸を披露した。
 奄美市名瀬地区の百歳以上者は、今年度中に百歳を迎える人も含め二十四人。最高齢は百八歳の右田ユキさん。八十歳以上の長寿者は二〇〇一年は二千百八十二人だったが、年々増加し今年度は二千七百二十二人。中でも九十―九十四歳は〇一年度の二百七十人から三百六十三人と百人近く増加している。同市全体の八十歳以上者は三千七百三十四人となっている。
徳之島、闘牛で山古志村を支援
【東京支社】「全国闘牛サミット」記念闘牛大会が十七日、中越地震で被災した新潟県・旧山古志村(長岡市)で震災後初めてあった。徳之島をはじめ全国から集まった闘牛が復旧した山古志闘牛場で角を突き合わせた。同大会には、在京の徳之島出身者らが多数駆けつけ、ラッパやチヂン(太鼓)を吹き鳴らし、「ワイド、ワイド」の掛け声も勇ましく会場を盛り上げ、旧山古志村の復興を支援した。
 闘牛大会の前には、全国七県十八団体の闘牛関係者が交流する第九回全国闘牛サミット(長岡市主催)が開かれ、奄美からは勝重蔵徳之島町長、大久保明伊仙町長らが出席。「闘牛文化」の継承と「闘牛観光」の振興などを訴えた。同サミットは昨年、伊仙町で開かれた。
 大会には約三千五百人の観客が詰め掛けた。オープニングセレモニーでは、泉田裕彦新潟県知事、森民夫長岡市長らとともに、大久保伊仙町長(全国闘牛サミット協議会副会長)があいさつし、旧山古志村の復興支援を呼び掛けた。また、在京の徳之島出身者で組織する徳之島「夢」振興会議(徳田昌則会長)の定久文三事務局長が、森長岡市長に焼酎と義援金を手渡すとともに、同会議メンバーたちが徳之島の「闘牛踊り」を披露し、会場から拍手喝采(かっさい)を浴びた。
 本番では、全国から出場した三十二頭十六組の取り組みがあり、巨体の迫力あるぶつかり合いに満員の観客席から歓声が上がった。
 徳之島からは「二十村号」など三頭の牛が出場。東京からバスなどを貸し切り応援に駆けつけた徳之島出身者ら約五十人は三頭がでるたびに、ラッパやチヂン(太鼓)を吹き鳴らしながら堂々の入場。試合が終わると「ワイド、ワイド」の掛け声で会場をわかせた。
 「夢」振興会議の定久事務局長は「昨年に続いて旧山古志村の復興支援に駆けつけた。今年は地元(徳之島)の牛が参加したので昨年以上に力が入った」と話した。徳之島から牛を連れて海路(徳之島ー神戸)、陸路(神戸ー旧山古志)と旅をしてきた亀津在住の勢子、広文一郎さん(36)は「ここの闘牛は勝負を決めないので少し物足りないが、それでもいい雰囲気で楽しめた」と笑顔で答えた。

基準地価、奄美市では住宅、商業地とも下落

【鹿児島総局】県は十八日、今年七月一日時点の基準地価を発表した。県平均変動率は、住宅地が八年連続下落の1・4%ダウン、商業地も十五年連続下落となる2・8%ダウンだったが、工業地は0・3%アップし十一年ぶりプラスに転じた。住宅地や商業地の下落幅はわずかながら縮小しており、利便性の高くなった鹿児島市の鹿児島中央駅周を中心に上昇傾向も見られる。奄美市では住宅地が1・1%、商業地が3%それぞれダウンした。価格は県のホームページでも公表している。
 今回の調査では、基準地四百七十八地点のうち、鹿児島市内の住宅地八、商業地二、工業地一の計十一地点で地価が上昇した。住宅地と商業地は、鹿児島中央駅の駅ビル開業や利便性が良くなった周辺地域での住宅需要の増加などが上昇の主な要因。工業地では、大型ショッピングセンターの開業が計画されている鹿児島市東開町の上昇率が、横ばいまたは下落となった他の基準地を上回ったことがプラス変動の要因となっている。
 県全体では全用途(林地除く)で対前年比1・8%のダウン。県企画部は「県内の地価は、全体として下落がつづいているものの、鹿児島市内の一部の地点については収益性や利便性などの地域特性が地価に反映されつつある。中央駅周辺は再開発事業も始まっていることから、今後も上昇傾向が続くのではないか」と分析している。
 用途別にみると、住宅地の一平方b当たり県平均価格は三万二千三百円。市町村別では鹿児島市の十万三千八百円が最も高く、次いで加治木町三万五千五百円、姶良町三万三千百円、枕崎市三万九百円、奄美市二万八千百円などの順。価格上位十地点はすべて鹿児島市内に集中し、最高価格地は変動率が4・3%上昇した鹿児島市西田二丁目の二十二万円だった。
 一方、下落率の大きかった市町村は垂水市3・8%、南大隅町3・1%、錦江町2・8%など。奄美では大和村2・2%、宇検村2・1%など。徳之島町と天城町は前年と同じだった。
 商業地の県全体平均価格は八万七千八百円。市町村別では鹿児島市が最も高く十万三千八百円。二位から四位には奄美の徳之島町九万円、瀬戸内町八万九千円、奄美市八万二千円が入っている。価格上位十地点はすべて鹿児島市内で、最高価格地は十九年連続で鹿児島市東千石町八番の七十七万円(変動率0%)だった。
 下落率の大きい市町村は、阿久根市8・9%、垂水市8・7%、南大隅町6・9%、曽於市5・9%など。奄美では天城町の4・4%が最も大きく、次いで喜界町3・9%、与論町3・8%、和泊町3・5%などとなっている。
 地価調査は国土利用計画法に基づき、知事が年一回調査・公表している。価格は国土交通省の地価公示(一月一日現在)と合わせ、一般の土地取引の指標となる。県内の基準地は住宅地三百三十一、商業地百十五、工業地五など計四百七十八地点。奄美では奄美市が住宅地九、商業地二、林地一の計十二地点。大島郡の十一町村は住宅地二十九、商業地十、林地一の計四十地点。

9月20日(水)付 

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瀬戸内町が野生生物多い請島大山への入山を制限

 瀬戸内町教育委員会は今月七日、請島大山への入山は同町教委社会教育課への申請を義務付ける規則を定め、公布した。同地にはウケユリやウケジママルバネクワガタなど貴重な野生動植物が多く、町文化財保護審議会で保護について協議し、決定した。周知徹底を図るためポスターを百部作製、公的機関に配布して協力を求めている。
 規則では、請島大山へは入山申請を済ませ、池治みのり会(勝哲弘会長)のメンバーと同伴で入山することとしている。同会は、盗掘が相次いだウケユリを守ろうと一九八八年に二十人の会員で結成、本土業者のウケジママルバネクワガタの乱獲にも目を光らせ、同島の自然を守ろうと活動を展開している。
 ウケユリは請島と同町与路島、宇検村、大和村に分布。自生場所もごく限られるなど絶滅寸前の状況にあるとみられ、環境省のレッドデータブックでも危険度が極めて高い絶滅危惧(ぐ)TA類とされている。ウケジママルバネクワガタは請島だけに分布する新亜種。原産の希少クワガタとして二〇〇〇年前後から業者による乱獲が目に余るようになって。良品は一匹十万円以上で取引される“飛ぶ宝石”とも言われている。いずれも町の天然記念物に指定されている。
 みのり会は申請をした人と山に同行することにしているが、会員が六人と少人数なのが悩み。五十歳から六十五歳までと会員の年齢が限定されているのは、勝会長(65)によると「若い人が少なく、年配者には山登りがきついため」だが、「今後、会員増へ何らかの手を打っていきたい」と話している。
 なお、みのり会は県の森林環境税助成事業を受け、森林の整備を中心とした自然保護体験活動と、森林について学ぶ自然体験学習活動も行っている。

与論町の助産師、「島外出産への助成働きかけ」を町議会に陳情

【沖永良部総局】与論町茶花で助産院を営む荻野静香さんは、「妊婦が島外出産する場合の経費を医療費として所得から控除することを求める意見書の採択」を十九日に開会した九月定例町議会(町田末吉議長)に陳情した。萩野さんは、妊婦の精神的、経済的な負担を少しでも軽減させられるよう、島外での出産に伴うすべての経費(介護人『付添い人』、宿泊費等)を所得から控除するよう国の関係機関に働き掛けてほしいとしている。
 趣旨によると、国内の出生率が過去最低の1・25%となったことを受け、政府は保育所の充実、夫の育児休暇制度などさまざまな施策を講じているが、同町は町民平均所得が百四十七万二千円(二〇〇五年四月一日現在、町勢要覧)しかない。 さらに、島内に小児科や女性診療科医療施設が無く、沖縄から二週間に一回ずつ産科医が診察に来島するものの、正常な場合でも分べん前の約一カ月前、異常がある場合は一、二カ月以上も鹿児島や沖縄の医療施設への移動を余儀なくされ、「その間の船や飛行機の運賃、宿泊費、分べん後に家族が面会に行く費用、出産後の手当てなど、経済的負担が大きい」という。
 町は国の次世代育成支援対策を受け、〇四年度に次世代育成支援行動計画を策定。〇五年度は出産支援条例を整備して子供一人出産につき五万円を支給している。

区画整理反対の住民ら、知事に陳情

【鹿児島総局】奄美市名瀬の「末広・港土地区画整理事業」に反対する住民グループ「まちなみを守る会」の戸内恭次代表は十九日、県庁を訪れて伊藤祐一郎知事に対して奄美市が申請する同事業の設計概要を認可しないよう求める陳情書を提出した。
 同会を支援するオンブズマン南日本(鹿児島市)の前田静香代表が同行。県土木部都市計画課の西小野成人課長らが対応した。
 陳情書は、まちなみを守る会と「奄美まちづくり女性の会」(佐竹京子代表)の連名で、千五十三人の署名を添えて提出した。戸内代表は、中心商店街の区画整理事業は道路を造るためのもので、市が計画の目的としている商店街の活性化や防災機能強化にはつながらないと訴えたほか、「商店街の意思統一もなされておらず、合意形成の在り方にも疑問点がある」などと指摘した。
 また今月六日の県都市計画審議会で、区画整理事業に対する意見書が不採択となり「事業計画の修正の必要はない」との判断が下されたことに関しても、「意見書の不採択は区域住民を無視したもので、不採択の理由を開示するよう求める」抗議文を知事と審議会あてに提出した。
 県都市計画課の西小野課長は「まちづくりは基本的に市町村が行うもの。審議会の付帯意見にもあったように、奄美市には今後も地域住民との話し合いによりまちづくりが進められることを期待している」などと語った。

9月21日(木)付 

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奄美市議会、来年6月に自主解散の方向
 奄美市議会の九月定例会が二十日、開会した。二〇〇六年度の一般会計、特別会計補正予算など議案十八件を上程し、そのうち法改正に伴い条例の一部改正案五件を委員会に付託した。「奄美市議会のあり方等に関する特別委員会」の報告があり、市町村合併に伴う在任特例期間を五カ月短縮し、〇七年の六月定例会終了時に自主解散するとの方向性などが示された。
 奄美市議会については、合併前の奄美大島地区合併協議会での決定に基づいて「旧三市町村の議員全員(現在四十三人)の任期を合併する〇六年三月から〇七年十一月までの一年八カ月延長する」との在任特例を採用している。特別委は各党会派の代表ら委員十四人で五月に設置。「市町村合併の趣旨に反する」などと市民団体の指摘を受け、在任特例期間などの方向性を協議してきた。
 特別委の報告は渡京一郎委員長が行った。報告によると、「年内に解散すべき」から「特例期間満期まで」とさまざまな意見が出た中、「来年六月議会終了時の自主解散」が多数を占めた。次期改選から適用する定数については、人口から算出される法定定数規模の二十六とし、その後削減などの論議をすべきとの方向性で一致しており、既に先の六月定例会で定数を二十六とする条例を議決している。
 開会本会議に続いて、総務建設委員会(渡京一郎委員長)と厚生委員会(田部義和委員長)があり、付託された条例改正案五件をいずれも可決すべきとした。市職員の給与に関する条例案は、人事院勧告に基づいて給与体系を抜本的に見直す。このほかの案では、介護保険法の改正(養護老人ホーム入所者への介護保険サービス適用)に伴って市立養護老人ホーム条例を改正し、障害者自立支援法の完全施行に伴って重度心身障害者医療費の助成に関する条例の一部を改正する。いずれも十月の施行を見込む。
 九月定例会の会期は十月六日までの十七日間。二十二日に一般質問が始まる。
宇検村議会の議長に宮原氏
 宇検村議会九月定例会は二十日、開会本会議があった。原子力関連施設を立地させないための方策を調査する「放射性廃棄物最終処分場問題調査特別委員会設置に関する決議」は否決された。議長、副議長の辞職に伴う選挙があり、宮原計介氏(78)=六期、平田=が議長に、前田啓一氏(51)=二期、宇検=が副議長に決まった。会期は十月三日までの十四日間。
 開会冒頭、元山村長は「迷惑を掛けて申し訳ない」と最終処分場問題や前収入役の不祥事について陳謝した。
 一般質問では稲澤紀穂、幸春美、福山清光の三議員が最終処分場問題関係について取り上げたほか、保岡英良、元山公知二議員が村政運営について聞いた。
 村長は「最終処分場問題は勉強会だった。不退転の決意については、議会と村民が賛成であればとの質問に答えただけ。商工会館で行った説明会は要望にそって開催した。議会軽視ではない。今後は議会に相談しながらやっていきたい」と述べた。福山議員から質問された最終処分場に反対する条例の制定については「現段階では考えていない」と答えた。数社あるという誘致企業の信ぴょう性については、「年内に一社と契約の可能性が高い。他に二社と交渉している」と答えた。
 飲酒運転で事故を起こし辞職した前収入役に関する質問では「休暇中の給与は規定に沿って手続きした」と強調。元山村長の責任問題については「検討後、議会で説明したい」と答えた。
 「放射性廃棄物最終処分場問題調査特別委員会設置に関する決議」が國場和範議員から提案された。この発議は、八月二十五日にあった全員協議会で「最終処分場に反対の立場を鮮明にするための特別委員会設置」を確認したことに基づいて行われたが、十一議員のうち四議員が賛成の起立をしたが、少数のため否決となった。
 このほか二〇〇六年度の一般会計補正予算の専決処分一件を承認。〇五年度の一般会計、特別会計決算八件を決算審査特別委員会に付託し、「名瀬測候所の地方気象台への格上げと沖永良部島測候所の継続に関する陳情」一件を常任委員会に付託した。
 〇六年度一般会計補正予算(第三号)は歳入歳出それぞれ三千八百八十四万二千円を追加し、総額三十億千八百八十九万九千円。
喜界町、陶磁器3点を文化財指定
 喜界町文化財審議会は同町小野津の八幡神社境内に保管されていた陶磁器三点を町文化財に指定する答申を二十日までにまとめた。陶磁器は小野津集落の「五つのカメ」の伝承にまつわるもので、一点は中国越州窯産の水差しだったことが分かった。十一世紀から十二世紀にかけて中国や日本本土で生産された陶磁器が喜界島で確認されたことから、同審議会は「全国でも出土例が少なく資料的価値は高い。貴重な陶磁器を地域伝承とともに後世へ伝えてほしい」としている。
 答申したのは青磁の水差しとされる「青磁刻花文水注(せいじこっかもんすいちゅう)」、「褐釉双耳注口付壷(かつゆうそうじちゅうこうつきつぼ)」、「須恵器双耳長胴瓶(すえきそうじちょうどうへい)」。専修大学文学部の亀井明徳教授によると、青磁の水差しは十一世紀から十二世紀前半にかけて中国浙江省の越州窯で生産され、ほぼ完成形で確認されたのは国内初。壷は福建省産、瓶は鹿児島県金峰町産だとみられている。
 亀井教授は越州窯産の青磁が役所跡から多く出土していることや、中世南西諸島の交易拠点として指摘されている城久遺跡群との関連から「喜界島に大きな政治権力が存在していた可能性がさらに高まった」と分析。さらに今回の鑑定で越州窯産青磁の南限が種子島から喜界島に塗り替えられたと指摘している。
 「五つのカメ」の伝承は沖縄の女性が五人の子供に瓶を一個ずつ持たせて小舟に乗せたところ、八幡神社に漂着し、餓死した子供五人を村人が埋葬したという物語。亀井教授は伝承と陶磁器の関連性にも注目し、「伝説が歴史的事実だったという裏付けになるのではないか」と話している。
筑波大がテレビ会議システムで奄美から発達障害児向けの特別支援教育講義
 筑波大学特別支援教育研究センター(東京・前川久男センター長)は二十日、奄美市名瀬でテレビ会議システムを利用した軽度発達障害児の特別支援教育の講義を配信する実験を実施した。同センターの瀬戸口裕二教諭(49)が「特別支援教育の課題と支援システム」をテーマに講義、東京、沖縄の研修会場へ同時配信した。
 同センターが取り組む「e―ラーニングを活用した連携事業に関する配信事業」の一環。筑波大東京キャンパスと、地理的条件から研修が困難な奄美市、沖縄県石垣島、北海道名寄市にサテライト拠点を設置し、来年三月まで特別支援教育に関する講義を行う。奄美に居ながら受講可能となる。
 AiAiひろばであった初講義には、研究協力する県立大島養護学校や近隣小中学校教職員、福祉施設職員、NPO関係者ら二十人が参加し、インターネット回線で東京と石垣島の八重山養護学校を結んで実施した。石垣島会場には百人を超える参加者があった。
 瀬戸口教諭は、学習障害(LD)や注意欠陥多動性障害(ADHD)、高機能自閉症など軽度発達障害の子供への支援の基本的な考え方として「本人のわがままや努力不足のせいではない」「家庭の育て方やしつけ、先生の指導力の問題ではない」「原因として中枢神経系の機能不全の疑い」―などを指摘した。
 共通する支援法として@苦手な部分の克服より得意な分野を生かすA目標のハードルを少し低くするB完璧を求めないC多様な評価をするDチームで支援する雰囲気と態勢を整える―などを挙げた。また、小中学校の特別支援教育コーディネーターが「チームで支援する場合のキーパーソン」と、その重要性を指摘した。
 二回目以降の講義内容は「軽度発達障害児の理解」「学校における配慮と支援」「発達障害と医療」「行動面の特性と指導」「運動面の特性と指導」「包括的な支援」。次回は北海道、三回目は沖縄、四回目以降は東京の筑波大から配信する予定。
 初講義を終えた瀬戸口教諭は「不安もあったが、トラブルも無く良かった。予算的に可能ならば最終講義は再び奄美から行いたい」と話す。

9月22日(金)付 

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大島地区衛生組合が汚泥処理施設の工事請負契約を可決

 大島地区衛生組合(管理者・平田隆義奄美市長)は二十一日、名瀬クリーンセンターで臨時議会を開き、奄美市名瀬有良地区に建設する汚泥再生処理センターの工事請負契約と二〇〇六年度一般会計補正予算案の二件を可決、〇五年度一般会計決算を認定し、専決処分三件を承認した。汚泥処理施設について、委員が「刑事事件の裁判がはっきりするまで待つべきではないか」などとただしたが、賛成多数で可決した。
 同組合によると、同工事は、今年一月に指名競争入札の予定だったが、本土のし尿・汚泥処理施設の建設工事をめぐる談合事件を受け、公正取引委員会から告発を受けたプラントメーカーを指名停止にし、入札のあり方などを検討していた。
 入札の競争性と透明性を高め、談合防止につなげようと制限付き一般競争入札を導入。九月十一日の入札には四社が参加し、アタカ工業葛繽B支店が十五億三千万円(消費税別)で落札した。入札予定価格は十六億八千七百四十万円(同)。
 質疑で事務局側は「入札日に複数の談合情報が寄せられ、業者から事情を聴いたが、事実が認められなかった。誓約書も提出してもらって入札を行った。入札結果と情報とは一致しなかった」などと語った。
 汚泥再生処理センターは、奄美市と龍郷町(公共下水道区域は除く)のし尿・浄化槽汚泥と生ごみなどを同時に処理し、処理水を高度処理して放流するとともに、脱水汚泥などを堆肥(たいひ)として再利用する施設。
 規模は、し尿が一日九キロリットル、浄化槽汚泥が同三十一キロリットル、生ごみなどが同二百キロとなっている。処理方式は、経済的で水質面に優れた「浄化槽汚泥の混入比率の高い脱窒素処理」と高度な水質を得る「高度処理」。敷地面積は約三万四千平方メートル。
高橋氏が「古琉球の奄美攻めは5回以上」と指摘
 宇検村教育委員会と宇検村郷土談話会主催の「第一回エーチ・ムンバナシ講座」が二十日、同村生涯学習センターであり、民俗研究者で同村村誌集落編纂(さん)委員の高橋一郎氏が古琉球御朱印状(辞令書)から考察される奄美の新たな歴史について講話した。
 講座名の「エーチ」は「焼内(同村の地名)」の方言表記。同講座は同センター展示室で始まった特別展「古琉球御朱印状(辞令書)と近世琉球文書」に合わせて行われた。講座に参加した約三十人は、琉球王府からノロなどに発行され、宇検村に残る古琉球朱印状六通などが設営された展示室で高橋氏の講話を聞いた。
 講座では高橋氏が資料を元に、古琉球朱印状から考察された新たな奄美の歴史について説明。「古琉球朱印状が発行された年代は、琉球王府が奄美を支配したことを意味する。これまでは琉球王府が奄美を攻めてきたのは二回だけとされていたが、分かっているだけでも五回はある。実際にはもっと多かったとみられる。真実が明らかになれば歴史認識も違ってくる」と指摘。「地元に残っている古琉球朱印状を基に地元で考察することが重要。伝承も含め、現存する約五百年前のこの古琉球朱印状からもう一度歴史を見詰め直すことが大切」などと話した。
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