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9月30日(土)付 

奄美市議会、解散陳情を不採択
 九月定例奄美市議会は二十九日、総務建設委員会(渡京一郎委員長)を開き、二〇〇六年度一般会計補正予算案(関係分)と行政手続等における情報通信の技術の利用に関する条例制定案など十件を可決し、市民グループから出されていた市議会の早期自主解散を求める陳情など五件の「議会解散陳情」を不採択とした。
 名瀬港港湾計画で公有水面埋め立てに関する議案三件も可決。当局は「中心市街地の土地利用を補完するもので、交通や娯楽、観光関連の土地利用を考えている。商業施設をまとめるという土地利用は考えていない」などと説明した。
 工事請負契約は「奄美市地域イントラネット基盤施設整備事業光ファイバー網敷設工事」で、西日本電信電話株式会社鹿児島支店(二億四千百五十万円)。
 このほか、一般会計補正予算案の審議の中で、委員から「市長選で(現職に)反対した五業者が指名から外されたと聞いている。事実かどうか」などといった指摘があり、当局は「指名委員会を開き公平に行っている。指摘されるようなことは一切ない」と否定した。
地上デジタル中継局整備を国に要請へ
 【鹿児島総局】県議会離島振興議員連盟(日高滋会長、四十一人)は二十八日開催した総会で、奄美群島における地上デジタル放送の中継局は国が責任をもって整備するよう年末に関係省庁へ再度要請することを決めた。
 地上デジタル放送は、二〇一一年には現在のアナログ放送から全面移行するが、県本土から遠く離れている奄美には中継局を整備する必要があり、整備には約二十八億円のばく大な費用が必要なため、民間テレビ放送業者は国などへ助成を求めている。地元自治体や県も「奄美群島が電波の谷間に陥らないように」と要望活動を展開している。
 二十八日の離島振興議員連盟総会では、国の動向や補助事業の可能性などについて県の担当部局から報告を受けたほか、県も来年度から整備に着手できるよう国と折衝していくとの説明を受けた。同議連は、地上デジタル放送は国策であり、離島の中継局整備も国が責任をもって整備すべき、として県と足並みをそろえ、関係省庁への要請活動を展開していくことを決めた。
戦艦「大和」慰霊塔の再建へ募金活動
 【徳之島総局】伊仙町犬田布岬にある「戦艦大和を旗艦とする第二艦隊戦没将士慰霊塔」の再建事業が動き出している。大久保明伊仙町長を会長に再建実行委員会を立ち上げており、徳之島町のNPO法人ボランティアネットワーク徳之島(壽穂美理事長)を受け皿に八月から本格的に寄付を呼び掛けている。
 慰霊塔は一九六八年(昭和四十三年)に完成。三十八年が経過して本体の風塩害が激しいことから再建計画が持ち上がった。計画では現在の塔(高さ二十四メートル)と同等のものを想定し、高松宮殿下が記した慰霊塔の文字についても修復して使用する考え。
 このほど財団法人千鳥ケ淵戦没者墓苑奉仕会会長で亜細亜大学理事長の瀬島隆三氏と、映画「男たちの大和」を企画した角川春樹氏が各二百万円ずつを寄付。募金活動に弾みがつく、と関係者を喜ばせている。
 寄付金の目標額は一億二千万円で、目標期日は来年三月。一口千円でこれまでに島内外から約七百万円の浄財が寄せられている。
 町議会は二〇〇六年度一般会計補正予算に、同実行委員会への助成金として三百万円の追加補正を決めている。
 問い合わせは、TEL0997・83・2908のNPO法人ボランティアネットワーク徳之島

10月1日(日)付 

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YS−11機、最後のフライト

 【鹿児島総局】日本エアコミューター(JAC)が運航する戦後唯一の国産旅客機YS-11が三十日、沖永良部―鹿児島便を最後に国内定期路線から引退した。奄美群島と本土との懸け橋として活躍し島民に愛されてきた美しい機体は午後五時四十分すぎ、鹿児島空港に降り立ち四十一年間の歴史に幕を閉じた。
 YS-11のラストフライトとなったJAC3806便は、鹿児島空港に着陸後、誘導路から消防車二台によるウオーターアーチをくぐって、JAC関係者らが出迎える到着スポットにゆっくりと機体を止めた。セレモニーでは、最後の乗客たちが記念撮影した後、JACの木村廣胖会長や長束隆由社長が「JACでの十八年間で約千四十万人に利用され、無事故で運航できたのは皆さんのおかげです」とあいさつ。役員たちがYS-11の労をねぎらって機体に焼酎を掛けた。
 最後の機長を務めた本村榮一さん(64)は「いつも通りのフライトだったが、タッチダウン(着陸)した瞬間に国産旅客機としてはこれで終わりなのかと思い一抹の寂しさを感じた。私もYSと一緒に今年で退役するので、『長い間ご苦労さま』と語り掛けた」と感慨深げに語っていた。
 同機は一九五六年に通商産業省(現・経済産業省)の主導で民間機計画が打ち出され、(財)輸送機設計研究会を設立して小型旅客輸送機の設計が始まった。その後、政府主導で設立された日本航空機製造(株)に開発が引き継がれた。国内初のターボプロップ中型機で、七二年までに百八十二機製造され、アジア、ヨーロッパなどで就航した。
2メートル超の大ハブ捕獲
 〇…二メートルを超える大ハブ=写真=がこのほど、奄美市名瀬の(有)奄美観光ハブセンター(中本英一所長)へ持ち込まれた。中本所長によると、二メートル超のハブが同センターへ持ちこまれたのは数年ぶり。
 〇…九月二十五日、奄美市住用町の山中で同市内の男性が捕らえた。体長は二・一四メートル、体重は二・一キロ。中本所長によると、ハブ酒の原料となったこの大ハブの推定年齢は十八歳で、人間の歳に換算すると七十二歳くらいだという。
 〇…近年、大型ハブが減少して小型ハブの捕獲率が上昇しているが、同センターにはなぜか九月中旬から二メートル近い大型ハブが三十匹も持ち込まれている。中本所長は「こんなこと初めて」としながらも、ハブ捕獲人が探索域を変えたり拡大して山中に足を伸ばしたことなどが要因の一つと推測している。
笠利地区でヤーマワリ(家回り)
  ○…旧暦八月に入り、奄美各地で八月踊りが繰り広げられている。奄美市笠利町の東海岸一帯では、旧暦八月最初の丙(ひのえ)のアラセツと七日後のシバサシの日を中心に連日行われ、各集落では深夜までチヂン(太鼓)とハト(指笛)が響いている。
 ○…同町笠利一区(平芳久区長、八十四世帯)では、アラセツとシバサシの前後三日間、都合六日間行われる。かつては集落内の全家庭を回っていたというが、近年は一晩に四―五カ所を回っている。
 ○…アラセツの踊りから三日間休んだ後、二十九日からシバサシの踊りが始まった。午後七時すぎに女性たちが打つチヂンに合わせて約百人の住民らが祝い付けの踊りで庭先に入場、踊りながら五穀豊穣(ほうじょう)と無病息災を祈った。
 ○…迎える家庭ではさまざまな料理を用意し、踊り手たちに振る舞った。「トーザイ、トーザイ。○○様より集落に一万五千両」などと花(祝い金)が披露されると「六調」で祝い、感謝の踊りを披露し次の家へ向かった。平区長は「チヂンやハトを聞くと家にじっとしておれない。集落にとって無くてはならない大切な行事」と話す。

10月2日(月)付 

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奄美の05年製造品出荷額は323億円

 県統計課は九月二十九日、二〇〇五年工業統計調査結果速報を発表した。県全体の製造品出荷額は一兆八千百億円で前年に比べ1・7%減少した。特産品では、ブームに沸く焼酎は12・8%増の千二百二十五億円と増勢を維持したものの、粗糖は7・7%減の百六十六億円、大島紬は4・7%減の十七億円と低迷した。同年十二月三十一日現在の奄美の事業所数は百八十、従業者数は千七百五十一人で、〇五年製造品出荷額は前年比7・7%減の三百二十三億円だった。
 調査は全国の製造業事業所を対象に毎年実施している。速報は県の独自集計で、従業者数四人以上事業所の調査結果をまとめた。発表では、事業所数が少ない市町村分は従業者数と出荷額を秘匿している。
 奄美の状況を市町村別にみると、事業所数は名瀬五十六、瀬戸内二十三、喜界、徳之島各十七、龍郷十五など。従業者数は名瀬四百六十三人、喜界二百七人、徳之島二百五人、龍郷百八十九人、瀬戸内百八十人など。
 前年に比べ名瀬は事業所数が四減、従業者数が三十六人減。他町村は事業所数で喜界が七増、龍郷が二増、伊仙、与論が各一増のほかは横ばいか微減。従業者数は喜界など五町村で増加した。
 出荷額は徳之島六十億円、龍郷四十六億円、名瀬四十四億円、喜界四十三億円、伊仙三十二億円、和泊二十六億円などの順。前年に比べ増加したのは龍郷、宇検、瀬戸内など。従業者四人以上に限った統計速報だが、名瀬は12%減少して五十億円割れとなり、出荷額で龍郷に逆転された。
 県全体は二千八百八事業所、従業者数七万六千九百十人。ともに漸減傾向にあるが、事業所数は「飲料」「食料」などの増加で前年比5・1%増、従業者数は「電子」「窯業」などの減少もあって横ばいだった。
 主要製造品の出荷額は部分肉・冷凍肉千七百三十九億円(対前年比4・0%増)、配合飼料千四百七十五億円(同2・3%増)、焼酎千二百二十五億円など。焼酎は前年と同じ三位で、出荷額は百三十九億円増加した。
 進出企業は三百六十三事業所、従業者数三万四千百三人、出荷額一兆四百五億円。いずれも前年に続く増加で、県全体に占める割合は従業者数で44・3%、出荷額で57・5%に達した。

ヒカンザクラ、季節はずれの開花

 〇…奄美市名瀬長浜町の旧名瀬市清掃事務所の入り口近くに植えられたヒカンザクラが季節はずれにもかかわらず開花し、付近の住民を驚かせている。
 〇…敷地内に現場事務所がある市環境対策課の職員は「ここ数日の間に開花したようだ。急に寒が入ったりしたわけでもないのに、なぜこの時期に花を咲かせたのか」と首をひねり、薄紅の花を見上げていた。

10月3日(火)付 

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上半期の奄美の入り込み客減少

  県大島支庁は二〇〇六年上半期の奄美群島への入り込み客・入域客数をまとめた。前年同期と比較して入り込み客は0・4%、入域客も0・6%それぞれ減少した。ゴールデン・ウイーク期の五月は増加したものの四、六月に落ち込み、発地別では沖縄からの客の減少が目立つ。島別では徳之島、沖永良部島が入り込み、入域ともに減少している。
 入り込み客数は三十五万六千六百五十四人で前年同期より千五百八十人の減。入域客は二十四万七千五百六十八人、千四百十七人の減。
 入り込み客数の島別内訳は、奄美大島十九万九百四十六人(前年同期比0・2%減)、喜界島二万九千百八十二人(2・3%減)、徳之島六万七千五十五人(0・7%減)、沖永良部島四万二千八百二十二人(1・1%減)、与論島二万六千六百四十九人(1・6%増)。与論島のみ増えた。
 入域客数の島別内訳は、奄美大島十四万六千四百四十二人(前年同期比同数)、喜界島一万二千六百三十一人(0・1%増)、徳之島四万二千五百十七人(1・4%減)、沖永良部島二万六千七百三十八人(1・5%減)、与論島一万九千二百四十人(0・6%減)。増加したのは喜界島のみ。
 入域客を発地別にみると、鹿児島からは増えたが、東京、阪神、沖縄からの客が減少した。発地別構成比は、鹿児島70・2%、沖縄11・2%、東京9・2%、阪神9・0%。
 奄美大島は、鹿児島からの入域は増えたが、東京からが減少。群島内の移動が減少した分、入り込み客が減った。喜界島は奄美大島からの入り込みが減少。徳之島は、与論からの入り込みは大幅に増えたが、鹿児島からの空路、沖縄からの海路が減少し、沖永良部島は沖縄からの空路が大幅に減少した。与論島は群島内の移動は増加したが、鹿児島や沖縄からの海路が減少した。
ハギの花咲く
  ○…朝夕涼しくなってきた奄美地方の野山をハギ(マメ科ハギ属)が彩り始めた。秋の七草の一つ。紅紫色の花が緑に映えている。
 ○…奄美ではリュウキュウハギが一般的だが、のり面の緑化植物としてヤマハギも見られるようになった。日当たりのよい道端で鮮やかな花が風に揺れ、人々に季節の移ろいを告げている。

10月4日(水)付 

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新聞切り抜き20年、地域に貢献

 地域に役立てたい―と約二十年前から新聞の切り抜きを始め、「健康づくり」や「夏休みの宿題」に活用され、近所の高齢者や児童らから感謝されている男性がいる。
 新聞の切抜きを行っているのは、奄美市名瀬有屋町在住で生涯学習一級インストラクターの資格を持つ永野実則さん(75)。小学校の教員だった永野さんは、教頭だった瀬戸内町加計呂麻島の西阿室小学校時代に、児童らの教材に役立てようと「新聞の切り抜き」を始めたという。
 新聞は地元二紙と本土紙などを切り抜いたもので、教育と高齢者に関するものが主。一九八五年(昭和六十年)から始めたという切り抜きは、一枚一枚丁寧にバインダーにとじられ、項目ごとに整理されて活用されやすくなっており、日課になっているという切り抜きは、二百五十nあるバインダーで約六十冊になった。
 永野さんによると、高齢者関係では「仲間づくり」、教育関係では「学級指導について」など「他の地域や学校の様子が分かる情報」として活用されているという。永野さんは「子供たちも時代とともに変わっている。時代のニーズにあった接し方が求められている。新聞の読者コーナーでみる子供たちの意見には、昔の子供たちにはなかった変化が見られ、驚かされることがある」などと話した。
 新聞の切り抜きは「生きがいであり、私の宝物」と話す永野さんは「子供たちや地域の高齢者に生かされるように今後も継続していきたい」と笑顔で話した。

10月5日(木)付 

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秋告げるアサギマダラが奄美各地で飛来
 奄美に秋の訪れを告げるアサギマダラの舞いが群島各地で見られるようになった。喜界島でチョウの観察を続ける福島誠さん(63)=喜界町中里=は、九月二十四日に今シーズン第一号を同町川嶺で発見。十月三日までに島内で四羽を確認した。羽根に記されたマーキングから、千四百`を超える長旅組も含まれているのも分かった。
 海を渡るチョウとして知られ、日本各地で見られる。奄美を含む琉球諸島では秋から春にかけて多く、夏場はほとんど姿が見られない。小さな体に秘められた不思議なパワーに魅了されたファンは全国におり、インターネット上での情報交換も活発だ。
 福島さんによると、喜界での確認は三カ月ぶり。十月二日に捕獲したのには羽根に「ZAO」のマーキングがあり、その後の調べで八月二十日に山形県の蔵王スキー場で放たれ千四百六十二`の旅をして来たことが分かった。
 「アサギマダラの姿を見て喜界の秋の訪れを実感する」と話す福島さん。「今年は例年に比べ南下が半月ほど早いようだ」ともいう。
心をつなぐ集落通信─喜界町の「上嘉鉄魂」
 喜界町上嘉鉄の集落通信「上嘉鉄魂(はてぃつだましい)」編集委員会(西島常吉代表、委員7人)は、今年の9月号で100号となるのを記念して縮刷版200冊を作り希望者に無料配布している。島内外の出身者が物心両面の支援をして月1回発行、8年以上継続して集落行事や出来事、スポーツ大会結果、郷友会だよりなどを掲載してきた。住民と出身者の絆(きずな)を深めてきた縮刷版が出来上がった。
 編集委員は西島代表以外に盛山末吉さん、大友勝一さん、前島勇一郎さん、友岡芳俊さん、生島常範さん、大友勝仁さんの七人。元教諭や現職教諭、会社員、役場職員らで年齢は三十代から七十代。西島代表(76)の夫人の和子さん(65)が校閲などを手伝ってきた。上嘉鉄郵便局が第六号から用紙の提供で協力している。
 「上嘉鉄魂」はB4判の裏表一ページで五百部印刷。過去に集落で起きた事件や共有地問題、八月踊りや島唄交流、方言、昔話、戦争体験記、島外出身者からのたよりなどもある。約二百五十戸の全戸に三地区の区長らを通じて無料配布し、島外出身者に郵送している。
 第一号は一九九八年四月に発行。西島さんは発刊のことばで「集落内のことを『知る』『問いかける』『語り合う』ことにより集落の心を一つにして高齢者を支え合い、子供たちを励まし、未来に希望が持てる活気ある集落づくりを目指したいもの」と記している。
 縮刷版では「集落活性化につながることを何かできないか数人で語らっている中で『集落通信を発行してはどうか』と話題になった。いろいろな面白そうな話題で花が咲いた」と発行のいきさつを紹介、「長続きするとの自信はあったが、いざ筆を取る段階になると試行錯誤だらけで一向に筆が進まず、意気消沈してしまった」と振り返っている。
 また、「不安を抱きながらも思い切って第一号を出してみたところ、意外と反響が大きく、励ましの言葉などをいただき、がぜん気をよくし、いつのまにか百号に至った。集落の皆さん、故郷を離れて生活している方々、元上嘉鉄に居住していた方々から多額のご芳志と協力を頂き、ややもすれば怠けたい心にむち打ってくれた」と感謝の言葉を述べている。
 「本書は系統的でなく断片的で資料として不十分だが将来、若い志のある学徒の参考の糧になればと思い資料提供する所存で発行した」(編集者一同)。西島代表は「若い編集委員を育成し、今後も発行を続けたい」と話した。
「武州丸」慰霊碑管理など県に要望
 【鹿児島総局】太平洋戦争中にトカラ列島・中之島沖で米軍に撃沈された疎開船「武州丸」の遺族会会長を務める徳之島町の政野富夫さん(78)は四日、県庁を訪れ、武州丸の沈んだ位置や遺品の行方などの情報収集や慰霊碑の管理に関する陳情書を提出した。政野さんは、五日から一泊二日の日程で政府が六十二年目にして初めて開催する武州丸の洋上慰霊祭に参加する。
 武州丸は、徳之島町亀徳、井之川、山、尾母の各集落から集められた学童や女性ら百五十四人が乗り込んで本土に向かう途中、一九四四年九月二十五日に米潜水艦の攻撃を受けて沈没し、百四十八人が犠牲になった。
 疎開船の撃沈は軍の機密事項として扱われ、生存者が少なかったことなどから、当時の様子を知る資料がほとんどないため、遺族会は県を通じて国に武州丸に関する情報や遺族補償の可能性などについて照会してほしいと要望している。また三十三回忌で徳之島町に建立した慰霊碑についても「遺族の高齢化で管理が困難になったので町で管理してもらうよう働き掛けてほしい」と求めている。
 対応した県社会福祉課の担当者は「武州丸に関する資料は県側にも残っていないので国に照会するとともに、慰霊碑の管理は徳之島町に働き掛け、遺族の意向にできるだけ沿うようにしたい」と答えた。

特需に沸く「かけろまきび酢」

 瀬戸内町加計呂麻島産の「あるモノ」の出荷ラインがフル稼働態勢に突入している。TV番組の放映効果を当て込んだ流通サイドからの注文に応えるためだ。先月二十日すぎから注文が激増し、以降二週間の受注量は平年の半分に達した。対応に追われる関係者は「これ以上注文には応じきれない」と、うれしい悲鳴を上げている。
 あるモノとは「かけろまきび酢」。TBS系列で十四日放映される情報バラエティー番組「人間!これでいいのだ」スペシャル版で取り上げられる。レギュラーコーナー「もえのいち押し!」で人気モデル押切もえさんが紹介する。
 製造元のJAあまみ大島事業本部瀬戸内支所によると、番組の加計呂麻ロケがあったのは九月二十日。押切さんや女子アナウンサーらスタッフ十三人が来島、キビ畑や小型製糖工場での酢製造工程など取材していった。
 注文が殺到し出したのはロケ終了後。同支所の伊地知満宏特産課長は「どういうルートで情報が広がったのか分からないが、注文は次々。十月十四日までに発送してほしいというのばかりで、番組効果を見込んだ動きだとしか思えない」と話す。「もえチャン効果だ」とも言う。
 押切さんの公式ブログにはロケ当日に加計呂麻取材の様子が写真付きでアップされていた。その中で押切さんは「実は私たち、この島に古くから伝わるあるモノを探しにやってきました!なんでもそれは、非常〜にダイエット効果の高いものなのだそう…」。あるモノの正体は番組で明かされる仕組みだが、ブログ上で展開されるファンの書き込みでは即、きび酢が話題に上った。
 きび酢の製品年間出荷量は五十―六十d。島内三カ所の小型製糖工場で製造した原酢を瀬相のJAきび酢工場に集め、職員三人が手作業で週一dのペースで瓶詰め、出荷している。注文は全国から舞い込むが通常なら、個人で二―三本、取扱量の多い流通業者でも週二十―三十ケース(一ケースは十二―二十四本)だ。
 これまでも情報番組や料理番組で取り上げられれば注文が殺到する傾向は見られ、放映前に百―二百ケース程度の仮需もあったというが、「今回はけた違いだ」と関係者は口をそろえる。数百ケース単位で、週三十ケースだった業者からは二千ケースの注文。工場ではアルバイト五人を雇い、協力関係にあるきび酢加工品製造の奄美ヘルシーネットワーク(同町阿木名、昌谷栄四郎社長)にも応援要請。二つの工場が休日返上で動いている。
 JAあまみは今年八月、通販会員百二十万人という化粧品・健康食品メーカー「ファンケル」の関連会社「きび酢の郷」ときび酢販売契約を締結したばかり。今回のテレビ特需は、きび酢の郷の本格的な事業展開前に巻き起こった。
 JA大島事業本部の川井正剛専務理事は「テレビ効果やファンケルさんとの関係構築はきび酢にとって大きな追い風。ただし、産地としてその需要にどう応えていくか試行錯誤の部分もある。町ともしっかり連携して
増産態勢を整えていか
なければならない」と話す。
 町農林課によると、加計呂麻島の〇五年産キビ収穫面積は十二f。収穫量六百九十七dのうち二百dが酢生産に回された。JAがきび酢生産に乗り出した一九八三年当時を熟知する奄美ヘルシーネットワークの昌谷社長は「隔世の感がある。静かなブームを感じることはあったが、こんな忙しさは初めて。地道な取り組みが実り始めたと受け止めたい」と話した。
 出荷作業に追われる関係者の心は今、期待と不安が交錯している。これまでもあった放映後に始まるであろう個人客からの注文にどう応えていくか、といった悩みを早くも抱えている。

10月6日(金)付 

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徳之島の廃止対象バス路線を維持へ

 【徳之島総局】徳之島地域バス路線対策協議会(会長・大久保明伊仙町長)の第二回会合が五日、伊仙町中央公民館であった。廃止対象となっている六路線の全路線維持と全便数の確保を決定。廃止路線代替バスの委託先を徳之島総合陸運梶i牧耕三社長)に決めた。同協議会では今後、今回の決定内容を県バス対策協議会路線確保部会に報告する。
 同協議会は、徳之島の路線バス事業を一手に担っている徳之島総合陸運の一部路線(八路線中六路線)廃止の申し出を受けて、その対応策を協議する目的で設立。第一回目の会合で廃止路線について、町が運営主体となる廃止路線代替バスに移行して運行することを決めていた。
 会では副会長の勝重藏徳之島町長が「路線バスは県内各地で問題となっている。自家用車の増加など要因はあるが、絶やしてはいけないと考えられる。皆さんの知恵を拝借したい」などとあいさつした。
 協議で路線については、事務局側が調査結果を踏まえて「路線の削減は難しい」と報告したことや、委員からの「バスは必要。全路線を残してほしい」との意見で、全路線の維持を決定。便数についても、徳之島高校側の「朝課外授業や部活後の時間を残して」「現在の便数はバス会社側がこれまで削減を重ねて運行してきた便数。このままでよいでは」の意見で、全便を残すことに決めた。運賃も現行のまま据え置く。
 協議会では今後、今回の地元案を県側に報告。県側に認められなかった場合は再検討していくこととした。
 また、今回の廃止対象となっていない国庫補助対象の二路線について、総合陸運の牧社長は「対象要件ぎりぎりの路線が一つある。今回は外してもいいが、今後協議していかなければならない可能性がある」と報告した。
国体で奄美勢活躍
 第61回国民体育大会兵庫大会(のじぎく国体)は5日、正式20、公開2競技が終了し前半を終えた。奄美関係では自転車男子成年スプリントに出場した前田義和(鹿屋体育大、朝日中出身)が大会連覇を果たしたほか、奄美勢で占めた相撲成年Bが団体3位の活躍を見せた。
 相撲少年団体は栄陽樹(鹿児島実業、古仁屋中出身)、安田竜浩(樟南、亀津中出身)の活躍などあり鹿児島が8強入り。同個人は安田が優勝の李(報徳学園)に3回戦で破れた。空手道は成年個人中量級の重江賞誉(駒沢大、奄美市名瀬出身)、同重量級で塩屋雅志(九州産業大、知名町出身)の3回戦進出が最高だった。
 国体は6日以降、陸上、カヌー、ウエートリフティングなど17競技があり、10日に閉幕する。
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