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11月18日(土)付 

国の文化審議会が、伊仙町のカムィヤキ古窯群を国指定史跡にするよう文科大臣に答申
 【徳之島総局】国の文化審議会(阿刀田高会長)は十七日、伊仙町の徳之島カムィヤキ陶器窯跡を国指定史跡に指定するよう文部科学大臣に答申した。今後の官報告示で正式指定となる。国指定史跡は鹿児島県で二十二件目。指定の答申を受けて同日、同町中央公民館で会見があり、大久保明町長は「国がその価値を認めてくれ、新しい一歩となった。今後は遺跡の検討委員会を設置し、保存管理計画などを策定する計画。国、県と協議しながら周辺整備などを進めて行きたい。観光資源としても活用できると期待している」などと語った。同町は各支群の地形調査や自然科学調査を経て、今年七月に指定史跡申請書類を国に提出していた。
 カムィヤキは一九八三年に同町阿三のため池工事中に発見され、名称は発見地の字名「亀焼(地元の発音でカムィヤキ)」にちなんで付けられた。発見者は当時、同町文化財保護審議会委員長だった義憲和・前町歴史民俗資料館館長(75)と同歴民館の臨時職員だった四本延宏同町企画課長(52)の二人。窯跡は東西一・五キロ、南北八百メートルの範囲に七支群に分かれて分布し、百基ほどが眠っていると推定されている。窯体は平面形いちじく状の地下式穴窯。製品は還元焼成で堅緻なものが多く、外見は朝鮮半島製無釉(むゆう)陶器に類似。製品は壺、甕(かめ)、鉢、碗、水差しの五種で、壺が多く出土している。
 生産年代は十一世紀後半から十四世紀前半(平安時代の終わりから鎌倉時代)で、流通範囲は南北千二百キロ(琉球列島全域、九州南部)に及ぶ。窯跡は他地域で発見されておらず、徳之島が一大生産地だったとされ、文献資料の少ないこの地域における生産と流通の在り方を知る上で重要な遺跡とされている。
 今回の指定地は七支群のうちの3支群5地区(阿三亀焼支群第一―第二地区、阿三柳田(南)支群、伊仙東柳田支群第一―第二地区)。うち阿三亀焼支群第一地区は県指定史跡で、今回新たに国指定史跡となる。
 会見で、発見者の義前歴民館館長と四本企画課長は「現場が森の中で環境問題などとの兼ね合いで調査は困難を極めた。各関係者の努力に敬意を表したい」「町に専門家がいない中、泥まみれになりながらやってきた成果が認められた。国指定史跡として恥じないよう町全体で取り組んで行きたい」などとこれまでの苦労をそれぞれ振り返った。

サキシマヌマエビ、県の希少野生動植物に指定

 【鹿児島総局】喜界島や沖永良部島の限られた地域に生息するエビの一種「サキシマヌマエビ」(ヌマエビ科)が十七日、県の希少野生動植物に指定された。
 サキシマヌマエビは、琉球列島固有種で体長二センチほどのエビの仲間。県内では中之島、喜界島の湧水池、沖永良部島の水蓮洞でのみ生息が確認されている。十二月七日から捕獲、殺傷などが禁止され、違反した場合は罰則が適用される。
 県の希少野生動植物には今回のサキシマヌマエビを含め、四十二種(動物十五種、植物二十七種)が指定されている。希少野生動植物に指定されると、県内全域で捕獲・採取などが禁止されるほか、違法に捕獲・採取された指定希少動植物の所持や譲り渡し、譲り受けも禁止される。
雨不足で奄美市水道課職員が雨ごい
 「水神様、市全域に恵みの雨を降らせてください。ドカドカ水飢きんから救ってください」。旧名瀬市域の水がめとなっている大川ダム上流で十七日雨ごいがあり、奄美市水道課の職員らが祝詞を唱え、恵みの雨を祈願した。
 祈願の場所はダム堤から約二キロさかのぼった源流、轟の滝近くの大岩・三日内篭り(ミキャウチゴモリ)。同課によると、干ばつでも常に満たされているという岩上の三つの篭り(くぼみ)にたまった水をくみ出せば、三日以内に雨が降るとの言い伝えがある。
 ミキャウチゴモリでの雨ごいは十二年ぶり。住用、笠利両総合支所の職員を加えた十五人は携えてきた塩や米などを供え、水をくみ出し、同課の幸廣光課長が祝詞を唱え、全員で願を掛けた。
 ダム貯水率は十七日現在、41%。幸課長は「十二年前ほどではないが、このまま降らないと大変。市の中でも笠利町は深刻な状況にあり、できることはやっておこうということになった。水神様はわれわれの願いをかなえてくれるはずだ」と話した。十二年前は願いがかない、雨ごい後二五ミリ降ったという。
奄美で栽培の純白ゴーヤを発売へ
 千葉県に本社を置く(株)IBC(福沢峰洋代表)が奄美大島で試験栽培していた大型で真っ白い純白ゴーヤが収穫期を迎えた。奄美市笠利町の農家がハウス生産したもので、来月から試験的に東京のレストランへ出荷する。
 純白ゴーヤは、大型で果長が二十五―三十センチ、果重は平均四百グラムほどで大きいものは七百グラムを超える。肉厚で苦味が少ないのが特徴で、ニガウリが初めての人でも無理なく食べられ、サラダ用として注目されている。
 試験栽培は、福沢代表が知人から「タイやベトナム産に代わる国産の純白ゴーヤがほしい。奄美で栽培できないのか」と相談を受けたのがきっかけ。沖縄の種苗会社からタイ産の種子約五百粒を取り寄せ、奄美市や龍郷町の農家などに無償提供した。
 八月には種し、露地四カ所、ハウス一カ所で栽培したところ、奄美市笠利町のハウス十アールで栽培した純白ゴーヤが順調に成長した。収穫は来月から本格化し、約一トンを見込んでいる。露地ものは果肉が小さく固いうえに苦味が強く、「商品として扱えない」(福沢代表)と言う。
 福沢代表によると、収穫した純白ゴーヤは一キロ当たり四百円前後で東京のレストランチェーン向けに出荷する予定。「(純白ゴーヤは)苦味が少ないのでサラダのトッピングとして特に女性に人気がある。露地栽培など課題は多いが、安定生産できれば奄美の特産品として可能性は大きい」と意欲を語る。

11月19日(日)付 

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奄美各地にまとまった雨

 奄美地方は十八日、前線の影響で各地で雨が降った。南部では同日午後六時までに沖永良部島で六四ミリの雨量を観測したが、深刻な水不足となっている北部では奄美市笠利町で一〇・五ミリの降水量で水不足の解消には至らなかった。
 名瀬測候所によると、奄美地方は十八日、前線に向かって暖かく湿った南からの気流が入り込み大気の状態が不安定となった。同測候所は同日午前に「大雨に関する情報」を出して注意を呼び掛け、同日午後五時十分に「大雨の恐れがなくなった」と発表した。
 十八日午前零時から午後六時までの各地の雨量は▽沖永良部島 六四ミリ▽伊仙町 四四・五ミリ▽与論島 四三・五ミリ▽天城町 三六・五ミリ▽瀬戸内町古仁屋 二二ミリ▽奄美市名瀬 一六ミリ▽喜界島 一一ミリ▽同市笠利町 一〇・五ミリとなっている。
 与論町では午後一時二十分までの一時間に二九ミリの強い雨を観測するなど奄美地方南部ではまとまった雨が観測された。給水制限など水不足が深刻となっている奄美市笠利町では一〇・五ミリにとどまり水不足解消には至っていない。

奄美看護福祉専門学校で開放講座「おせち膳料理講習会」

 奄美市の奄美看護福祉専門学校(風間正美校長)の開放講座「おせち膳料理講習会」は十八日、同校であり 市内の主婦ら三十二人がプロが指南する華やかな正月料理を会得した。
 九年間続く十一月恒例の人気講座。今年も応募開始後十五分で募集枠三十人が埋まった。講師は同校調理師栄養学科の戸村昇学科長。メニューは伊達巻き卵、五色豆腐、ダイコンとニンジンを使った奉書巻き、とり松風、昆布巻きかまぼこ、みそ仕立ての雑煮と赤飯。
 講習会は料理の実技に加え、おせち料理のいわれや他の献立レシピ、盛り付けといった座学も。
友人に誘われて初めて参加したという同市平松町の蘇畑時乃さん(65)は「おかげさまで正月料理のメニューが増えた。新年から早速加えたい」と話した。

名瀬、喜界で震度4の地震

 十八日午前三時ごろから午後にかけて、奄美大島近海を震源とする地震が六回あり、一回目の地震で奄美北部で震度4、同南部で震度2を観測した。被害は報告されていない。
 気象庁によると、一回目の地震は午前三時三分ごろにあり、喜界町と奄美市名瀬で震度4、宇検村、瀬戸内町、龍郷町で震度3、天城町で震度2、和泊町で震度1を記録した。震源の深さは約三〇キロ、地震の規模(マグニチュード)は6・2と推定される。
 三回目の地震は午前四時四十九分ごろにあり、喜界町と奄美市名瀬で震度2、龍郷町で震度1を観測。震源の深さは二〇キロ、地震の規模は4・7と推定される。
 二回目と四―六回目はそれぞれ午前三時二十一分と午前五時四十五分、午後二時十八分、午後三時七分ごろにあり、いずれも喜界町で震度1を記録した。二、四、六回目の震源の深さは約二〇キロ、五回目は約一〇キロ。地震の規模は二回目と五回目が3・9、四回目と六回目が3・8と推定される。

11月20日(月)付 

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与論島で沖縄との音楽交流祭開く

 【沖永良部総局】沖縄の学校や吹奏楽団、舞踊団体などを招いた第十回ヨロン・おきなわ音楽交流祭(同実行委員会主催)が十八日夜、与論町砂美地来館であった。同町と沖縄県の小学、中学生、高校生ら十八団体六百二十人が吹奏楽や合唱、エイサーなど三十五演目を披露し、華やかに交流した。
 児童生徒のほか約三百人の町民が交流祭に詰め掛けた。公務出張中の南政吾実行委員長に代わり、大田元茂同町助役が「悪天候の中、来島していただき感謝する。音楽に国境も県境も人種もない。人の心を癒やしてくれる音楽とこの思い出を各地で島の発展のため役立ててほしい」とあいさつした。
 名護市東江小学校金管バンド(高良梨恵指揮、二十二人)の「ゴー!ゴー!ブラス!」で幕開け。「谷茶前の浜マーチ」や浦添市立沢岻小学校金管バンド(平良千秋指揮、二十四人)の「タッチ」「粉雪」などと続いた。与論町は茶花小学校(春田由香指揮、三十三人)の「となりのトトロ」「島人の宝」や与論中学校吹奏楽部(池川和昭指揮、二十三人)の「エル・レリカリオ」「オーシャン」などを演奏してエール交換した。
 フィナーレで「手のひらを太陽に」を全員で合唱した。

「紬美人」に認定書贈る

 2007「紬美人コンテスト」で紬美人に選ばれた三人への認定書授与式が十九日、奄美市内のホテルで開かれた本場奄美大島紬産地まつりであり、榮愛美さん(32)=奄美市、小久保美紗さん(23)=龍郷町=、森千明さん(20)=大和村=の三人に認定書が贈られた。
 同コンテストは十七日、奄美市の紬会館であり、本場奄美大島紬協同組合の理事など紬関係者が面接などの審査を行い、三人を選んだ。
 今後一年間、大島紬の販売促進イベントなどで大島紬をアピールすることになる三人は、「大島紬の温かさをもっと身近に感じてもらえるようPRしていきたい」などと笑顔で語っていた。

11月21日(火)付 

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トカラ列島と奄美大島間を「近海」から「沿海区域」に変更を決定

 【東京支社】「トカラ列島と奄美大島間の航行区域に関する検討会」(委員長・小瀬邦治広島大学大学院教授、委員九人)の第三回(最終)会合が二十日、国土交通省であり、これまでの意見を取りまとめた。この結果、現在同海域にある近海区域を「沿海区域」にすることに決定した。国交省はこれを受けて、今年度内に法令改正の作業に着手。パブリックコメント(意見公募)などを経て、来年度から改正法を施行する方針だ。同海域の沿海区域化は地元にとって長年の懸案であり、島間の物流サービス向上が期待される。
 船舶安全法は沿岸からの距離に応じて平水、沿海、近海、遠洋の四段階に航行区域を区分する。トカラ列島・宝島―奄美大島の中間には約三カイリ(五・五キロメートル)の近海区域(他は沿海区域)があり、そこを航行するには船舶の構造設備など、沿海区域より一段と厳しい航行規制が設けられている。同海域の沿海区域化の要望に対し、一九九五年に「当面、沿海化を見送る」との結論が出されているが、それ以後も地元自治体・事業者などから@離島の抱える物流の効率化Aクルージングネットワークによる地域の活性化─などを理由に、断続的に要望が出されていた。
 検討会は今年六月に設置された。委員は大学教授や海事関係者ら九人、鹿児島県など三団体がオブザーバーとなり、これに国交省の関係課で構成した。
 同海域の沿海区域化に際して最も重要なポイントとなったのは安全性の観点。検討会での経過をたどると、第一回検討会では同海域の気象海象条件などの安全評価が問題となったが、国交省が〇四年十二月から〇五年七月までに専門機関に依頼した調査結果から沿海区域と比較しても顕著な差異はないと判断された。
 七月の第二回検討会では、事業者や自治体などの関係者からプレゼンテーション(意見や説明)を受けた際、船員関係者側から、同海域で安全業務に支障が生じた場合の避難港の収容能力を懸念する意見が出された。
 このため、第三回検討会ではこの点が再度審議されたが、大多数の船舶は事前に情報を得て適切に避難を行っており、避難場所の確保が困難となる事態は想定しにくいと判断された。その上で結論として同海域は、気象海象、避難場所などの安全性の面で沿海区域の要件を満たしており、沿海化に伴う各種便益も見込まれると意見を集約した。

笠利鶴松の顕彰碑立つ

 伝説の女流詩人・笠利鶴松(川上鶴松)の玄孫に当たる日高清二さん(83)=沖縄県那覇市在住=が二十日、鶴松の暮らした奄美市笠利町笠利に「かさんつるまつ顕彰碑」を建立した。碑には密糖検索にきた薩摩藩役人を撃退した有名なエピソードを持つ鶴松の詩が刻まれている。
 沖縄での生活が長い日高さんだが、故郷・笠利への思いは強く、四十年以上も盆、正月など年に四―五回帰省している。唄、三味線が大好きで「毎日歌っている」と言う。数え年で八十五歳を迎えるのを機に先祖で島唄の先達でもある鶴松の碑建立を思い立ち、奄美市名瀬の且O晃開発に制作を依頼した。
 建立場所は笠利集落と海を見下ろすサトウキビ畑の一角。高さ一・六メートルの桜みかげの台座に一・五メートルの節田産の石碑を立てた。碑正面には「かさんつるまつ顕彰碑 詩人川上鶴松」と刻まれている。
 台座正面には日高さんのアイデアで三味線が描かれ、側面には鶴松が藩役人を撃退した際の詩などが記されている。
 玉乳握ちみれば 染だるより勝り 後ろ軽々といもれしょしら
 (女の乳房に触れたからには、情を交わしたのも同様、思い残すことなく立ち去ってください)
 碑を取り囲むようにコクタン六本を植えた。日高さんは「五十―百年後に三味線の材料になれば」と話す。
 鶴松は明治十三年、八十九歳で没している。歌の才能に恵まれ「彼女が口を開くとそのまま歌になった」といわれる。鶴松の歌は健康的で自由奔放だ。
 かさんはぎ島や ギマ木ぶすみぶす 鶴松ぬ こげやちゅぶすみぶす
 (笠利は山がない。わずかにギマ木が生えているだけ。鶴松のそれも二、三筋しかない)
 という男の挑発に
 山ふどあていん 家倉ふかれゆみ 加那がなぐさに ありばゆたさ
 (山ほどそれがあっても、家倉が葺けるわけではない。自分の主人たるべき人が事欠かなければよいではないか)
 と返している。数多くの優れた歌を読んだが、記録として残ってない。
 日高さんは碑文に「先祖代々之此地に詩人川上鶴松祖母の功績を称え、集落の繁栄と無病息災を願い、島唄が唄い継がれ発展する事を祈念顕彰碑を建立す」と記している。

奄美市で世界遺産登録シンポジウム開く

 鹿児島大学の「奄美の『島』コスモス創出事業」で二十日、「世界自然遺産と持続可能な発展」をテーマにしたシンポジウムが奄美市のホテルであった。奄美大島で希少な動植物の保護とその環境保全に取り組む関係機関団体の代表や大学教授らが意見を述べ、「奄美は世界自然遺産登録を目的にするのでなく、島を持続的に発展させる材料にしてほしい」「奄美の貴重な自然を次代に引き継ぐためにも自然に負荷をかけない公共工事を」といった提案があった。
 事業は、住民との協働で循環型社会の形成を目指す奄美プロジェクト。シンポジウムは鹿大と奄美群島広域事務組合共催。一部は「奄美からの声」と題したパネル討論があり、環境省奄美野生生物保護センターの阿部愼太郎自然保護官、写真家の濱田太さん、環境ネットワーク奄美の薗博明代表、動植物観察専門家の前田芳之さん、奄美市の花井恒三企画部長が登壇。二部は東大の養老孟司名誉教授と小野寺浩特任教授が対談した。
 パネル討議で民間側は、「奄美は日本復帰後、社会資本整備で自然破壊が進み、貴重な野生生物が減少している」「遺産登録の実現は地元の自然と文化を自治体と住民がどう認識するかにかかっている」「自然は資源。公共工事は自然に負担をかけない手法を考えるべき。復帰から五十年を検証すべき」と指摘。行政側は自治体の今後の課題に世界自然遺産登録を見据えた市町村総合計画の策定や公共工事の展開などを挙げた。
 養老教授は一九六三年に瀬戸内町の東大研究所に勤務した経験がある。小野寺教授は前環境省自然保護局長で、県環境政策課長時代の九三年に屋久島の世界自然遺産登録を実現した。
 対談で、小野寺教授は奄美の世界自然遺産登録の動きに関して「奄美は、島唄や大島紬など人の手で築いた文化と原始的な自然を一くくりにして世界へのメッセージにできる」と述べた上で、「遺産に登録されると経済的に潤う部分と自然がダメージを受ける部分がある。この島をよくするために議論し、島のイメージとして活用する方がよい」と提案した。
 養老教授も「遺産登録の問題は奄美をどうするのか議論することが大切で、奄美全体で住民が共通の課題に関心を持って取り組むチャンス」と述べた。会場から生態系の保全で環境教育の充実、ボランティア活動の推進を求める意見が出た。

11月22日(水)付 

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プロ野球ドラフトで広島が奄美市出身の上野弘文投手を指名

 大学生、社会人などを対象としたプロ野球の新人選手選択会議(ドラフト会議)が二十一日、東京都内のホテルであり、広島が奄美市名瀬出身の上野弘文投手(25)(トヨタ自動車)を三巡目で指名した。
 上野投手は朝日中から樟南高へ進学。鶴岡慎也(現北海道日本ハム捕手)とバッテリーを組み、一九九九年夏の甲子園で準決勝に進出した。社会人のトヨタ自動車でも抑えとして活躍。プロ数球団から、即戦力として高い評価を得た。
 同投手が広島入りすれば、奄美大島から初のプロ投手が誕生する。

喜界島産の「桃太郎トマト」、かごしま農林水産物認証制度で認定

 【鹿児島総局】食の安心・安全を推進する「かごしま農林水産物認証制度」の判定委員会が二十日、鹿児島市であり、JAあまみ喜界地区トマト部会(井上敏郎会長、七人)のトマト(桃太郎トマト)が新たに認証された。奄美では和泊、知名両町の沖永良部島産バレイショに次いで二品目。地元は、認証品目となったことで付加価値がさらに高まり、栽培面積拡大も期待できると喜んでいる。
 同制度は、県産農林水産物に対する消費者の安心・信頼を確保するため県が全国に先がけ二〇〇四年から導入。ほ場や栽培に関する適正管理をはじめ、生産履歴の記録・保存や生産管理責任者の設置、適正表示など、県が定めた安心・安全基準があり、第三機関の県農業・農村振興協会が認定審査を行う。今回は喜界地区のトマトや桜島柑橘ハウス振興会の小みかんなど八品目(八団体)が新たに加わり、県全体の認証品目は二十七品目(三十七団体)になった。
 喜界地区トマト部会は会員七人で栽培面積一・八ヘクタール。出荷シーズンは十二月上旬から翌年年五月までで、今期は百十九トン(販売予定額二千八百万円)の出荷を見込んでいる。県外にも関西地区を中心に出荷している。井上会長は「これをきっかけに栽培農家が増えるとうれしい」と語っていた。

11月23日(木)付 

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油井トンネルが開通
 県が瀬戸内町油井と阿鉄間に整備を進めてきた油井トンネル(延長三百九十メートル)の開通式が二十二日、現地であり、開通を祝った。道路改築事業・須手工区(須手地区、須佐礼―阿鉄地区の全体計画延長二・二キロ)の一環で、老朽化した油井隧道(ずいどう)の代わりに新トンネルを整備した。取り付け道路部分を含めた供用開始区間の延長は六百五十メートル。一般車両の通行は同日午後二時から開始した。
 県大島支庁瀬戸内事務所、町役場職員、地域住民、工事を請け負った南生・竹山・勇建設特定建設工事共同企業体(JV)関係者ら約百人が出席した。阿鉄側坑口で安全祈願祭と開通式があり、義永秀親町長、中野実支庁長、与力雄県議らがテープカットやくす玉開きをして開通を祝った。参加者全員で通り初めした後、油井公民館前広場で祝賀会が開かれた。
 トンネル内に歩道を整備して全幅は十・二五メートルとなり、車道しかなかった油井隧道の全幅の二倍になった。道路改築部を含めた事業費は約十三億三千万円。
 県大島支庁瀬戸内事務所によると、須手工区の道路改築事業は一九九七年度から始まった。同区間は一車線で道路幅が五メートルしかなく車両の離合が困難で、急カーブ個所が連続していたことなどから二車線化を計画。道路改築した部分の道路幅は十一メートルに拡大した。油井橋、第二油井橋は完成済みで、阿鉄橋を整備中。海岸側の道路には景観に配慮して石積み工法を採用した区域もある。来年六月ごろに須手工区の全体完成を予定している。総事業費は四十四億三千九百万円。
 須手工区が完成すれば距離で約五百メートル、車の所要時間で約三分短縮する見込み。
特養「加計呂麻園」にユニット型特養10床を増築
 瀬戸内町伊子茂の特別養護老人ホーム「加計呂麻園」(伊東広江施設長、入所者五十五人)はこのほど、奄美初のユニット型特養(完全個室)十床を増築。十八日、同園で落成祝賀会があった。
 祝賀会では伊東一宏理事が「今後も職員一同、気持ちを新たに町の福祉サービス全体に寄与したい」と理事長代読であいさつ。義永秀親町長は「癒やしの素晴らしい施設」と完成を祝し、祝吟を寄せた。
 同園は社会福祉法人「奄美慈敬会」(伊東徹俊理事長)が加計呂麻、請、与路三島の老人福祉の拠点施設として一九九六年に開園。堯むつみ事務長は「今後も常に入所者の立場に立ち、地域の皆さんと心を一つにして、施設サービスの充実に努めたい」と話した。
 ユニットケアとは、施設の生活を限りなく在宅での生活に近づけ、利用者の意思と自己決定を最大限に尊重したケア(個別ケア)を実現するための手法。国は、特別養護老人ホームの整備は同型を基本とし、二〇〇二年に施設整備費補助金を設定、翌年に運営、構造設備基準などを制度化している。

11月24日(金)付 

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山地で真っ赤にイイギリの実、熟する

 ○…奄美大島の山地では、真っ赤に熟した実がブドウの房のようにいくつも垂れ下がったイイギリが濃い緑を背景に一層映えている。
 ○…イイギリは、本州から沖縄まで分布し、山地に生育するイイギリ科イイギリ属の落葉高木で、高さは十―十五メートルほど。「飯桐」と書く。葉が「桐」に似ていて、昔は飯を包むのにこの葉を使ったところからきているという。
 ○…冬場にかけて木の実が少なくなった山地では、イイギリの実に群がるヒヨドリの姿も印象的。実が熟れるごとに寒さは深まる。
奄美市日中友好協会が創立10周年式典
 奄美市日中友好協会(岡山光樹会長)は二十三日、創立十周年と友好運動二十五周年の記念式典を同市内のホテルで開いた。会員ら約五十人が出席し、四半世紀にわたる交流を振り返るとともに、新しい時代の友好・交流の在り方について語り合った。
 同会は一九八〇年十一月に「三誌友の会」として有志らで設立。奄美日中友好協会、名瀬市日中友好協会などと名称を変え、文化やスポーツ、青少年交流、学校建設への資金援助など幅広い分野で友好活動を展開してきた。
 式典で岡山会長は「二十一世紀の政治経済は中国が中心となり、強い力を持つと聞く。日中友好こそ日本の、世界の平和への道である」などとあいさつした。
 また、第六次日中友好交流団として今年三月に訪中した大島高校三年の肥後幸介さん(18)が当時の様子を報告。「訪問を機会にアジアのことをもっと勉強したいと思った。奄美の中学、高校生も中国に興味を持ってほしい」などと語った。
 会場には写真や書なども展示され、関係者への感謝状贈呈もあった。
名瀬地区対抗野球は上方地区が連覇
 第30回南海日日旗争奪奄美市名瀬地区対抗野球大会最終日は23日、名瀬市民球場で準決勝と決勝があり、上方地区が2年連続3度目の優勝を果たした。
 準決勝を完封リレーで制した上方は、優勝旗奪還に燃える下方と決勝戦にふさわしい熱戦を繰り広げた。両チームとも初回から走者を出し得点圏に進めたが、堅守で得点を許さず、緊迫した展開。五回に好機をつかんだ上方が主砲・池崎の2点適時打などで4―0とし勝利した。
 最優秀選手賞に当たる村山杯は、好投した田中博喜投手(上方)に決まり、2年連続の受賞となった。
宇検村がノロの神扇を展示
 宇検村教育委員会主催の特別展「神扇の世界」が同村生涯学習センター「元気の出る館」で開かれている。展示している神扇は村内で収集した十三点。神扇はノロ儀礼で使われた神道具の一つだが、今では途絶えて見ることができなくなった。同村教育委員会でも「貴重なものを理解してもらう機会にしてほしい」と観覧を呼び掛けている。十二月十五日まで。
 同村教育委員会の元田信有事務局長によると、神扇は、ノロ祭祀の儀礼で親ノロがチカラガン(力願)の始まりで使用。表に日輪、中央に一対の鳳凰、裏に月輪、ボタンの花、チョウなどが描かれている。ノロ祭祀や親ノロが亡くなった現在では、シバサシの日にギン(衣)とともに出して拝む集落もあるという。
 同村では十数年前から神扇の調査を継続。これまでに約二十点の存在を確認した。継承者がいなくなれば焼却されることもあるという。調査を受けた民家からは村に寄贈が相次ぎ、今回の展示でも村所有物は十点に上っている。今夏は沖縄の紅型や衣装などの専門家が来島し、扇を調査した。
 元田事務局長は「扇が作られた経緯や制作年代などは分かっていない。一つ一つを見ると、デザインなどにばらつきがあり、修復されたものもある。次回の特別展ではノロギン(衣装)を展示したい」と話す。
 同村教育委員会は、今回の特別展終了後、作製した調査カードにサイズや材質、破損状況などを記録し、写真を添付してデータを残す計画だ。
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