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11月25日(土)付 

2006年サトウキビ生産見込みは37万8000トン
 県大島支庁農林課は二十四日、奄美群島の二〇〇六年産サトウキビの収穫見込み(十一月一日現在)を発表した。生産量は三十七万八千四百十九トンで前年を10%上回る見通し。収穫面積が5%増えたのに加え、十アール当たりの単位収穫量も全体で4%増え、〇四年産の三十四万トンを底に二年連続での増産が見込まれる。ただし地域によって干ばつの影響がみられ、単収はまだら模様。奄美大島は収穫面積が12%増える見込みだが、単収は6%減となる見通しで〇三年産以来の三万トン台回復は厳しい状況だ。
 全体の生産量は前年に比べ三万三千四百九十トン増の見込み。すべての島で増産見込みで徳之島一万三千四十五トン増、喜界島八千四百八十九トン増、沖永良部島六千七百七十七トン増、与論島三千七百八十八トン増、奄美大島千三百九十一トン増。この結果、喜界島では七万トン台、徳之島では二十万トン台、沖永良部島では五万トン台にそれぞれ三年ぶりに回復する見通し。
 収穫面積は三百二十四ヘクタール増の見込み。島別では与論島を除く四島で増加し、徳之島百六十七ヘクタール増、奄美大島六十五ヘクタール増、喜界島六十四ヘクタール増、沖永良部島四十六ヘクタール増などとなっている。
 単収は二百三十八キロ増の見込み。島別では奄美大島を除く四島で増加し、前年厳しい干ばつに見舞われた与論島で八百五十一キロ増となるほか、沖永良部島四百九十二キロ増、喜界島四百九キロ増、徳之島百八キロ増などとなっている。

奄美市住用町でショウガの収穫始まる

 奄美大島有数のショウガ産地の奄美市住用町で収穫が始まり、畑には清涼感あふれる香りが漂っている。栽培二年目を迎えた奄美地域北部生姜研究会住用支部(師玉敏代支部長)は二十五日、約三十八トンの本土出荷を目指して同町堆肥センターで初出荷式を開く。少子高齢化や過疎化に悩む行政側は「地域おこしの特産品として軌道に乗せてほしい。地域振興に弾みがつけばいい」と期待を寄せている。
 高い抗酸化作用を持っているといわれ、殺菌と薬効などに効果があるショウガ。住用町では、日照時間が短い中山間地の気候を生かして昨年から試験栽培を進めた。現在は三十カ所、約百五十アールの畑で栽培されているという。
 見里集落の村づくり営農生産部会(六グループ)は約十アールで栽培。生産者らが葉ごと引き抜くと平均二・五キロのショウガが次々と姿を見せた。葉の切り落とし作業を行っていた女性は「台風や鳥獣被害もなく、昨年より生育がいい」と話していた。
 師玉支部長によると、収穫のピークは十一月下旬という。二十五日は来年の耕作用の種を残して約五トンのショウガを岡山県の(株)永豊フーズに発送する予定。
奄美市の手花部小で五輪選手候補らがボードセーリング授業
 奄美市笠利町の手花部小学校(鶴寛志校長)で二十四日、三―六年生十人を対象にボードセーリングの授業があった。オリンピック候補選手の井上幾郎(いくお)さん(34)、上野一也さん(35)をはじめ、日本トップレベルの選手ら六人が講師として訪れ、子供たちにその魅力や練習の様子などを紹介した。
 授業は毎年夏に、同校の児童らにマリンスポーツを教えている高井直人さんとの縁で実現。今回の六人の来島を機に、選手の合宿招致も考えているという高井さんは「頑張る子供たちのいい刺激になれば」と話した。
 井上さんと上野さんは世界各国の大会に出場し、多くの仲間に出会えた経験や冬場の厳しいトレーニングの様子などをプロジェクターを使って紹介。子供たちは、世界で活躍する選手の話に目を輝かせていた。
 最後に、井上さんは「何か一つのことに真剣に全力でやることは必ずその後に生きてくる」、上野さんは「目標があれば何でもクリアできる。人間的にも成長する」とそれぞれが競技を通して学んだことを話し、子供たちに夢を与えていた。川原流星君(四年)は「すごく力も強そうだし、体も大きいし、かっこよかった。来年(ボードセーリングを)やるのが楽しみ」と話していた。

11月26日(日)付 

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被爆者たちが平和記念塔清掃

 鹿児島県原爆被爆者福祉協議会奄美支部(奥田静男支部長、会員百九十一人)は二十五日、奄美市のあかざき公園で平和祈念塔の清掃を行った。支部役員が約二時間にわたって塔周辺のごみ拾いや草刈りに汗を流した。
 平和祈念塔は原爆の悲惨さを後世に伝えようと同支部が一九九八年に建立。核廃絶による恒久平和の願いを込め、「地球に平和が輝く 代々に栄える子孫に 平和を願う」との碑文が刻まれている。
 祈念塔の清掃は毎年十一月に行う恒例活動で、今年も役員が敷地一帯を念入りに清掃した。奥田支部長(79)は「祈念塔に集うことは平和の尊さを見詰め直す良い機会になる。多くの市民に塔の存在を知ってもらい、原爆の悲惨さを訴えたい」と話していた。

11月27日(月)付 

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知名町で町制施行60周年記念式典

 【沖永良部総局】知名町町制施行六十周年記念式典が二十六日、同町のおきえらぶ文化ホール「あしびの郷・ちな」であった。式辞で平安正盛町長は一九四六年九月の町制施行から現在までを振り返り、「昭和二十一年九月一日、日本本土復帰への熱い思いを抱きながら、新たに町制を施行し、以来六十年の歳月を重ねてきた。その間、町民のたくましい行動力と勤勉さが外海離島というハンディを克服して発展を成し遂げた。町政は町民が幸せな生活を演じるための舞台づくりであることを基本理念に人間・資源・財源の三つのゲンを大切にする町政に取り組み、夢かける輝く知名町を建設するための諸施策に取り組む」と誓いを述べた。
 式典には来賓、町民ら約五百人が出席した。知名中学校演奏でラ・ガジュマーレの「町歌斉唱」でオープニング。式辞に続いて五六年十月一日に知名小学校校庭であった町制施行十周年記念式典の音声が流され、初代町長藤村前吉氏の在りし日の喜びの声が会場を包んだ。
 表彰状授与・感謝状贈呈があり、平安町長から自治、産業、民生、教育文化に功績のあった百七人に表彰状、千葉、東京、愛知、大阪沖洲会など十六団体九個人に感謝状がそれぞれ手渡された。
 徳田毅衆議院議員、伊藤祐一郎県知事、金子万寿夫県議会議長、伊地知実利和泊町長(いずれも代読)、名里武也町議会議長らが祝辞を述べた。会場全員で町民憲章を朗読し、万歳三唱で締めくくった。
 式典の後、郷土芸能演舞があり、徳島県上勝町で第三セクターで副社長として活躍する横石知二氏(48)が「山や海には宝が埋もれている」と題して記念公演した。あしびの郷・ちな周辺では沖洲会参加者が記念植樹した。

奄美市でドリームベースボール

 奄美市合併記念イベント宝くじスポーツフェア・ドリームベースボールは26日、奄美市名瀬市民球場であり、多くの市民がプロ野球名球会・OBクラブの人気選手をひと目見ようと集まった。地元選抜チームとのドリームゲームや抽選会のほか、多彩な催しがあり、盛り上がった。
 名球会は400勝投手・金田正一会長を筆頭に松原誠、有藤通世、谷沢健一、村田兆治、北別府学、駒田徳広、野村謙二郎の8人が来島。全国野球振興会・日本プロ野球OBクラブの人気選手16人と合わせた24人がドリームチームとして奄美選抜チームと夢の対決を行った。
 午前の少年少女野球教室には450人、金田会長の講演会には500人以上が、メーンのドリームゲームには2700人が詰め掛けた。開会式で金田会長は「勝とうが、負けようが、最後まで楽しませたい」と、プロ野球でファンを魅了し続けた名選手らしく、試合への意気込みを語り喝さいを浴びた。始球式は平田隆義奄美市長ら3人が金田会長、谷沢さん、松原さんを打者に行い、小湊野球スポーツ少年団の橋口祐典主将も登板。「緊張したけど、いい思い出になった。プロ野球選手になりたい」と話していた。
 試合前のアトラクションであった本塁打競争は満塁男・駒田さんが右へさく越え。一際大きな歓声がこだました。ドリームゲームはドリームチームが盛り上げた。現役当時のパフォーマンスそのままに、1プレーごとにスタンドから拍手や歓声がわいた。マサカリ投法でおなじみ村田兆治さんが3番手で登板するとこの日一番の大歓声。若さを生かした奄美市選抜の走塁にも「走るなって言ってるだろう」とヤジを飛ばすなど、エンターテイナーぶりを発揮していた。
 結果は両チームとも得点に至らず、引き分けた。奄美市選抜最年長の林和樹投手と朝哲也選手が名球会から優秀選手に選ばれ、林は金田会長からグローブを、朝は有藤さんからバットを贈られた。奄美市選抜は県出身の北別府投手、鮮やかな守備と打撃で魅了した辻発彦二塁手に特産品を贈った。奄美市選抜を率いた前山宗之監督は「最初は緊張したが、楽しめた。最後に好機もつくれた」と満足していた。

喜界島で奄美太鼓祭り

 第七回奄美太鼓祭り(同実行委員会、奄美太鼓連盟主催)は二十四日、喜界町体育館であり、群島内の十二団体が競演した。出演者は総勢百三十人。会場には千百人余りの聴衆が詰め掛け、個性あふれる太鼓の響きを堪能した。
 太鼓祭りは二〇〇〇年に始まり、群島内で巡回開催されている。喜界は初回の開催地でもあり、今年の祭りテーマは「再びよみがえるあの感動、あの鼓動」。
 エイサーで幕を開け、喜界町の小野津獅子太鼓、子どもエイサー三団体の共演などと続いた。フィナーレにかけては上嘉鉄青年団の盆踊り、六調が繰り広げられ、十二団体の代表による合奏で締めくくられた。

11月28日(火)付 

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一村会ジュニア絵画大賞展始まる

 奄美の自然を描いた画家、田中一村を顕彰する「第八回一村会ジュニア絵画大賞展」(一村会など主催)の巡回展が二十六日、奄美市笠利町の県奄美パーク・田中一村記念美術館企画展示室で始まった。十二月十七日(午前九時―午後六時)まで。入館料無料。
 巡回展では、大賞に選ばれた上野大地君(奄美市立朝日小三年)の作品「牛」のほか、準大賞二点を含む入賞二十五、入選百五十三の計百七十八点を展示。会場には、奄美の動植物や伝統芸能を生き生きと描いた作品が所狭しと並べられ、来場者らの目を引いていた。
 大阪府から奄美に初めて訪れたという観光客は「上手ですね」と感心し、子供たちの作品から奄美の風情を感じていた。

10月のハブ咬傷者は12人

 ハブ対策推進協議会(事務局・県大島支庁総務課)が二十七日発表したハブ情報によると、十月の咬傷(こうしょう)者は前年同期比二人増の十二人。島別では奄美大島は前年同期比四人増の六人、徳之島は二人減の六人だった。一月からの累計は十一人増の五十七人となり、前年の年間咬傷者数を超えた。
 咬傷者の島別累計は奄美大島が十三人増の二十四人、徳之島が二人減の三十三人。十月の市町村別は徳之島町で四人、奄美市で三人などだった。同協議会によると、奄美大島ではハブ取り扱い中の咬傷者が目立っている。
 十月のハブ買い上げ数は前年同期より二百十二匹少ない二千百四十三匹。累計は千四百二十六匹多い一万九千百四十九匹。島別累計は奄美大島が千五百三十三匹多い一万一千八十七匹、徳之島が三十四匹少ない八千六十一匹となった。

郷里で創作活動する大炊御門さん

 フランスで芸術家会員として活躍した後、郷里の奄美で創作活動を続けている美術家が龍郷町にいる。和紙と墨と木版を使った作品のほか、テーチギと泥で染めた和紙など地域色あふれる作品もある。女性は「奄美の不可思議な気を受けて育ったが、パリと出合い、奄美に戻って出発が許された。しばらくはここで作品作りに専念し、区切りができたらパリへ作品を持っていきたい」と奄美での創作に夢を抱いている。
 女性は、龍郷町芦徳出身の大炊御門幸子(おおいみかど・さちこ)さん(56)。大炊御門さんによると、「大炊御門」は京都にある姓で、言い伝えでは江戸時代に甑島に島流しされた後、奄美大島に渡った子孫がルーツ。
 大炊御門さんは地元の中学、高校を卒業後東京の大学に進学。美術に興味を持ち、学生時代からアトリエに通った。本格的に美術を学んだのは渡仏した一九七六年。パリの美術大「エコール・ド・ボザール」に入学して二年間油絵を学んだ。
 フランス人と結婚し、二人の子育てが終わって創作活動が本格化した。「日本人としてヨーロッパ人に与えられるものは何か」と考えたとき、墨を基本にした作品だった。世界の五つの書の一つとして日本の書を紹介した「ラ・カリグラフィ・ジャポネーズ」を出版。さらに世界中から美術作家を招待して二年に一度開催される展覧会「ビエンナーレ」にも木版画を出品。芸術家として実績が評価されるフランス芸術家会員にもなった。
 二〇〇四年には大島紬の染色技法である泥とシャリンバイを使ってゲットウ紙を染めた大型の作品が著名なデザイン会社に買い取られるなど、斬新な素材、技法による作品が注目を集めた。
 昨年十一月、母の看病や介護のため奄美に戻ってきた。波静かな龍郷湾に面し、後背に山すそがある。屋敷内には巨木が数多く残り、高倉も配置され、旧家のたたずまい。張り出しや庭に突き出た回廊などを設け、創作活動の拠点として整備した。
 子供のころ、宇宙の神秘に興味があり、「不可思議な気を受けて育った」という大炊御門さん。「奄美は精霊が充満した島。『芸術の都』と言われるすてきなパリだが、奄美はかけがえのない原点。三十年の放浪の末出合えた島。奄美をへその緒にしたい」と創作意欲に燃えている。

11月29日(水)付 

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天城町長選スタート

 【徳之島総局】任期満了に伴う天城町長選挙は二十八日告示され、五日間の選挙戦がスタートした。元職、新人の二人が立候補。二候補は出陣式を済ませると選挙カーで町内各地を回って支持を訴えた。投票は十二月三日午前七時から午後六時まで町内十投票所で行われ、即日開票される。
 立候補したのは元職で行政書士の寿洋一郎氏(62)と知的障害者更生施設理事の大久幸助氏(68)=いずれも無所属、届け出順=。
 元職の寿氏は九月二十二日に出馬を表明。会見で「浪人中も励まされ、出馬の意思は明確に持っていた」とし、勇退する現職の支援を得ながら、「町民の誠の融和の確立」や農業振興に最重点を置いた町政などを公約に掲げ、返り咲きを狙う。
自由連合が推す新人の大久氏は九月十一日に出馬を表明。会見で動機について「町民の熱い熱意を感じて出馬を決めた」と語り、「町民参加型の政治の実現」や行財政改革の断行などを政策に挙げ、前回選の雪辱を狙っている。
 両陣営とも告示前の段階で後援会が町を二分する前哨戦を展開。投票日が近づくにつれて激しさを増しそうだ。
期日前投票は二十九日に始まり、投票日前日の十二月二日まで役場別館一階で受け付ける。時間は午前八時半から午後八時まで。
 二十七日現在の登録有権者数は五千五百九十五人(男二千七百九十三人、女二千八百二人)。

天城町議選もスタート

 【徳之島総局】任期満了に伴う天城町議会議員選挙は二十八日、町長選と同時に告示され、定数十四に対して十八人が立候補した。定数が四減となることもあって、混戦模様となっている。町長選同様十二月三日投開票される。
 候補者の内訳は現職十二人、元職三人、新人三人。集落別では浅間四、岡前、平土野が各三、兼久、瀬滝、与名間が各二、天城、松原が各一となっている。
 出陣式では寿陣営に八人、大久陣営に十人が応援に駆け付け、各候補は町長選に相乗りする形で支持を訴えている。

ベニツチカメムシが集団越冬

 ○…環境省が希少種に分類しているベニツチカメムシが奄美大島の森で集団越冬に入った。互いに励まし合うように風の吹き込みにくい葉の裏に体を寄せ合っている。
 ○…体長二〇ミリほどになる大型のカメムシ。紅色の体に黒色の紋が映える。幼虫はボロボロノキという落葉小高木の実につく。九州から沖縄にかけて分布するが、森林伐採などで沖縄では減少しているという。

住用・トビラ島周辺でオニヒトデ駆除

 奄美の若手漁業者で組織する奄美群島水産青年協議会(田畑浩会長)は二十八日、サンゴに被害を与えるオニヒトデの駆除事業を奄美市住用町トビラ島沖で実施した。オニヒトデ約二百キロを海中から引き上げた同協議会は「被害が急激に増えている。対応が間に合わない」と被害の大きさに危機感を抱いている。
 同協議会の駆除事業は今年度初めて。奄美市役所住用総合支所が行ったモニタリングなどでオニヒトデの数が増えていることが分かったため、同海域での駆除が行われた。潜水器を付けた参加者が海底のサンゴに群がるオニヒトデを一匹ずつ捕獲してかごに入れ、船で陸へ運んだ。捕獲されたオニヒトデは直径約三十センチほどの大型がほとんど。
 参加した奄美漁業協同組合住用支所所属で、ダイビング業を営む原英之さん(32)によると、オニヒトデはこの一カ月間に急激に増えてきた。同海域で何度も潜水している原さんは「急に成長するとは考えられず、被害が進んでいる瀬戸内町方面から移動してきたのでは」と指摘。「これまでオニヒトデの姿が見えなかった和瀬や市埼など住用沖でも、今後被害の拡大が心配される」などと話した。

11月30日(木)付 

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福岡在住者が奄美テーマにCD制作
 奄美市誕生のニュースを知り、福岡県在住の男性コンビが奄美をテーマにした歌謡曲「奄美群島」と「大島つむぎ」の二曲を制作、CD化した。作曲した新日本作詞作曲家協会の河方まさみ会長(84)は「奄美の歌として島の人たちに聴いてほしい」と話す。
 作詞したのは八木薫さん(58)。一九七一年から本場大島紬の委託販売に従事しており、新日本作詞作曲協会会員。今年三月に市町村合併に伴う奄美市の誕生を知り、河方さんのプロデュースで二曲書き上げた。
 河方さんは松村一男のペンネームで作曲も手掛けた。河方さんは六十一歳から作詞を始め、デモテープだけで千五百曲はあるという。青江三奈さんの「夢追い酒」も作詞している。福岡を拠点に活動し、作詞作曲のほか、オリジナルレーベル「クインレコード」を設立し、CDやDVD制作も行っている。
 「沖の永良部は花咲く島よ…」で始まる「奄美群島」は、沖永良部島をはじめ徳之島、奄美大島、与論島の名所が盛り込まれており、ご当地ソング的な趣。「大島つむぎ」は恋人同士の別れがテーマ。歌も福岡県出身の山口紗希栄さんが担当している。二曲とも歌入りとカラオケの構成となっている。
奄美の世界遺産登録へパンフ作成
 奄美群島の世界自然遺産に向けた取り組みを行っている鹿児島県は奄美群島広域事務組合とともに啓発パンフレット「奄美群島を世界自然遺産へ」を作成、観光関係者や学校などに配布する。
 同パンフレットはA4判、見開き8ページのカラー。世界遺産の候補地として評価される奄美群島の自然の特質や世界的な価値を分かりやすく解説。アマミノクロウサギをはじめ、奄美群島に生息する固有種や独特の自然の風景の写真、世界遺産リストに登録される仕組みを紹介している。また、屋久島などの先行例を参考に、どのような姿の奄美を引き継いでいくべきなのか、活発な議論を促がしている。
 奄美群島広域事務組合の松原昇司主幹兼係長によると、印刷部数は一万五千部。群島内十二市町村のほか、観光や学校関係などに配布される

12月1日(金)付 

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徳田毅代議士、自民党へ入党願い

 【鹿児島総局】自由連合を離党し無所属となっていた鹿児島2区選出の徳田毅衆院議員(35)は、十一月二十九日付で自民党本部に入党願を提出した。徳田氏は「後援者や先輩国会議員などと相談、検討した結果、自民党入りを望む声が強かったので入党を決意した」と説明している。
 徳田氏は十一月二日に代表を務めていた自由連合を離党し、同日の会見で「二大政党時代という新しい政治状況の中で自由連合という枠組みだけでは解決できないことが数多くあり、一度党を離れ自分自身の選択肢や可能性について考えていきたい」などと語っていた。
 また同二十七日に鹿児島市であった国政報告会では、後援会会長から自民党入りを望む声があり、徳田氏もあいさつの中で「大きな政党に入って活躍したい」と述べていた。
 徳田氏は衆院内では会派に属さない無所属だが、法案採決では自民党と足並みをそろえ、九月の首相指名選挙で安倍晋三首相に投票しているほか、十一月の沖縄知事選でも与党候補を支持していた。
 徳田氏の入党願提出について自民党県連の宮路和明会長は「入党に関しては党本部が決定する問題で、現時点でコメントできない」と語っている。
 鹿児島2区は、長年、自民党と自由連合の対立が続いていた。昨年の衆院選で徳田氏と選挙戦を繰り広げた自民党系の園田修光氏と打越明司氏の二人が次期衆院選への出馬を目指しており、今後の動向が注目される。
昨年の選挙後、自民党を離れ十一月一日に県連に復党願いを提出している打越氏は「これまで自民党と対立を続けてきた徳田虎雄氏の地盤を受け継いだ毅議員の自民党入党については、党員や県民の理解を得られないと思う。入党願の取り扱いは、党本部と県連が良識を発揮し毅然(きぜん)とした対応をしていただけるものと考えている。私自身は、今後の協議や最終的な党の判断を静かに見守りながら、これまで以上の強い決意と情熱をもって政治活動に取り組んでいきたい」とコメントしている。
歯の健康ポスターコンクールで中君が全国最優秀賞
 【徳之島総局】全国の小、中学生を対象にした「二〇〇六年度歯・口の健康に関する図画・ポスターコンクール」(日本学校歯科医会主催)の審査結果が三十日までに発表され、小学五年の部で、伊仙町立鹿浦小学校の中優悟君(11)が最優秀賞を受賞した。大島郡歯科医師会によると、これまで奄美から十一人が優秀賞を受賞しているが、最優秀賞の受賞は初。学校側は「小さな学校の大きな励みになる」と喜んでいる。
 コンクールは、次代を担う児童生徒に口の健康について理解と認識を深めてもらおうと、一九七七年から毎年行われている。小学生は図画またはポスター、中学生はポスターが対象。二十九回目の〇六年度は都道府県単位で選出した百五十点の中から学年ごとに最優秀賞を二点ずつ選んだ。
 鹿浦小では毎年、標語をつくったり、大島地区予選を通じてこのコンクールに応募したりして全校児童(現在十七人)に健康に関する意識を啓発している。〇四年度は同校の明山竜也君(当時五年)が優秀賞を受賞している。
 中君は四つ切りの画用紙いっぱいに「歯」の字をかたどり、その中に歯を磨く児童、虫歯を治療する光景や母に仕上げ磨きをしてもらう児童らの姿を描いて歯磨きの大切さをアピールしている。
 最優秀賞受賞について、中君は「こんなに大きな賞に選ばれるとは思わなかった。これからも歯磨きを欠かさず健康に気を付けたい」と話した。
イシカワガエル、オットンガエルの生息状況をデータ化
 奄美両生類研究会(岩井紀子会長)は、「奄美大島におけるイシカワガエル、オットンガエルの生息状況」をテーマにした調査報告書(会報)をまとめ、九月に開かれた日本爬虫両棲類学会で発表した。林道、沢を調査して両種の発見位置や発見頻度など生息状況をデータ化した。同会は「発見頻度を調査ルートごとに提示したことによってより細かなデータを提供し、今後同様な調査が行われた場合の発見頻度比較を可能にした。報告は両種の動態把握をしていく上で重要な基礎資料になると考えられる」としている。
 調査には岩井会長(東京大学大学院農学生命科学研究科)と亘悠哉さん(同)があたり、林道調査は奄美大島全域で実施、沢調査は選定した二十一の沢で行った。
 林道調査は二〇〇三年から〇六年の間に延べ二千百五十キロメートルで行い、イシカワガエル百八十七個体、オットンガエル二百三十六個体を発見。発見位置を地図にまとめ、全調査を通じて三回以上調査した林道での両種の発見頻度(一キロメートル当たりの個体数)を表にした。両種ともに「沢の密度が高いことや水場が多く存在する地域は、発見頻度が高いようだった」などと解説している。
 沢調査は〇四年と〇五年の夏(六―八月)、秋(九―十一月)、〇六年冬(十二月から翌年二月まで)の三季節にそれぞれ一―二回調査し、イシカワガエル四十八個体、オットンガエル七十五個体を発見。各沢における季節ごとの両種の発見頻度を表にした。「発見頻度は沢によって大きくばらついている。季節ごとにみると、両種とも繁殖期と非繁殖期で選好する沢が異なる傾向が見られた」。ただし、十分なデータ数とは言えず、調査回数を増やして精度を高める必要があるとしている。
 林道・沢の調査を通じて旧名瀬市地域では、両種とも発見頻度が他の地域に比べて極めて低かった。「この地域はマングースが長期間定着している地域であり、現在生息密度が最も高いことからマングースの影響が両種に及んでいる可能性が考えられる」としている。
 亘さんは「カエルが生息できる地域でもマングースが定着している地域では大型のカエルが見られなくなっている。イタチわなで捕獲したマングースの胃袋から食べられたイシカワガエルなどが確認された」と述べた。
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