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1月4日(木)─6日(土)付 

県奄美パークに100万人目の入館者(4日付)
 奄美市笠利町の県奄美パークの入館者が三日、百万人を達成した。百万人目の前田源彦さん(79)=瀬戸内町花富=に宮崎緑園長から記念品などが贈られた。開園から五年余での大台到達。宮崎園長は「奄美パークは進化している。今後も『我きゃパーク』として利用してほしい」と話した。
 同パークは二〇〇一年の開園から二日までに九十九万九千七百十五人の入館者があり、百万人まで二百八十五人となっていた。百万人目の前田さんは妻・つぎ子さん(80)とともに、この日イベント広場で開かれた「初春唄あしび」を目的に正午すぎに来館した。
 玄関前でセレモニーがあり、前田さんと宮崎園長がくす玉を割り、百万人目の証明書とアマミノクロウサギの人形、田中一村カレンダーなど記念品が贈られた。これまで島唄イベントを目当てに四―五回来館しているという前田さんは「島唄があると聞き朝早く加計呂麻島を出てきた。本当に驚いた。いい記念になった」とうれしそうに話した。
 同パークは、自然や文化・歴史を紹介する「奄美の郷」と「田中一村記念美術館」を中核に旧奄美空港跡地に建設。地元はもちろん、島外からも美術ファンなどが訪れており、年間の入館者は十四万―二十二万人。総入館者の内訳は奄美の郷が約六十万人、田中一村記念美術館が約四十万人となっている。
徳之島で恒例の新春闘牛大会(4日付)
 ○…徳之島では一日から新春闘牛大会が催され、闘牛ファンは連日の熱戦に沸いている。三日は全島一・中量級優勝旗争奪戦伊仙大会が同町伊仙闘牛場であった。注目の全島一決戦は、王者「大福環境開発一号」が挑戦者「徳之島台風」を八分四秒で下して初防衛に成功した。
 ○…全島一決戦は開始早々からかけ技の応酬となった。序盤は劣勢だった挑戦者が中盤で攻勢に転じて場内を沸かせたが、最後は王者が貫録勝ちした。中量級も王者「琉球白虎」が速攻で制して初防衛を飾った。
 ○…三賞は「九電工猪野紀號」=殊勲、「突撃チワワ」=敢闘、「健勝號」=技能が獲得。闘牛場には地元闘牛ファンをはじめ、帰省客や観光客ら約三千五百人(主催者発表)が来場。迫力あふれる巨体同士の角突きを見守った。
喜念・佐弁砂丘遺跡群トマチン遺跡の第三次発掘調査進む(5日付)
 【徳之島総局】鹿児島大学埋蔵文化財調査室の新里貴之助手(35)=博士=らは昨年十二月二十五日から、「喜念・佐弁砂丘遺跡群トマチン遺跡」の第三次発掘調査を進めている。同遺跡は約三千年前(縄文時代晩期末から弥生時代前期)の箱式石棺墓群。これまでの調査で側石を小口積みにした石棺墓が南西諸島で初めて発見され注目されている。今回新たに石棺が上下に二重構造だったことが確認されたほか、隣で二つ目の石棺も見つかった。十一月に実施した地下レーダー探査で新たに二カ所の墓域が存在する可能性が高まっており、墓制の伝播(でんぱ)プロセスの解明に期待が寄せられている。調査は八日まで。
 遺跡群は同町佐弁トマチンの海岸部砂丘地帯(約六千四百平方メートル)。同調査室が二〇〇四年度から日本学術振興会科学研究費を受けて地元伊仙町とともに調査を続けている。今回の調査には鹿児島女子短期大学や沖縄国際大学の関係者も協力している。
 二次調査までに、石棺墓から四体の人骨や装飾品とみられるゴホウラ背面貝輪、ヒスイ玉(新潟県糸魚川産)、貝小玉、スイジガイ製利器、土器などが出土。他の墓域の存在から多様な形態の石棺墓が出土する可能性が高まっている。
 新里助手は「石棺の二重構造は琉球列島で見つかっている。小口積みの石棺墓は西日本沿岸部に多く、徳之島地域での墓制の受け入れ方の特性を指摘できる。糸魚川産のヒスイの出土は当時の交域ルート解明への手掛かりとなる。今回見つかった石棺には蓋(ふた)石があり最初に発見した石棺と構造が違う可能性がある」と解説。
 さらに同助手は「沖縄諸島まで伝播する本土の墓制が、南西諸島の島しょ部の中間地点である徳之島で跡付けられ、今後の調査でその伝播プロセスが解明できる可能性は高い。全容調査には十数年を要するが、その重要性をリポートなどで訴えていきたい」と語った。
出身者が一村の未公開作品を田中一村記念美術館に寄託(5日付)
 【鹿児島総局】奄美出身の実業家ら二人が四日、県奄美パーク・田中一村記念美術館に一村の代表作品を寄託した。作品は一村が千葉県に住んでいた三十九歳の時に公募展に初入選した「白い花」と、翌年の同じ公募展で落選し一村が中央画壇に背を向け孤高の画家として歩み始めるきっかけになったとされる「秋晴れ」の二点。いずれも一村の画業を語る上で重要な作品として位置付けられている。「白い花」は三月十五日から、「秋晴れ」は六月二十一日から一般公開される。
 作品を寄託したのは、龍郷町出身の牧野信久さん(58)=東京都在住=と沖縄県石垣市出身の大濱民朗さん(60)=同=の二人。二人は一村の作品がオークションにかけられて海外に流出するのを防ぐため、昨年八月にも千葉時代の未公開作品など三十二点を収集し同美術館に寄託している。
 「白い花」は、ヤマボウシの葉と花による緑と白のコントラストが美しい一九四七年の作品で、戦後を迎え新たな気持ちで画壇に挑戦した一村の意気込みが画面から飛び出してくるような明るく上品な作品。この時、一村は画号を「田中米邨」から「柳一村」に改めており、一村の生涯で唯一の公募展(第十九回青龍社展)入選作品。
 一方、色調をモノトーンに抑えて農家のたたずまいを描いた「秋晴れ」は翌年の公募展に「田中一村」の画号で初めて出品した作品。一村の自信作だったが、一緒に出品した「波」は入選したものの、この作品が落選したことに納得できず「波」の入選も辞退し、会の代表である川端龍子と激しくぶつかったというエピソードが残っており、この時の落選がその後の一村の生き方に大きな影響を与えたといわれている。
 一村記念美術館の宮崎緑館長は四日、県庁で寄託作品を発表し「今回の大作二点は一村の作品の中でも非常に重い意味を持つ作品。新年早々とてもうれしい報告ができることをありがたく思う」などと語った。寄託期間は二〇一六年三月末までの約十年間。同館の一村作品は今回の寄託分を含め二百二十二点(うち六十七点は寄託作品)となる。
奄美市で「紬の日の集い」(6日付)
 第二十九回「紬の日のつどい」が五日、奄美市名瀬末広町のAiAi広場であった。旧名瀬市が一九七八年(昭和五十三年)に一月五日を「紬の日」と制定して以来、毎年開催されている新春恒例の行事。鏡開きや島唄ライブ、新成人も参加しての大島紬ショーなど多彩な催しでにぎわった。
 奄美市や本場奄美大島紬協同組合、本場奄美大島紬販売協同組合などで組織する実行委員会の主催。奄美の基幹産業である大島紬への認識を深めるとともに、大島紬の振興による豊かな街づくりを推進することなどが開催の目的。
 新成人代表などによる鏡開きが行われ、黒糖焼酎が来場者に振る舞われた。主催者を代表して平田隆義市長が「大島紬は島の宝。後世に伝えてはぐくんでいくためにも、紬を着る機会や紬に触れる機会をこれまで以上につくり出し、一緒になって紬の振興に努めていきたい」などとあいさつした。
 昨年十一月にあったコンテストで二〇〇七紬美人に選ばれた三人の紹介があり、紬美人の三人は「紬の軽さや温かさなどをPRしていきたい」などと意気込みを語った。
 牧岡奈美さんの島唄ライブがあり、「朝花節」のほか「一切朝花節」や「ワイド節」などが披露された。にぎやかな曲では来場者が踊りだすなど盛り上がった。
 大島紬ショーでは、新成人や七五三の祝いを迎える子どもなどが舞台上で晴れやかに紬姿を披露。来場者から盛んな拍手を受けていた。

1月7日(日)付 

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ナンカンジョセで家回り

 七日はナンカンセック(七日の節句)。奄美ではナンカンジョセ(七草雑炊)を食べて一年間の無病息災を願うほか、数え年七つの子供が健やかな成長を願って親類宅など七軒を回ってナンカンジョセを頂く日。奄美市内でも着飾った子供たちが家回りをしたり神社詣でを行う姿が見られた。
 名瀬井根町の高千穂神社には、はかまやきものなど晴れ着に身を包んだ子供を連れた保護者が多数参拝。子供の健やかな成長を祈願する姿があった。
 市内在住の平野巴菜ちゃん(5つ)は、母親のまゆこさん、姉の梨花ちゃん(6つ)と参拝を済ませた後、親せき宅などを訪問。将来は看護師になりたいという巴菜ちゃんは、叔母さんから「健康に大きく成長してね」という祝いの言葉とともにナンカンジョセの入ったおわんと祝儀を手渡され、笑顔を浮かべていた。

奄美もこの冬一番の寒さ

 奄美地方は七日、冬型の気圧配置が強まり、奄美市名瀬で一〇・八度、沖永良部島で一一・九度とこの冬一番の最低気温を観測したほか、強風と高波で海の便を中心にダイヤが乱れた。
 名瀬測候所などによると、奄美地方は七日朝のうちまで、およそ一五〇〇メートル上空に氷点下一度以下の寒気が残り、強い冬型の気圧配置となったという。同測候所は同日午前中まで「暴風と高波に関する気象情報」を出して、暴風と高波に警戒を呼び掛けた。
 最低気温は名瀬が午前九時ごろ、沖永良部が未明に記録。最高気温も上がらず、沖永良部で一四・六度と最高気温もこの冬で最も低かった。名瀬の最高気温は一四・七度。この日は風も強く、沖永良部で午前三時ごろに二一・九メートル、名瀬で午前二時ごろに二〇・六メートルの最大瞬間風速を観測した。
 この日の強風と高波による影響で沖縄―奄美―鹿児島の「クイーンコーラル」と奄美―鹿児島の「フェリーあまみ」は一日遅れで名瀬港を上ったほか、鹿児島―奄美―沖縄の「クイーンコーラル8」は約八時間遅れで名瀬港を下った。八日は東京―奄美―沖縄の「ありあけ」が二時間遅れで運航する見込み。
 同測候所によると、八日の奄美地方は冬型の気圧配置が次第に弱まり、八日の最低気温は名瀬で一三度、沖永良部で一四度と予想している。

名瀬出身の福富さん(トマス技研、沖縄県)に温暖化防止環境大臣賞

 奄美市名瀬出身の福富健仁さん(41)が代表を務める沖縄県浦添市にあるトマス技術研究所は昨年六月、琉球動力(沖縄市、知念保社長)、大成電機製作所(南城市、吉田敏彦社長)と三社で中型焼却炉TG―195を共同開発、販売開始した。廃油・廃食油をリサイクルして燃料化する技術で無煙、ダイオキシン類排出を超低値に抑えた中型焼却炉は、環境省の二〇〇六年度地球温暖化防止活動環境大臣賞(技術開発・製品化部門)を受賞し、二度目となる沖縄県知事最優秀賞も受けた。
 中型焼却炉は、〇五年に中小企業新事業活動促進法に基づく「異分野連携新事業分野開拓計画」(新連携)に認定され、約三千万円の支援を受け、政府系金融機関から低利融資も受けて共同開発。トマス技術研究所が研究開発・設計、琉球動力が機械製造、大成電機製作所が電機制御機器製造を手掛けた。技術支援は琉球大学と沖縄県工業技術センター、マーケティング支援と整備・メンテナンスは沖縄プラント工業が担った。
 産業廃棄物処理業の「街クリーン」(南城市)とも連携して中間処理場で実証運転を続けている。
 主な特徴は(1)高性能焼却施設=各種、各個所のセンサーから送られてくるデータをコンピューターが判断して燃焼を制御し、炉内のごみ燃焼をベストに維持する(2)ランニングコスト削減=焼却炉から発生する熱を再利用(サーマルリサイクル)し、廃油・廃食油をリサイクル燃料として使う(3)高公害ガス除去機能=焼却ガスを高性能集塵(しゅうじん)装置にかけてダイオキシンなど有害物質を97・6―99・7%の範囲で除去(4)完全自動運転による人件費削減(5)木材、廃プラスチック、生ごみなど多種のごみを焼却できる―などを挙げる。
 施設の大きさは横六メートル、奥行き十二メートル、主要施設の高さ八メートル、煙突の高さ九メートル。一時間当たりの処理能力は百九十六キログラム。
 福富代表が〇三年に開発した小型焼却炉・チリメーサーが今回の共同開発の基礎になっている。小型焼却炉は昨年末現在、県内外で三十台販売済み。購入先は産廃業者、病院、ホテルなど。奄美地区では電機業者と老人ホームが購入した。
 中型焼却炉は昨年十月に県知事最優秀賞を受け、環境大臣賞の表彰式は昨年十二月十一日に東京都内のホテルであった。
 福富代表は「中小企業三社の連携で製作したことに意義がある。問い合わせが二十数件来ており、全国へ発信していきたい。沖縄の産業育成や雇用拡大につながればうれしい」と述べ、「離島、へき地のごみ処理は分散化が必要になると思う。自治体、産廃業者、病院などが使いやすい焼却施設を提供していきたい」と話した。
 問い合わせはトマス技術研究所TEL098-938-8112。

1月8日(月)付 

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1月9日(火)付 

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南栄糖業も製糖開始

 【沖永良部総局】沖永良部島の南栄糖業(株)(川口義洋社長)の二〇〇六―〇七年期操業が八日スタートした。初日は関係者らが集って製糖出発式と安全祈願祭があり、ガンバロウ三唱などで製糖期間中の安全と効率的な操業を誓った。今期の原料処理量は五万三百八十四トン。初日は七百九十七トンを搬入した。製糖期間は三月二十四日までの七十四日間とし、原料搬入は同二十三日まで。同社は二月中旬の洗缶日を春植え推進に当てるほか、農家の要望もあり、操業を前倒しして春植え普及に努める考え。
 出発式は午前九時から南栄糖業構内であり、同社の川口社長や沖永良部さとうきび生産対策本部、県沖永良部農業改良普及センター、輸送関係者ら約六十人が出席。橋口彰生産対策本部長、川口社長、金子万寿夫県議会議長、伊地知実利和泊町長、平安正盛知名町長、白石奉文農業改良普及センター所長、有村浩正沖永良部署交通課長らが「農家が丹精込めた大切なキビを一本残らず搬入して」「事故がないよう安全に収穫して」などと安全操業や効率的な搬入を呼び掛けた。輸送組合の森恵登志さんの音頭でガンバロウ三唱して安全を誓った。
 引き続き安全祈願祭・投入式があり関係者約四十人が参列。玉ぐしをささげ、キビを投入して操業中の安全を祈願した。
 ここ数日の不安定な天候にもかかわらず収穫は順調で、初日の原料搬入は圧搾計画を大きく上回る七百九十七トンだった。昨年夏の干ばつや台風13号による潮風害などの影響で品質が懸念されたが、その後のまとまった雨などで持ち直し、初日の平均甘しゃ糖度は一四・一度。前期初日と比べ〇・六度上回るなど品質もまずまずだった。

1月10日(水)付 

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宇検村長選に國馬、元山の2氏が立候補

 任期満了に伴う宇検村長選挙は九日告示され、五日間の選挙戦がスタートした。新人、現職の二人が立候補。両候補は出陣式を済ませると選挙カーで村内各地を回って支持を訴えた。投票は十四日午前七時から午後六時まで村内四投票所で行われ、即日開票される。
 立候補したのは新人で会社役員の國馬和範氏(54)と、現職で五期目を目指す元山三郎氏(67)=いずれも無所属、届け出順=。
 國馬氏は二〇〇六年九月二十五日に出馬を表明。村政の透明性や放射性廃棄物等の持ち込み拒否に関する条例の施行、行財政改革の推進、農林漁業の振興などの公約のほか、市町村合併への前向きな対応を掲げ、初当選を狙う。
 元山氏は〇六年の六月定例村議会で出馬を表明。過去十六年(四期)の実績を基に、農林水産業の振興や人材育成、定住促進などの公約のほか、市町村合併をしない立場を貫きながら「元山村政」の総仕上げを掲げ、五期目を目指す。
 両陣営とも後援会が告示前からミニ集会や、知人、親せきらを通じた票固めなど村を二分する前哨戦を水面下で展開してきた。
 期日前投票は十日に始まり、投票日前日の十三日まで役場一階会議室で受け付ける。時間は午前八時半から午後八時まで。
 八日現在の登録有権者数は千八百二十一人(男八百五十九人、女九百六十二人)。

全日本女子柔道強化合宿メンバーが奄美大島入り

 全日本女子柔道強化合宿メンバーが9日、奄美大島入りした。来島したのは日蔭暢年監督はじめ選手、スタッフ計約50人。14日まで奄美市住用町の体験交流館で汗を流す。昨年に続く2度目の来島で、空港では受け入れに当たる市の住用総合支所職員らが日蔭監督らを歓迎した。
 合宿は冬季欧州国際大会、海外派遣選手候補を一堂に集め、技術・体力の向上や海外の強豪対策を目的に行われ、2008年の北京五輪まで奄美合宿が続く予定。
 メンバーは谷本歩実(コマツ)ら五輪メダリスト、北京五輪代表候補など世界のトップ選手。日蔭監督は「暖かく環境のいい奄美で、各国際大会に向けた基礎的な体力をつけさせたい」と合宿に向け意欲を示し、今後に向け「全階級制覇が目標」と語った。選手らは同日午後から早速練習に入った。

1月11日(木)付 

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出身者が徳之島の高校に阪神甲子園球場のツタの鉢植え贈る
 【徳之島総局】高校球児のあこがれである「阪神甲子園球場」の周囲を取りまくツタの一鉢を関西在住の奄美出身者が十日、徳之島高校・新設徳之島高校・徳之島農業高校の合同チームにプレゼントした。松元将志監督は「身近に甲子園のツタがあれば励みにもなる。大切に育てていきたい」などと感謝した。
 プレゼントしたのは兵庫県西宮市在住で瀬戸内町古志出身の本田勇男さん(65)。本田さんは一九九二年にも奄美の四高校(大島、大島工、徳之島、喜界)に甲子園のツタを贈っている。
 本田さんは贈呈式で、「学校のためでなく、自分のために野球をしてほしい。君たちは力を持っている。奄美の代表として出場を祈っている」と激励。川野雄大主将にツタを手渡した。
 川野主将は「甲子園は手の届かない場所と思っていたが、昨年あと一歩だった。周囲に期待されていることを意識し、練習に力を入れていきたい」と語った。

1月12日(金)付 

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富国製糖も製糖開始

 奄美市笠利町の富国製糖(佐藤常志事業所長)は十一日、二〇〇六―〇七年期の操業を開始した。これで群島内の五製糖会社すべてが原料のサトウキビ搬入と圧搾を始め、奄美の製糖シーズンが本格化した。製糖期間は四月三日までの予定で、二万五千七百トンの原料処理を計画している。収穫面積が約五十ヘクタール増えたものの、干ばつなどの影響で処理量は前期に比べて九十七トン減の見込み。五年連続の三万トン割れを見込んでおり、原料搬入式と圧搾開始式で関係者は危機感を募らせ、収穫面積の拡大を呼び掛けた。
 午前八時に始まった原料搬入式で佐藤所長は「昨年七―十一月の大干ばつで原料は昨年並みの見込み。ほ場ブリックスは一九六一年の製糖開始以来、過去最高の二一・二度(十二月十五日現在)を記録しており、高品質、高歩留まりになるものと期待している。今期の収穫期間中に春植え推進運動を展開する。新品種の農林22号・23号を中心に植え付けてほしい」と協力を呼び掛けた。
 原料処理量は奄美市笠利町が二万二千四百トン、龍郷町が二千六百トン、その他七百トンの見込み。収穫面積は笠利、龍郷町の合計で五百六十五ヘクタールで、前期より四十九ヘクタール増えた。奄美市名瀬と住用地区の収穫面積は十八ヘクタール。
 製糖期間は八十三日、操業初日の原料搬入量は二百十六トン。平均甘しゃ糖度は同社の予想通り一五・一度と高く、前期初日に比べて一・一度高かった。
北海道の中富良野中学校から2年生11人が沖永良部島入り、地元中学生と交流
 【沖永良部総局】フラワー都市交流で縁のある北海道の中富良野中学校(成田幸雄校長、百五十四人)から二年生一行十一人が十日、沖永良部島入りした。同日、和泊町の城ヶ丘中学校(豊島実文校長、六十二人)を訪問し、互いの学校や地域を紹介し合うなど交流した。全員でベランダから手を振る城ヶ丘中学校の歓迎には中富良野中学校の生徒もビックリ。「心温まる歓迎がうれしかった」と感想を語った。
 フラワー都市交流は一九八三年、花づくりを通して活力と安らぎある住みよいまちづくりを目指す全国四都市で連絡協議会を設立。各都市の花・苗交換事業、市民・物産・文化交流事業と大都市圏で交流展、総会などを実施している。
 三泊四日の日程で来島したのは中富良野中学校二年生八人と引率者三人。城ヶ丘中学校であった学校間交流では中富良野町の町花ラベンダーのドライフラワーとにおい袋が生徒に贈られたほか、前日に届いた雪だるまの披露もあった。城ヶ丘中学校はエイサーを披露したほか、島バナナ、サトウキビ、ユリをプレゼントした。
 会場には特産品のガジャ豆やイセエビ、パパイア、島ミカンが並べられ、中富良野の生徒が興味深そうに味見した。互いの学校を紹介したほか、特産品や部活動、自慢、出身有名人、珍しい行事など紹介した。夜の交流会では中富良野中学校の生徒が「気候も暖かく、人の心も温かい」「人の心を大切にする今の気持ちを持ち続けて」などと語った。
 一行は十一日、島内観光で海岸散策やシュノーケリングを楽しみ、泳げる暖かさに改めて驚いていた。ホテルの食事はすべて島の食材で作られ、ヒルアギ(ニンニクの葉のいため物)や豚足料理をおいしそうにほお張った。

大島工業高校でベテラン大工を招き、達人セミナー

 奄美市の県立大島工業高校建設工学科の達人セミナーは十一日、同校であり、宇検村屋鈍の大工東英和さん(55)が大工道具の手入れの大切さなどを説いた。
 達人セミナーは同校の三学科で、その道の達人を招いてそれぞれ年一回実施している。東さんのセミナーは建設工学科の生徒が対象。午前中は一―三年生への講演、午後は三年生への実技指導があった。
 講演で東さんは修業時代の体験談などを披露し、実技指導では道具管理の仕方など説明した。のみやかんななど刃物類の手入れ道具に触れて「木目の仕上がり具合も砥石(といし)しだい」とも語った。
 大工を目指して専門学校に進学するという三年生の東大工作(ひがし・たくなり)さんは「大変さと楽しさという仕事の両面が分かった。しっかり修業を積み、将来は開放感のある家を造る大工になりたい」と話した。
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