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4月28日(土)付 

奄美和光園の自治会が再発足
 休会していた奄美市名瀬の国立療養所・奄美和光園の自治会(全国ハンセン病療養所入所者協議会=全療協=奄美支部和光会)が約二年ぶりに再結成された。入所者の高齢化が進み、将来構想問題が緊急の課題となっており、自治会としても同問題に積極的に取り組んでいく。
 自治会役員によると、二〇〇五年に「高齢化と役員のなり手がない」などの理由から休会となっていたが、今年に入って「将来構想の問題もあり、三年間も休会できない。施設間交流のためにも必要」との声があり、一月に入所者会を開き、二月一日付で再結成した。休会中は上部団体の全療協も再結成を促していた。
 同園の入所者は五十九人(四月二十七日現在)で高齢化しており、平均年齢は八十歳を超え八十・四歳。入所者が減少していく中、どういう形で存続していくのか。将来構想問題が差し迫っている。奄美市は検討委員会を設置し、長寿検証センター(仮称)の併設を要望している。
 今月中旬に沖縄・宮古南静園で全療協の全国支部長会議があり、「ハンセン病問題基本法」(仮称)制定運動について協議、将来構想を策定する上で立法化は不可欠との認識で一致した。六月に東京で開かれる臨時支部長会議で正式に組織決定する予定。和光園自治会でも臨時支部長会議までに意見を取りまとめる。
 同自治会長(86)は「将来構想が一番の課題、ここ三―四年が勝負。どういう形で在園保障するのか見えてこない。最後の一人が『生きていて良かった』と人生を終えるような将来構想にしてほしい。園や関係団体と連携して取り組んでいきたい」と話した。

4月29日(日)付 

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春の叙勲、奄美から10人

 政府は二十九日付で二〇〇七年春の叙勲受章者を発表した。鹿児島県関係者(本籍地含む)は旭日章二十五人、瑞宝章四十九人の計七十四人(うち女性九人)。奄美関係では元名瀬市議会議長の喜納光雄氏(70)=奄美市=が旭日小綬章を、元剏ァ建設業協会理事の尾崎健一氏(72)=同=と元龍郷町長の菊田勝美氏(82)=龍郷町=、元とくのしま漁協長および伊仙町議の元田隆丸氏(76)=伊仙町=が旭日双光章を、元名瀬市教育長の治井文茂氏(77)=奄美市=が瑞宝小綬章を、元特定郵便局長の徳山友榮氏(70)=宇検村=と松元茂勝氏(74)=同=、元助役の山下忠弘氏(74)=和泊町=が瑞宝章双光章を、元消防団長の住岡美代志氏(72)=喜界町=と元消防副団長の盛重豊氏(77)=伊仙町=が瑞宝章単光章をそれぞれ受章する。元大島支庁長の中野敦厳氏(70)=鹿児島市=は瑞宝小綬章を受章する。

奄美和光園で「ふれあい和光塾」が開講

 奄美市内の親子と国立療養所・奄美和光園入所者が農業体験を通し交流する「ふれあい和光塾」の開講式が二十八日、同園であった。雨の中、十五組の「和光ファミリー」が夏の収穫祭に向けて野菜を植え付けた。
 同塾は家族のコミュニケーションを図るとともに、和光園入所者と交流しハンセン病について理解を深めることを目的に二〇〇四年から開催している。今年は新たに五家族が加わり、過去最高の参加者となった。
 開講式では、塾長が「一九九六年にらい予防法が廃止され、皆さんと見えない壁が無くなった。これから手を取り合ってハンセン病を正しく理解してもらい、分け隔てのない生活が送れるような社会を皆さんでつくってください」と呼び掛けた。
 参加家族の自己紹介があり、二―三年目の家族は「今年こそいい収穫祭にしたい」「子供たちも収穫の喜びを味わうなど楽しかった。今年は入所と交流を深めたい」などと抱負を述べ、初参加の家族は「園の人たちに教えてもらいながら頑張っていきたい」などと語った。
 この後、農場でそれぞれに割り当てられた区画にナスやピーマン、スイカ、ニガウリ、トウガンなどの夏野菜を植えた。

4月30日(月)付 

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奄美ハナハナウエストが常時有料開放

 大和村大棚の奄美ハナハナウエストが二十九日、常時オープン(有料)した。東シナ海に面した海岸と山すそを利用した同園は、奄美ならではの景観を生かした自然散策をはじめ、海水浴や野外イベントも楽しめる多目的施設。この日は記念ミニライブがあり、多数の来場者でにぎわった。
 (株)ヘブン・プロジェクト(浜崎哲義代表取締役)が手掛ける同園は自然景観と植物を融合させた「創造のシマ」をコンセプトに七年ほど前から建設を進めてきた。昨年は坂本龍一氏らを招いた野外音楽フェスなどを開催。施設設備がある程度整ってきたことから今回の常時開放に踏み切った。
 約二十三ヘクタールの広さがある園内は大きく、@植物散策する「ナリムンザク」「ムウザク」Aミニイベントや海水浴などの多目的広場「ココヒルバ」「ガジュヒルバ」B五千人収容のイベント会場「バミューヒルバ」―に分かれる。
 植物散策ゾーンでは専用カートか徒歩でバナナ類やヤシ類など三百種類におよぶ国内外の熱植物を満喫。広大なビーチに面したココヒルバでは夕日を見ながら軽食も食べられる。
 ミニライブは大和村の唄者、浜川昇さんと公民館講座島唄教室生による島唄で始まり、奄美市のアマービレ吹奏楽団が六曲を披露して会場を盛り上げた。

奄美市名瀬で「大川ダムビオトープ観察会」

 NPO法人奄美野鳥の会(高美喜男会長)主催の「大川ダムビオトープ観察会」が二十九日、奄美市名瀬朝戸の現地であり、ゲンゴロウやアメンボの仲間、ヌマガエル、シリケンイモリ、トンボなどを観察した。持ち帰って顕微鏡で種を特定するものを含めて二十三種を確認した。
 ビオトープとは、野生の動植物の生息場所(空間)を意味し、元来そこにあった自然風景を復元する意味もある。市民が自然に親しんだり、環境教育の場として利用してもらおうと奄美市が整備した。大川ダムの堤体の隣にあり、土を盛り上げて池を造り、山水を引き込んだ。水生昆虫や両生類などが生息しやすくするため、深みを造成し、竹の束や竹筒、石を池に沈めて隠れ場所を造ってある。今年一月の観察会では二十八種を確認した。
 今回は子供、大島高校の生徒を含め十六人が参加した。参加者は雨靴を履いて池に入り、水生昆虫が居そうな場所に網を入れて採取した。最後に参加者が集まって採取したものの種を確認した。
奄美手熟師会が手熟師祭り
 奄美手熟師会(安田謙志会長、会員十四人)主催の第十五回手熟師祭りが二十九日、笠利町用安のビーチであった。染め物や木工、陶芸など、各分野の手熟師たちが制作した作品が展示、販売され、約二百人の来場者でにぎわった。
 祭りでは物作りの楽しさを味わってもらおうと体験コーナーが設けられ、こまやゴム、おはじきを使った昔の遊びや竹とんぼ作りなどに多くの子供たちが参加した。木彫家の泉幸二さんや陶芸家池淳一さん、ロハス術の永久そのみさんの実演も行われ、来場者の目を引いていた。
 安田会長は「親ぼくを兼ねたイベントとしてやってきたが最近は子供の参加も増えてきている。島にあるものを使って物を作っていくことで島の良さを再発見してもらいたい」と話した。
 同会は奄美で物作りに携わるメンバーが集まり一九九四年に発足。作品の発表、会員相互の交流の場として毎年手熟師祭りを開いている。

5月1日(火)付 

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大相撲の里山関が新入幕凱旋パレード

 大相撲夏場所(東京・両国国技館)で幕内昇進する西前頭十二枚目の里山関(25)=本名・里山浩作、奄美市笠利町出身、尾上部屋=が三十日、故郷の奄美大島に凱旋(がいせん)し、同市名瀬の商店街をパレードした。沿道には大勢のファンが詰め掛け、同市初の幕内力士を熱烈に歓迎した。  
 里山関の十両優勝と幕内昇進を市民と共に祝い、応援しようと奄美市通り会連合会(久留幹生会長)が主催。里山関は同行した尾上親方夫妻と共に、同市名瀬末広町内の商店街を約三十分かけて練り歩き、終始笑顔で握手やサイン、記念撮影に応じていた。
 パレード後は記念式典があり、里山関は「奄美の皆さんが喜ぶような相撲を取り、一緒に奄美を盛り上げていきたい。夏場所では勝ち越し、そして二ケタ勝利を目指したい」とあいさつ。詰め掛けた地元ファンらの盛大な拍手をもらっていた。

古代ポリネシアの航海カヌーを再現した「ホクレア号」が名瀬寄港

 古代ポリネシアの航海カヌーを再現した「ホクレア号」(チャド・ババヤーン船長)が三十日、ハワイから日本へ向かう航海の途中、不安定な天候を避けるために急きょ名瀬港へ寄港した。
 同カヌーは、古代式の外洋航海術を駆使して太平洋に散在する島々にたどりつき、定住を始めたというポリネシア人起源・拡散説の科学的な立証を主な目的に一九七五年に建造された。全長は約十九メートル。
 近代的航法器具を一切用いず、天体観測などから針路を決める伝統的な航海術でハワイ・タヒチ間の航海などに成功しているほか、これまでに地球四周分以上の距離を航海している。ハワイ先住民の伝統文化復興運動のシンボルで、仏領ポリネシアや日本などからも航海カヌー操船技術の研修生を受け入れている。
 今年一月中旬に日本に向けハワイを出港。沖縄の糸満港を今月二十九日に出て熊本に向かう途中の名瀬寄港で、エスコートボートにえい航されて午後四時すぎに接岸した。
 同船長によると、日本からの移民が多いハワイと日本のつながりに感謝する旅で、最終寄港地は横浜港。乗組員は二十三歳から五十歳までの十四人で、女性も四人乗り込んでいる。
 同船長は奄美大島の印象について「自然がたくさん残っていてとても美しい。機会があればもう一度来て、長い時間をすごしたい。人間の手が加えられていない景観を残す島は珍しい。変わらずに残されることを望む」などと話した。

野ユリに52個のつぼみ

 野ユリ(テッポウユリ)が最盛期を迎える中、奄美市知名瀬の玉利勲さん(76)宅の庭で、一株に五十二個のつぼみを付けた野ユリが開花しようとしている。すでに二輪は開花。玉利さんは植えた覚えがなく、「自然に生えてきた」と驚いている。
 ユリはガーベラとともに砂地に生えている。数が多すぎて夫人のムツ子さん(77)がマジックで数字を書き込んだ。高さは百十七センチ。普通のユリと違い茎が平たくヘラ状に広がり、幅は八センチほどある。
 玉利さんは「こんなユリは今まで見たことがない。肥料や農薬は与えておらず、突然変異。開花が楽しみだが、枯れたら球根を調べたい」と話した。

5月2日(水)付 

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総合ターミナルビル「せとうち海の駅」(瀬戸内町)がオープン

 瀬戸内町が古仁屋漁港大湊地区に建設を進めてきた総合ターミナルビル「せとうち海の駅」が完成し、一日、大勢の関係者らが出席して落成式と祝賀会が行われた。また、鹿児島―喜界―平土野などを結ぶフェリー「あまみ」も接岸、開港式では乗組員らに花束が贈られた。駅構内にはフェリーや町営定期船、海上タクシー、水中観光船などの切符売り場のほか、特産品売り場や観光案内所などがあり、「海洋の町」の新たなシンボルとして、急増する観光客などを迎え入れる。
 九州運輸局などによると、「せとうち海の駅」は、海の幸が満載の料理や自然と文化、島唄などのプログラムを内外に発信する水産・観光振興の拠点施設で、県内では初めて。一九九一年度に始まった古仁屋漁港活性化計画(コニヤ21プラン)の一環で、総工費は約五億円。
 敷地面積約三千七百平方メートルに、鉄筋コンクリート二階建て(延べ床面積約千五百平方メートル)を建設し、周辺には約五十台分の駐車スペースと緑地帯などを整備した。
 ビルの外観は、青い海と真珠をイメージ。一階部分は船舶とバスの発券所を確保。地元で水揚げされる水産物を扱ったレストランのほか、キビ酢、塩などの特産品販売コーナー、観光スポットの案内所、ミニコンサートや展示会などを開催するふれあい広場も設けた。
 二階部分には、ビデオシアターや地場産食材を使った料理を提供する食事コーナー、大島紬の展示、実演スペースを設置した。
 古仁屋漁港は、鹿児島や加計呂麻島、請島、与路島などを結ぶフェリーが発着する瀬戸内町の玄関口で、観光拠点施設の整備が急務だった。今後は、駅構内のスペースを使って定期的にイベントを開くなどして、海の駅を核とした町内外の地域間交流の促進も図る。

FMラジオ局「あまみエフエム」が開局

 島ンチュの、島ンチュによる、島ンチュのためのラジオを理念に掲げたコミュニティFMラジオ局「あまみエフエム」が一日、奄美市名瀬金久町で開局した。九州の離島でコミュニティFMラジオ局が開かれるのは初めて。正午から午後七時まで特別編成の番組が放送され、各界から開局を祝うコメントが寄せられたほか、特別ゲストとして歌手の元ちとせさんと中孝介さんなども出演して番組を盛り上げた。
 「あまみエフエム」(愛称・ディ!ウェイブ)を運営するのは特定非営利活動法人「ディ!」(麓憲吾理事長)。構想から五年を経て活動趣旨に賛同する支援会員・団体も六百人を超え、地域に密着した住民参加型ラジオの開局にこぎ着けた。
 放送は麓理事長が「あまみエフエム本放送を開始いたします」と第一声を発して産声を上げた。
 その後、島唄や奄美出身ミュージシャンの音楽をはさみながら番組紹介などが行われ、地域の経済団体など各界の代表、奄美大島に縁のある音楽家などから寄せられた開局を祝うコメントも多数紹介された。
 同法人は「奄美で暮らす人が、もっと奄美のことを知るための手段、奄美での生活を便利にするための情報源、奄美を島内外へ発信するメディア」と位置付け、「住民参加型」の放送を展開する予定。麓代表は「人と人をつなげる道具になればいい」などと語った。
 自主番組は「スカンマワイド」(月―土曜日=午前七時すぎ―九時)、「ヒババン・カディーナ」(毎日=正午―午後一時)、「ゆぶぃニング・アワー」(同=午後五時すぎ―七時)などで、生活や行政、イベント、防災などさまざまな島の情報を伝える。
 同局の周波数は77・5メガヘルツ。聴取可能範囲は奄美市が約一万七千五百世帯(84%)、龍郷町が約九百六十世帯(40%)。同法人は将来的に奄美群島全域をカバーできるよう目指している。
山田洋次監督の映画「母(かあ)べえ」が奄美ロケ
 「男はつらいよ」シリーズなどの映画で知られる山田洋次監督の新作映画「母(かあ)べえ」の奄美ロケが一日、龍郷町赤尾木の太平洋側の海岸であった。地元のエキストラ五十人も参加して、主演の吉永小百合さんや浅野忠信さんらとともに海水浴シーンを撮影した。
 映画は一九四〇年ごろの東京郊外のつつましい家庭が舞台。人々の平和な暮らしを無残に飲み込んだ時代に、笑顔を忘れず、明るく懸命に生きた母親の姿を通して、家族の素晴らしさ、人の幸せのもろさと尊さを描く。今回の奄美ロケでクランクアップ。公開は来年一月を予定している。
 奄美で山田監督による映画が行われるのは一九九七年の「虹をつかむ男・南国奮斗編」以来、十年ぶり。九五年には渥美清さんの遺作となった「男はつらいよ 寅次郎紅の花」の撮影も行われた。
 会見した山田監督は「素晴らしい奄美の風景にはいろいろな思い出があり、感慨深い。今回の奄美での撮影が一番はなやかなシーンとなりそう」などと話した。
 奄美は初めてという吉永さんは「人情が素晴らしく景色も最高。次はもっとゆっくり見学したい。カヌーにも挑戦したかった」と笑顔で話した。

5月3日(木)付 

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奄美図書館の新築工事始まる
 鹿児島県が奄美市名瀬古田町の奄美高校敷地に建設している「奄美高校校舎改築・奄美図書館新築」工事が順調に進んでいる。七―四階建て校舎三棟と四階建ての図書館棟で構成される県内初の複合施設で、A棟(管理普通教室棟)は二〇〇六年度末までに完成。〇七年度はB棟(特別教室棟)と図書館棟の建設に着手し、〇八年度までかけて完了する。C棟(産振実習棟)は今年度で実施設計を行い、〇八―〇九年度の工事を予定している。
 県によると、現奄美高校の敷地面積は約一万五千三百九十平方メートルで、うち約二千二百平方メートルが図書館。事業費は校舎が約四十二億円、図書館は約十二億六千万円を見込む。
 改築校舎は、七階建てのA棟(延べ床面積約八千四百平方メートル)、六階建てのB棟(同約三千四百八十平方メートル)、四階建てのC棟(同約二千平方メートル)で構成し、各棟を渡り廊下で結ぶ。〇五年度に着工したA棟は既に完成し、普通教室の一部など旧校舎から移転している。近く、旧校舎の解体作業が始まる。
 校舎には強い陽射しを防ぎ、自然風が吹き抜けるような設計が施されており、屋上も緑化して輻射熱を防止するなど環境に配慮。八十台分の駐車場と五百五十台分の駐輪場が整備されるほか、C棟屋上には弓道場も設ける。
 図書館(延べ床面積約三千二百平方メートル)の外観は、奄美の伝統的な板付け舟をイメージしたデザインを採用。一階には作家で県立図書館奄美分館長を務めた島尾敏雄氏の記念室や児童閲覧室を設ける。二階には一般閲覧室や郷土コーナー、三階に書庫、四階に多目的室や学習室を整備する。三十七台分の駐車場と百台分の駐輪場を整備する。
 図書館南側屋外スペースと高校のメイン進入路には地域に開放された交流広場も設けられる。また、図書館と校舎A棟は空中通路で結ばれる。

5月4日(金)付 

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奄美市名瀬の女性が天頂弧を撮影

 ○…「あら、太陽の周りに虹?」。奄美市名瀬のOL・岩崎章子さん(40)が四月二十六日、同市笠利の用海岸で撮影した写真。七色の虹が太陽を取り囲むように空に浮かんでいる。
 ○…岩崎さんは「灯台の写真を撮るのが趣味」という。この日朝、笠利崎灯台に出掛けた。午前十一時ごろ、何げなく空を見上げると、虹が…。「あら不思議」と思い、シャッターを切った。
 ○…名瀬測候所によると、大気光象の一種で太陽にかかる「かさ」(天頂弧)。大気中の氷の粒によって光が屈折したり、反射して起こる。天気が下り坂に向かう時に多く見られるという。
 ○…実は岩崎さん、空に浮かぶ虹を撮るのは今回が二度目。昨年二月にも天頂弧を撮影した。「空を見るのが好きなんです」とにっこり。

ドイツのTVスタッフが紬取材

 ドイツ・ハンブルクの映像番組制作会社のスタッフ四人が日本の絹織物文化の取材の一環で奄美大島を訪れ、三日から五日まで本場奄美大島紬の製造工程と紬を生み出す職人や島の風景を取材している。
 プロデューサーを兼ねる共同代表のスザンナ・ブランドさんとニコラ・グレイフさんによると、番組はドイツやフランスで放送されている芸術文化チャンネル「ARTE」向け。四十五分と五十二分の番組二本に編集し、オランダ、イギリス、アメリカなどの放送局にも提供し、DVDにもまとめるという。
 十八日間の日本取材のスタートが奄美大島。初日は龍郷町内の紬工房、染色工場などを巡った。奄美大島では泥染めをはじめとする伝統技法と職人の取材が中心で、二人は「私たちにはない文化。手のかかる工程に驚いた。古いやり方を続けていることも興味深い」と話した。
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