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「みどりの日」の四日、奄美地方は太平洋高気圧におおわれ、好天に恵まれた。マングローブが広がる奄美市住用町の役勝川河口は島の自然に浸ろうという家族連れや若者グループの歓声が響いた。川面はマングローブ探検のカヌーがひっきりなしに行き来していた。マングローブを売り物にして観光業を営んで三十一年目というマングローブ茶屋の久保ひろし代表によると、カヌー利用客は年々増加。同業者のツアーも好調で、ゴールデンウイークは時間帯によっては一帯に百そう近いカヌーが浮かぶ。 帰省中の友人とカヌーツアーを体験した奄美市の男性会社員(27)は「初めてマングローブを間近に見た。河口の生き物、河口から眺めたマングローブ、川、山の緑に感動。今さらながら、島の自然の豊かさを実感した」と話していた。 |
大和村の「奄美ハナハナウエスト」の常時オープン記念イベント「2007アロハハナ」が四日スタートした。昼夜二部構成で歌とダンスのハワイアンショーが繰り広げられ、会場に詰め掛けた観客は南国気分たっぷりのにぎやかなステージに酔いしれた。六日まで。同園は四月二十九日から有料で園内を常時開放している。「ハナハナで夏を先取りしよう」と銘打ったイベントはガジュヒルバのステージであった。 元「ピンキーとキラーズ」のメンバーらによる「エンディ&ガールズwithパンチョ」が「ワイキキの浜辺」などのハワイアンミュージック、日本のサマーソングメドレーを次々と演奏した。 合間にはエンディ山口さん(ギター)が「奄美は最高。毎年、いや毎日来たい」と軽妙なトークを織り交ぜながら演奏曲やメンバーを紹介した。 また、小林れい子さん(奄美市出身)の東京スタジオと龍郷スタジオが優雅なフラダンスを披露すると、ヘレヒア・ポリネシアン・ダンススタジオは情熱的なポリネシアンダンスで圧倒。会場は拍手とハト(指笛)が鳴り響いた。 |
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○…四月二十九日から徳之島で開かれている闘牛大会の最後を飾る「全島一・中量級優勝旗争奪戦平土野大会」(天城町闘牛協会主催)が五日、同町平土野闘牛場であった。注目を集めた全島一決戦は、王者「大福環境開発一号」が挑戦者「柏木建設号」を下して二度目の防衛に成功した。○…あいにくの雨にもかかわらず、島内外の闘牛ファン約二千人が大会を見守った。封切り戦から二十五分を超える白熱した戦いとなり、観客は一トン前後の巨体が激しくぶつかり合う、迫力に満ちた取り組みを堪能した。 ○…全島一決戦は挑戦者が巨体を生かした力強い押しでペースを握りかけたが、右角が折れるアクシデントに見舞われ、王者の攻めの前に屈した。中量級は王者「琉球白虎」が防衛。三賞は「荒岩王バチJr」=殊勲、「信☆千代」=敢闘、「闘魂夢之助」=技能=が獲得した。 |
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| 徳之島町などが主催する「黒砂糖まつり」が五日、同町畦プリンスビーチであった。牛を使ってサトウキビを搾る昔ながらのサタグンマ(砂糖車)が再現されたほか、来場者に出来立て熱々の黒砂糖も振舞われた。ステージでは子供たちが伝統芸能やダンス、吹奏楽などを披露した。 島の基幹産業であるサトウキビと黒糖に感謝することなどを目的に始まったイベント。雨が降りしきるあいにくの空模様となったが、会場はこどもの日とあって親子連れや観光客など約千五百人の人出でにぎわった。 開会宣言の後、亀津小学校吹奏楽部が演奏、や亀津浜踊り保存会が伝統の踊りを披露。勝重藏町長が「元気に育つ徳之島の子供たちを見守ろう」などとあいさつした。 昭和三十年代中頃まで島内で行われていたという牛を使ってサトウキビを絞るサタグンマの実演があり、珍しそうに眺める観光客の姿があった。 |
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○…ゲットウが開花し始めた。ナガシ(梅雨)が近いことを教えるように、大きな葉の間でちらほらと咲き出し、五月の風に揺れながら人々の目を楽しませている。○…ゲットウは九州南部以南に分布するショウガ科の多年生草木。奄美ではサネンの呼び名で知られる。大きな葉はかぐわしい香りを放つことから、カシャモチ(ヨモギ入りもち菓子)を包むのにも使われる。 |
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| 県企画部統計課はこのほど、推計人口調査結果(四月一日現在)を発表した。群島人口は奄美市四万七千六百六十一人、大島郡七万四千二百七十六人の計十二万千九百三十七人(男五万七千九百二十八人、女六万四千九人)。前年同月比で千五百九十八人の減、前月比では異動期ということもあって二千六百二十七人の大幅減となった。 市町村別に前年同月と比べると、合併一年の奄美市が七百四十五人減と減少幅が最も大きく、合併後も人口減少に歯止めはかかっていない。以下、瀬戸内町百八十六人、伊仙町百三十六人、和泊町百二十三人、知名町百二人の各減と続く。最も少ない宇検村で十四人減で、全市町村でマイナス。 世帯数は奄美市二万三百九十四世帯、大島郡三万一千五百七世帯で群島計五万千九百一世帯。前年同月と比較すると奄美市四十九世帯、大島郡八十三世帯増の計百三十二世帯の増加。 三月中の人口動態は、自然動態(出生マイナス死亡)が六十二人のマイナス、社会動態(転入マイナス転出)は異動期とあって二千五百六十五人のマイナスだった。 県全体の人口は百七十三万三千百六十三人(男八十万八千九百四人、女九十二万四千二百五十九人)で前年同月比で一万六百六十一人、前月比で七千五百二十人の減。世帯数は七十二万五千五百三十五世帯で、前年同月比三千七百二十九世帯の増、前月比三千七百七十四人の減だった。 |
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和泊町和泊の大福謙蔵さん(74)の畑で十枚の花びらを付けたテッポウユリ(エラブユリ)が開花した。ユリの花びらは通常六枚。さらに一株から二輪が咲いたたため、大福さんは「突然変異でできた偶然の産物とは考えにくい。改良したら新品種として栽培できるのではないか」と夢を膨らませている。大福さんは永良部野ゆり愛好会を運営し、沖永良部島に自生する野ユリを保存している。栽培歴は二十年を数え、三年前にも花びらを十枚付けたものを確認したが、一度に二輪が咲いたのは初めてだという。 今回、珍事が起きたのは種から栽培した五千株のうちの一株。四月初めに通常より大きなつぼみを付けたため、八重咲きを期待していた。開花を待つこと一カ月、二輪が次々と開いた。「宝くじに当たるようなもの。珍しいものを増やす楽しみもある」と笑顔の大福さん。和泊町の実験農場に花粉を提供し、増殖を依頼する考えだ。 |
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| 奄美市と姉妹都市盟約を締結しているアメリカのテキサス州ナカドゥチェス市にあるマイク・モーゼス・ミドルスクールの中学生十一人と引率教諭二人が七日、奄美市を訪れた。旧名瀬市と姉妹盟約を交わして今年で十二年。一行十三人は十四日までの一週間、ホストファミリー宅に泊まり、市内中学校の生徒らと交流、群島内の観光地巡りする。 一行は同日午後に奄美市役所を表敬訪問。ブレイク・メーディス君(13)は「外国に来るのは初めて。いろんな体験をして他文化を学びたい」と話した。 今年十月には奄美市の中学生がナカドチェス市訪問を予定している。コ永昭雄教育長は「英語を話す機会が少ない中でアメリカの人とこのような交流ができることは本当にいい事。この機会を通して地元の中学生には英語に慣れてほしい」と述べた。 |
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| 環境省那覇自然環境事務所は七日、二〇〇六年度のマングース捕獲結果と〇七年度の事業実施計画を発表した。捕獲数は二千七百十三匹で、奄美マングースバスターズの増員(年度末で三十人体制)による「わな日」(のべわな日数=わなの数×日数)の大幅増もあって、前年度に比べ百二十二匹増えた。〇七年度はバスターズをさらに増員して三十二人体制とし、マングース探索犬の導入も目指す。 奄美大島で駆除事業が始まったのは二〇〇〇年度。当初は百人余の登録一般従事者に箱わなや、かごわなを貸し出しての捕獲が中心だったが、〇五年度には専属駆除従事者として奄美マングースバスターズ十二人を起用。〇六年度はさらにバスターズを拡充し、一般従事者は四人に絞った。 〇六年度の捕獲区域は奄美市名瀬を中心とする四市町村。「わな日」は前年度比66・6%増の百五万一千二十六日まで増大し、捕獲数は4・7%増えた。地域別捕獲数は奄美市名瀬千七百三十一匹、龍郷町四百八十一匹、大和村三百十六匹など。名瀬、龍郷の二地域で全体の81%を占めた。 同事務所によると、「わな日」の増加は、わな数の増大とバスターズのカバーエリアの拡大が主因。「わな日」の増加に伴って捕獲効率は低下したが、ここ数年二千五百匹台で推移してきた捕獲実数は〇一年度(二千七百四十七匹)以来の高水準となった。 捕獲数の増加について同事務所は「〇五年度まで一般従事者が作業をしていた名瀬地域で多くの個体が残されていたものが捕獲され、記録的な捕獲数になったと考えられる」と分析。その上で「名瀬の高密度地域は縮小して生息域の多くで密度の低下がみられた」としている。 〇七年度は捕獲圧力をさらに増大して、分布域の縮小を目指す。導入予定の探索犬はニュージーランドで移入イタチの生息調査に用いられており、今年度はバスターズの技術習得訓練を実施する計画だ。 同省奄美自然保護官事務所によると、奄美大島でのマングース捕獲数は二〇〇〇年度以降の環境省事業で計一万七千七百四十匹。一九九三年度から〇三年度まで行われていた有害鳥獣捕獲分を含めると計二万九千二百四十九匹となった。 |
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奄美大島酒造組合(高岡秀規理事長)の「奄美黒糖焼酎の日」制定レセプションが九日、奄美市内のホテルであった。語呂合わせで五月九、十日(こ、く、とう)を奄美黒糖焼酎の日と定めて全国に発信し、島内外の消費者に黒糖焼酎をアピールしてさらなる消費拡大につなげるのが目的。宣言文が読み上げられたほか、鏡開きなどを行って制定を祝した。同組合は「奄美黒糖焼酎」を統一ブランド名として地域団体商標の取得に向けても準備を進めている。奄美黒糖焼酎の日を制定した目的は@奄美の伝統文化の継承と黒糖焼酎の品質向上A自然環境の保全B地域社会の発展C節度ある飲酒の啓発D地場産業の振興―など。東京農業大学の小泉武夫教授の提案を受け、今年三月に開かれた臨時総会で決まった。 高岡理事長が宣言文を朗読し、平田隆義奄美市長に手渡した。次いで平田市長が「黒糖焼酎は奄美群島だけに製造が許された独自の特産品。奄美黒糖焼酎の日の制定で、業界の発展と地域経済の活性化に大きく貢献するものと期待する」などと来賓祝辞を述べた。 大島税務署の有田憲也署長や県酒造組合連合会の吉野馨副会長らによる鏡開きがあり、中野実大島支庁長の発声に合わせ出席者全員で乾杯して制定を祝った。 同組合は二十六年前に十月一日を「黒糖焼酎の日」と定めたが、同日が「日本酒の日」に制定されたことから数年後に廃止した経緯がある。今回新たに「奄美黒糖焼酎の日」が制定されたことについて組合関係者は「語呂も良くて覚えやすい。黒糖焼酎の消費拡大に結びつくはず」などと話していた。 黒糖焼酎の生産量は二〇〇酒造年度で一万六千二百九十キロリットルで前年比2・4%減。出荷量は一万八百八十五キロリットルで同2・7%増。焼酎ブームはかつての勢いを失ったものの、黒糖焼酎の出荷量は微増ながらも県内外で順調に伸びている。 |
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龍郷町指定文化財「西郷松」の樹勢回復を目的にした養生作戦(西郷松養緑整備事業)が九日あった。一九九七年以来十年ぶり。請け負い業者が、高所作業車を使って枯れ枝を切り落とし、根の回りに漢方薬として使われるセンキュウの煮出し汁を散布するなどした。西郷松は同町久場の県道沿いにあるリュウキュウマツ。流刑となった西郷隆盛を乗せた船が係留したというのが名のいわれ。町教委によると、樹齢は推定二百五十年、高さ十八メートル、幹回り三・九メートル。松のたもとで土産店を営む文化財管理者から「松の先端部が赤く、木に勢いもない」との通報を受けて養緑事業に踏み切った。 作業は、これまでもたびたび調査に訪れている樹木医古城元夫氏の処方に基づいて行われた。枯れ枝を払って切断面に殺菌剤と防腐剤(墨汁)を塗布、幹から五―六メートルの地面に空けた穴にセンキュウの煮出し汁をまいた。 十年前に続き作業を請け負った瀧緑地建設の瀧源廣社長は「周辺の松に比べ、葉の緑が明らかに薄い。昨年の水不足も響いているのではないか。道路沿いで根が半分張れない環境で、もともと強いストレスを受けている。老齢ということもあって、いっきに勢いを盛り返すのは難しいだろうが、少しでも状態が良くなることを祈っている」と話した。 町教委によると、今後も事業を継続するかどうかは未定。古城氏から提案のあった保全対策検討協議会(仮称)の立ち上げを検討するという。 |
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中国南部や東南アジアなどに生息し、日本での観察記録がめったにない迷鳥のオガワコマドリを五月初旬、野鳥愛好家が奄美市笠利町の畑で確認し、写真撮影にも成功した。奄美野鳥の会は「非常に珍しい鳥。過去に会員が観察した事例はあるが、写真撮影は初めてではないか」と話している。オガワコマドリは、野鳥愛好家にとってはあこがれの鳥の一つ。日本にごくまれに飛来する冬鳥で全長一五センチほど。今回観察されたものは胸付近が茶色、青色、茶色と横帯状になり、くちばし、のど付近が青色で特徴的な羽色をしている。 宇検村阿室在住の野鳥愛好家の後藤義仁さん(32)が五月一日、発見し撮影に成功した。後藤さんは「観察できたのは初めて。うれしかった」と感動。奄美野鳥の会会員数人も二日に写真に収めた。 (写真は奄美野鳥の会提供) |
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