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6月30日(土)付 

5月のハブ咬傷者は9人
 ハブ対策推進協議会(事務局・県大島支庁総務企画課)が二十七日に発表したハブ情報によると、五月の咬傷(こうしょう)者は九人。前年同月に比べて六人も増えた。一月からの累計は十七人で前年同期比一人の増。
 咬傷者の島別内訳は奄美大島が四人、徳之島は五人。両島とも前年同月より三人の増。累計では奄美大島が九人、徳之島は八人。奄美大島は前年同期と変わらず、徳之島は一人増えた。
 ハブ買い上げ数は千八百五十三匹で前年同月比千三十四匹の大幅減。島別の内訳は奄美大島千三十六匹(前年同月比五百六十匹減)、徳之島は八百十七匹(同四百七十五匹減)。累計は四千二百八十匹で前年同期に比べて千三百六十六匹の減。
奄美市で「JOY倶楽部プラザ」の公演「ミュージック&アートコラボレーション」
 福岡市の知的障害者通所授産施設「JOY倶楽部プラザ」の公演「ミュージック&アートコラボレーション」が二十八日、奄美市の奄美文化センターであった。会場に詰め掛けた大勢の観客は目の前で繰り広げられるアート制作や音楽演奏に目を凝らして見入っていた。
 公演は二部構成であり、第一部はアトリエブラヴォによるアート制作。メンバー四人がさまざまな音楽に合わせ、インスピレーションを得ながら即興で絵を描いた。ゲストで唄者の牧岡奈美さんも参加。島唄独特の音色とリズムが響き渡り、島唄とアート制作の夢のコラボレーションが実現した。約一時間かけ完成させた絵はメンバーが思い描く、それぞれの世界に奄美のイメージが融合した作品となった。
 第二部はミュージックアンサンブルによる音楽演奏。「アクションメドレー」や「君を乗せて」など十二曲を披露した。曲の合間にはメンバー十四人のユーモアあふれる自己紹介があり、会場からは温かい歓声や拍手が送られた。
 奄美市から家族で訪れた四十代男性は「メンバーの方々が本当に楽しんでいる姿を見て勇気をもらった。何か忘れかけていたものを教えてもらった気がする」と話した。 会場ではメンバー手作りのポストカードやレターセット、トートバックなども販売された。

7月1日(日)付 

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6月の奄美の人口は12万3千233人

 県企画部が発表した推計人口調査結果(六月一日現在)によると、県全体の人口は百七十三万三千二百六十八人(男八十万九千九十三人、女九十二万四千百七十五人)で、前年同月と比べ一万七百九十七人減少した。奄美は十二万三千二百三十三人(男五万八千五百三十三人、女六万四千七百人)で、前年同月と比べ千七百二十一人の減となった。
 県全体の世帯数は七十三万二千六百八十三世帯で、前年同月比三千四百七十三世帯の増。五月中の人口動態は自然動態、社会動態とも三百四十四人の減。
 奄美の世帯数は五万二千七百九十七世帯。七十八世帯増えた。人口動態は自然動態が五十二人、社会動態は七十六人の各減。

奄美和光園で親善ゲートボール大会

 奄美市名瀬の国立療養所・奄美和光園(前川嘉洋園長)で三十日、恒例の親善ゲートボール大会があり、百人を超す愛好者らが試合を通じて交流を深めた。
 ハンセン病を正しく理解する週間(六月二十四―三十日)に合わせ毎年実施しており、今年で二十四回目。和光園が入所者と職員三チーム、奄美市や大和村、宇検村から十三チームの計十六チームが参加した。
 和光園にはゲートボールクラブがあり、現在会員は十人。園内のゲートボール場で主に夕方、練習している。これまで各種大会で優勝するなど強豪チームとして知られている。
 大会は四ブロックに分かれリーグ戦を行い、ブロックごとに優勝を争った結果、和光園は二チームが上位に入る好成績をおさめた。総合優勝は屋仁チームだった。
 ゲートボール場隣の講堂にカラオケセットが用意され、試合の待ち時間には参加者らが次々に訪れ、自由にマイクを握っていた。
 成績は次の通り。
 ▽Aブロック @和光園AAレント▽B同 @大和A外金久▽C同 @安勝A山間▽D同 @屋仁A和光園B

7月2日(月)付 

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徳之島町長選で高岡秀規氏が初当選

任期満了に伴う徳之島町長選挙が一日投開票され、酒造会社代表の高岡秀規氏(47)=無所属新人=が四千四百三十一票を獲得して初当選を果たした。元独立行政法人課長の新田武広氏(48)=同=は三千九百十四票を獲得したが、高岡氏に五百十七票及ばなかった。広告出版業の森五十次氏(63)=同=は百十五票だった。二期務めてきた勝重藏町長が勇退を表明し、新人三人による三つどもえ戦となった同町長選。各候補は行財政改革や産業振興策などを公約に掲げて選挙戦を繰り広げた。投票率は88・46%で、前々回(前回は無投票)の一九九九年を9・01ポイント上回った。
同町長選には四月初旬、高岡氏がまず立候補を表明し、同下旬に新田氏が名乗りを上げた。元町長を父に持つ新人同士の一騎打ち激戦の様相となったが、五月下旬に森氏が参戦し、三つどもえ戦に突入した。告示の一カ月前から後援会などの活動が活発化、六月二十六日の告示後は激しい選挙戦を展開した。
高岡氏は「住民参加型の町づくり」をキャッチフレーズに、農業・漁業や観光の振興、行財改革、手弁当審議会の設置などを主張。徳田毅衆院議員の支援を受けたほか、建設業の多くや、その他幅広い業種から支持を得て組織戦を展開。酒造会社代表としての知名度や町議(二期)の経験に期待する町民の支持を集めた。
新田氏は「町政は農政にあり」を旗印に、産業支援相談窓口の設置や農業・漁業の振興などを主張。「勝重藏町長が進めた和の町づくりを継承、飛躍させる」と訴え、勝町長の支援も得て、選挙戦を展開。「奄美群島振興開発基金で培った経験や人脈で町勢発展に尽くす」とアピールして票固めや浮動票の獲得を図ったが、及ばなかった。
 森氏はクリーンな選挙の実践や三町合併を実現して新生徳之島町の建設、行政の意識改革などを公約に掲げ、「金の掛からない、しがらみのない選挙を実行。選挙の浄化を目指す」と主張。後援会組織を持たないなど他候補と一線を画した選挙戦を展開したが、票は伸びなかった。
 投票は午前七時から町内十二カ所で行われ、午後八時から町生涯学習センターで即日開票。午後十時三十五分に確定が出た。
 当日有権者は九千六百六十人(男四千六百八十九人、女四千九百七十一人)。投票総数は八千五百四十五人(男四千百十二人、女四千四百三十三人)で、有効八千四百六十票、無効八十五票だった。

奄美市で「ふるさと奄美塾」開講

 自然体験活動などを通して故郷の良さを知ろうと、二〇〇七年度ふるさと奄美塾(奄美市教育委員会主催)が一日、大浜海浜公園で開講した。市内の子供たちが一年間、自然や文化など多様な活動に取り組む。
 同塾は小学生から高校生が対象。多くの人や社会、自然などと直接ふれ合い、故郷の良さを感じ、他校や他学年の児童・生徒と一緒に活動することで、社会の変化に的確に対応できる課題解決能力や社会性、他人を思いやる豊かな人間性を育てるのが狙い。
 今年度は三十八人の親子が登録しており、開講式には市内の小学生と保護者二十五人が参加した。市教委生涯学習課の尾ノ上義直さんが「お客さんにならずに自分たちで一年間の計画を立てていきたい。身近にあるいい人、いいモノに気付いてほしい」などと呼び掛けた。
 子供たちは二グループに分かれ、生き物調査や郷土料理作りなどそれぞれがやりたい活動を出し合った。この日出た意見を基に年間活動を決め、実践する。
 開講式の後、一行は公園内のタラソ奄美の竜宮を見学、奄美海洋展示館で海の生き物について研修した。里幸希君(朝日小六年)は「昨年参加し、自転車の旅など楽しかった。今年は塩作りや泥染めに挑戦したい」とやる気をみせていた。

7月3日(火)付 

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サンゴが一斉産卵

 サンゴからピンクの粒子が一斉に放出され、海中を漂う神秘的な産卵光景を奄美市名瀬の自然写真家・興克樹さん(36)が六月三十日夜、同市住用町和瀬沖で撮影した。
 撮影したのは和瀬沖の水深三メートル。水温は二六度。三種類の産卵の撮影に成功した。午後十時十分から二十分にかけて枝サンゴの一つスギノミドリイシ(直径三センチほど)が一斉にバドル(精子と卵子が入ったカプセル)を放出。その後、ヒメマツミドリイシとトゲスギミドリイシが産卵を始めた。
 興さんによると、奄美大島周辺海域は海水温が例年よりも低く、六月になって徐々に上昇した。十日になって小規模な産卵が始まったが、大雨などで水温が下がり、いったん途絶えたという。二十八日から本格的な産卵が始まり、三十日夜に一斉産卵を確認した。
 奄美大島周辺のサンゴは白化現象やオニヒトデのダメージから回復に向かっているものの、局地的にオニヒトデの大量発生もみられる。興さんは「和瀬沖は健全なサンゴが多く残り、幼生の供給源として重要な重要な地域。できるだけ多くの幼生が成長してほしい」と話す。
写真提供は興克樹さん

ピアニスト村松健さんが浜辺でコンサート

 奄美市名瀬在住のピアニスト村松健さんの夏公演「うとぅぬ うしゃぎむん4〜風のはじまるところ」が一日、同市笠利町の節田海岸であった。観客はピアノや三味線の調べに酔いしれながら、波音と潮風をも演出に取り込んだ独特の音楽世界を堪能した。
 強い日差しの残る午後六時。節田立神すぐそばの海をバックに、砂浜に直接置かれたピアノ。村松さんはウッドベースの安藤浩司さんと共に「瞳の中の夕なぎ」のメロディーを紡ぎ始めた。
 野外ライブは音楽と自然が一体なったライブを聞いてもらいたいと今年で四回目になる。始めるきっかけとなったのはこの地だったという。
 「日常から離れた特別な場所にお招きできたことをうれしく思う。自分の中の時間を感じる速度をゆっくりにしてほしい」と語り掛け、曲への思いやイメージを紹介しつつ「レイン・フォレスト」「スウィミン」「ア・ブランニュー・シー」などを演奏した。
 すっかり日が暮れて涼しい風が漂い始めた第二部では三味線を手に登場した。奄美では伴奏楽器のイメージでしかない三味線を「純然たる楽器」ととらえる村松さんは「ピアノとは違う歌心を自分の中で感じる。皆さんの中でも自由に存在できたら」と説明。ウクレレとの共演で時に優しく時に情熱的につまびいた。
 会場には住民や観光客らが多数訪れ、岩陰に腰掛けるなど思い思いのスタイルでリラックス。時の移ろいや潮騒を肌で感じつつ心地良い音色に酔った。

龍郷町安木屋場海岸で1、2日にシラヒゲウニ漁を解禁

 ○…龍郷町安木屋場海岸では一、二の両日、シラヒゲウニ漁が解禁された。夏の味覚、潮の香りを求めて大勢の人々が海に繰り出した。
 ○…今年は豊漁で実入りもよく、ウニ採りに来た人々は、ほくほく顔。採ったウニをスプーンでかき出し、瓶詰めに。昼食のおかずにする人も多く、海の恵みに感謝していた。
 ○…海岸は昨年、ウニ殻が大量に放置された結果、異臭が立ち込め、大きな問題になった。住民たちは解禁の翌日、ウニ殻の後始末に追われた。
 ○…住民の一人は「集落にとって大事な海。マナーを守って、ウニ漁を楽しんでほしい」と話した。集落や漁協組合員は年間を通じて資源保護、環境保全に努めている。

7月4日(水)付 

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龍郷町で奄美パラグライダー選手権

 奄美パラグライダー選手権(飛人=とぅびぃんちゅ=倶楽部主催)が一日、龍郷町の通称・ビラビーチであった。参加者は風にあおられて操縦に悪戦苦闘しながらも、水平線を望む絶景の下、空中散歩を楽しんでいた。
 パラグライダーは、長方形のパラシュートで風に乗り二本のワイヤで操って空を巡るスカイスポーツ。奄美でも口コミで人気が広がり、年々愛好者が増えているという。同選手権は技術向上や競技人口の拡大を狙ったもの。十七人の参加者は丘から飛び立ち、数十メートル先の砂浜に設定した円内に着地する「ターゲット」で競った。向かい風の絶好のコンディションの中、地元の若者に加え九州各県からも参加があった。
 飛人倶楽部の崎島和則代表は「奄美はマリンスポーツが盛んだが、パラグライダーでも名所。地元奄美で盛り上げていきたい。興味のある人はどんどん遊びに来てほしい」と話していた。同倶楽部への問い合わせは電話0997・63・1063レストラン・オハナ内事務局へ。
 結果は次の通り。(敬称略)
 ▽一般 @崎島和則A栄浩三B川上満夫C角町正彦D佐野敬人、南郷京一郎
 ▽レディース @猪爪千春
オオトラツグミ一斉調査で過去最多の249羽
 NPO法人・奄美野鳥の会(高美喜男会長)は二〇〇七年オオトラツグミ一斉調査の結果をまとめた。補足追加調査を含めて三―四月に奄美大島の四十一地域百七十二地点で調査した結果、一九九四年の調査開始以降、最多の二百四十九羽のさえずりを確認した。確認数が二百羽を超えたのは初めて。同会は「〇一年以降、同じ地点数で調査している奄美中央林道では四十羽台が多かったが、今回は昨年より三十一羽増の七十八羽のさえずりを確認できた。生息環境の回復が図られつつある」と話した。
 奄美大島だけに生息しているオオトラツグミは国指定天然記念物。個体数が少なく絶滅が危ぶまれており、環境省のレッドデータブックでは絶滅危ぐU類に指定されている。奄美野鳥の会はオオトラツグミがさえずりを始める三月に一斉調査を行っており、今回で十四回目。
 今年の調査は三月十七―十九、二十一日の四日間実施。一斉調査できなかった地域については三―四月にかけて奄美野鳥の会会員を中心にできるだけ多くの地域で補足追加調査を行った。ボランティア調査員は延べ二百四十六人で昨年より十人多い。調査地点は昨年より十八地点多い百七十二点で、龍郷町戸口から瀬戸内町に至る地域。
 今年の確認数は、奄美中央林道七十八羽(昨年四十七羽)、その他百七十一羽(同百十八羽)で合計二百四十九羽。〇一年以降同じ地点数で調査を続けている奄美中央林道では一昨年に六十八羽確認できたが、それ以外の五年は四十羽台となっている。全体数は〇一年以降、七十四羽、七十七羽、百四羽、百二十六羽、百七十一羽、百六十五羽、二百四十九羽と推移している。
 高会長は「ボランティア調査員として協力する本土の野鳥愛好家らもいる。今回は天気に恵まれ、調査員数や調査地点が増えたことも確認数増につながっていると思う。注目点は四十羽台が多かった奄美中央林道で七十八羽確認できたこと。オオトラツグミにとって生息環境が回復傾向で、すみやすくなっていることを示している。森林開発の減少、マングースなど外来種対策の効果なども良い環境づくりにつながっている」と話した。

7月5日(木)付 

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和泊町手々知名に約2万5千本のヒマワリ園
 和泊町手々知名の体験交流施設「えらぶ長浜館」の隣接地で約二万五千本のヒマワリが見ごろを迎えた。昨年完成した同館のシンボルにしようと近くに住む本部和志さん(64)、次子さん(59)夫婦が栽培した。夏の青空に黄色の大輪が映え、地域住民の目を楽しませている。
 手々知名字(喜坂三千春区長)は島興しの一環で花づくり運動を推進している地域。字役員を務める和志さんが三・三ヘクタールのジャガイモ畑を活用し、友人の協力を得て四月に種をまいた。ヒマワリ園は小字名にあやかって「ハニク(兼久)ひまわり園」と名付け、迷路も整備。六月末から開花が始まり、七月中旬まで花が楽しめるという。
 本部さん夫婦は「長浜館を訪れる人々に和んでもらえたらうれしい」と話し、ヒマワリの生長に目を細める。
若手唄者らが島唄で地域に恩返し
 二十代の若手唄者を中心に「広く島唄を知ってもらおう」と島唄鑑賞会が四日、龍郷町の県立大島養護学校(福田孝志校長、児童生徒百二人)であった。唄者は奄美市の中村瑞希さん、前山真吾さん、松元良作さん、山下聖子さんら四人。それぞれ島唄を披露したほか、会場も一体となって六調などを踊った。
 奄美で活躍する若手唄者が「自分たちで何かできないか」「島への恩返しをするにはどうしたらよいか」などとして居酒屋経営の和田孝之さん(53)を中心に集まり、今回の島唄鑑賞会が実現した。メンバーは同会に参加した四人ほか牧岡奈美さん、安田優香さんら計十四人。同会を皮切りに学校や病院、老人ホームなどで月に一、二回の公演をボランティアで行う。和田さんは「五月ごろから本格的に活動しようという話になった。島唄に興味を持ってくれる人が増えてくれるとうれしい」と話した。 
 同日は朝花節、よいすら節を披露したほか、六調では児童生徒・職員らも加わり、みんなで楽しいひとときを過ごした。会場からアンコールの声もあり、会場は盛大な拍手で包まれた。中村さんは「とても楽しい時間だった。子供たちにたくさんの元気をもらった。この場でしか味わえないものがあった」と話したほか、前山さんが「これまでこういう機会があまりなかった。一緒に踊ったり、歌ったりふれ合うことが大事。これからも奄美の文化・島唄を通して多くの人とふれ合っていきたい」と語った。

5月6日(金)付 

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勝廣光さんが写真集「奄美の稀少生物ガイドT」を発行

 奄美市名瀬在住の勝廣光さん(59)は、奄美大島の山、干潟、海岸などを歩いて撮影した生き物の写真をまとめた「奄美の稀少生物ガイドT」を先月発行した。植物、ほ乳類、節足動物など七十九種を掲載しており、中にはアマミノクロウサギが昼間に採餌している貴重な写真や珍しい親子写真があるほか、奄美で初確認の野生ラン・ムカゴサイシン、シャクジョウソウもある。来年は第二弾として鳥、爬虫(はちゅう)類、両生類の写真を載せた「ガイドU」の発行を計画している。
 A5判百五ページ。絶滅危ぐ種を中心に収録。すべてカラー写真で、説明書きがある。植物は森林、林縁、渓流域、マングローブ、海岸の植物に分けて掲載、ほ乳類はアマミノクロウサギ、ケナガネズミ、節足動物はクモ、カニを載せ、ほかにミドリシャミセンガイ、ウミガメを掲載している。
 アマミノクロウサギは十八ページにわたって四季の生態を紹介。特徴点は@親子二匹を三年にわたり撮影した。親子の写真はとても珍しいA夜行性といわれるクロウサギの昼間の採餌の撮影に成功したBクロウサギはおとなしく、あまり跳び跳ねたりしないと一般的に言われているが、岩場を俊敏に大きく跳びはねる様子を撮影したC体毛の変化、採餌の様子など数々の未知の生態が明らかになった―ことを挙げている。
 勝さんは東京で写真関係の仕事に従事した後、一九八四年に帰島し、二十三年間、奄美大島の生物の撮影を続けている。タクシー会社勤務。写真関係の仕事をしてきただけあってカメラの機能を駆使した生物写真は鮮明で、周囲をぼかして被写体を浮き上がらせた植物写真もある。
 写真の選択や配置など編集協力は奄美大島観光ガイドの基武雄代表(48)が担当した。
 勝さんらは「一般の人々が奄美大島の自然に触れる際のガイドブックとして利用してほしい」と話した。
 三千部発行。六月下旬から全国の主要書店で発売開始した。定価は税込み千八百九十円。

沖永良部島で相次いで大物アラ釣る

 沖永良部随一の堤防釣りスポットとして多くの愛好者が集う知名漁港。知名町の釣り仲間二人がこのほど漁港内で立て続けに四〇キロ超など大物アラを釣り上げ、周囲を驚かせた。
 約一三〇センチ、四四キロの巨体を仕留めたのは原田慎也さん(32)=同町知名。仕事帰りに毎日漁港へ足を運び、三週間大物を狙い続けた。エイやサメなど外道の釣果が続く中、この日も竿(さお)を出して当たりを待つこと三時間。午後十時すぎに強い引きを感じ、十分間の格闘の末に射止めた。
 「五分前にサメが釣れたので次はエイかと思っていた」。自己記録の更新に喜びつつも「大物釣りは力と力の勝負が魅力。一度は一〇〇キロを釣ってみたい」と次の目標を挙げた。
 一方、原田さんの一週間前に一二三センチ、二八キロのアラを釣り上げたのは友人の平亮雄さん(32)=知名町上平川。十年近く漁港に通い、釣り場の特徴を知り尽くす常連だ。 アラは四年前に二四キロを仕留めて以来の記録更新。今季はロウニンアジも上がり、幸先の良いスタートを切った。「次の目標は四〇キロ。大きさにこだわらず、長く釣りを楽しみたい」と話し、釣り場へ通う日々が続いている。
 【原田さんの仕掛け】▽竿 100号▽道糸 60号▽ハリス 80号▽針50号【平さんの仕掛け】▽竿 大物竿▽道糸 60号▽針 45号

俵中学校生らが板付け舟で大島海峡横断

 瀬戸内町加計呂麻島の俵中学校(澁谷慎二校長、生徒十人)は五日、毎年恒例の板付け舟による大島海峡横断を行った。地域の方や保護者が伴走船から見守る中、古仁屋の須手海岸から俵海岸までの約八`を横断した。
 伴走船からのチヂンを交えた応援に後押しされ、生徒らは「一、二、一、二」の掛け声で力いっぱいこいでいた。約一時間半で俵海岸に到着。二年生の茂村佳奈さんは「二回目の挑戦だったが天気も悪く、きつかった。きょうの充実感をこれからの学校生活に生かしていきたい」と話した。
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