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9月22日(土)付 

薗家住宅主屋など奄美で3件が国の登録有形文化財に
 国の文化審議会(石澤良昭会長)は二十一日、鹿児島県内の建造物十一件を登録有形文化財に登録するよう文部科学大臣に答申した。県文化財課によると、奄美関係では薗家住宅主屋(奄美市笠利町)、奄美ばしゃ山村民俗村旧安田家住宅主屋(同)、今里小中学校旧奉安殿(大和村)の三件。登録基準の「造形の規範となっているもの」に該当すると判断された。答申建造物は文化財登録原簿への登録を経て正式に登録される。
 登録有形文化財は近代建造物を中心にした文化財が対象。指定制度に比べて規制は緩やかで、@国土の歴史的景観に寄与しているA造形の規範になっているB再現することが容易でないもの―などが判断基準になる。
 薗家住宅は明治期に建造され、一九四三年と五〇年ごろ移築改修された。主屋が「オモテ」(座敷棟)と「トォゴラ」(炊事棟)からなる分棟型で奄美の伝統的平面を良く伝えていると評価された。
 旧安田家住宅は江戸末期に造られ、二〇〇三年に移築された。分棟型主屋のオモテに当たり、奄美の古民家形態を伝える好例という。
 今里小中の旧奉安殿の建造年は一九三八年。鉄筋コンクリート工法の切妻造(屋根の最頂部から両側に流れる屋根の建築形式)で、周囲に組高欄を巡らせた威厳のある外観が特徴。
 奄美市教育委員会のコ永昭雄教育長は「喜ばしいこと。自然と共生する中ではぐくんできた古民家は文化的景観としての活用もでき、世界自然遺産登録に向けての基盤整備の弾みにもなる」とコメントした。
 県内の登録有形文化財は今回を含め五十九件となる。奄美では昨年三月に瀬戸内町内の旧奉安殿六件が登録されている。
行方不明の海中地蔵見つかる
 五月以降、行方不明になっていた龍郷町倉ア海岸沖の「海地蔵」が十八日、四カ月ぶりに見つかった。ダイビング合宿中の大阪府立大学海洋探険部の女子学生が偶然、発見した。ダイバーや住民は「海の守り神が帰ってきた」と喜んでいる。
 地蔵を見つけたのは箕輪亜佐子さん(一年生)。十八日の午後一時五十分ごろ、倉崎海岸沖の水深一〇メートルにあるサンゴの根元にあったという。箕輪さんは「(地蔵だと)すぐに分かった」と話し、胸を躍らせた。地蔵は元々の場所から北東に百メートルほどの所にあった。
 探険部は六日から、二十五日まで合宿し、十三日は地域へのお礼を兼ねて芦徳海岸を清掃した。箕輪さんはダイビング歴わずか二週間。「海を大切にする学生を、地蔵が呼んだのかもしれない」と周囲の声。
 地蔵は十九日、探検部と、学生たちを受け入れている「よいこダイビングリゾート」の成瀬昇吾さん(61)らが“救出”。汚れをきれいにふき取った。「潮に流されたのか、人が持っていったのか分からないが、地蔵は元の場所に返したい。台風や盗難を避けるためにも、簡易式の祠(ほこら)が必要だと思う」(成瀬さん)。
 海地蔵は高さ六十センチほどで陶製。二年前に見つかり、今年一月はテレビでも取り上げられた。倉崎沖の名所になり、ダイバーの「守り神」と親しまれていたが、五月に行方不明になっていた。

9月23日(日)付 

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犬田布で伝統行事「イッサンサン」

  ○…伊仙町東犬田布集落(國悦巨区長、約百八十戸)で二十一日夜、農作物の豊作を願う伝統行事「イッサンサン」があった。かかしの形をした福の神「イッサンボウ」を中心に家々を回り、豊作への感謝と来年の豊穣(ほうじょう)を祈願した。
 ○…集落の上組、中組、下組の三班に別れ、上組にある発祥地記念碑を起点に家回り。イッサンボウが左右に飛び跳ねる独特の踊りと豊作を祈る歌を奉納した。
 ○…子供たちは「イッサンサンぬ、申(さる)ぬ年が果報年」「むちたぼれ、たぼれ、たぼれ」といった歌詞に合わせて踊りを披露。家主からもちなどを受け取っていた。

尾母で「アキムチ」

 ○…徳之島町尾母集落(池弘区長、約百二十戸)で二十一日夜、豊作に感謝する「アキムチ」があった。民家の庭先や集落の辻々でイッサンボ(高さ約三メートルのかかしに似た人形)を取り囲み、「ドンドン節」などに合わせてにぎやかに踊った。
 ○…稲の豊作に感謝し、来年の豊穣を祈るために行われた稲作儀礼に伴うムチムレ(餅もらい)行事の一つ。水神様を祭った溝川(じょうご)神社で神事を行い、家回りを始めた。
 ○…テル(かご)とイッサンボを抱えた子供たちをたいまつで囲みながら歩き、家の庭先などで指笛や太鼓の音もにぎやかに踊りを披露して、各家の繁栄を祈願した。参加者には家々からもちなどが振る舞われた。

8月のハブ被害者は6人

 ハブ対策協議会(事務局・県大島支庁総務課)が発表したハブ情報によると、八月の咬傷(こうしょう)者は六人。前年同月と同じだった。一月からの累計は三十六人で前年同期比二人減った。
 咬傷者の島別内訳は奄美大島、徳之島とも三人ずつ。前年同月に比べて奄美大島は二人増え、徳之島は二人減った。累計では奄美大島、徳之島各十八人。奄美大島が二人増え、徳之島は四人の減。
 ハブ買い上げ数は千七百三十六匹で前年同月比百三十四匹の増。島別にみると、奄美大島千百三十匹(前年同月比二百三十五匹の増)、徳之島は六百六匹(同百三十四匹増)。累計は一万二千四百三十二匹で前年同期に比べて二千六百三十一匹の減。

9月24日(月)付 

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「高麗の富裕商人来島か」−喜界町・城久遺跡について韓国の研究者が講演

 喜界町教育委員会主催の教育文化講演会が二十二日、町コミュニティテーセンターであった。韓国の高麗陶磁器の研究者・韓盛旭(ハン・サンウ)氏が講演し、城久遺跡群から出土した高麗陶磁器は十一世紀中―後半の遺物で「良質、租質の青磁と陶器がセットで出土しており、富裕な商人が来島した可能性が高く、役人が来たことも視野に入れて考えるべき」などと語った。
 城久遺跡群は同島中央部の高台にある城久集落を取り巻くように位置する八遺跡の総称。中国越州窯系青磁や長崎産の滑石製石鍋、大宰府の近辺産とみられる土師(はじ)器など島外産の遺物が多数出土し注目を集めている。高麗青磁は三遺跡から蛇目高台碗片など約十点見つかっている。
 韓氏は韓国松廣寺聖寶博物館の学芸研究室長。高麗陶磁器と城久遺跡群の関連調査のため来島した。同氏は城久遺跡群の高麗陶磁器について@一遺跡から多くの高麗青磁が出土した例は日本でも珍しいA良質青磁は交易品で租質青磁と陶器は生活用品B経済的に富裕な商人が来た可能性が高い。役人の来島も視野に入れて考えるべきC良質な蛇目高台碗は十一世紀中―後半に流入した―などと説明した。
 さらに南西諸島全体の高麗陶磁器の特徴についても触れ、「沖縄の遺物は十二―十三世紀に作られたもので喜界島より新しい。城久遺跡群の遺物は博多付近の出土品と似ている。高麗陶磁器の流入とカムィヤキの作られた時期は重なり、近い関係にあると考えられる。研究が進めば喜界島の性格がより明らかになると思う」と今後の研究に期待した。
 この後、福岡県太宰府教育委員会の中島恒次郎氏が遺跡の活用をテーマに講演。「遺跡が眠っていることを忘れずに住民が使えるものにしてほしい。遺跡で勝負するのではなく、島全体の文化遺産の総力を結集し、どこにもない『きかい』を表現してほしい」などとアドバイスした。

9月25日(火)付 

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知名町で学校給食に地場産野菜

 地場産の野菜を学校給食に取り入れる試みが知名町で広がりつつある。食材の安定供給を目指し、町立学校給食センターと生産者が連絡体制を整えた。地産地消の機運が高まる中、小規模農家の販路確保や食育推進といった相乗効果も注目される。
 知名町内の小中学校に提供される給食は毎日約七百五十食。同センターは毎月の入札で決定した事業所から食材を調達している。このうち野菜は約三十種類を使用するが、沖永良部島産は少量にとどまっているのが現状。高齢者を中心に近隣の住民が野菜を持ち込むケースも少なくない。
 以前から取り組みの必要性を感じていた担当者が六月に初会合を開き、支援策を練った。町広報紙で提供者を募ったところ、約十人が説明会に参加。センター側が次月の納入希望を受け付け、献立を作成する手順を確認した。
 九月はニラとトウガンを発注し、十月以降に本格化する見通しだ。毎月の定例会で情報を交換し、作付け量と収穫期を把握することで長期計画を立てていく。
 野菜の不ぞろいなど調理の効率性も関係するが、献立を担当する栄養教諭の安山美由紀さんは「安心で安全な野菜を子供に食べてもらう意義は大きい。関係者が意識を共有し、一つひとつの課題を解決できたら」と話す。
 県沖永良部事務所農業普及課の内山良子技術主査は@旬の食材を提供できるA輸送コストの軽減で価格を抑えられるB児童と生産者の交流が図られる―などのメリットを指摘。安定供給を実現するためには生産者の底辺を広げることも必要だとし、「両者の信頼関係を築くことが成功につながるのではないか」と語った。

奄美市名瀬芦花部の南洲神社で式年大祭

 今年は西郷隆盛没後百三十年。命日の二十四日、奄美市名瀬芦花部の南洲神社で式年大祭があり、西郷塾関係者や地元住民ら十数人が参加し、西郷の遺徳をしのんだ。
 西郷塾講師の安田荘一郎さん(55)らが中心になり「今年は節目の年。祭りを復活させよう」と実施した。地元住民のほか、西郷とゆかりの深い熊本県菊池市の津留今朝寿さん(63)も駆けつけた。
 南洲神社の分社は和泊町にもあり、芦花部の同神社はあまり知られていない。地元の白久且美さん(89)によると、西郷が同集落に半年間、居住していたことなどもあって一九四〇年に創建した。
 当初の社殿はシロアリ被害がひどく、六八年に集落住民らの浄財で現在の社殿に建て替えた。集落が管理しており、毎月一回、老人クラブを中心に清掃している。
 以前は毎年九月二十四日に豊年祭があり、祭りも同時に行っていたが、近年はそれも途絶えていた。久しぶりの祭りに住民らは「昔を思い出す」と懐かしそう。安田さんは「地元住民以外、神社の存在が知られていない。祭りを復活させ、西郷の敬天愛人の精神を実践していきたい」と話す。

「ヨロン島サンゴ礁基金」に3カ月で52件の寄付

 六月に「ヨロン島サンゴ礁基金」を設立した与論町はホームページに今月二十日現在の応募状況を公表した。地元のほか東京や沖縄などから、三カ月で五十二件の寄付があった。メッセージでは「美しいヨロンの海をいつまでも守って」との趣旨が数多く寄せられている。
基金は、故郷への熱い思いを持つ出身者やヨロン島ファンの寄付を通して「参加型の地方自治を実現するとともに、個性あるまちづくりに資する」ことを目的に設立。事業の種類として@サンゴ礁と共生する環境保全に対する事業Aヨロンマラソン大会の運営に関する事業B与論十五夜踊の保存に関する事業C離島の振興に関する事業D未指定の五項目を提示して寄付を募っている。一口五千円として上限を定めず、五千円以下でも受け付けている。
 二十日までに寄せられた五十二件のうち与論町在住は十六件。遠くは中華民国から一件あり、国内では東京からの九件のほか埼玉、神奈川、静岡、大阪、京都、徳島、福岡、熊本、鹿児島、沖縄と幅広い。望む事業はサンゴ礁と共生する環境保全が最も多く、離島振興、マラソン大会の運営の順。
 「美しく、傷つきやすい与論の自然をいつまでも島民の方が支えていかれる一助となれば」「与論島がいつまでも海に浮かび輝く『真珠』でありますように」「与論の海に恩返しして与論の海とつながっていたい」「ヨロンの皆さん、ヨロンの美しい自然にはいつもたくさんの感動と思い出をいただいている」「故郷への恩返しのつもり」など与論への熱い応援メッセージが添えられている。

9月26日(水)付 

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瀬戸内町油井で県指定無形民俗文化財の豊年踊り

 ○…旧暦八月十五日の二十五日、瀬戸内町油井集落(内田百一区長、三十九世帯)で豊年祭があり、県指定無形民俗文化財の豊年踊りが披露された。土俵を田んぼに見立てて稲作の様子を仮面姿でユーモラスに表現、町内外から訪れた大勢の観客を魅了した。
 ○…豊年踊りは豊作を神々に感謝し祝う行事。デイゴの大木に囲まれたミャー(広場)で綱引きから始まった。綱は油井小中学校(和田敏郎校長)の児童生徒や父母、集落民らが育てた稲を利用、切った綱は土俵の俵として埋め込んだ。
 ○…十数人の力士による「振り出し」や「土俵払い」「稲刈り」「稲すり」「米つき」などの演目が次々に披露された。稲刈りは、仮面の農夫が「畦(あぶし)越ろ」の唄に合わせて稲刈り作業を表現、後半には無言劇の「観音翁の土俵見回り」や「玉露かな」「ガットドン」がユーモラスに演じられ、最後は土俵周囲で八月踊りの輪が広がった。

徳之島町亀徳で疎開船「武洲丸」の戦没者慰霊祭

 太平洋戦争中、米潜水艦の魚雷攻撃を受けて十島村中之島沖で沈没した疎開船「武洲丸」の戦没者慰霊祭が二十五日、徳之島町亀徳の慰霊碑前であり、遺族が焼香をしながら犠牲者の霊を慰めた。昨年十月にあった政府による初の洋上慰霊祭に参加した政野富夫会長(79)が、参加できなかった遺族らにその様子を報告した。
 武洲丸遺族会主催の慰霊祭は六十四回目。遺族七人が参列し、慰霊碑前で線香を手向けながらめい福を祈った。
 政府は昨年十月五―六日、武洲丸などの遺族らを対象とした洋上慰霊祭「南西諸島慰霊巡拝」を六十二年目にして初めて実施。武洲丸の遺族の大半は八十―九十歳代の高齢者ということもあって徳之島からは政野会長だけが参加した。
 十六歳の時に母と兄、姉の三人を失った政野会長は、洋上慰霊祭での様子について「海面が輝きはるか東方から百四十八人の仏様が船に向かって歩いてくるのが見え、私は六十二年ぶりに会えましたねと話しかけた。背中に乗ってくださいと話し、全員を背中に乗せて徳之島に帰りますと伝えた」などと手紙にしたため、遺族に報告した。
 政野会長らによると、高齢化から遺族会が国、県に要望していた慰霊碑の管理は、町側が引き受けることとなった。
 武洲丸は、本土に向けて輸送航行中の一九四四年(昭和十九年)九月二十五日に沈没。徳之島町亀徳、井之川、山、尾母集落の学童や女性ら百五十四人のうち、百四十八人が犠牲となった。三十三回忌の七六年(昭和五十一年)に島民や出身者らの寄付によって同町亀徳に慰霊碑が建立されている。

9月27日(木)付 

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与論町で伝統の「トゥンガモーキャー」
 旧暦の八月十五日に当たる二十五日、与論町では子供たちが月見団子を家々から持ち帰る「トゥンガモーキャー」の光景が見られた。
 同町城の土持喜久助さん(80)によると、トゥンガは「団子」、モーキャーは「盗む」の意味。元々は五穀豊穣(ほうじょう)を祈る風習で、豆をまぶした団子を神棚や縁側に供える風習が残っている。
 中秋の名月が姿を現し始めた十五日の夕方には子供たちが近所を回り、団子やもち、お菓子をもらう姿が見られた。同町城の女性(55)は「子供のころは楽しみだった十五夜行事の一つ。おいしく食べてもらえるよう心を込めて団子をつくった」と話していた。

龍郷町で稲盛和夫京セラ名誉会長が講演

 西郷隆盛生誕百八十年・没後百三十年を記念して「稲盛和夫京セラ名誉会長記念講演会」(稲盛和夫先生記念講演会実行委員会主催)が二十五日、龍郷町のりゅうゆう館文化ホールであった。稲盛氏は西郷の生き方に触れつつ真我(愛と真と調和に満ちたもの)の重要性を指摘した。講演会には約千百人が詰め掛け、立ち見や館内に設置されたモニター席で聞く来場者も多く見られた。
 テーマは「人生について思うこと」。稲盛氏は初めに、「人は生きていく上で、健康管理・知的管理・心の管理が重要である」と言及。イギリスの思想家ジェームズ・アレンの言葉を引用し、「人間の心は庭のようなもの。知的に育てられることもあれば、野放しになることもある。美しい草花を増やすには清らかな正しい思いが必要」と語り、中でも心の管理が人生を決める大きな要素である―と説いた。
 また人間の心を単純化すると、真我、自我(本能)の二つに分けられると話し、「心の修行とは本能を抑え、真我を育てることであり、企業経営においても高次元の真我が要求される」と語った。
 西郷隆盛についても触れ、「西郷は生涯を通して『無私』を説き続けた」と話し、「無私とは真我が同居する私のこと。悪い自分(本能)をいかに抑えて良い自分(真我)を育てるかが大事」と、真我の重要性は西郷精神にも精通していると述べた。
 最後に稲盛氏は「経営はトップの器で決まる。逆境は自分を見詰め直すチャンスでもある。高次元の真我を追求していくことができれば必ず、すばらしい人生が開ける」などと語り締めくくった。
 稲盛氏は同日、奄美市名瀬のNPO法人ゆずり葉の郷、龍郷町の西郷南洲翁謫居跡などを訪問。二十六日は沖永良部島の和泊町町民体育館でも講演会を行った。

県が「CO2ダイエット作戦」宣言事業所を公表。奄美では17事業所

 県は二十六日、「CO2ダイエット作戦」宣言事業所を公表した。八月三十一日現在で県内の百四十二事業所が宣言、奄美関係では十七事業所が名乗りを上げた。
 同作戦は、地球温暖化防止に向けてエコスタイル(クールビズ、ウォームビズの実施)など省エネ活動やエコドライブに取り組むことを宣言した事業所を県のホームページで紹介、他の事業所へ普及を図ろうというもの。エコスタイルは冷房、暖房の適温を設定する。エコドライブの内容は、ふんわりアクセル「eスタート」、加減速の少ない運転、早めのアクセルオフ、エアコンの使用控えめ、アイドリングストップ、タイヤの空気圧をこまめにチェックなど。
 県のホームページに公表された奄美関係の事業所は住用、笠利、大和、宇検、瀬戸内、龍郷、喜界、徳之島、天城、伊仙、和泊、知名、与論の各商工会と南海ガス梶i奄美市)、(株)南栄リゾート奄美旅行センター、与論島製糖(株)与論事業所、(有)有村運送店(以上与論町)。

9月28日(金)付 

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昨年度のハブ被害者は64人

 県保健福祉部薬務課は二〇〇六年度「ハブ対策事業の概要」をまとめた。昨年一年間の咬(こう)傷者は過去二番目に少ない六十四人だった。徳之島の三人減に対し、奄美大島は十四人増加した。ハブ買い上げ数は前年度より七百十七匹増の一万九千五百四十五匹だった。
 咬傷者は復帰直後の一九五四年は三百五人で九五年に百人を割り、一時増加したが、二〇〇〇年からは二ケタで推移している。〇五年は過去最少の五十三人となり、昨年は十一人増加したものの過去二番目に少ない発生。
 島別にみると、奄美大島は前年より十四人増の二十七人、徳之島は三人減の三十七人だった。月別では六、十月が十二人で最多、次いで九月七人、四、八月六人、十一月五人など。咬傷部位は手首より先が八割近くとなっている。
 動機別では取り扱い中が十六人で最も多く、草刈り中十四人、作業中七人、除草中四人となっている。場所は畑が全体の三分の一の二十三人、庭十五人、道路は十四人となっている。時刻は十二―十六時が十六人、八―十二時、十六―二十時が十四人となっており、人が活動する時間帯が多い。
 ハブ買い上げ数は名瀬保健所管内一万八百四十二匹、徳之島保健所管内八千七百三匹の計一万九千五百四十五匹。業者買い上げ数は千三百二十五匹だった。最近は小型ハブ、特に二十―三十cの子ハブの捕獲が増加傾向にある。
 県は今後の買い上げ数の推移を注視し、住民にハブ捕獲意欲が低下して買い上げ数に大きな影響が出てきた場合には、買い上げ価格を再検討する、としている。

特産品の全国発信へ「奄美王国」発足

 奄美王国運営会議(合資会社アットマークやっちゃば主催)が二十七日、奄美市名瀬の名瀬郵便局会議室であった。「奄美王国」は同社を事務局に日本郵政公社、奄美市、島内企業などがインターネットやカタログなどで奄美の特産品を全国に発信していこうというモール事業。会議では基本方針や今後の運営について前田守事務局長から説明があったほか、規約の承認があった。
 会議には同郵便局の吉良安弘局長をはじめ、奄美市、奄美群島広域事務組合などから関係者十三人が出席。前田事務局長は奄美の物産をブランド化し、永続的な販路を構築することで奄美地域の活性化を図ることが奄美王国の目指すものとして挙げた。同事業ではインターネット販売を中心に本格的な通信販売事業を十二月上旬に開始。電話やファクスでの注文も可能で、十月中旬には歳末商戦カタログ製作も予定している。
 事業の形態としては、参加企業が商品を提供、奄美市ほか支援団体が運営における企画後援、イベントでのPR、情報提供を行い、日本郵政公社が郵送業務を請け負う。参加企業は十社でスタート。企業募集は年間五社程度を予定し、募集時は意欲と能力を持つ企業を優先、毎年起業家枠を設けるとした。
奄美王国構想は今年一月、日本郵政公社、奄美市、アットマークやっちゃばの協議で立案。七カ月にわたって協議を進め、今月は「奄美ハンダマピザ」や「島ばなな」を紹介した「奄美王国チラシ」の配布を開始した。
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