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12月15日(土)付 

沖永良部島産の「シマグワ」(島桑)は抗酸化活性に優れる
 沖永良部島に自生する「シマグワ」(島桑)の抗酸化活性とポリフェノール含有量が日本本土や沖縄県産に比べて高いことが小野寺敏・昭和薬科大学准教授らの研究で明らかになった。抗酸化活性、ポリフェノールは動脈硬化の予防などに有効とされ、研究チームは桑茶の飲用など日常的な利用を勧めている。
 シマグワは奄美大島以西に分布する落葉中高木。本土のヤマグワとは系統が異なり、以前の沖永良部島では実を食べていたほか、蚕や家畜の飼料に葉を利用していた。桑の葉は近年健康食材として脚光を浴び、商品化も相次いでいる。
 小野寺准教授らは知名町田皆岬で採取したシマグワの葉を乾燥させ、京都府産、沖縄県産と比較した。分析の結果、沖永良部島産の抗酸化活性は他府県産の約一・六倍、ポリフェノール含有量は約一・四倍に上った。
 抗酸化活性は動脈硬化などを誘発する活性酸素を抑制する機能。ポリフェノールも同様の効果が指摘される成分だ。研究チームは「海岸近くの桑は海水ストレスを受けており、成分含量の変動で抗酸化活性が高まるのではないか」と考察。来年以降も研究を継続する一方、奄美他地域の調査も視野にシマグワの有効性を検証する。
奄美市議会もヤギ放し飼い防止条例
 奄美市議会の十二月定例会は十四日、最終本会議があり、二〇〇七年度一般会計補正予算(第三号)や山羊の放し飼い防止等に関する条例制定案など議案二十四件を可決、請願三件、陳情一件を採択して関係する意見書案三件を可決した。「奄美航路の鹿児島本港区北ふ頭移転計画の推進に関する決議」も可決し、財政健全化に対する特別委員会を設置、各種組合議会議員を決めた。この日は議員、職員ともに大島紬を着用して本会議に臨んだ。
 養護老人ホーム「なぎさ園」を大島郡医師会に無償譲渡することを前提に提案された奄美市立養護老人ホーム条例を廃止する条例も可決された。
 鹿児島本港区北ふ頭移転計画の推進に関する決議では、「奄美群島民の利便性の向上、円滑な経済活動の促進のため、奄美・沖縄航路の鹿児島本港区北ふ頭移転の早期実現」を強く求めた。
 「高校歴史教科書の沖縄戦『集団自決』への日本軍関与削除に関する請願」、「高齢者に負担増と差別医療を強いる後期高齢者医療制度などの中止・撤回を求める請願」、「離島の医療体制の充実を求める請願」の三件を採択し、それぞれ意見書提出を可決した。
宮崎県文書センターに奄美黒糖史覆す史料保管
 明治維新直後の奄美の黒糖取り扱いについて一八七二年(明治五年)、奄美各島にいる鹿児島役人にあてて、それまでの黒糖現物による納税から金納方式へ変え、税以外の島民の黒糖(余計糖)は自由売買とする―ことなどを指示する鹿児島県の通達が宮崎県の文書センターに保存されていることが分かった。奄美市名瀬の歴史家、弓削政己さんは「県の公文として自由売買移行の通達内容が確認されたのは初めてである。これまで言われていた『明治五年に県が島役人に大島商社と専売契約をさせた』というのは誤りである。逆に島役人らは制約なしの自由売買を認めさせたのであり、『鹿児島県史』を拡大解釈した『名瀬市誌』以来の通説を覆す根拠として貴重な史料」と評価する。 
 通達の日付は「壬申九月」。これまで黒糖現物で納めていた「年貢」について、明治政府の布告に沿って以後は「正金取建無滞租税課え可致上納候」と貨幣での納税を告知している。
 さらに、「正税上納之外餘計糖之儀は、作得米同様之訳に付、都て勝手商売申付候」として、税金を納めたほかの砂糖(余計糖)は島民のものとして自由売買(勝手商売)するよう求め、「叮嚀(ていねい)に御趣意無遺漏相達候様、早々可申渡事」と島民たちに周知徹底させるよう各島詰めの鹿児島役人へ指示している。
 当初、県は鹿児島の特権商人たちに設立させた保護会社「国産会社」と契約させ、島民の余計糖を旧藩時代同様に独占取引することをもくろむ。
 ここで契約のため県に呼び寄せられたのが与人=島人役人の基俊良と太三和良の二人。だが二人は島民たちの自由売買要求を背景に県・商社に抵抗。余計糖について価格交渉も行うなど自由売買を勝ち取り、保護会社以外の新たな商社、大島商社と契約して帰島する。
 自由売買移行と島民への周知徹底を指示する県の通達があったことは「沖永良部代官系図」に記されている。また、基らは県や商社とのやり取りの結果自由売買となったことを記した手紙を大島の島役人たちに送っていることが「諸書附留」にある。そして今回の県の公文としての通達そのものが、基や太をはじめ島民たちが、一八七二年(同五年)に黒糖の自由売買を実現させたことを認識していたことを裏付ける。
 この点でも、これまでの島民には自由売買について「隠されていた」「知らなかった」とする通説は訂正が求められる。
 また、県の構想に乗せられて島民にとって不当な契約を結んだとされてきた基、太の与人役人への再評価をも迫っている。
 基と太が抵抗して勝ち取った自由売買だった。だが、翌明治六年三月の大蔵省の通達第四六号は、前年に県が出した自由売買許可とともに、新たに全国の商人が取り扱ってよいという通達であった。そのため、危機感を募らせた県は鹿児島商人の利益を守るために、一八七三年(同六年)の後半には実質専売制へ政策を変更。政府の自由売買通達に反して、大島商社による一八七四年(同七年)春からの独占取引を内部的に島人役人(戸長)たちに契約させ、戸長らの権益を保障しながら、実質専売制を作り上げていく。これを通じて県は島民への生活用品の値段引き上げと黒糖買取価格の引き下げを図る。
 維新後の県の黒糖政策は、@明治五年に県の自由売買許可A県は同六年に実質専売制に向けて準備B同七年春から実質専売制開始―という経過を取る。こうした県の保護商社による専売は一八七五年(同八年)からの丸田南里を中心とした勝手世運動(自由売買運動)を呼び起こしていくことになる。
 弓削さんの話 明治五年の黒糖をめぐる歴史認識は、奄美史を語る上でキーワードになる。今回把握された宮崎県文書センターの史料と「東京案文並到来」、基らの手紙文、早稲田大学大隈重信関係文書の明治十年、柿原義則「大支庁」長の「異見書」と松尾千歳氏が明らかにした「尚古集成館」所蔵史料で新たな真相が分かる。また、明治五年、県の申請で大蔵省はその年限りの専売制を認めたが、調査の結果、黒糖専売政策を取らないとしたのが、明治六年大蔵省井上馨名による三月三十日付通達であると位置付けることができる。

12月16日(日)付 

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11月の本場大島紬生産は前年同月比26・7%減の1412反

 本場奄美大島紬協同組合(赤崎拓郎理事長)のまとめによると、十一月の大島紬の生産反数は千四百十二反(前年同月比26・7%減)で、前年同月に比べ五百十五反減少した。男物は42・9%の大幅減、女物も22・5%減となった。
 十一月の生産反数を経(たて)糸の密度で表す算(よみ)別でみると、十五・五算は千七十五反、十三算は三百三十七反。前年同月比で十五・五算は27・1%減、十三算は25・6%減となった。
 染色別では主力の泥が七百七十九反で前年同月比31・3%減。化染は五百五十七反で21・0%減、草木泥は三反減の五十一反、泥アイは九反減の二十五反だった。
 製品の男女別では男物が二百二十六反、女物は千百八十六反。男物は百七十反減、女物は三百四十五反減となった。
 不合格は二十六点で不合格率は1・84%。内訳は絣(かすり)不ぞろい九点、汚れ八点、配列違い三点、傷二点などだった。

大和村が里親留学制度の対象を村内全域に拡大

 大和村では一九九四年度から戸円集落が独自の里親留学制度を導入してきたが、村側は村内の児童・生徒の減少を食い止めるため来年度から里親留学制度の対象を村内全域に拡大する方針を決めた。十二月議会で村里親留学制度実施要項案を議会側に示して説明し、関連条例の一部改正を可決した。留学生の募集人員は予算の範囲内とし、来年度は十五人をめどとする予定。留学生は里親自身が確保する。来年一月十日から募集を開始し、定員に達し次第締め切る。
 制度の趣旨は「豊かな自然と人情味あふれる環境に恵まれた村での生活や村内各学校の特色ある教育活動を通して、地元の児童・生徒と交流を深めながら心身の健全育成と教育効果の向上に努める。併せて学校の活性化と村の定住促進を図ることを目的とする」としている。
 里親の募集基準は@制度の趣旨に賛同し、村外から村内の学校に転校を希望する小学一年―中学三年に入学する児童・生徒を受け入れる者A里親の孫、親せき、知人などの子供で、実親と相互理解ができる者―など。留学生を確保できた里親は村側に留学生受け入れ申請書を提出し、審査を受ける。
 留学期間は原則として当該年度の年度末まで。次年度以降も継続して留学を希望する場合は、改めて申請書を提出、審査して決定する。
 村は里親に対し、留学生一人につき月額三万円を助成する。その他の経費は里親と実親が直接協議して決定する。事務局は役場の総務企画課に置く。
 村教育委員会によると、戸円集落ではこれまで実行委員会を組織して戸円小中学校への留学生を受け入れてきた。十三年間のうち、九五年度に小学生三人、中学生十一人の合計十四人の留学生を受け入れたのが最高。二〇〇六、〇七年度の受け入れは各一人。里親の高齢化が受け入れの大きな課題となっている。

住吉貝塚の国指定史跡登録を記念してシンポジウム開催

 知名町・住吉貝塚の国指定史跡登録を記念したシンポジウム「住吉貝塚からみえるもの」(知名町、町教育委員会主催)が十五日、あしびの郷・ちなであった。調査に携わった研究者らは「縄文時代後期から弥生時代初期にかけた狩猟生活や島の歴史を物語る上で重要」として住吉貝塚の意義を評価するとともに、地域住民が主体となった保存活用の推進を提起した。
 基調報告は森田太・町教委主事、本田道輝・鹿児島大学准教授、木下尚子・熊本大学教授、水ノ江和同・文化庁文化財調査官の四氏が登壇した。
 森田氏の調査報告に続いて本田氏が沖永良部島の遺跡を紹介した。本田氏は「調査の進展とともに遺跡の数は増えたが、開発と保護の両立が難しい」と述べ、遺跡保護の重要性を説いた。
 木下氏は「住吉貝塚人の生活を復元する」をテーマに報告。植生の復元から「奄美や徳之島と同様に森林が豊富だったのではないか」と考察したほか、多種類の魚を捕っていたことを特徴に挙げ、漁労手段の解明を研究課題に位置付けた。
 水ノ江氏は住吉貝塚の意義について@遺跡のほぼ全体が良好に残っているA九州と沖縄の中間に位置し、両者の関係を明らかにできるB南島独特の生活様式や生態系を復元できる―と指摘した。 シンポジウムは四氏が遺跡の活用法などについて意見を交わし、「奄美を代表する遺跡。考古学的な研究史の上で大きな役割を果たす」(本田氏)「行政と住民が一緒になって地域の特性に合った活用法を考え、次世代に残さなければならない」(水ノ江氏)との意見が出た。住吉小学校児童が創作劇「住吉の宝」を披露して閉幕した。
 住吉貝塚は縄文時代後期から弥生時代初期にかけた集落遺跡。これまでの調査で竪穴住居跡十四基や貝塚、骨製品などが見つかり、今年七月に国指定史跡に登録された。

12月17日(月)付 

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宇検村国民体育館前の花壇に季節はずれの「おしんスイカ」

 ○…宇検村国民体育館前の花壇に、季節外れのスイカができている。しま模様も見え始め、もうすぐ一人前だ。
 ○…村教育委員会の話では、この夏、スポーツ大会のおやつにスイカを食べた子供たちが花壇に種を落とし、それが芽を出した。
 ○…「冬だから大きくならないよ。抜いてしまえば」との声もあったが、管理している福島勉さん(61)が大事に育てたところ、花を咲かせて実をつけた。
 ○…実は大きいもので直径二十センチほど。「ど根性」というよりも冬の寒さに耐える「おしんスイカ」といったところか。

徳之島で高橋尚子選手と共にマラソン

 第十回徳之島ワイドマラソン大会(同大会実行委員会主催)が十六日、天城町与名間の尚子ロード石碑前を発着点に徳之島北部一周約三十キロのコースで行われた。天候にも恵まれ、小学生から一般まで約四十人が出場。合宿中のシドニーオリンピック金メダリスト高橋尚子選手も参加して、大会を盛り上げた。
 開会式で、池上禮一郎実行委員会会長は「楽しみながら一緒に汗を流しましょう」とあいさつ。高橋選手も「起伏のある尚子ロードは自分を鍛えてくれたコース。一緒に頑張りましょう」と笑顔で参加者に呼び掛けた。
 号砲とともに正午、尚子ロード石碑前を一斉にスタート。参加者は「スポーツをみんなで楽しもう」という大会の趣旨通り、それぞれのペースで、自分が定めた距離を仲間と一緒に自然に囲まれたコースの景色も楽しみながら心地よい汗を流した。

12月18日(火)付 

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ユワンツチトリモチの花咲く

 〇…奄美の最高峰・湯湾岳(標高六九四・四メートル)では、冬の訪れを告げるユワンツチトリモチの花が地面からひょっこりと顔をのぞかせている。一―五センチほどの大きさで、暗い林床に実ったイチゴを連想させてかわいらしい。
 〇…奄美の固有種で分布地は限定的。形状はキノコに似るが、ツチトリモチ科の寄生植物で、イジュなどの根に寄生する。同科の名は根茎から鳥もちを作ったことに由来する。登山者の採取などで絶滅の恐れがあることから県の絶滅危惧T類に指定されている。

薩川中学校でマツクイムシ被害防止の体験授業

 瀬戸内町の薩川中学校(恵上イサ子校長、生徒五人)で十七日、「松枯れ駆除体験授業」が開かれた。講師として製薬会社の(株)ファイザーから根津朝和さんら三人が来校。生徒たちは松枯れのメカニズムなどについて学んだほか、薬剤を使い松枯れを防ぐ、樹幹注入作業を体験した。
 根津さんは、松枯れの原因が線虫の一種で体長約一ミリのマツノザイセンチュウとし、松くい虫・マツノマダラカミキリによって運搬されることなどを紹介。全国的にも深刻化する松枯れが加計呂麻でも多く見られ、「マツ材線虫病という病気になった場合、治療手段がない。松枯れが進めば、生態系の崩れにもつながる」と説明した。
 同校には卒業生らによって植えられたものを含め、リュウキュウマツ八十四本が立ち並び、シンボルツリーとして生徒たちに親しまれている。根津さんの説明後、校庭に集合した生徒たちは松枯れ防止の薬剤を樹幹に注入する作業を体験。一人ずつ樹皮に穴を開けた後、松やにの出方で松の健康状態をチェックし、薬剤を注入していった。
 二年生の瀬戸口蘭さんは「松枯れが進んでいるのは近くの山を見て分かる。十年後を想像したら恐ろしい。自分たちでできることを精いっぱいやっていきたい」と話した。
 松枯れ駆除体験授業は県が進める「森林の体験活動支援事業」の一環。今回は全国各地で松枯れ防止事業に取り組むファイザーと連携して実施された。

12月19日(水)付 

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郷土料理100選に奄美の鶏飯も

 食文化を通じて地域振興を図ろうと、農水省が初めて主催した「農山漁村の郷土料理百選」の最終審査選定委員会が十八日、東京・虎ノ門のホテルであり、奄美の鶏飯が百選に選ばれた。鹿児島県からは「きびなご料理」「つけあげ」を含む三品が入り、北海道、熊本県、大分県、沖縄県と並び最多選となった。このほか、御当地人気料理特選二十三品が選ばれた。
 「食べてみたい!食べさせたい!ふるさとの味」をキャッチフレーズに、同選定委員会(服部幸應委員長=食育研究家)の八人のメンバーが七月、十月、十二月の三回、審査会を開いた。当初、都道府県の推薦などで千六百五十品が候補料理リストに上り、その後百三十品に絞られ、最終的に九十九品が選定された。最後の一品は「各個人の思い入れ」で選ぶことになり、選定しなかった。 「御当地人気料理特選」は近代的で若者などに受けている料理二十三品を選んだ。鹿児島の黒豚しゃぶしゃぶが入った。
 審査の過程ではインターネットによる投票も行われ、奄美鶏飯は山形県のいも煮に続く二位を獲得した。 
 この日の最終選考後、服部委員長や農水省の中條康朗農村振興局長らが記者発表会を開いた。
 服部委員長は「百選の場合、戦前からあったものがふさわしいという観点から、今でも農山漁村の地域で人気があり、食されているか、地域性や独自性、歴史・文化的であるかなどを基準に選んだ。正直言って、一定の物差しで評価するのは困難だった。中には、この選定に不満の方もいらっしゃると思うが、私たちはあくまでも多くの方がなるほどと思う料理を選んだ」と話した。
 質疑で「今回の百選の中にインターネットで百位以内に入った料理の数はいくつあるか」と問われたのに対し、「四十七。ネット選定は地域の偏りがあり、最終的にはあくまで委員の選定基準で選んだ」と強調した。
 また、今回の百選の意義を問われて中條局長は「たとえば、旅行者が観光先を選ぶ上で『食』の魅力は大きい。私どもはこれを機に百選料理の伝統文化を全国的に情報発信し、地域のイベントや活性化に役立ってもらいたいと考えている」と話した。

金魚愛好家らがランチュウの観評会

 奄美大島の金魚愛好家らはこのほど、龍郷町の民家で初めて観評会を開いた。奄美らんちゅう友の会(前田豊一郎会長)の主催。互いに持ち寄った金魚の一種ランチュウを見比べ、飼育法の情報交換などで話に花が咲いた。
 ランチュウは出来、不出来を競う金魚の一種として知られる観賞魚。奄美市や龍郷町、瀬戸内町で精魂込めて育てられた自慢の魚が一堂に会した。
 今年春に誕生した当歳魚を体長一三センチまで育てた奄美市名瀬の自営業上田幸一郎さん(41)が満場一致で一等になり、瀬戸内町のペットショップが提供した四百グラム四千円相当の高級餌を手にした。
 上田さんは「家族の理解があり趣味を続けていられる」と感謝。「素人仲間の集まりで、飼育も手探り。今後は講師を招いた鑑賞会でも開ければ」と願っていた。
宇検村で映画「明日の詩」のロケ
 宇検村を舞台にした映画「明日の詩(うた)」ロケが行われている。都会の疲れたサラリーマンが奄美出身者に元気をもらう「サラリーマン応援歌」。村内各地で収録する。
 映画を撮影しているのはダイアックス(本社・東京)。昨年は大分県で映画「22才の別れ」を制作し、話題になった。頼住宏社長は「地方で映画をつくり、地方から発信し、地域活性化につなげたい」と話す。
 「明日の詩」は鎌倉泰川監督、主演は天宮良さん。東京で仕事に疲れたサラリーマンが奄美出身者と出会い、助けられ、奄美を訪ねるという話。撮影地は奄美の原風景が最も残っている宇検村を選んだ。ロケ班は十七日に来島し、十八日から撮影が本格化した。村内の食堂、枝手久島など収録する。
 映画は来年一月末ごろに完成予定。東京の映画館でロードショーを実施した後、奄美でも上映する。

12月20日(木)付 

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一足速くヒカンザクラ開花
 ○…龍郷町の秋名集落と芦花部トンネル間の県道名瀬龍郷線沿いに植えられたヒカンザクラ並木の一本の一部の枝で早くも花が咲いている。
 ○…高さ四メートルほどの木の十数本の枝には注意して見ると花とつぼみがちらほら見える。昨年も十二月二十日にこの一本だけ花が咲いていたという。

12月21日(金)付 

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08年度奄振予算内示は304億円

 財務省は二十日、二〇〇八年度予算の財務省原案を内示した。奄美群島振興開発関係予算(国土交通省一括計上分)の公共、非公共合わせた総額は対前年度当初比96・8%の三百四億三千四百万円。減額幅は政府の予算編成方針に沿った水準だったが、七年連続の減額で、奄振の当初予算としては一九八〇年代後半の規模まで縮小した。公共は徳之島、沖永良部島での国営かんがい排水事業など主要事業で前年度並みの予算が認められた。非公共では新規に「野ヤギ対策」と「救急用ヘリコプター離着陸場整備」が要求通り認められた。独立行政法人奄美群島振興開発基金出資金は前年度同様三億円が内示された。最終内示で、二十四日に政府案として閣議決定する。
 政府の〇八年度予算編成方針では公共、非公共とも前年度予算額から3%減額するとしていた。国交省は今回の奄振予算内示額について「公共、非公共とも県や市町村からの要望に十分対応できる額が確保されたものと考える」としている。
 奄振予算のうち公共事業の内示額は二百九十九億七千八百万円、対前年度比96・8%。事業項目別では、道路整備は瀬戸内町の県道安脚場実久線などで総額五十九億六千八百万円。港湾・空港整備は名瀬港や与論空港などで総額六十五億二千三百万円。農業農村整備は徳之島と沖永良部島での国営かんがい排水事業や畑地帯総合整備事業などで総額百二十三億二百万円。
 公共のうち、奄美市名瀬中心部での土地区画整理事業に伴う「都市環境整備」は九千百万円で、対前年度比15・9%。国交省によると、事業の進ちょく状況も勘案しての計上で、「今後も必要に応じて計上していく」としている。
 非公共事業の内示額は四億五千六百万円、対前年度比99・2%。事業項目別では、次期奄振を念頭に置いた自立促進基礎調査など「産業振興等地域資源活用」に総額一千万円。あまみ長寿・子宝プロジェクトなど展開する「奄美群島体験交流」に総額七千八百万円。〇八年度完成見込みの県立奄美図書館整備など「人材育成支援」に総額一億六千九百万円。野ヤギ対策と奄美市名瀬佐大熊地区への救急用ヘリコプター離着陸場整備といった新規事業を含む「生活・環境保全対策」として総額六千二百万円。
 これらに加え「奄美群島振興開発調査」として四千九百万円が内示された。〇八年度末での現行奄振法期限切れをにらんで、〇七年度の県の総合調査に続き、国交省として法改正を念頭に次期奄振の在り方を調査する。 奄振の予算規模は国・地方を通じた財政事情の悪化、国の公共事業削減方針などの影響で縮小傾向が続いてきた。旧国土庁計上分でみると、当初予算は一九八八年度に三百億円台となり九五年度には四百億円を突破し、〇一年度の四百三十億円台をピークに減額が続いている。

上物竿で7・5キロのヒラアジ釣る

 瀬戸内町の芳義範さん(29)と元則幸さん(24)は五日、奄美市名瀬小湊の離れ瀬に釣行し、それぞれクロ二匹とヒラアジを上げた。
 この日は午前六時に出港。二人はクロ狙いで上物竿(さお)を出した。最初はウルメが釣れ、同八時ごろに芳さんが一匹目のクロ(五〇センチ、一・六キロ)、二匹目(四六センチ、一・三キロ)は午後二時ごろに釣り上げた。
 元さんは狙いのクロではなかったものの、午前九時ごろに七・五キロのヒラアジが突然ヒット。上物竿で久しぶりの強い引きの感触を楽しんだという。元さんの仕掛けは道糸5号、ハリス6号、チヌ針8号。餌はオキアミを使った。
 今年一月のオープン奄美チヌ・クロ選手権クロの部を制している芳さん。今季はこれで三匹のクロを上げ、調子を上げている。来月一日に始まる同大会に向けて「もちろん連覇を狙いたい」と意気込みを語った。芳さんの後輩である元さんは「義範には負けない」とライバル心を燃やしていた。

飲酒ひき逃げ事件の遺族が奄美市へ飲酒運転撲滅を訴える子供向け図書40冊を寄贈

 奄美市名瀬で起きた飲酒ひき逃げ事件の遺族で大分県国東市の佐藤悦子さん(56)が二十日、奄美市へ飲酒運転撲滅を訴える子供向け図書四十冊を寄贈した。平田隆義市長は「佐藤さんが活躍され、行政としてもキャンペーンを展開しているが撲滅につながっているとはいえない。市教委を通じて活用したい」と応えた。
 二男の隆陸(たかみち)さんは二〇〇三年十一月、市内の繁華街で少年(当時19)の車にはねられ、七日後に二十四歳の若さで死亡した。以来、佐藤さんは飲酒ひき逃げ犯の厳罰化を求める運動や撲滅を訴える講演会などに力を注いでいる。
 寄贈した図書は「飲酒運転をやめて!〜子どもたちからのメッセージ」(汐文社)。交通事故で娘二人を亡くし、危険運転致死傷罪新設のきっかけになった井上保孝さん、郁美さん夫妻の手記をはじめ、加害者の手記、飲酒運転の実態、撲滅運動などをイラスト入りで紹介している。
 隆陸さんが婚約指輪資金として積み立てていた貯金六十万円から百冊を購入した。国東市や隆陸さんの母校、警察署などにも贈呈する。今後は講演会の謝礼金を充てるなどして配布活動を続けていく考え。
 佐藤さんは「犯人から出所後も謝罪がなく、心があまりに貧しすぎると感じた。子供たちがこの本を通じて心を豊かに育ててくれたら」と趣旨を説明。「親子で命の尊さを考えるきっかけに」と全図書には自身の活動を紹介するホームページのアドレスも添付した。
 事件を風化させてはいけないと五年の節目となる来年をめどに記念碑建立を計画している。「(七月に肝臓ガンで亡くなった)夫の思いも受け継いでいきたい」として平田市長に協力を要請した。
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