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3月22日(土)付 

喜界町が出産時の宿泊費、交通費を助成へ
 喜界町は、妊産婦の負担軽減を図るため支援条例を制定し、来年度から出産時の宿泊費と旅費を助成する。二十一日の町議会最終本会議で条例案を可決した。出産時の宿泊費は一泊三千円以内で三週間分を限度とし、併せて奄美市までの船舶旅費を助成する。
 同町は産科医師が不在で、出産は奄美市名瀬の県立大島病院など島外の医療機関を利用するしかない状況。妊婦にとって健診や出産に至るまで交通費、宿泊費も含め経済的負担が重くのしかかっている。
 同町の妊産婦は年間六十―七十人。六割が奄美市で出産し、残り四割が鹿児島市などでの里帰り出産している。町は二〇〇五年度から妊婦健診の際、奄美市までの往復の船舶旅費二等の額を一回の妊娠期間中、六回を限度に助成している。〇六年度の延べ利用者は百二十八人。
 町内各集落で実施した町政懇談会の中で、住民から「安心して出産できる環境整備」を望む声が強く、これまで実施してきた妊婦健診助成に加え、来年度から出産時の宿泊費と奄美市までの往復の船舶旅費を助成することにした。
 県も常駐の産科医師がいない有人離島を対象に妊婦健診や出産に備えた事前待機時の交通宿泊費などに対し、離島地域出産支援事業を計画している。奄美では喜界島のほか与論、加計呂麻、請島、与路島が対象となっている。
 同町は〇八年度当初予算で妊産婦支援事業費として約五百万円を計上、出産時の宿泊費と旅費助成は約五十人の利用を見込んでいる。
知名町で町民創作劇「島ぬ宝―山本家の人々―」上演
 知名町のあしびの郷・ちなで二十日夜、町民創作劇「島ぬ宝―山本家の人々―」(おきえらぶ文化のまちづくり実行委員会主催)が上演された。小学生からお年寄りまで三十六人がプロ顔負けの熱演を披露。沖永良部島を舞台にした人情劇で客席を笑いと涙に包んだ。
 島ぬ宝はユリ球根農家の人間模様を描いた創作劇。二〇〇二年にあしびの郷・ちなの開館一周年記念事業で上演した作品に物語を追加した。 
 演出は住民参加型の演劇を指導している鹿児島市在住の田平直也さん。物語には島の宝・ユリの復興へ願いを込めて先駆者・市来政敏の話を盛り込んだ。出演者は本番に向けてけいこを重ね、賛助出演の瀬利覚獅子舞保存会やスタッフも運営を支えた。
 舞台は合唱やダンスを交えた見応えたっぷりの内容。随所に泣き笑いがある人情劇に客席からは惜しみない拍手が送られた。主演の一人として舞台に上がった森山進さん(50)は「沖永良部の人そのものが島の宝だというメッセージを伝えた。初めての挑戦だったが、出会いも広がって収穫は大きかった。次は島外で演じてみたい」と声を弾ませた。
龍郷町の瀬留カトリック教会聖堂と司祭館も国の登録有形文化財に登録へ
 国の文化審議会(石澤良昭会長)は二十一日、龍郷町の瀬留カトリック教会聖堂と司祭館の二件を含む県内の建造物十三件を国の登録有形文化財(建造物)に登録するよう文部科学大臣に答申した。同教会は登録基準の「国土の歴史的景観に寄与しているもの」に該当していると評価された。文化財登録原簿への登録を経て正式登録される。
 登録有形文化財は指定制度に比べて規制は緩やかで、築後五十年の近代建造物を中心にした文化財が対象となる。
 瀬留カトリック教会はフランス人宣教師ブイジュ神父によって一九〇八年二月に建堂され、町内七教会の母教会として地元住民の信仰を集めてきた。
 龍郷町教育委員会によると、奄美大島の教会では珍しいゴシック様式の建築手法を用いている。外観は板を下から少しずつ重なり合うように取り付けた「下見板張(したみいたばり)」、聖堂内部は中央広間と両側空間を左右五本の列柱(奄美産イジュ)で隔てる「三廊式」が特徴。
 今年は建堂百年の節目にも当たる。宏洲弘教育長は「新たに郷土を見直す契機として町民の文化財保護意識の高揚につなげたい」と喜びを語り、引き続き総合学習や文化財ガイドブックの紹介などに活用していきたいとしている。
 答申により県内の登録有形文化財は七十四件、龍郷町では初めて。

3月23日(日)付 

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奄美の今期のサトウキビ生産見込み量は前期実績を17・9%上回り46万6398トン。

 二〇〇七―〇八年期の大型製糖工場の製糖期が終盤を迎え、各地のサトウキビ生産量が固まってきた。県大島支庁農政普及課まとめ(三月十一日現在)によると、群島全体の生産見込み量は四十六万六千三百九十八トン。前期実績を17・9%上回り、過去十年では一九九八―九九年期(四十八万四千五百七十九トン)に次ぐ高水準になりそうだ。原料糖度も全体的には堅調。奄美大島の富国製糖搬入の平均糖度は一五度を超えて過去最高を更新しそうだ。
 島別の生産見込み量と前期実績比は▽奄美大島四万百四十トン、17・4%増▽喜界島八万九千五百トン、18・9%増▽徳之島二十三万三千二十八トン、10・6%増▽沖永良部島七万三千五百五十トン、32・2%増▽与論島三万トン、51・5%増。
 このうち奄美大島と沖永良部島は過去十年で最高だった九八―九九年期の三万七千五百九十一トン、七万二百九十三トンをともに上回る見込み。喜界も同年期の九万六百九十トンに匹敵する収量になりそうだ。

3月24日(月)付 

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瀬戸内町の池地中学校も4月から休校

 瀬戸内町の池地中学校(手島修一校長、生徒二人)は四月から休校になる。町教育委員会によると、生徒二人が卒業し、併設の小学校から中学への入学がないことが主な理由。二〇一〇年度以降は新入学生徒の予定もあり、再開の可能性もあるとしている。
 池地小中学校は、一八九七年(明治三十年)に小中併設校として設置。今年度で創立百十一周年を迎えた。同中の校訓は「立志 不屈 誠実」。シンボルツリーのデイゴの木が見守る一島一小中学校として、請島の中心を担ってきた。現在、小学校の児童は二年生一人、三年生一人、四年生一人の計三人で、教職員は十人。来年度は二人が小学校に入学する予定。
 町教委によると、〇九年度から一〇年度まで新入学生徒がゼロとなるため、来年度から中学校の休校を決定したという。

イルカンダの花開く

 ○…奄美大島では南部を中心に分布している大型のマメ科植物・イルカンダが開花の時期を迎えている。つる性の植物。紫と緑色の花は房状にぶら下がっている。
 ○…奄美市住用町東仲間や山間、瀬戸内町阿室釜や篠川、宇検村湯湾地区などで見られ、植物愛好家は「今年は花の散り方が早いようだ」と話す。九州、台湾、インドに分布し、日本では奄美以南の琉球列島に多い。
 ○…ウジルカンダともいう。つるは柔らかくて強く、昔はまきをくくるために使われた。昨年は奄美大島の数カ所で珍しい実を付けた株が見つかった。

奄美大島でオオトラツグミさえずり一斉調査

奄美野鳥の会(高美喜男会長)は二十三日、奄美大島の林道などで「オオトラツグミさえずり一斉調査」を実施した。十五回目の今年は島内外から過去最多の百五十八人が参加し、奄美中央林道では四十七羽のさえずりを確認した。過去最高だった二〇〇七年より三十一羽も少ない。同会は「〇五年、〇七年は過去の確認数の推移から考えると多過ぎる状況(六十八羽、七十八羽)だった。四十羽台の平均的な数字に戻った。まだまだ安心できる数でないことを示しているのではないか」とみている。
 オオトラツグミ(国指定天然記念物)の個体数を把握して希少種の保護につなげようと毎年、ボランティア調査員の協力を得て実施している。
 調査は夜明け前の午前五時半から一時間、奄美市から宇検村までの奄美中央林道四十二キロを中心に実施。参加者は二―三人一組で片道二キロを往復し、オオトラツグミの「キュロロン」と澄んだ鳴き声が聞こえる方向や時間を地図に書き込んだ。
 奄美中央林道以外の確認数は計三十九羽で、一斉調査の合計確認数は八十六羽だった。

3月25日(火)付 

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奄美交通のバス事業譲渡を運輸局に申請
 奄美大島でバス事業を展開している岩崎グループ傘下の奄美交通(奄美市、西村将男社長)が、地元の道の島交通(同、岩崎菊美社長)に事業を譲渡する申請が二十一日、九州運輸局鹿児島運輸支局に両社合同で提出された。道の島交通に譲渡されるバス路線は、奄美交通単独のバス路線が対象。両社で現在重複している路線に関しては今回の申請が認可された後、奄美交通側が路線の廃止を届け出る。
 両社は奄美市内を中心にバス路線が競合し、ともに経営が悪化していたため昨年秋ごろからバス事業一本化について協議を進めてきた。今月十一日に、奄美交通の従業員の雇用確保などを条件に事業の譲渡・譲受契約を締結。五月中にはバス事業を一本化したいとしている。
 道の島交通に譲渡されるのは、バス路線百二十一キロと車両六十五台(乗合五十五台、貸切十台)。九州運輸局は今後、事業の譲渡・譲受後に適切なバス事業の運営が行われるか審査する。標準的には約三カ月間の審査期間を経て認可されるが、同局は両社の意向を聞いて調整したいとしている。

田中一村記念美術館で増築工事進む

 奄美市笠利町の県奄美パーク田中一村記念美術館で増築工事が進んでいる。所蔵作品数と大型作品の増加に対応した増築で、完成すると展示スペースは現行より58%広がる。今年九月中に工事を終えて来春供用開始する。県は、増築で企画展の開催が可能になるとして、展示内容の充実による集客効果にも期待している。
 二〇〇七年度の「魅力ある観光地づくり事業」(県単独事業)で、美術館裏手に連続した建物として整備する。鉄筋コンクリート平屋建てで、延べ床面積は四百八十九平方メートル。工事は昨年十一月始まった。増築費は二億三千万円。
 美術館は〇一年九月の奄美パーク開園と同時に開館。県観光課や美術館によると、当初は七十点程度の所蔵を予定していたが、実数は開館時百五十点、現在二百六十四点。ふすま絵など大型作品も増えた。このため増築部分には展示スペースに加え、作品倉庫も整備する。
 奄美パークは開園六年目の昨年から大型改修が始まった。これまでに、美術館周辺やパーク入り口の景観整備などが完了した。

3月26日(水)付 

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県知事選は7月13日投票

 県選挙管理委員会(鎌田六郎委員長)は二十五日、七月に任期満了となる県知事の選挙期日を六月二十六日告示、七月十三日投票と決めた。立候補予定者説明会など各種説明会の日程は四月の定例会で決める。
 県知事選に関しては、現職の伊藤祐一郎氏が三月議会で再選出馬を表明している。共産党が対立候補擁立を表明しているが、具体的な人選は四月の鹿児島市議選後になる見込み。現段階で他に立候補の動きはない。

奄美市で島尾敏雄さん、ミホさん、マヤさんの追悼ミサ

 二十五日は作家・島尾敏雄さんの妻で小説家としても知られるミホさん(享年八十七歳)の命日。一周忌に合わせて敏雄さん、ミホさん、長女マヤさんの追悼ミサが二十五日、奄美市名瀬のマリア教会(瀧憲志神父)でしめやかに行われた。長男の伸三さん一家をはじめ生前夫妻と親交のあった人々や信者らが集い、三人の冥(めい)福を祈った。
 追悼ミサが行われた同教会は一家にとって思い出深い場所。祭壇にはミホさんら三人の遺影が飾られた。聖歌に続いて孫の真帆さんが聖書を朗読。「両親が好きな歌」と遺族の意向で選ばれたグレゴリアン聖歌が会場に響くと、伸三さんがそっと涙をぬぐう場面も見られた。
 一連の儀式後、参列者一人ひとりは祭壇に設置された三人の遺骨に一礼して在りし日をしのんだ。
 伸三さんは「まだ亡くなった実感がない。生前『百二十歳まで生きる』と話していてあと五、六年は大丈夫だろうと思っていた。家族で交互に島へ通うようになった矢先だった」と突然の訃報(ふほう)を回顧。墓碑納骨のため三人の眠る福島県南相馬市(旧小高町)の墓から分骨したことで「寒い所は嫌だが仕方ないとあきらめていた母に親孝行できた」と墓碑建立に尽力した地元実行委員会へ感謝していた。

奄美市住用町でクブシメ産卵用の手製資材を投入

 奄美市住用町の漁業者らで構成する「すみよう漁業集落」(諏訪原清高会長、五十人)は二十五日、同町市集落沖のトビラ島周辺にクブシメ(コウイカ)の産卵場となる資材を投入した。外敵から卵を守るため枝サンゴの奥に卵を産み付るクブシメの特徴をとらえた手作り資材。作業に参加した漁業者は、クブシメの泳ぐ漁場の復活を願って投入した。
 産卵資材は一辺六十センチの正方形のコンクリート製土台に網を筒状に埋め込んで立て、その中にサンゴのかけらや貝がらが詰め込まれている。網の高さは二十五―五十センチ、直径三十センチ。一基の重さは約四十キロ。効果の検証とデータ収集の目的もあってトビラ島周辺三カ所に分けて、計十五基を投入した。
 奄美漁協住用支所理事の市田嘉喜雄さん(56)によると、トビラ島周辺はクブシメの好漁場だったが、赤土などの流入が続いて枝サンゴが壊滅状態となり、姿を消した。市田さんは「効果のほどは未知数だが、クブシメが帰ってきてくれることを願って、いろいろ試していきたい」とも話した。

3月27日(木)付 

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加計呂麻島で島尾家の墓碑除幕
 奄美を拠点に多くの文学作品を発表した作家島尾敏雄さん(一九八六年十一月死去)、ミホ夫人(二〇〇七年三月死去)、長女マヤさん(〇二年八月死去)の墓碑除幕式が二十六日、瀬戸内町加計呂麻島呑之浦の島尾敏雄文学碑記念公園であった。生前ミホ夫人の好んだ聖歌が静かな木立ちに響き渡る中、三人の納骨式がしめやかに営まれ、全国から参列したゆかりの人々や地元住民ら約百五十人は「夫妻思い出の地で安らかな眠りを」と祈りをささげた。
 墓碑設立は長男伸三さん(59)やミホ夫人の意向をくんで制作実行委員会(委員長・徳永敬次瀬戸内町教育長)が昨年十一月から準備を進めてきた。建立地の呑之浦集落は太平洋戦争中、震洋特攻隊隊長だった敏雄さんとミホ夫人(押角出身)の出会いの場であり、島尾文学の原点とも言われる地。
 墓碑は一家と親交のあった人々からの寄付により約三百五十万円かけて造られた。文学碑を手掛けた縁で今回も担当した同町請島池地出身の彫刻家・栄利秋氏(71)によると、テーマは「親子の愛の姿、形」。くり抜いた父母の石の空洞部分に三人の遺骨を安置し、子を表す石でふたをするさまを両親が子供を抱きしめる姿になぞらえた。庵治(あじ)石を使用。 小高い丘に設置された墓碑からはほぼ直線状に文学碑と海岸までの小道が延び、その先には静かな入り江を眺望することができる。
 除幕式は昨年三月二十五日に八十七歳で亡くなったミホ夫人の一周忌に合わせて行われた。徳永委員長は「二人にとって呑之浦は再生の地。多くの方々の無償の愛に支えられてこの日を迎えられ、故人もさぞ喜んでいることと存じます」と感謝した。房克臣町長は「文学碑にさらに奥行きと深みが加わり、訪れる人に優しい癒やしと感動の心を与えるだろう」とあいさつした。
 納骨式では福島県南相馬市(旧小高市)の島尾家の墓から分骨された三人の遺骨が伸三さんの手によって丁寧に納められた。最後に参列者が献花して祈りをささげ、三人の深い夫婦愛、家族愛に思いをはせた。
 伸三さん一家は生前ミホ夫人が飼っていた愛犬マクも伴って参列した。伸三さんは「こんなに早く実現するとは思わなかった。母との無言の約束を完成することができた」とほっとした表情で語った。
宇検村の焼内湾で藻場造成試験
 奄美群島水産協議会(田畑浩会長)は二十六日、藻場再生を目指し宇検村焼内湾で生長したホンダワラ類を縫い込んだのり網を設置した。母藻から幼胚(ようはい)=種=を放出させ、周辺の藻場形成を図る。のり網による藻場造成は奄美で初めて。県大島支庁林務水産課が協力した。
 活動には同協議会会員や地元漁協組合員、県大島支庁職員ら十数人が参加した。設置場所は同村佐念地区の沖合約十メートルの水深二―三メートルの海域。同日、生勝沖で刈り取った母藻を縦一・五メートル、横二十メートルの三枚重ねののり網に縫い込んだ後、海底から約一メートルの位置に固定した。
 のり網の設置は二回目。先月十八日にはホンダワラ類の新芽を挟み込んだ縦一・五メートル、横十メートルの網を同じ海域に設置している。設置期間は六月ごろまでとし、台風時期の前には引き揚げる予定。十月ごろには海藻が定着しているのか判明するという。
 藻場は魚やエビ、イカなどの産卵場となり、沿岸資源保護に重要な役割を果たすが、近年、磯焼けなどで激減している。同協議会は、さまざまな方法で藻場再生に取り組んでおり、昨年夏には奄美市笠利町佐仁沖などで藻場ブロックを投入している。
 のり網を活用した藻場造成は、先例地の県本土で成果を挙げており、今回の実証試験に関係者の期待は大きい。参加者は「焼内湾でもホンダワラは少なくなった。今回の試験が成功すれば資源が増え、沿岸漁業の活性化につながる。継続的に産卵できる場所づくりを進めていきたい」と話す。

3月28日(金)付 

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瀬戸内町でエギ名人選手権大会

 第一回瀬戸内町エギ名人選手権大会(SSC瀬戸内墨人クラブ主催)は二十三日、同町内一円であった。町内在住の小学生―一般二十人が参加。雨天の中、アオリイカ(五〇〇グラム以上)の合計重量で競った結果、時田輝雄さん(33)が一・八二キロを釣り上げ、初代チャンピオンに輝いた。
 近年のエギング人気を受け、「瀬戸内一」を決めようと同クラブが初企画。制限時間は午前九時―午後三時半で、陸からのエギング釣果のみで争った。当日はあいにくの天気となったが、家族連れ二組も参加し、加計呂麻島、油井、管鈍などのポイントで釣果を競った。
 時田さんは古志で終日粘り、午後一時半ごろにくだんのアオリイカをものにした。「この天気では釣れないかと思ったが、かかったときは『やった』と思った」と振り返り、「次は自己記録の二キロ超えを目指し、断トツ優勝を狙いたい」と意気込んだ。

大島紬技術専門学院で修了式

 本場奄美大島紬技術専門学院(校長・赤崎拓郎本場奄美大島紬組合理事長)の二〇〇七年度修了式が二十七日、奄美市名瀬の紬会館であり、大島紬の製織技術を一年間学んだ二十八期生八人が修了証書を手にした。紬業界や行政の関係者が出席し、修了生に対して「産地を支える織り技術者に成長してほしい」などと激励の言葉を掛けた。
 赤崎校長が「本場大島紬は奄美の先人たちが島の貴重な遺産として伝え守ってきた大切な宝物。皆さんはさらに技術の向上に努め、産地活性化のために役立たれるよう希望し期待する」などとあいさつ。修了生一人ひとりに修了証書と技能照査合格証書を手渡した。
 優秀学院生表彰があり、鶴ひろみさんが県知事賞、玉田理恵さんが奄美市長賞、久永和加子さんが県職業能力開発協会会長賞を受けた。
 平田隆義奄美市長が来ひん祝辞を述べ、「あすの大島紬の担い手として巣立つ皆さんに寄せられる産地の期待は大きなものがある。習得した知識と技能に一層の研鑚を積まれ、将来の産地を支える技術者として紬産業の発展に貢献して」などと修了生を激励した。
 修了生を代表して謝辞を述べた鶴さんは、関係各位に感謝の意を表した上で「初めて一匹織り上げた時の感激はいつまでも忘れることはない。教えていただいた技術をどこまでも伸ばしていき、早く一人前の織りができるように頑張ります」などと決意を語った。
 同学院の修了生は二十八期生を含め四百十三人。二十八期生は三十代から六十代の女性八人で、埼玉県や兵庫県から来島して学んだ受講生も二人いた。七人は次年度も研修生として同学院に通い、織り技術の向上に努める。

合併新設の「あまみ商工会」に認可証

 四月一日に合併する 笠利町商工会(山田賢三会長、会員二百三十四人)、住用村商工会(河野裕信会長、同五十二人)、大和村商工会(徳島義次会長、同四十人)への合併認可書交付式が二十七日、県庁であった。三商工会は新設合併で「あまみ商工会」となり、本所を笠利に、支所を住用と大和に置く。奄美での商工会合併は今回が初めて。
 県内の商工会は、地域の総合的経済団体としての機能強化を目指し、市町村合併の区域内に併存する商工会の合併を進めている。合併前に八十四あった団体数は、二〇〇六年四月に五地区十三団体が合併し七十六に、〇七年四月には四地区二十団体の合併で六十になっていた。今回、奄美の三団体を含む四地区十一団体が四月に合併することで五十三に再編される。奄美では、合併で奄美市となった笠利と住用の商工会のほか、両団体とつながりの深い大和村の商工会も合併に参加している。市町村の区域を越えた合併は今回が初めてのケースとなる。
 二十七日の交付式では、あまみ商工会の代表予定者である笠利町商工会の山田会長に伊藤祐一郎知事から合併認可書が手渡された。山田会長は合併商工会を代表し「今まで以上に地域商工業の発展に寄与することに併せて、地域に密着したまちづくりを推進し、会員をはじめ地域住民や行政からも頼られる商工会を構築するとともに、多様化、高度化する会員ニーズに対応できる高度で専門的な指導機能をもった商工会へ改革を進めていきたい」と述べた。
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