「えらぶの子守唄」世界へ 沖永良部島

山下幸秀さん(左)の「えらぶの子守唄」に聞き入るレンゴさん(右)=8月11日、和泊町

山下幸秀さん(左)の「えらぶの子守唄」に聞き入るレンゴさん(右)=8月11日、和泊町

 8月、ドイツから1人の女性歌手が沖永良部島を訪れた。同島に伝わる民謡「えらぶの子守唄」のルーツをたどって来たという。彼女の話から、この唄が方言歌詞のまま海外でも歌われていることが分かった。彼女との交流を通じて唄の広がりを知った島民からは、驚きと喜びの声が上がっている。

 

 女性歌手の名前はマリア・ロドリゲス・レンゴさん(35)。スペイン出身でドイツのザールブリュッケン合唱団に所属。指揮者としても活動し、ハイデルベルク大学の学生合唱団を指導している。えらぶの子守唄のメロディーが好きで、自身の合唱団で歌い、学生にも教えている。

 

「えらぶの子守唄」を歌うハイデルベルク大学の合唱団(引用=動画共有サイト・ユーチューブチャンネル「Studentenchor Heidelberg e.V.」より「Okino erabu lullaby」)

「えらぶの子守唄」を歌うハイデルベルク大学の合唱団(引用=動画共有サイト・ユーチューブチャンネル「Studentenchor Heidelberg e.V.」より「Okino erabu lullaby」)

 そもそも、えらぶの子守唄がどうやってドイツに伝わったのか―。史料や研究者によると、この唄は作詞作曲者不明だが、島で生まれ、主に戦前までは、子守り奉公に出された子どもたちが口ずさんでいた。今では島を代表する民謡として、各民謡集やCDに収録されている。

 

 1998年、国内外で活躍する作曲家で指揮者の松下耕さんが「奄美の島唄シリーズ」として▽えらぶの子守唄▽サイサイ節▽三京ぬ後▽塩道長浜節―の4曲を組み合わせた合唱曲を作曲。国内外の合唱団に歌われるようになったことで広まった。

 

 レンゴさんは今回、公演出演のため東京や台湾などを回った後、沖永良部島に立ち寄った。来島時は台風の影響で航空便が欠航し、2日間延泊することに。その間、島民との新たな出会いを機に、川畑信一郎さん(54)=知名町=や山下幸秀さん(68)=和泊町=が開く民謡教室を訪ね、本場のえらぶの子守唄を生演奏で聞く機会にも恵まれた。

 

 レンゴさんに生演奏を披露した川畑さんは「この唄には貧しかった島の昔を考えさせられるし、島民が小さい頃から聞いていた懐かしさがある。レンゴさんは演奏をとても真剣に聞いてくれていた。唄のルーツを知るため、時間も経費もかかる島を訪ねたことにびっくりしたし、その気持ちがうれしかった。小さな島の唄を発信してくれていることがありがたい」と喜んだ。

 

 松下さんは南海日日新聞社の取材に対し、「日本の文化をヨーロッパの人たちが理解しようとしてくれていることに日本人として誇りを感じる。島を訪ねてくれるというのがまたうれしい。いつか私の合唱団と共に奄美に伺い、この曲を披露できたら」と声を弾ませた。

 レンゴさんは今回の経験について、「航空便がキャンセルとなったおかげで新たな出会いもあり、島を体感できた。すごく運命的なものを感じる。えらぶの子守唄は(地域や歌い手による)違いがすごく面白い。10年後、100年後はもっと違った形に歌い継がれるような曲なんだと思う。これから、ドイツの人にも唄の意味を伝えるため、歌詞を英語に翻訳したいと思っている。来年の合唱団結成10周年記念公演で歌いたい」と張り切っていた。

  (沖永良部総局)