島で生きる⑤ 「楽しむ親の姿 子は忘れず」 龍郷町の森吉喜美恵さん

あらば食堂で、ランチのメニューを説明する森吉喜美恵さん=2月28日、龍郷町秋名

あらば食堂で、ランチのメニューを説明する森吉喜美恵さん=2月28日、龍郷町秋名

 コロナ禍の2020年に龍郷町秋名にオープンした、島のおっかん(お母さん)の手料理を提供する宿泊・飲食施設「荒波のやどり」。定食がメインだが、最大の「売り」は料理に関する集落の言い伝えや高齢者の記憶。森吉喜美恵さん(37)はそれを客に伝える重要な役をこなす。徐々に島の食卓から消えつつあるこれらの一皿。いかに貴重なものであるのか、一度島を出たからこそ痛感している。

 

 「こんな田舎出て行ってやる」。18歳で高校を卒業するまで、ずっとそう思っていた。小さな集落での暮らしがつまらなかった。名瀬に行くまでバスで片道1時間近くかかる。裕福ではない暮らしも嫌だった。早く都会に行きたい。自分の力で稼ぎたい。18歳で就職し、県本土で働いた。欲しいものを買っておいしいものを食べて。ぜいたくな独身生活を満喫した。

 

 20代で結婚、出産。子育てするうちに、都市部の生活に違和感を覚えた。公園で子どもをはだしで遊ばせると、見ていた人から「危ない」と注意された。小学校に上がると学校から「すれ違う人にはあいさつをしないように」「人なつっこい子は誘拐される恐れがある」と指摘された。子どもの友だちにおやつをあげると「何が入ってるか分からないものを食べさせないで」と注意された。

 

 自分が育てられたように育てようとしただけ。孤独な子育てに、家でも笑えなくなってい

た。

 

 嫌いだったはずのシマのイメージ。しかし、今思うと良かった思い出が次々と浮かぶ。はだしで駆け回った校庭。近所のおばちゃんからもらった作りたてのおやつ。親たちが家に集まってわいわい楽しそうに酒を飲む姿―。どれも都市部では当たり前ではない経験なのだと気付いた。「離婚することになってでも子育ては奄美で」。決意は固かった。

 

 2018年、離婚し秋名に帰郷。父と離れることになった子どもたちに、迎えた集落の幼なじみがこう言った。「お父さんは1人しかいないけど、三味線や相撲、いろんなことを教える『お父さん役』がここにはいっぱいいるから大丈夫よ」

 

 シマ暮らしは忙しい。子ども会、婦人会、青年団…。月に何度もある打ち合わせに、皆で子どもを連れて集まる。他人がわが子をかわいがり、自分も他人の子をかわいがる。大家族のような暮らしが始まっている。職場の「荒波のやどり」の素朴なメニューには、このようにして自分たちを育ててくれたシマのおっかんたちの優しさや苦労が詰まっていると感じている。

 

 ある日、子どもが作文に書いた言葉に胸を打たれた。「奄美でお母さんが毎日楽しそうなのがうれしいです」

 

 お母さんのわがままに付き合わせてごめんね、と思う。でもいつか分かってほしいと願う。奄美の「当たり前」の暮らしが、今、いかにかけがえのないものなのかを。(おわり)

 

【プロフィル】

もりよし・きみえ 1983年生まれ。龍郷町秋名出身。龍北中、大島高卒。鹿児島市内の飲食チェーン店で接客、店舗経営。2018年帰郷。一般社団法人E’more秋名理事。