「開かぬパラシュート」の歌碑を

「歌碑を建立して残したい」と話す徳田才二郎さん

「歌碑を建立して残したい」と話す徳田才二郎さん

 <十八才の美少年 ニッコリ笑った 魂は どこかに浮かぶ あの雲か 開かなかったパラシュート>―。1937(昭和12)年のヒット曲「開かぬパラシュート」。世間に衝撃を与えた前年のパラシュートの落下事故を、昭和歌謡の名手といわれた小野巡さんが歌った。実験役として犠牲になったのは、徳之島町亀津出身の肥後清三さん=当時(18)。故郷の徳之島でもこの悲劇は大きな話題になったという。事故から今年で80年。同町亀津の秋葉神社の神主、徳田才二郎さん(87)は「今ではほとんど忘れ去られてしまった。風化させないために、歌碑をつくって後世に伝えたい」と話す。