あす判決 ハンセン病家族訴訟 奄美市で支援集会

強制隔離された父親について語った原告の赤塚興一さん(上)と市民ら20人が参加したハンセン病家族訴訟支援集会=25日、奄美市名瀬

強制隔離された父親について語った原告の赤塚興一さん

 国のハンセン病隔離政策で差別を受けたとして、元患者の家族らが国に損害賠償などを求めた訴訟の判決が28日、熊本地裁で言い渡される。判決を前に、家族訴訟支援集会が25日、奄美市内であった。原告の一人で元市議の赤塚興一さん(81)=奄美市名瀬=は強制隔離された父親について「隠し続けてきた」と悔やみ、「差別との戦いが私の人生だった。多くの人の理解が進み、差別や偏見がなくなればいい」と訴えた。

 

 訴訟は元患者の家族らが国に謝罪と1人当たり550万円の損害賠償を求め、2016年に熊本地裁へ提訴。全国各地の原告は561人に上る。集会は奄美大島でハンセン病問題に取り組む「奄美和光園と共に歩む会」(福田恵信代表)主催。約20人が参加した。

 

 福田代表は「いよいよ3日後に判決が言い渡される。全国から原告と弁護団、支援者ら多くの人が熊本に集まる。一緒に勝利の瞬間に立ち会い、喜びを分かち合いたい。奄美でも思いを共有したい」と述べた。

 

 赤塚さんの父親・新蔵さんは、1947年に奄美市名瀬の国立ハンセン病療養所「奄美和光園」に強制隔離され、90年に同園で亡くなった。83歳だった。

 

 集会では新蔵さんの発病と奄美への帰郷、強制隔離に至る半生について語った。赤塚さんは小学2年生ごろまでの5年ほど、市内で一緒に生活したという。「怖い伝染病といわれたが、私も弟たちも感染しなかった。隔離政策で父は警察官に連れて行かれた。国が責任を感じていないことに、反感を持たざるを得ない」と憤った。

 

 原告の中で、実名を公表しているのはごくわずかという。赤塚さんは「差別や偏見を乗り越えていくには、正々堂々と戦い、前に進むしかない。社会にかかったかすみを晴らしたい」と力を込めた。

市民ら20人が参加したハンセン病家族訴訟支援集会=25日、奄美市名瀬

市民ら20人が参加したハンセン病家族訴訟支援集会=25日、奄美市名瀬