元明盛さん戦中を詳細記述

元明盛さんが戦後までを詳細にまとめた生涯日記を手にする長女の碩八重子さん=13日、奄美市名瀬

元明盛さんが戦後までを詳細にまとめた生涯日記を手にする長女の碩八重子さん=13日、奄美市名瀬

 戦後70年。戦争体験を語り継ぐ人が少なくなる中、戦前から戦後までの様子を手書きで通算600㌻にも及ぶ手記を残した人がいる。天城町浅間出身の元明盛さん(享年78)は、陸軍兵として満州や台湾、フィリピンなどに渡り、終戦前は天城町の浅間飛行場にいた。その半生を生涯日記「ありし日を偲ぶ」として、手書きの挿絵もふんだんに4部構成でつづった。明盛さんは大正8(1919)年生まれで、戦後は天城町から旧名瀬市へ引き上げた。市職員となり、定年後も行政書士として活躍。1992年、72歳の時に生涯日記を執筆し、98年に亡くなった。