八月踊りで再建祝う=笠利町用安の与湾大親神社

八月踊りで神社再建を祝う地域住民ら=7日、奄美市笠利町用安

八月踊りで神社再建を祝う地域住民ら=7日、奄美市笠利町用安

 奄美市笠利町の用安集落(里和彦区長、120世帯)は7日、集落内にある与湾大親(よわんおおや)神社再建社殿と同敷地内に建立した戦没者慰霊碑の落成祝賀会を行った。出身者や地域住民ら約60人が参拝し、境内で八月踊りの輪を広げて落成を祝った。

 

 奄美大島は琉球王朝統治時代(1440年前後~1609年)、笠利、古見、名瀬、焼内、住用、西方、東方の7間切に区分けされていた。神社に祭られている与湾大親五郎は16世紀ごろ、笠利間切を治めていた人物とされる。同神社は1939(昭和14)年建立。71年に一度再建された。

 

 社殿が老朽化したため、集落は2016年に再建委員会(竹田光一委員長)を設置。新社殿は17年12月に完成した。資金は集落の積立金400万円と郷友会や地域住民らからの寄付金約400万円を充てた。鳥居は集落住民が建設寄贈した。

 

境内に建立した戦没者慰霊碑=7日、奄美市笠利町用安

境内に建立した戦没者慰霊碑=7日、奄美市笠利町用安

 慰霊碑は神社の再建に合わせて企画され、17年10月17日に完成した。高さ約2㍍。表面には「戦陣に散りし二十八柱の御魂 故郷用安の地にて永久に安かれ」と刻み、裏面には満州事変、日中戦争、太平洋戦争で亡くなった集落出身者28人の氏名を刻んだ。

 

 神社は集落の高台にあり、境内からは東シナ海と太平洋を眺望できる。高台は住民に「オデガナシ」と呼ばれている。旧暦の9月9日ごろには住民らが参拝し、食事をしながら与湾大親を敬い、集落の平和を願う行事がある。

 

 同集落出身で鹿児島市在住の佐藤義友さん(90)は「神社は親しみを持って『おみや』と呼んできた。建立された当時は小学6年生だった。思い出深い地がきれいになりうれしい」、里区長(62)は「住民の心のよりどころとして、今後もしっかり管理したい」と話した。