奄美の犠牲者探す 台湾2・28事件、情報提供を 与論2世の青山さん

台湾「2・28事件」の沖縄・奄美の犠牲者を探している青山さん

台湾「2・28事件」の沖縄・奄美の犠牲者を探している青山さん

 1947年、台湾で当時の国民党政権が台湾人の抵抗運動を弾圧した「2・28事件」で奄美・沖縄の犠牲者を探し、台湾政府に賠償を求める活動に取り組んでいる与論島2世がいる。青山惠昭(けいしょう)さん(75)=沖縄・浦添市=がその人。青山さんは「奄美出身者がいるのではないか」とみており、情報提供を呼び掛けている。

 

 2・28事件は日本の敗戦後、台湾を接収した国民党政権が住民の抗議行動を武力で制圧した事件。1947年2月28日、やみたばこの取り締まりをきっかけに始まった。死者は2万余とみられるが、国民党独裁時代は事件はタブー視されていたこともあり、全容の解明はできていない。台湾の民主化に伴い、1995年に政府が公式に謝罪。以降、真相究明や補償が進んでいる。

 

台湾の現地遺族会が作成、事件の概要が書かれている集会用のチラシ

台湾の現地遺族会が作成、事件の概要が書かれている集会用のチラシ

 青山さんは事件で父親の惠先(えさき)さん=当時(38)・与論島出身=を亡くした。惠先さんは台湾から出征し、ベトナムで終戦を迎えた。いったんは鹿児島市の親戚宅に身を寄せた。なかなか引き揚げて来ない家族を心配して台湾に戻ったところ、事件に巻き込まれた。惠先さんが台湾にいた頃、家族は鹿児島市にたどり着いていた。行き違いになったのだ。

 

 青山さんは2013年8月、台湾政府の委託を受けた2・28記念基金会に認定損害賠償を申請した。父親が事件で失踪したことは認められたが、台湾政府は慰安婦など台湾人に対する賠償請求に日本政府が応じていないことを理由に却下。青山さんは裁判に訴え、16年2月、勝訴を勝ち取り、日本人初の補償を受けることができた。

 

 青山さんの活動はここからさらに広がる。「台湾2・28事件真実を求める沖縄の会」の代表世話人を務め、邦人犠牲者を探し始めた。

 

 台湾政府が事件の受難者名簿を18年12月(第1次)に477人、第2次(19年3月)に338人の氏名を発表した。

 

 青山さんは第2次発表の中に、日本人とみられる名前を見つけた。「田中元(日人)」「間瀬悦」「澤田満志雄」「上里昌正」「竹内一作」の5人。本籍・住所をみると、田中さんは日本広島、間さんと澤田さんは日本と記されている。上里さんと、竹内さんについては記載はない。

 

 その後、上里さんについては沖縄県人の可能性が高いことが判明した。「竹内さんは台湾基隆市の琉球人集落に居住していた与論島出身もしくは請島出身ではないか。間姓も奄美にあるのではないか」(青山さん)。

 

 惠先さんに続いて1月、長野県出身者が邦人2人目の犠牲者に認定された。青山さんは「犠牲者の家族を探したい。事件で死亡しているなら、補償を求めることができる。皆さんの周りに台湾方面で行方不明になったと思われる人はいませんか。小さな情報でもぜひ寄せてほしい」と話している。情報提供は電話090(1947)8179青山さん。