奄美市で近現代史学習会

記録映画「十嶋鴻爪」のワンシーン。名瀬湾を航行する初代十島丸=27日、奄美市名瀬幸町

記録映画「十嶋鴻爪」のワンシーン。名瀬湾を航行する初代十島丸=27日、奄美市名瀬幸町

 日本の近現代史の研究グループが主催する学習会が27日、奄美市名瀬幸町の奄美大島教育会館であった。約30人が参加。北海道教育大函館校の坂本紀子教授が講演したほか、1930年代の奄美大島、十島村を撮影した記録映画の上映があり、同村で義務教育が普及していく背景について理解を深めた。

 

 学習会は大学教員を中心に日本の近現代史を研究する「ポチの会」(駒込武代表=京都大教育学研究科教授)を中心に奄美大島の「復帰を語る会」、県教職員組合奄美地区支部、奄美郷土研究会の4団体が共催した。

 

 坂本教授は「十島村の義務教育獲得への歩み」と題し講演。全国の市町村に小学校の設置を義務付ける第2次小学校令が1890(明治23)年に公布されたが、同村では1930(昭和5)年まで小学校がなかったことを報告した。

 

 さらに、島々に残る史料や当時の新聞記事を基に①小学校ができる前から医者や僧侶などが読み書きを教える寺子屋のような施設が各島にあった②施行に先駆けて住民が教育施設をつくるために資金を集めた―など、教育の場の創設に向け住民が活動していた記録を示した。

 

 坂本教授は「十島村の小学校ができたのは1927(昭和2)年に昭和天皇が奄美大島に行幸したことが大きいが、行幸が契機となりそれまで行われてきた住民活動がつながった結果と考えられる」「明治維新以降、政府主導で教育の普及がスムーズに進んできたというイメージを変える事例」と考察した。

 

 講演に続いて記録映画「十嶋鴻爪(こうそう)」を上映した。記録映画は第16代日銀総裁で民俗学者の渋澤敬三が研究者らとともに1934(昭和9)年にトカラ列島を経由して奄美大島に来島した際に撮影した。

 

 映画は島々の当時の風景だけでなく、研究者グループを歓待する住民の舞踊や伝統儀式、ティル(魚籠)などの民具、女性の髪の結い方など各島の違いを詳細に記録している。

 

 学習会に参加した薗博明さん(83)は「ただ懐かしいだけでなく各島の細かな違いを記録している貴重な作品。とても勉強になった。今では見ることのできない風景や儀式も映っていた。まだ残っているものを私たちで守っていく大切さも強く感じた」と感想を述べた。