子孫集まり黙とう 笠利町の防空壕跡

死亡した住民40人の慰霊碑を訪れた晶貴さんの家族=23日、奄美市笠利町外金久

死亡した住民40人の慰霊碑を訪れた晶貴さんの家族=23日、奄美市笠利町外金久

 戦時中の1945年8月、奄美市笠利町中金久の防空壕に米軍機が投じた爆弾が直撃し、壕内に避難していた老若男女40人全員が死亡するという出来事があった。死亡した一人の女性教師の遺族ら14人がこのほど全国から集まり、慰霊碑に黙とうを捧げ犠牲者の冥福を祈った。碑を管理する赤木名慰霊碑会の平田博三会長(72)は、先祖の霊を大切にする遺族たちの心に胸を打たれていた。