島に帰れず 島から出られず 越境自粛者、続く待機生活

インターネットを介して画面越しに取材に答える鈴木進一さん=24日

インターネットを介して画面越しに取材に答える鈴木進一さん=24日

 鹿児島県で緊急事態宣言が解除されて1週間が過ぎた。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、奄美大島の5市町村は引き続き、県境をまたぐ不要不急の帰省や旅行の自粛を呼び掛けている。島民の中には宣言の発令以前に本土へ渡航したため、今も島に帰れないでいる人や、逆に本土へ行けずに島で待機している人もいる。それぞれが目に見えないウイルスの感染防止に細心の注意を払い生活を送っている。

 

 宇検村名柄在住の合同会社代表社員の鈴木進一さん(62)は、通院のために4月初旬、北九州市へ向かった。療養している間に福岡県に緊急事態宣言が出され、奄美大島の5市町村からも来島自粛を求めるメッセージが発表された。

 

 「自粛要請だから強行突破すれば帰ることはできるが、万が一でもウイルスに感染していて島の人に迷惑を掛けるわけにはいかない」と5月下旬の現在まで同市で待機している。「奄美の医療体制の実情が分からないから感染リスクへの不安と偏見が増す。離島での医療体制の現状についてきちんとした情報が欲しい」といら立ちを隠さない。

 

 奄美市名瀬在住の花井恒三さん(72)は4月中旬、東京で暮らす娘の出産の手伝いで上京。ひと段落つき、6月初旬の奄美行き航空券を予約しようとしたが、すでに満席状態で、鹿児島経由にしてやっと予約が取れたという。

 

 「感染リスクを防ぐため、東京では電車にも乗らず、本屋や図書館にも行っていない。奄美空港から自宅へ戻るときもどこにも立ち寄らず、自宅で2週間自粛生活を過ごすつもり」と細心の注意を払っている。

 

 一方、奄美から本土へ戻れず待機する人たちも。奄美市名瀬出身で岩手県盛岡市在住の染色作家・牧勝一朗さん(76)は2月下旬、仕事の関係で奄美に帰省。仕事を済ませ、4月ごろ岩手県へ帰ろうとした。ところが、岩手県は全国でも類のない感染者「ゼロ」県。知人の自治体関係者に電話で相談したところ、「しばらく奄美でゆっくりしては」と自粛を促されたという。牧さんは「困ってはいるが、コロナでもなければこんなにゆっくりふるさとで過ごす機会はなかった。今は前向きに島暮らしをエンジョイしたい」と話す。

 

 この春、東京の大学に進学した奄美市名瀬の前川早紀さん(19)も、奄美大島で待機生活を送る1人だ。前川さんは3月上旬に大島高校を卒業。下旬には上京し、1人暮らしを始めるアパートで新生活に備えていたものの、入学式は中止に。オリエンテーションもオンラインへと変更された。

 

 感染者数が多い東京で暮らすことを心配した両親の説得で4月中旬、帰島を決め、1カ月以上奄美で待機暮らしを余儀なくされている。「憧れの東京での大学生活を始められないのは残念だが、今は今しかできないことに集中し、充実した時間を送りたい」と自動車学校に通っている。

 

 今も北九州市にとどまる鈴木さんは「奄美に帰っても、本土から帰ってきたというだけでどう見られるか分からず自由に出歩けない。いつまで島の中で身を縮こまらせて過ごさないといけないのか。離島の医療体制を整え、一日も早く島の人が島の中で伸び伸び生活できる環境になってほしい」と訴えている。