復帰運動に思いはせ 奄美出身者ら「断食悲願」再現 鹿児島市

断食悲願を再現し、日本復帰運動に思いをはせた参加者ら=4日、鹿児島市

断食悲願を再現し、日本復帰運動に思いをはせた参加者ら=4日、鹿児島市

 【鹿児島総局】終戦後に日本から分離された奄美群島で復帰運動に取り組んだ先人に思いをはせようと、県本土在住の奄美出身者有志が4日、鹿児島市内の公園で「断食悲願」を再現した。8人が早朝から参加。奄美群島民が一丸となった復帰運動や戦後の古里の様子を語り合い、不戦を願った。

 

 奄美群島が米軍統治下にあったのは1946年2月から53年112月まで。断食悲願は復帰運動の先頭に立った泉芳朗が51年の8月1日から5日にかけ、奄美市名瀬の高千穂神社で行った。

 

 断食悲願を再現したのは、県本土在住の奄美出身者でつくるNPO法人「ほこらしゃの風」(義山昭夫代表)の会員ら。同会は復帰60周年の2013年から8月4日に合わせて断食悲願を追体験しており、参加者は前日の3日夕から食事を取らず、4日午前5時に集合。昼過ぎまで水分を補給しながら、米軍統治下での体験談などを語り合った。午前10時ごろからは次第に参加者も増え、最終的な人数は約40人に達した。

 

 早朝から参加した伊仙町目手久出身の高野郁朗さん(85)=霧島市在住=は、復帰運動が盛り上がった徳之島高校在学時に、奄美市名瀬の高千穂神社で断食が行われることを知り、地域住民らと共に徳之島町亀津の高千穂神社で断食を決行。断食だけでなく、帰省中の同級生らと祖国復帰を訴えながら島内を巡り歩いた。

 

 当時の様子を振り返り「何よりも誇るべきは、無血で復帰を勝ち取った地域の人々の結束力。運動の歴史を風化させることなく、次代に語り継ぐことが大切だ」と話した。