恒久平和の誓い新たに=伊仙町で「大和」慰霊祭

祭壇に献花して犠牲者のみ霊を慰める参列者=7日、伊仙町犬田布岬

祭壇に献花して犠牲者のみ霊を慰める参列者=7日、伊仙町犬田布岬

 太平洋戦争末期に米軍の攻撃を受けて沈没した戦艦大和を旗艦とする特攻艦隊の戦没者慰霊祭が7日、大和慰霊塔のある伊仙町犬田布岬であった。本土在住の遺族や地元関係者ら約100人が出席。祖国防衛のため大海原に散った3737柱の冥福を祈り、恒久平和への誓いを新たにした。

 

 戦艦大和は1945年4月6日、山口県徳山湾沖から沖縄へ向け出撃。7日、鹿児島県坊ノ岬沖で米軍の攻撃を受け、同日午後2時23分に沈没した。

 

 慰霊祭は伊仙町を中心とする実行委員会が主催し、今年で51回目。参列者は大和が沈没した時刻に合わせて黙とうをささげ、祭壇に献花して英霊のみ霊を慰めた。

 

 遺族を代表して大和乗組員だった兄元一さん(享年27)を失った月本陽藏さん(84)=兵庫県豊岡市=があいさつし、「多くの尊い生命を失って得た日本の平和に感謝し、慰霊塔が戦争のない世界平和を切望する新たな誓いのシンボルとなることを願う」と述べた。

 

 大久保明伊仙町長は「私たちが享受する日本の平和と繁栄は、尊い犠牲とご遺族の苦労の上に築かれていることを忘れてはならない。戦火に倒れた方々の思いを胸に刻み、未来が一層平和と希望に満ちたものになるよう全力で取り組む」と誓った。

 

 大和と運命をともにした軽巡洋艦「矢矧(やはぎ)」の操舵長だった父範三郎さん(享年28)を亡くした内村武人さん(73)=東京都町田市=は9年ぶりに出席した。航路徳之島入りしたという内村さんは「父が通ったであろう海原を経て慰霊祭に出席したことで、戦争で亡くなったことを改めて感じた。また来られるかは分からないが、伊仙町の皆さんには慰霊祭を続けてほしい」と話した。