武洲丸平和の夕べ 徳之島町

犠牲者の冥福を祈り、恒久平和を誓った「平和の夕べ」=22日、徳之島町亀徳

犠牲者の冥福を祈り、恒久平和を誓った「平和の夕べ」=22日、徳之島町亀徳

 太平洋戦争中に米軍潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没した疎開船「武洲丸」の犠牲者を慰霊する「平和の夕べ」が22日、徳之島町亀徳のなごみの岬公園の慰霊碑前であった。島内の遺族や有志ら約50人が参加し、恒久平和への誓いを新たにした。

 

 武洲丸と平和を考える会(幸多勝弘会長)主催。同会と遺族会の共催で2010年まで慰霊祭が行われていたが、遺族の高齢化に伴い「平和の夕べ」に改称された。

 

 参加者は慰霊碑前で黙とうをささげ、献花。幸多会長は「戦後70年以上が経過し、戦争を知らない世代が語り継ぐ時代になってきた。過去の戦争の惨禍に目を閉ざすことなく平和を願い、戦争の犠牲者に思いをはせることが大事」とあいさつした。

 

 武洲丸の沈没などを物語化した紙芝居の発表に続き、東天城中学校の生徒6人が平和宣言で「生きていることに感謝し、生命を尊重して平和な世界をつくる」と誓った。

 

 参加者を代表してあいさつした松村大吾さん(43)=徳之島町山=は、武洲丸の沈没で家族7人を失った祖父の故名城秀時さんの体験を振り返り、「『戦争は良くない』という祖父の言葉は今も残っている。こういった機会に武洲丸のことを考えることで、平和の尊さがいろんな人に広がると思う」と話した。

 

 武洲丸は本土に向けて航行中の1944年9月25日、十島村中之島沖で米軍潜水艦の魚雷攻撃を受けて沈没。徳之島町亀徳、井之川、山、尾母集落の学童や女性ら148人が犠牲になった。