津代古戦場跡で慰霊の集い 奄美市笠利町

 

ソテツの葉などをささげ、手を合わせる参列者=25日、奄美市笠利町

ソテツの葉などをささげ、手を合わせる参列者=25日、奄美市笠利町

  1609年に薩摩軍が奄美・琉球侵攻のため上陸し、島民との戦闘があったとされる奄美市笠利町手花部の津代古戦場跡で25日、「慰霊のゆらい(集い)・水花香」があった。約30人が参列し、戦闘で犠牲になったとされる先人の霊を慰め、歴史継承へ決意を新たにした。

 

 同古戦場跡は、奄美市の指定文化財。水花香は、市内外の有志で構成する三七(みな)の会が1997年から毎年実施している。三七の会の団体名は、薩摩軍が津代に到着したとされる旧暦3月7日の日付にちなんで名付けられた。

 

 三七の会によると、同古戦場跡付近には現在も無縁墓が点在している。参列者はこの日、墓石として並べたサンゴ石の前にソテツの葉などをささげ、手を合わせて拝礼した。

 

 三七の会の薗博明さん(86)は「歴史が風化され、このままでは津代での戦没者を拝みに来る人もいなくなってしまう。先人が戦ってでも島を守ろうした思いを今後も子孫に伝えていきたい」と語った。