空襲犠牲40柱の冥福祈る

犠牲者に祈りをささげる遺族や小学生ら=6日、奄美市笠利町赤木名

犠牲者に祈りをささげる遺族や小学生ら=6日、奄美市笠利町赤木名

 終戦直前の1945(昭和20)年8月6日、奄美市笠利町赤木名の防空壕が米軍機に爆撃され、住民40人が亡くなった悲劇から今年で70年。慰霊碑の立つ現地でこの日、2年ぶり5回目の合同慰霊祭が開かれた。遺族の高齢化が進む中、歴史を風化させまいと新たに地元小学生も参列。犠牲者のみ霊に手を合わせるとともに、恒久平和の思いをかみしめた。