米空爆犠牲者の冥福祈る 瀬戸内町三浦で戦没者慰霊

慰霊碑に手を合わせる栫静さん(右)=23日、瀬戸内町三浦

慰霊碑に手を合わせる栫静さん(右)=23日、瀬戸内町三浦

 戦時中の1945年6月20日、米軍機の攻撃で防空壕に入った14人が生き埋めとなった瀬戸内町加計呂麻島の三浦集落(三浦敏則区長)で23日、戦没者慰霊があった。集落住民や関係者ら9人が参加。防空壕前に建てられた慰霊碑に手を合わせ、冥福を祈った。

 

 同集落には戦時中、佐世保海軍施設部が置かれ、陣地の設営工事のため奄美各地から多くの一般住民が徴用されていた。生き埋め事件の犠牲者には施設部隊員、徴用工員のほか、たまたま施設を訪れていた幼女もいた。

 

 当時、爆撃の直前に防空壕から離れ、九死に一生を得た祷昌弘さん(86)=奄美市名瀬=はこの時期に毎年慰霊碑を訪れている。「知り合いも亡くなった。こんなところで死にたくなかったと思う。だから戦争はいかん。私が元気なうちは慰霊訪問を続けたい」と力を込めた。

 

 義姉が犠牲となった栫静さん(87)=同町瀬武=は約30年ぶりの慰霊訪問。「義姉は当時18歳ぐらい。亡くなった主人からはきょうだい思いの優しい姉だったと聞いていた。今日は集落の方から連絡をもらい、慰霊祭に参加できてよかった。主人も喜んでいると思う」と話した。