芝小学校跡に記念碑建立/瀬戸内町加計呂麻島

芝小学校記念碑を除幕する住民ら=7日、瀬戸内町芝

芝小学校記念碑を除幕する住民ら=7日、瀬戸内町芝

 瀬戸内町加計呂麻島・芝集落(橋口満廣区長、42世帯69人)に明治初期、小学校があったことが分かり、昨年末、記念碑が建立された。7日は除幕式があり、地域住民約40人が参加。碑の完成を祝い、集落のさらなる発展を願った。

 

 芝小学校の歴史を検証した叶芳和さん(74)=同集落出身、東京都在住=によると、同校は1880(明治13)年、教育令の下で設置された。86(明治19)年の小学校令により「芝尋常小学校」と改称。1907(明治40)年廃校となり、薩川尋常小学校に引き継がれた、とされる。

 

 明治の早い時期に廃校となったため「学校沿革」が残っておらず、近年までその存在は忘れられてきたが、「薩川小学校創立70周年記念誌」「瀬戸内町立図書館・郷土館紀要 創刊号」「瀬戸内町誌 歴史編」に、芝小学校の記述があったほか、多くの出身者、地域住民の証言から開校、廃校年を推論した。

 

 記念碑は、住民をはじめ本土在住の出身者らの賛同、協力を得て、学校の敷地があったとされる公民館前広場に建立した。碑の土台部分には住民の提案で、学校職員、児童、地域住民をイメージした小石を敷き詰めた。

 

 この日は発起人となった住民らで除幕した後、公民館に移動して祝賀会を開いた。橋口区長(61)はあいさつで、地域住民や出身者の協力に感謝し、「住民の思いが込められた学校だったと思う。これからは記念碑をそういうふうに見てほしい」と呼び掛けた。

 

 発起人の一人で、学校があったとされる敷地に住む伊島秀彦さん(91)は「明治維新150周年のめでたい年に、芝に学校があった記録の碑を残すことができた。これから子どもたちがもっと増え、昔のように、にぎやかな泣き声や笑い声、騒ぎ声が聞かれることを心から祈念する」と述べた。

 

 芝田浩二さん(60)=東京都=は父・寿児さん(89)=同集落出身、県本土在住=の代理で出席。「父方の祖母は生前、『文字の読み書きができるのは学校のおかげ』と話していたので、私自身にとって記念碑建立は、祖母の思い出がよみがえるもの。父は10年ほど前から記念碑建立を願い、集落に提案していた。シマ(集落)が好きで、碑の完成を喜んでいる。きょうの除幕式の様子を写真で見せて報告したい」と話した。