貴重な史跡を観光資源に 「南洲橋」100年記念し、まち歩き えらぶ郷土研究会

川底に下りて南洲橋を見学する、まち歩きの参加者=4日、和泊町

川底に下りて南洲橋を見学する、まち歩きの参加者=4日、和泊町

【沖永良部総局】えらぶ郷土研究会(先田光演会長)の11月例会は4日、和泊町の西郷南洲記念館であった。同記念館と川向かいにある南洲神社をつなぐ「南洲橋」の架橋100周年記念と銘打ち、例会に先立ち南洲橋周辺のまち歩きも実施。参加者は長年、住民が慣れ親しんできた橋の歴史や構造を学んだり、貴重な史跡を巡りながら、それらの観光資源としての活用の在り方などを検討した。

 

 まち歩きは同研究会の藤井勝仁さんが先導し、地域住民ら約30人が参加。架橋から100年がたった今も現役の石橋・南洲橋の頑丈さの秘密について、川底に下りて橋の構造を観察しながら考察した。古い石垣とフクギ並木が続く道や、学舎「新進舎跡」、「鐘つきの塔跡」など周辺の史跡を見て回った。

 

 藤井さんは「西郷南洲記念館と南洲神社だけを見学して立ち去る旅行者も多いが、すぐ近くに貴重な史跡も多くあり、素通りではもったいない。観光資源として活用できれば」などと述べた。

 

 まち歩き後の例会で、伊地知裕仁さんが「南洲橋架橋に関する調査報告」の題で発表。1919年4月の基礎掘削開始から同年12月末の通行開始式まで9カ月間という短い工期で橋が完成したことや、現在も残っている橋の設計図から建設には琉球石灰岩や花こう岩など2千弱の石が使われたと説明した。

 

 石工は鹿児島県小野村の宝地常次郎氏で、工費は現在の額に見直すと約1億円。伊地知さんは「橋を造った石工の名前が分かるのは県内でも比較的珍しい。この当時、島はユリ球根の販売が好調で景気が良く、多額の寄付も見込めたため橋建設の機運が高まったのではないか」などと推察。工事の工程や橋の構造についても解説した。