新たな観測所跡確認 調査進む西古見戦跡 瀬戸内町教育委員会

2018年12月17日

地域

新たに発見された観測所跡の調査活動(上)と壁面の絵図=瀬戸内町西古見(町教育員会提供)

新たに発見された観測所跡の調査活動(上)と壁面の絵図=瀬戸内町西古見(町教育員会提供)

 瀬戸内町教育委員会は2018年度、同町西古見の近代遺跡(戦争遺跡)西古見砲台跡とその付帯施設の調査を進めている。今月3日からは、今年新たに確認された観測所跡など2カ所の調査を実施。町教委社会教育課埋蔵文化財係の鼎丈太郎学芸員は西古見の戦跡について「戦況の変化が分かり、りゅう弾砲の砲座、観測所などがセットで残るのは全国でも珍しい」と話した。

 西古見砲台は旧日本陸軍が大正期に構築した奄美大島要塞の中核を成す砲台の一つ。海峡内にある四つの砲台で唯一28糎(せんち)りゅう弾砲が置かれていた。

 町教委によると、新たに確認された観測所跡は今年3月、集落住民からの聞き取りを基に現地を調査。現在公園化された観測所跡から直線距離で北東約500メートルの山中で見つけた。

 今月3日からの調査では、京都市埋蔵文化財研究所に調査指導を依頼し、同2カ所の観測所跡で計測、絵図の複写、画像の変形を補正したオルソ画像作成、GPS(衛星利用測位システム)データ測定などを行った。

 いずれの観測所も壁面に周辺の島々の位置を示す絵図や観測用スリット(隙間)がある似た造りである一方、新たに確認された観測所は1階構造で、後に機銃陣地となった形跡が確認された。

 鼎さんは「西古見の戦跡だけでも、戦況により初期の海峡内に艦船を入れないための備えが、末期の航空機や上陸しようとする敵を防ぐ態勢へと変わったことが分かる。新たな戦跡が集落住民からの聞き取りで見つかったというのも近代遺跡ならではで重要。旧日本陸軍が残した図面と現地の調査がうまく合わさった成果」と話した。

 調査は国の文化財指定を目指し、17年度から取り組む町内戦跡の内容確認調査の一環。19年1月からは西古見の砲台跡と弾薬庫跡の発掘、計測などを行う予定。

 現在、西古見の戦跡に続く県道と林道は台風による崖崩れで、通行止めとなっている。

新たに発見された観測所跡の調査活動(上)と壁面の絵図=瀬戸内町西古見(町教育員会提供)