チリメーサー アジアを行く トマス技研の福富さん(名瀬出身)が開発

トマス技研の創業、今後の展開について語る福富さん=17年12月5日、沖縄・うるま市の本社

トマス技研の創業、今後の展開について語る福富さん=17年12月5日、沖縄・うるま市の本社

 奄美市名瀬出身の発明家、福富健仁さん(52)が経営するトマス技研(株)(沖縄県うるま市)が開発した小型焼却炉「チリメーサー」が東南アジアの環境改善に大活躍している。インドネシアのバリ島では2016年に稼働を始め、総合病院で医療廃棄物の適正処理を進めている。ベトナムやフィリピンからも引き合いがある。福富さんの信条は「技術で世の中に貢献する」。世界に羽ばたくシマンチュの足跡を追った。

 ■「環境よくするモノ作り」トマス技研、起業

 福富さんは名瀬屋仁川通りに近い福富酒店の次男、5人きょうだいの末っ子として生まれた。大島高校を経て琉球大学に進んだ。高校時代にバレーボールに熱中したためか、1年浪人する羽目になった。猛勉強の末、琉球大学工学部に入学。機械工学を専攻した。1年留年して卒業。さらに1年就職浪人して産業用ロボットの製造会社に就職できたものの、当時はバブル経済がはじけたばかり。会社は間もなく倒産した。1991年、専修学校パシフィックテクノカレッジ学院に講師として採用された。

 97年、福富さんの人生を変える出来事があった。京都会議だ。地球温暖化防止のための省エネルギー目標を参加各国に示した国際会議だ。福富さんの専門はモノ作り。「環境をよくするためのモノ作りをしている会社に行こう」「次の世代の子どもたちに美しい環境をありがとうと言ってもらえるような技術者になろう」と決断し、8年勤めた専修学校に辞表を出した。

 選んだ会社は(株)開邦工業(本社・沖縄県うるま市)。廃物処理のプラントメーカーだった。福富さんは7カ所の現場を任され、プラントの設計や施工管理を担当した。ある島の焼却場で問題が起きた。次から次へとトラブルが起きる。住民や自治体からはクレームの嵐。ストレスで血尿が出た。「逃げたい」と思った。

 ある日のこと。社長から電話があった。「戻ってくるか」。福富さんは決意した。「この現場は私がきちんと処理します」。その後、不具合の根本要因を突き止め、解消した。1年半かかった。

 再び転機がやってくる。99年7月、ダイオキシン類対策特別措置法が公布された。施行は2000年1月。説明会に通ううちに法律の中身が見えてきた。「離島へき地の問題は離島で育った自分にしか分からない。離島の事情に即したダイオキシン対策、小型焼却炉が必要だ」と考え、退社を決断した。独立のため、地元の商工会議所を通じて融資を受けた。03年1月、トマス技研(株)を立ち上げた。「トマス」は福富さんのクリスチャンネーム。「尊敬するエジソンのファーストネームをいただいた」。意気揚々とスタートを切ったものの、数々の試練が待っていた。

■チリメーサー誕生

 小型焼却炉のイメージはできていた。「タイヤを燃やしても煙が出ないものにする」。タイヤは燃やすと高熱を発し、黒煙が立ち上る、厄介な代物だ。間もなくデモ機が完成し、資金を提供してくれた会社社長の前で試運転をした。

 紙くず、木くずを入れた。煙は出ない。プラスチックの弁当箱を入れた。これもOK。最後にタイヤを投入した。すると、煙突から出ないはずの真っ黒な煙が立ち上り、火柱まで立った。手の施しようがない。社長の顔色が変わった。「すみません。今週中に何とかします」。謝るしかなかった。

 自宅に戻り、風呂に入った。物思いにふけっていたため、換気をするのは忘れていた。息苦しくなった。窓を開けると新鮮な空気が入ってきた。そのとき、ひらめいた。「水蒸気を使おう」。後日の試運転では、タイヤを燃やしても煙は出なかった。「チリメーサー」が誕生した。

 しかし、売れない。新規参入ということもあり、なかなか信用してもらえない。04年10月の沖縄の産業まつり・発明くふう展で運命が変わる。特許・実用新案の部で見事、県知事賞(最高賞)を射止めた。チリメーサーは直後、産廃処理機として県の認可が下りた。産廃業者やリサイクル業者、リゾートホテルなど、ごみに悩む業界が次々と購入していった。17年末現在、73基を出荷した。奄美の自治体や民間企業も関心を示している。

■インドネシアへ

 沖縄県内で快進撃を始めたトマス技研にインドネシアが注目した。12年のこと。次期環境大臣と目されている人物があるルートを通じて福富さんの事務所にやってきた。「こんなに分別されていないごみを燃やせるか」と聞く。できる。福富さんは「日本の補助金で何とかインドネシアにチリメーサーを導入できないか」と考えた。国際協力機構(JICA)の中小企業海外展開支援普及・事業に採択され、16年12月、バリ島の市立ワンガヤ総合病院で運転を開始した。

 17年春、福富さんに同行し、ルポした琉球新報はインドネシアのごみ事情を次のように報道した。「沖縄と同様に多くの島々からなるインドネシア。急速な人口増加や経済成長に伴って廃棄物の量も増えているが、処理のほとんどを埋め立てに頼り、最終処分場の容量が切迫している。ごみを運搬するには海を渡るなど回収・管理に経費や手間がかかり、不法投棄の問題も大きい」

 チリメーサーの効果はてきめんだった。導入したワンガヤ総合病院の副院長はこう言った。「(チリメーサーは)煙が出ないので、住民も焼却炉が動いていることに気がつかないほど」

 トマス技研はODA事業も請け負うようになり、17年3月には沖縄県開発金融公庫と沖縄銀行が後押しを決めた。行政も沖縄発の技術を世界に広げようと協力してくれるようになった。夫人と2人で立ち上げた小さな町工場は高い評価を受けるようになり、従業員は12人に増えた。

 福富さんは健康問題を含めて何度も経営危機があったことを明かした上で言った。「技術を通して人々の役に立ちたいと思ってきた。会社はまだ15歳。志はまだ半ば。『島の心』を抱いて世界に向かっていきたい」。福富さんの挑戦はまだまだ続く。

  チリメーサー 沖縄の方言で「チリ」はごみ、メーサーは「燃やす」。焼却炉を開発中、機械を製作していた工場の担当者が「機械の名前つけたか」と聞いてきた。福富さんが「迷っている」と答えると、「チリメーサー(ごみ燃やし機)にしれ」と言われ、決まった。チリメーサーは一般ごみや生ごみ、廃プラスチックなど幅広い可燃ごみの処理が可能。廃棄物を高温で完全燃焼させるため、焼却灰は細かくて少量。産廃の量も減るため、最終処分場の負担も軽くなる。チリメーサーは第1号の誕生後、年々進化。中型焼却炉のほか、13年には焼却炉と給湯機を組み合わせた「サーマルチリメーサー」を開発。九州地方発明表彰で中小企業庁長官賞(優秀賞)を受賞した。

トマス技研の社員=17年12月5日、沖縄・うるま市の本社

トマス技研の社員=17年12月5日、沖縄・うるま市の本社