集落や水田跡を確認 才上遺跡の調査結果発表 伊仙町

建物や溝の跡が見つかった才上遺跡の発掘調査現場(上)と出土品(伊仙町教委提供)

 伊仙町教育委員会は19日、同町古里にある才上(さいじょう)遺跡の発掘調査結果を発表した。遺跡は貝塚時代末期から琉球王国統治時代(約1100年~500年前)のものとみられ、集落や水田の跡が確認されたほか、陶器のカムィヤキなど多数の遺物が出土した。同教委は「600年という長期間における徳之島の人々の暮らしの移り変わりが分かる可能性がある」と期待している。

 

 同遺跡は町道義名山本川線沿いにあり、場所は面縄集落と検福集落の境い目辺り。個人所有の農地で、陶器などが出土していたことから遺跡があることは以前から分かっていた。県の圃場(ほじょう)整備事業の対象となったため、同教委が7月6日から9月30日まで発掘調査を行った。

 

 遺跡は石灰岩台地上の谷筋に形成されており、グスク時代の建物跡9棟や当時の人々が使っていた道具類などが見つかった。出土品はカムィヤキのほか、中国産の陶磁器、長崎産滑石製の石鍋、鉄器など数千点に上るという。

 

 同町面縄にはグスク時代の「前当り遺跡」「大セノ嶺遺跡」があるが、才上遺跡はそれらより長い期間の人々の生活の痕跡が残っているのが特徴。同教委は発掘調査は終了し、今後は出土品の研究、調査へ移行するとしている。

 

 同教委の與嶺友紀也学芸員(30)は「見つかったグスク時代初期建物のほとんどは、建て替えられずにその後水田に変えられているほか、出土品には島外各地の品物も見つかった」と報告し、「人口増加で食糧の増産が必要になった状況や、島外との交易が盛んだったことがうかがえる。徳之島で農耕が始まり、人々の生活が移り変わっていった経緯を知る上で貴重な価値がある」と遺跡の価値を説明した。