餌木から暮らしや交流探る 黎明館学芸員が出前授業 古仁屋高校

明治時代の餌木を手に取って観察する生徒ら=13日、古仁屋高校

    瀬戸内町の古仁屋高校(重吉和久校長、生徒100人)で13日、1年生32人を対象に、鹿児島歴史・美術センター黎明館の小野恭一学芸員(37)による出前授業が開かれた。生徒たちは奄美大島で古くから使われている漁具「餌木(えぎ)」を通して、奄美の人々の暮らしや島外との文化の交流について考えた。

 

 講座は黎明館で9月30日~11月7日に開かれる第60回記念企画特別展「ほこらしゃ奄美~海と山の織りなすシマの世界」の付帯事業。開催には公益財団法人日本海事科学振興財団(船の科学館)の「海の学びミュージアムサポート事業」を活用した。

 

 小野学芸員はこの日、鹿児島湾周辺で実際に使用されていた古い餌木を持参。生徒たちは餌木を手に取ってさまざまな角度から観察し、ヒントをもらいながら①明治時代に作られたものである②現代の餌木と同様にエビの形を模している│と推測した。

 

 その後、幕末期の奄美大島について書かれた文献や、明治時代以降の餌木の形の変遷が分かる研究資料などから▽奄美大島では1851~52年に魚型の餌木を使っていた▽鹿児島県本土でも明治初期ごろは魚型を使用していた│ことを調べた。

 

 授業の後半では、観察で分かったことや資料の情報を基に、奄美と県本土の関係を考察。「奄美などで使われていた餌木が県本土に渡って定着し、進化したのではないか」との仮説を立てた。

 

 小野学芸員は餌木を使った釣りが現在は「エギング」として全国で知られていることを紹介し、「文化の広がりを通して身近な海が遠い場所までつながっていることを実感してほしい」と締めくくった。

 

 海辺のまちの高校ということもあって参加した生徒の多くが普段から釣りに親しんでおり、興味深そうに資料に見入っていた。よく釣りに出掛けるという田原幹斗さん(16)は「昔の人の発想があって今の餌木があると思うとありがたいなと思った」と話した。