平和の尊さ、共に語り継ぐ 対馬丸生存者の髙良さん宇検村の大島さん /宇検村の語り部と交流

(右から)対馬丸事件について語り合う大島さん、髙良さん=12日、宇検村宇検

 1944年8月、米軍に撃沈された学童疎開船「対馬丸」の生存者で対馬丸記念館(沖縄県那覇市)理事長の髙良政勝さん(81)が12日、宇検村の語り部である大島安徳さん(94)を訪問した。大島さんは同村宇検在住で、海岸に流れ着いた対馬丸の生存者救護や犠牲者の埋葬に当たった。髙良さんは「亡くなった子どもたちを村の人が丁寧に弔ってくださったと聞いている。これからも共に平和の尊さを語り継ぎましょう」と話した。

 

 対馬丸は学童や一般疎開者を乗せて那覇港を出港し、宇検村から約150㌔離れた鹿児島県悪石島沖で米潜水艦に撃沈された。奄美大島には多くの遺体が流れ着き、21人が救助されたという。

 

 髙良さんは当時4歳で、3日間海上を漂流後、救出され一命をとりとめた。奄美大島には慰霊祭などに合わせて何度か訪れており、今回は記念館が制作した平和学習用の紙芝居の報告のため来島した。

 

 紙芝居では、地元の子どもへ対馬丸事件について伝える大島さんが登場する。髙良さんは「当時を語れる方は大島さんだけ。沖縄では対馬丸と奄美のつながりを知らない人も多く、歴史を語り継ぎながら奄美との縁をつないでいきたい」と話した。

 

 当時17歳だった大島さんは「いつもは静かで美しい海岸が肉の海となった。遺体は損傷し、むごたらしい光景だった」と振り返り、「紙芝居は子どもたちに与える力が大きい。これからも平和の尊さを語り伝えていく」と力を込め語った。