自衛隊機墜落から59年 くれないの塔で慰霊式 奄美市名瀬

犠牲者の冥福を祈って献花する参列者=5日、奄美市名瀬のらんかん山

  救急患者のために血液を輸送していた海上自衛隊の哨戒機が奄美市名瀬に墜落し、13人が犠牲となった事故から59年。5日、現場となったらんかん山の「くれないの塔」で慰霊式が行われた。新型コロナウイルス感染拡大防止のため、主催する奄美大島青年会議所(JC)のみの参列。本島在住メンバー約10人が花を手向け、惨事の記憶を風化させまいと心に刻んだ。

 

 事故は1962年9月3日午後4時55分ごろ、奄美市の名瀬埠頭へ旋回しようとした海自のP2V―7哨戒機が、超低空飛行のためらんかん山に墜落。乗っていた隊員12人と住民1人が亡くなった。

 

 哨戒機は県立大島病院に入院していた妊婦の手術に必要な血液輸送の依頼を受け、海自鹿屋航空基地を出発。当時、奄美に空港はなく、名瀬港中央埠頭へ血液を投下する予定だった。

 

 奄美大島JCの前平聖理事長は「この出来事が風化しないよう語り継ぎ、献血の重要性と使命を全うする尊さを伝えていきたい」と話し、海上自衛隊第一航空群司令の藤原直哉海将補らも代読であいさつした。

 

 事故翌年から実施された慰霊式は三十三回忌を期に一度途絶えたが、2005年に再開された。この日は天候不良のため、自衛隊機の慰霊飛行は中止となったが、式に合わせて行う恒例の清掃活動は実施した。

 

 奄美市は人命救助のため尊い命をささげた犠牲者の行為を語り継ごうと、事故が起きた9月3日を「献血の日」と定めている。