島唄のバトンつなぐ 中山音女の〝生の歌声〟復元 奄美シマ唄音源研究所
2023年04月20日
芸能・文化
先人が残した本物の歌声を聞きたい─。奄美市名瀬の奄美シマ唄音源研究所はこのほど、戦前から戦後に名をはせた唄者・中山音女(おとじょ)の昭和初期の音源を、生の声に近い形で復元しCD化することに成功した。約3年間の試行錯誤を経て、SP盤レコードを「早回し」再生することで生じる音程や速さの誤差を解消。臨場感のある自然な歌声がよみがえった。同研究所の沖島基太さん(52)と菊池明さん(55)=千葉県在住=は「過去から現代へ島唄のバトンをつなぐことができた」と喜んだ。
中山音女(1891~1970)は宇検村湯湾出身の唄者。幼い頃から歌の才能にすぐれ、島唄の名人として奄美で広く知られた。音源の復元は、音女の島唄が録音された昭和初期のSP盤レコードを基に取り組んだ。
音源はすでに復刻版としてCDが発売されていたが、それを聞いた沖島さんは「声が子どものように甲高い。三味線の音も高くて速い」と違和感を覚えていたという。
疑問が晴れるきっかけとなったのは、戦前の米国音楽レコードの復元や音源分析の専門家で、奄美にルーツを持つ菊池さんとの出会い。2019年11月に沖島さんが営む奄美市名瀬の三味線店を訪れた菊池さんは、復刻版CDを聞き、録音時よりも多い回転数で再生する「早回し」になっていることに気付いた。
意気投合した2人は音女の本来の歌声を聞きたいと研究をスタート。20年11月には同研究所を立ち上げた。一次音源のSP盤レコードは、宇検村教育委員会から2枚を借り、豊島澄雄氏所蔵の昇曙夢コレクション14枚を譲り受けた。
破損した部分の修復や音の抽出作業に加え、SP盤レコードに表記がなかった録音時期・場所、三味線伴奏者などの情報も改めて調査。音源は1929(昭和4)年に東京で録音されたことが分かった。特徴的な三味線の奏法も細かく分析し、伴奏・はやしは宇検村の直伝次郎と確信した。
音源は当時の録音技術や環境などの影響により、現在の標準78回転より低速の70回転以下で録音されていたことが判明。調整せずに再生すると早回しになり、音程が1音半ほど高くなることを突き止めた。
音程や速さの誤差を修正した音源全28曲分は、今年3月上旬に2枚組CD付きの同研究所会報冊子「とびら」としてまとめ、実費で500部作成。県立奄美図書館などにも納本した。沖島さんは「細かい奏法や息継ぎ、間など音の情報量が増えた。シマ(集落)の歌が100年前はこんな風に歌われていたと分かる、貴重な教材として活用できるのでは」と期待した。
菊池さんは「母が龍郷町出身で、小さいころから島唄を耳にする機会があった。米国音楽の早回しを解消するために20年ほどを費やしてきたが、まるで(島唄音源の復元のために)修行してきたようで不思議な気持ち」と感慨深そうに話した。
CDと冊子は相談に応じて販売・提供も検討する。同研究所は今後も古いレコードの発掘や音源修正に取り組むための活動費用として寄付を募っている。問い合わせ先は電話0997(53)7401奄美三味線へ。