徳田虎雄さん、功績たたえ追悼 故郷で「偲ぶ会」500人参列 徳之島町

2024年11月13日

社会・経済 

偲ぶ会で祭壇に向かい拝礼する参加者(上)と、徳田虎雄さんの功績をまとめたパネルや遺品を紹介した展示ブース(下)=12日、徳之島町文化会館

7月に死去した医療法人徳洲会の創設者で元衆院議員の徳田虎雄さんを追悼する「徳田虎雄氏を偲(しの)ぶ会」が12日、出身地の徳之島町であった。徳之島内外から約500人が参列。日本最大の医療グループを創設して医療界の風雲児と称され、政治の世界からもへき地や離島医療の改革に取り組んだ徳田さんの生前の功績をたたえた。

 

徳田さんは1975年に徳洲会を設立。90年から衆院議員を通算4期務めた。2005年に政界を引退。ALS(筋萎縮性側索硬化症)闘病を経て、今年7月10日に86歳で死去した。

 

町文化会館であった「偲ぶ会」は徳洲会と徳之島3町の主催。実行委員会長を務めた徳洲会の東上震一理事長は「闘病の苦しさの中でもユーモアを失わず温かく前向きな人柄だった」と故人をしのび、「徳田先生の遺志を継いで、弱い人の味方になって徳洲会という社会運動を公明正大に続けていく」と述べた。

 

県選出の国会議員や地元選出の県議、島内3町長ら7人が弔辞。衆院議員の三反園訓氏は、政治記者時代に徳田さんに知事選に出るように言われたと述べ、「教え通り知事になり、今は国会議員になった。先生の遺志を継ぎ、弱い人の立場に立って奄美群島の生活をより良くしていく」と誓った。

 

徳田さんの次男で元衆院議員の毅さん(53)は「富める人も貧しい人も、都会でも田舎でも最善の医療が受けられることを真剣に考え実現してきた」と父の功績を振り返りつつ、「父一人の力ではなく『生命(いのち)だけは平等だ』という理念に賛同し、共に闘ってくださった皆さまの協力があってこそ」と感謝を述べた。

 

奄美市から参列した南郷辰洋さん(80)は「声や動作から感じられるエネルギーが普通の人とはまったく違った。今後奄美からあのような人物は出てこないと思えるほどの偉人。後進へ語り継いでいきたい」と話した。

 

会場では徳田さんの遺品や功績をまとめたパネルや記録映像の放映もあった。徳之島町職員の政大貴さん(26)は「島内外から多くの人が訪れ、改めて徳田さんの偉大さを感じている。私も職員の立場から徳之島が少しでも良くなるように力を尽くしたい」と表情を引き締めた。