戦艦大和戦没将士慰霊祭 伊仙町

祭壇に献花して犠牲者のみ霊を慰める参列者=5日、伊仙町犬田布岬

祭壇に献花して犠牲者のみ霊を慰める参列者=5日、伊仙町犬田布岬

 【徳之島総局】太平洋戦争末期に、米軍の攻撃を受けて沈没した戦艦大和を旗艦とする特攻艦隊の戦没将士慰霊祭が5日、伊仙町犬田布岬であった。本土在住の遺族や地元関係者など約90人が出席。祖国防衛のため犠牲になった3737柱の冥福を祈り、恒久平和への誓いを新たにした。

 戦艦大和は1945年4月6日、山口県徳山湾沖から沖縄へ向け出撃。翌7日に鹿児島県坊ノ岬沖で米軍の攻撃を受け、午後2時23分に沈没した。

 慰霊祭は伊仙町を中心とする実行委員会が主催し、今年で52回目。例年7日に実施していたが、同日が県議選の投開票日のため5日に前倒しした。

 参列者らは悪天候の中、大和が沈没した時刻に合わせて黙とうをささげ、祭壇に献花して英霊のみ霊を慰めた。地元の大久保明伊仙町長は「自らを犠牲にして守り抜かれた戦没将士のみ霊に報いるため、私たちも決意を新たにして、祖国日本を今後も一層発展させるよう努力することを誓う」と慰霊の言葉を述べた。

 大和に搭乗していた伯父の濱中孝さん(享年23)を亡くした岩崎弥生さん(59)=東京都調布市=は初めて慰霊祭に出席。「十数年前に徳之島で開かれている慰霊祭の存在を知りながら、なかなか来ることができなかった。今回出席できて心のつかえが取れた。地元の関係者を中心に50年以上慰霊していただき、感謝の気持ちでいっぱい」と話した。

 2016年の初来島後、戦艦大和について調査している東京大学大学院博士課程4年の清水亮さん(27)も初めて慰霊祭に出席した。清水さんは「遺族が高齢になり、地域で慰霊祭を引き継ぐ事例は全国各地にあるが、長年続いているのは興味深い。研究を通じて地域で平和について考えるきっかけを提供するなど、役に立つことができれば」と述べた。