「奄美史の転換点に」 津代古戦場跡で慰霊祭 奄美市笠利町

2023年05月01日

地域

薩摩軍と島民との戦闘があったとされる古戦場跡で開催された慰霊祭=30日、奄美市笠利町

1609(慶長14)年に薩摩軍が奄美・琉球侵攻のために差し向けた兵が上陸し、島民との戦闘があったとされる奄美市笠利町手花部の津代(つしろ)古戦場跡で30日、慰霊祭があった。主催する「三七(みな)の会」の会員ら島内外の30人が参列し、戦没者の霊をなぐさめた。参列者からは「奄美の歴史の転換点になった」との指摘が相次ぎ、414年前の出来事に思いをはせた。

 

三七の会は薩摩軍が津代に到着したとされる旧暦3月7日にちなんで命名。1997年に有志で立ち上げ、以降、毎年旧暦3月7日前後に慰霊祭を開いている。斎場は津代の浜を見下ろす山の尾根で、一帯には無数の遺骨が埋葬されているという。

 

参列者は、墓石として並べられたサンゴ石の周囲にソテツ葉や島バナナ、ミキなどを供え、焼香して手を合わせた。一人が島唄「徳之島節」をささげ、複数の参列者が哀悼の言葉を述べた。

 

沖縄や東京からの参列者も。奄美史を調べている中で、慰霊祭を知ったという那覇市の屋良朝助さん(71)は初来島。「沖縄ではほとんど知られていない史実と慰霊祭があった。対薩摩という点では、奄美は沖縄の防波堤のような存在になった。その始まりともいえる地での慰霊祭。毎年来たい」と語った。