血の通った与論の地域誌 「無学日記」改訂版、池田さん(故人)の著書再び

2022年03月31日

地域

血の通った地域誌「無学日記」の改訂版

与論町の自営業、喜山康三さん(72)は3月、「無学日記―農夫が残した人生、自然への賛歌」(共同文化社)の改訂版を出版した。著者は池田福重さん(故人)。随所に島言葉を散りばめた自分史・地域誌だ。池田さんは本書を通して与論の島言葉の奥深さ、誠を貫く人々の生き方、自然と共生してきた先人の知恵を残した。文化人類学者は「血の通った地域誌」と高く評価した。

 

自分史は「昭和三十九年十二月 クルマド(サトウキビ圧搾機)のまん中に急病で倒れ」に始まる。40歳手前の12月、池田さんは砂糖小屋で倒れた。6時間の間、意識がなかった。一命を取り留めた池田さんは子や孫を「誠の人間」に育てるために無学学校、無学教室をつくろうと決意。「無学日記」を書き始めた。

 

以後、時系列に沿って無学日記は続く。38章「昭和三十五年、鳩を打ち落とす」は胸を打つ。妊娠中のカカ(妻)と畑仕事をしている最中、池田さんは巣ごもり中の鳩に石投げて当てた。カカは「子どもみたいなことをして」と泣いた。生まれた長男は5年後に死去。長男にはあのとき傷付けた鳩と同じ症状があったという。食べもしないのにむやみに殺生をしてはいけない、という島の教えがそこにあった。

 

このほか、イシャトウ(海の妖怪)や防空演習の話など興味深い記述が多数盛り込まれている。自分史に加え解説、方言索引も加えた。素朴なタッチの表紙・挿絵も記述を引き立てる。出版をサポートした安渓遊地・山口県立大学名誉教授(文化人類学)は「血の通った地域誌・地域史」と高く評価する。

 

池田さんは当初、「無学日誌」を公表する考えはなかったが、喜山さんと出会い、「(私の)死後は好きなようにしてよい」と写しを託した。池田さんは1990年死去。喜山さんは遺志を受けて96年5月、初版を出版した。

 

喜山さんは2020年、北海道大学の岩下明裕教授が与論島を訪れた際、初版本を見せたところ、大学共同利用機関法人・人間文化研究機構の事業を活用して改訂版を出版することになった。本書は定価2200円(税込み)。https://www.kyodo-bunkasha.net/items/60203998共同文化社。